二時間目を待ちながら(4)
ある日。二時間目を待ちながら。
外はザァーザァーと音が鳴っていました。冬菜は席に座りながら外を眺めています。
「(雨……)」
尚も外を見つめていました。
「(どうしてでしょう? 私、雨って嫌いじゃないです。普段とは少し違うシーン。いいえ、見た目だけではなく、多分一番好きだと感じる理由は……」
冬菜は目を閉じました。
「(この雨の…… 匂い)」
「おはよ」
「えっ!?」
突然正面から話しかけられ冬菜は驚いて目を開けました。千秋が普段の無表情で立っていました。
「眠い?」
「いえ、寝てた訳ではなく……」
冬菜はハタと言葉が出ません。
「(なんて説明したら?『雨の匂いに浸っていました』なんて、とてもおかしくて言えないです!)」
千秋が問います。
「何?」
冬菜が慌てながら言いました。
「あ、雨。雨ですよね?」
千秋は外を眺めました。言うまでもなく雨です。千秋はまた冬菜を見ました。
「そう、だけど?」
冬菜は顔が赤くなってすぐに言葉が出ません。何とか話を続けました。
「ち、千秋さん。雨は好きですか?」
千秋は無言で冬菜を見ていました。冬菜はまた恥ずかしくなって『そんな事はどうでも……』と話題を変えようとしましたが、
「好き」
と千秋は言いました。千秋は外を見て言葉を続けました。
「特に、匂いが」
冬菜はキョトンとした後、千秋の予想外の言葉にとてもうれしくなりましたが、顔には出さず、冷静に尋ねようとしました。
「そ、そうですか? どんな印象を受けますか? 雨の匂い」
「なんか、落ち着く。雨の匂いは、心を、穏やかに、させて、くれる。でも、時に、切なくなって、そんな時、あぁ、私って、この世界に、生きているんだな、って、思う」
冬菜は圧倒されたように驚いて、机に身を乗り出して言いました。
「すっ、すごいです! 千秋さん! すごく分かっていらっ……」
冬菜の言葉の途中で、千秋が言いました。
「って、冬菜が、言ってた」
「え?」
「中学の、時」
「え?」
「そんな事、言ってた」
「わ、私?」
「何、言っているのか、全然、分かんなかった」
冬菜の浮かした腰が、ストンと落ちて着席。
「私…… そんな事、言いました?」
千秋は頷きました。
「なんか、知らないけど、言ってた」
千秋は言葉を続けます。
「私は、雨、そんなに、好きじゃない。ジメジメするし」
冬菜は気が抜けたまま、頭の中で千秋の言葉を繰り返しました。
「(ジメジメ……)」
千秋が気を取り直させるように言いました。
「はい、深呼吸」
冬菜は促されるまま深呼吸をしました。
「どう? 落ち着いた?」
「はい。少し……」
「良かった。雨の匂いは、心を、穏やかに、させて、くれる」
「は、はい。そうですね……」
「私には、全然、分かんないけど」
千秋はそういうと隣のクラスに戻って行きました。千秋が去った後、冬菜はもう一度深呼吸すると、乾いた目で、また外に顔を向けながら実感していました。
「(あぁ…… 私って…… この世界に生きているんだな…… )」
二時間目開始のチャイムが鳴りました。