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三時のおやつ時間

 僕がブラックでもホワイトでもなくグレーな会社に勤めてそこそこたつが、何故かこの会社にはお茶の時間(強制)があった。

 創業当時は小さな家族経営だったので、その習慣が続いている、らしい。

 現在はそこそこの大きさになっているので廃止の話が出ては、却下されている。

 おそらく、まだこの習慣は続いていくのだろう。


 その代わりと言ってはなんだが、飲み会は少ない。

 年末と歓迎会、送迎会、以上。

 まれに夏に花火か納涼で招集されるくらいだ。

 部内で飲みに行こうという話もわりと少ない。繁忙期には帰れないくらい忙しいから帰れるときはさっさと帰宅する人が多い。

 飲むのが好きな人はそれなりに集まってやっているという話だが。


 まあ、それはともかく。

 お茶の時間にはお茶請けの用意をすることになっている。

 高額なお菓子ではなく一人、100円程度の予算となっている。一週間で帳尻が合えば良いことになっていて、最初の数日が数十円のチョコで、最終日にケーキが出てくる時もあった。

 一時期、各地のお土産品をアンテナショップで買ってくるブームもあった。


 現在はある社員が週の半分くらい用意している。

 用意しているというよりはいつの間にか持ってくるようになった。詳細は部長が知っているが、処理に困ってと本人は言っていた。


 彼女は、つんと澄ましているが、へにゃと笑ったときがとてもとても愛らしい。

 まあ、それでも可愛い先輩としか思っていなかった。


 ただ、まあ、その後の色々な噂でもぞもぞしているけれど。


 彼女は、去年から同居中のパティシエの従兄弟がいるらしい。

 そろそろ結婚するらしい。


 ソレを聞いたときの、なぁんだ、いるんじゃないか。恋人。みたいなもぞっとした気持ちが自分でも意外だった。


 結婚出来ない症候群とか言ってたから。


 そして今日も今日とてお茶の時間はやってきた。

 お茶用のテーブルにセッティングしているとチャイムが鳴る。

 ここから十五分の休憩時間になる。


 わらわらとお茶用テーブルに人が集まり、お好みのお菓子を手に去っていく。

 カットの都合で人数より多く余ることもあり、ソレを狙ってかふらっと物色しにくる他の部署の人々。クッキー類などはどっさりやってくることもあるのでその期待もあってだろう。


「やあ、今日もおいしそうだ」


 最近日参しているのは営業部の同期だ。イケメンと分類されるだろうが、ちょっと男っぽい感じだろうか。

 彼と比べると自分は平凡眼鏡だ。隣に並ぶとなんとなくちょっとへこむ。僻み根性とも言える。


 気を取り直して本日のお菓子に視線を向ける。


 八等分のタルトが二つ、カラフルな謎のぐるぐる。メレンゲ菓子と言っていたけれど、メレンゲとはなんだろう?


 メレンゲ菓子は瓶に入ってご自由にどうぞということになっている。湿気るとおいしくないので本日中にお召し上がりください、とのことだ。


 今日は洋なしのタルトを選ぶ。メレンゲ菓子もいくつか持っていくことにしよう。


 彼女は、アプリコットのタルトを食べてへにゃと笑った。


 ……かわいい。


 よその男の恋人だとおもうとなんだかもにょっとする。気がついていないわけでもないが気がついてしまいたくない微妙な気持ち。


 早く食べて仕事に戻ろう。

 繁忙期は過ぎ去ったと言っても通常の仕事がないわけでもない。


 タルトはやっぱりおいしかった。

 これに絆されたのだろうか。彼女は。


「彼氏さんがパティシエとか良いですよね~」


 遠くから華やいだ声が聞こえた。これは新人ちゃんかな。結婚いつになるんですかー? なんてのんきなことを聞いている。


「はぁ?」


 返事は地獄の底を這うような声だった。

 一瞬静まりかえる室内。

 見たいけど見たくない。そんな気持ち。


「え、え? いますよね? 結婚秒読みとか聞いたんですけど。コレ作った人と」


「……何がどうなってそうなったのか問いただしたいんですけど」


 彼女のいっそ朗らかとも言える口調が笑うしかない怒りを感じる。


「従兄弟と同棲」


 そこから尾ひれがついたと。

 しかし、従兄弟と言えど男と同居ならば疑われても仕方ないのでは?

 もしゃもしゃと謎のメレンゲという食べ物を口に運ぶ。

 さくっと軽い歯触り。溶けていく甘み。微かにイチゴの香りを残して消えていった。


「従妹と同居。女の子です。製菓学校通ってます。これらは実習の成果と自主練の結果です」


「え、ええっ。女の子の手作り」


 同期の声が響いた。

 食らいつくところはそこなのかと。

 部が別な癖にお茶請けを奪いに来るその男は少々、フットワークが軽い。特に女性に関しては。

 あまり、おすすめしたい男ではない。


「大体、どこに男っ気があったのかと」


 清々しいくらいにいつも通りだった。確かに。


「従妹は泣くかも知れません。もう作らないって言うかも知れません」


 ソレは確かに脅しであった。部長が慌てて取りなしているのが笑える。彼女が同居と言っただけで結婚速報になるくらいの衝撃だったと本人がしらない。


 半年くらい誤解されているのに鈍いにもほどがある。


「つきましては従妹ちゃんをご紹介してくれないかなぁ」


 へろっと聞いてる同期の心の強さを感じる。


「本人に聞いてみる」


 とは言っていたけど、それ紹介して良い男じゃないから。

 後で聞いたところによると全力で阻止しようと相当数が思ったらしい。この魅惑のおやつタイムがなくなるとは痛すぎる。


 まあ、その代償としての体重増加が要因となり空前の運動ブームがやってきて健康になっていくのだがそれはもっと後の話だ。


 目先のことは、フリーになった彼女をいかにしてお誘いするか、だろうか。


 それは空前のモテ期が来たと彼女が困惑する少し前のことだった。


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