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不幸の始まり

 すべてのはじまりは第一王子ティゼルドの訃報からだった。



「パルメアっ!!パルメアはいるか!」


 はっきりとよく通る、渋い声が階下から聞こえてくる。


「まぁお父様ったら、今日はずいぶんと早いのね。私が準備する前に帰ってきてしまうなんて」


 父の馬車が門前に到着したとの知らせを受けて、玄関ホールで出迎えるために侍女たちと髪やリボンを手直ししていたのだが、そんなに早く私に会いたかったのだろうかとうれしく思っていると、侍女がドレスを整えてから口を開く。


「まぁまぁ、お嬢様。その様なお顔をなさらずに。さぁ出来ました!参りましょう」

「パルメアっ!父が帰ったぞ!!」


 再び屋敷中に響き渡る声で呼ばれた私は、急いで部屋を出て、玄関ホールへ向かう。

 私がホールに到着すると、扉の前で使用人たちに外套を預けている父と、しばらく家を空けていた兄ミカリウスの姿があった。


「お帰りなさいませ、お父様!今日は早かったのですね。

 それに国境の視察に同行されていたお兄様もご一緒だなんて!あとひと月ほどは帰っていらっしゃらないかと思っていましたのに。予定よりずいぶんと早く戻ってこられたのですね」


 私がかけてきた勢いのままに父に抱き着くと、父が私の肩をそっと抱きとめてすぐに優しく体を離された。

 あら?いつもならお転婆めと笑いながら、抱きしめられて「屋敷の者たちにわがまま言っていないか?」だとか「可愛いパルメアに出迎えられて幸せだ」とかそういった言葉があるはずなのに……?


「お父様、どうなさったの?体調が優れないのですか?それにお兄様も……」

「いや、体調は問題ない。……大事な話がある。一緒に執務室に来なさい」


 なだめるような声は重くて暗い。それは口を開かない兄も同様だ。なんなら兄の顔色は本当に具合が悪いのかと思うほどに真っ青だ。

 父は口数少ないままに執務室へと足早に歩いていく。兄もついていくので、私も不安を感じながら二人の後を追った。



「ティゼルド殿下が逝去なされた。パルメア、お前も葬儀に出席する準備をしておきなさい」


 執務室で向かい合って長椅子に座り、飲み物も用意させずに人払いをした父が、開口一番に告げたのはそんな言葉だった。

 父からの報告に、私は驚いてひゅっと息をのむ。


「そんな、突然……。どうして?」


 やっと口から紡がれた言葉はそれだけだった。

 第二王子のロゼンス様と婚約している私にとって、その兄である第一王子ティゼルド様は未来の義兄になる方だ。

 ロゼンス様と仲が良く、私にも穏やかに話しかけてくださっていたティゼルド様は、病気などとは無縁の人物だったはず……。そんな方が突然死んだなんて信じられるはずがない。

 悪い冗談ではないのかと対面に座る父と兄の顔を伺うが、二人とも重い空気で険しい表情をしたまま、膝の上で拳をぐっと握っていた。


「お前も知るように、我らがアルディア国とベルギオン帝国はカルナ山脈を挟んで隣り合っている」


 父の説明に一度頷く。カルナ山脈は険しい場所で、山越えすることが難しいため、麓に砦を作り、そこが事実上の国境となっている。


「ティゼルド殿下はその砦での視察中に、突然身罷られた。確認した医師の話ではけがや傷などは一切なく、お体からも殿下の周囲の持ち物からも、毒は検出されなかったらしい。決定的な要因がなく、死因は原因不明の病死となった」


 父は眉間にしわを寄せて、私にそう話した。


「お兄様は?お兄様は砦の視察にご一緒なさっていましたよね」


 将軍である父の跡を継ぐために、兄は今軍に入って経験を積んでいる最中で、今回の視察へは、ティゼルド様の護衛補佐として砦へ同行していたはずだ。


「殿下の健康状態は、同行していた医師がきちんと把握していた。俺から見ても、殿下の顔色や挙動に不審な様子などは見受けられなかった。それなのに、ある日突然発熱が始まり、そこから加速的に症状が悪化して、そのまま息を引き取られた」

「ま、まさか誰かがティゼルド様に毒を……?」


 私が思い当たる可能性にハッとしてそう言えば、兄が力なく首を振る。


「無論、俺たちも真っ先に毒を疑ったさ。だが殿下の毒見係には何の問題もない。

 すぐに殿下の身の回りの物をすべて確認したが、触れるものや食べるもの、水や衣服に至るまで、何も見つからなかった。殿下の周辺は皆信頼の厚い者たちばかりで、事件後、砦からいなくなった不審な人物も一人だっていない。

 けれど間違いなくあれは帝国ベルギオンの仕業に違いないんだっ!!

