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美しいオムレツを作るためには修行が必要である


「美しいオムレツを作るためには修行が必要である」


 家主が変な事を言い出した。

 従姉のお姉さんは時々変なスイッチが入るのか特定の料理に固執する時期がある。ほぼストレスマッハの時だ。


 まあ、作ってくれることには感謝しましょう。


 私はパティシエのタマゴとして、学校に通っている。学費以外の援助は不可のため、バイトしながらだ。もちろん家主たる従姉にも家賃は払っている。卒業後も分割で払う予定で少額を……。

 払わなくてもよいと言っていたが、これはケジメというやつだ。

 光熱費はお断りされ、食費は折半になっている。


 しかし、オーブン代の電気代で、げっと呻いていたのは知っている。マジでごめんなさい。


 素晴らしき従姉を仮にA子姉さんとしよう。

 平凡と言うが、可愛いは作れる系で小動物系である。ちなみに私も綺麗は作れる系でそこそこ見れる、と信じている。

 すっぴん? 野暮なこと聞くんじゃない。


 A子姉さんは社会人だ。ブラックでもホワイトでもないグレーな職場で時々ボロ雑巾のようになって帰ってきて、寝落ちしてたりする。

 ここ連日そんな感じだった。


 珍しく7時なんて時間に帰ってきたら、タマゴのパック入りのスーパーの袋をどんと置かれた。

 五パック。つまり50個。

 製菓用に買う私でも引く量だ。


「ど、どうしたの?」


 お帰りよりも先に質問が出てきた。

 その答えは大変な笑顔で返ってきた。


「美しいオムレツを作るためには修行が必要である」


「お、おぅ」


 せっせと冷蔵庫にタマゴを詰めていく姿に鬼気迫る何かがある。何があったんだ。会社で。


「何作ってきたの?」


「え、あ、失敗したパイ生地と成功したミルフィーユとカスタード」


 ミルフィーユはパイの食感が命である。パイの生地にしっかり火を入れる。でも必要以上の膨らみは不要だ。途中で鉄板を乗せて焼くことに今日一番の衝撃を受けた。

 これくらいと思った焼きも甘いと言われ、焦げてない?という一歩手前のようだ。

 カスタードは生クリームと合わせたもので中々に甘い。


「昼に作ったからふにゃふにゃかも」


 表面に砂糖を振ってカラメル状にしてあまり染みないようにしてはいるが、時間経過は無情だ。


「ふぅん?」


 スライムのようなカスタードをそう言って突っつくのやめてください。ラップで包んでいても気になる。

 冷蔵庫をしめーてー!


 わたしの願いが通じたのかお茶を取り出して閉めてくれた。

 そのまま着替えに行き部屋着モードなって戻ってきた。

 A子姉さんはエプロンを着けて、手を洗う。卵は6個出てきた。それからタマネギ、薄切り牛肉、キノコ類。


 ビーフシチュー系オムレツというのは中々ハードではないですかね、お姉様。


 ダイニング兼リビング兼キッチンみたいな作りの部屋なので、視界のどこかにキッチンの様子が見える。

 ちらちらと様子をうかがうには問題ない。

 時々、ものすごい、大失敗をやらかすから、ちょこっとだけ心配だ。悲しみのカレーや煮込みのようなものは見たくない。


 こちらの心配をよそにタマゴを割ってはボールに移していく。

 それを泡立て器で解きほぐす。泡立てるように、ではなく、腰を切るために上下に動かす。何故かそれで切れるらしい。

 タマゴがほぐれたら、牛乳を適当に入れる。あわせたらザルでざっくり濾す。

 塩こしょうを振って冷蔵庫に入れられる。


 タマネギを薄切りに、牛肉は一口大に、キノコは冷凍庫の常備品なのでそのまま。

 タマネギを炒めて薄く色づいたら牛肉を入れ、最後にキノコを入れる。水とビーフシチューの元を入れたらおしまい。

 クツクツ煮えている間にオムレツを作るらしい。


 テフロンの小さめのフライパンにバターが落とされる。

 火をつけ溶けきる前にお玉で卵液を投入。火が入る端から箸でかき混ぜ、ある程度固まったら火を止める。


 フライ返しで、奥を少しめくる。

 手前から返していく。淵まで寄せたら奥からひっくり返す。そこで少しだけ火をつけ直す。


 微妙な手つきが熟練している。焼き痕がつかないように慎重に、半熟で出来上がるように手早くやってのける。


 フライパンに皿を寄せて乗せる。


「70点」


 少々の歪さはあるが焦げ目はないし、つるんとしているように見えた。私なら自画自賛するレベル。

 ここではたと気がつく。


「あ、パンあるよ。フランスパンでよければ」


 私が明日、フレンチトーストにするために用意していた。一晩つけたものを朝食べる至福。

 うふふふ。


「ありがとー」


 主食までは考えてなかったみたいなのだ。抜けているというかオムレツに支配されていたというか。


 私はフランスパンをさくっと切って座って待つ。

 オムレツその2はすぐ出来た。


 オムレツにビーフシチューのソース。フランスパンに市販のカップスープ。

 サラダは私の包丁修行用のキャベツの千切りがある。


「いただきます」


「召し上がれ」


 少しは気が済んだのかA子姉さんは穏やかに笑った。


 オムレツはやや半熟で、確かにお店レベルではない。ではないんだけど、ご家庭レベルでもない。

 この人、どこを目指しているのだろうか。

 結婚できないと嘆いていたようだけど、地元にいたときのフラグクラッシャーの称号は伊達ではなかったのか。


 モテないわけじゃないけど、直接のアピールが足りなくて黙殺された男たちの屍よ。

 私はソレを乗り越えてきた。

 ……ってわけではないが、それなりに彼氏がいたりした。今はそんな余裕はない。


 うちの可愛い従姉のお姉さんに早く春が訪れますように。

 あと仕事が穏便に片付きますように。


 尚、オムレツ地獄はその後、一週間ほど続きました。

 ソース変えても限界は限界です。

 オムライスでも同じようなものです。


 体重が順調に増加します。

 マジで。


 結果、二人でスポーツクラブに入会しました。




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