 殿下が亡くなることで一番得をするのは帝国なのだから!

 帝国との国境にあるあの砦ならば、王宮よりも間者が紛れ込むのはたやすい。それなのにどれほど探しても帝国が関与した証も毒物すらも出てこない!

 御身をお守りできなかっただけでなく、その身に起きた真実すらも暴くことが出来ぬとはっ!!」


 兄が怒りのままに握りしめたこぶしを、机に叩きつけながら叫んだ。

 兄の言葉をさらに引き継いだ父の話では、ティゼルド様が亡くなったことで、責任者と護衛補佐の兄含め、随行していた者たち全員に、何らかの処分が下るそうだ。

 もちろん国の軍を預かる最高責任者である父も、無傷では済まない。

 まだティゼルド様の死は国民へは隠されているので静かなものだけれど、王宮に仕える者たちの間ではすでに不安や混乱が広がり始めているらしい。広がりきる前に混乱を少しでも防ぐために、王宮のトップが様々な懸念事項への対策を考えなければならないそうだ。


「話は以上だ。このことはまだ他言無用とする。家令など一部の者を除いて、屋敷の者にも話してはならぬ。お前はしばらく屋敷で大人しくしていなさい。私とミカリウスは王宮に戻って話し合わねばならぬことが山ほどある」


 と父に言い含められた。父と兄はこれからしばらく忙しくなると、屋敷の者に一通りの指示を出した後、また王宮へ取って返した。

 私はそれを見送ってから、その足で厩舎へと向かう。

 厩舎には私の大切な愛馬のヴィヴィーネがいる。

 私の秘密を全部知っている一番のお友達だ。

 いつものように厩舎の世話役に声をかけると、世話役は一礼してそっと席を外す。私はヴィヴィーネに挨拶をして、専用のブラシでヴィヴィーネの体を優しく撫でながら話しかける。


「聞いてちょうだい、ヴィヴィーネ。ティゼルド様が亡くなられたのですって。

 私、ほんのひと月前には夜会でご挨拶したし、もう少し前にはお茶会だってしたのよ。

 ヴィヴィーネは知らないだろうけれど、きっと立派な王様になるだろうと皆が言っていたお方だったの。亡くなっただなんて、まだ信じられないわ」


 私の言葉に、ヴィヴィーネは相槌を打つように小さく鼻を鳴らす。


「ロゼンス様……どれほど辛いことでしょう。私だってお母さまを亡くした時は、辛くて苦しくて、何もできなかったわ。私に、少しでもロゼンス様をお支えすることが出来ればいいのだけれど……」


 私がそういえば、ヴィヴィーネがひひんと小さく鳴いた。


「貴女もロゼンス様を一緒にお支えしてくれる?そうね、ヴィヴィーネもロゼンス様とは遠乗り仲間でお友達だもの、心配よね。話を聞いてくれてありがとう、ヴィヴィーネ」


 話を聞いてもらい満足した私は、ヴィヴィーネの世話を一通り済ませてから部屋へと戻り、窓の外を眺める。

 空には灰色の雲がかかって、国中に暗い影を落としていた。



 父からティゼルド様の訃報を聞いてからしばらくの間は、私は言われたとおりに大人しく屋敷で過ごしていた。

 父も兄も最近は屋敷に戻ってくるのが遅くなり、疲れ、やつれたように感じる。せめて家では体をいたわることが出来るようにと体に良い食材を取り寄せ、よく眠れる香りの花を寝室に飾るようにと手配しながら、不安な日々を過ごした。


 ほどなくしてティゼルド様の訃報が国中に布告され、アルメディア王国は混乱と悲しみ、不安の声に包まれた。

 私は父に言われて以来登城していないのだけれど、兄や父とともに王宮へ行った者たちから伝え聞くに、王宮はすごい騒ぎになっているようだ。

 いつもなら定期的にあるロゼンス様からのお手紙がないのも、きっと忙しくしているからなのだろう。今手紙を送ってロゼンス様の手を煩わせるのも本意ではないし、会いに行くのもきっと迷惑だろうと、私は毎日ロゼンス様を想って祈りを捧げて過ごしていた。



 そして、薄く灰色の雲がかかった今日。ティゼルド様の葬儀が行われることとなった。

 会場である大聖堂の外にはあふれるほどに多くの人々がティゼルド様の死を悼むために集まり、涙する声が絶えない。

 聖堂の中も同じく、普段は落ち着いた穏やかな王妃様が棺に縋り付いて涙を流す姿は見ていられないほどだ。

 陛下の代わりに王妃様を支えて立つロゼンス様は、静かにまっすぐ棺の中を見つめていて、その目尻はわずかに赤かった。

 もしかするとロゼンス様も、誰もいない場所で泣いたのかもしれない。そう思うと、胸がギュッと苦しくなった。


「パルメア、お前は私たちとともに参列しなさい」

「……?えぇ、お父様がそうおっしゃるのでしたら」


 婚約者としてロゼンス様の隣に並ぼうとした私を、突然父がそう言って止める。

 なぜ?と思いながらも言われたとおりに父と兄の隣へ並んだ。

 大司教が聖句を唱え、ティゼルド様の魂が迷いなく天へと昇るように祈り、私は父と兄とともに、棺に花を捧げる。

 ご遺体を保つために棺を満たす液体を隠すように、純白の羽と匂いの強い色とりどりの花に囲まれて横になっているティゼルド様は、血の気がない真っ白な肌の色と花の香りに交じって香る薬品の匂いがなければ、ほとんど眠っているように見えた。

 年の離れた婚約者に何を送ろうかと迷っていた姿も、返礼として送られてきたのがとても可愛らしい花の砂糖漬けで、甘いものが苦手なのにと困ったように笑っていた姿だって覚えている。

 もうこの方が、目覚めることはないのだと感じた瞬間、涙が静かにこぼれて落ちた。

 最後に陛下が、魂を天に運ぶといわれている黄金でできた天馬の像を棺に納め、粛々と葬儀は終わった。

 棺は大聖堂を出発してから、王宮にある王族が眠る神聖な森の霊院へと運ばれる。

 私たちは大聖堂の前でそれを見送った。

 棺を見送り葬儀が終わった後、ロゼンス様と少しでもお話ができないだろうかと思ってロゼンス様を見たのだが、一度視線が合ったかと思ったらすぐに逸らされてしまう。

 え?今、たしかにロゼンス様と目が合ったはずなのに……どうして?


「待ってください!ロゼンス様」

「パルメア行くぞ」

「あ……」


 周囲が馬車に乗るため動き出したのでロゼンス様の元へ向かおうとしたのだが、父がさっさと私を馬車に乗せてしまったので、結局ロゼンス様と言葉を交わすこともできなかった。


「お父様、ロゼンス様と少しお話させてください」

「だめだ」

「どうしてですか?私はロゼンス様の婚約者なのですよ。葬儀後にご挨拶もせずにほかの貴族のようにすぐ馬車に乗るだなんて失礼ではありませんか」

「そのことについて話しておかねばならないことがある。お前と、ロゼンス殿下のことだ」

「何でしょうか」

「話は屋敷についてからだ。おい、馬車を出せ!」


 父は私にそう言ってから、話を切り上げるように御者へと声をかけて馬車を出すよう命じた。

 少しずつ速度を上げる車輪がからからと回る音が、耳に残って仕方がなかった。



 屋敷に戻ってきた私は、喪服を脱いでから前と同じように父の執務室へと呼ばれて長椅子に座る。

 執事に紅茶を用意させている間すらもどかしく、私は父の言葉を待たずに口を開く。


「それで、私とロゼンス様のお話とは何でしょう」


 あまりにも不安すぎて、どうにかなってしまいそうだ。

 そんな私と違い、しっかりと深く長椅子に腰を落ち着けた父は、言葉を探すように顎を撫でる。


「うぅむ。さて、なんと切り出したものか」

「……もしかして今日ロゼンス様の隣に並ばなかったことと、何か関係しているのですか?」


 父は私の言葉を聞いて、ひとつ頷くようにしてから紅茶を飲み、それからゆっくりと切り出した。


「察するものがあるのならば回りくどいことは言うまい。

 よく聞きなさいパルメア。お前とロゼンス殿下の婚約は解消となった」

「……え?」


 父の言葉を聞いて、私は目の前が真っ暗になった。


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