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そうだ、イチゴ大福を作ろう



「そうだ、イチゴ大福を作ろう」


 唐突に彼女はそう言った。


 私には変わった同居人がいる。

 名をパティ子(仮名)という。

 いや、本人は少女Aで良いというのだが、少女と言うにはちょっとアレだ。言うと殺されるけど。

 パティシエの卵で製菓の専門学校に通っている従妹だ。


 私はしがない会社員だ。なんかこう、結婚できない症候群を患って世を儚んでマンション買っちゃった系。

 今はローンのために働いている。


 女の人生には色々めんどくさいことがあるのだ。

 実家の親とか親戚とか。

 同僚の彼氏居ないんですかにどれほどげんなりするか。

 私は私一人で十分だ。

 学校に通う都合で同居している従妹でも手一杯なのに、彼氏とか同棲とかどうなっちゃうの?


 急行は止まらないがそれなりに駅近の2DKが我が資産である。徒歩十分圏内じゃないといざって時にローンだけ残って売却になりかねない。

 ファミリーと言うより二人暮らしに向いた物件。尚、中古で中身ぼろぼろをそれなりにカスタマイズした。


 そんな狭いながらも楽しい我が家のキッチンにはテレビも食卓もある。

 私はソファはないからだらけながらテレビを見れないのが難点だな、と思いながらもこんにゃくゼリーをくわえていた。

 ゼロカロリーの幻に惑わされていると冷たい目でパティ子に見られても気にしない。


「そんで、なんで、イチゴ大福?」


「それは特売だったからです」


 ご近所というには遠い隣の駅に格安スーパーが出来たらしく、彼女はせっせと通っている。何かと製菓材料は高くつく。普通に売っている素材は安く手に入るに越したことはない。

 放課後、調理室が開放されるのでせっせと練習もしている。その場合は材料は持ち込みになる。

 なんとこの素敵なイチゴが298!とくるくる回っていたのは昨日のことだった。確かに小粒じゃなかった。


「学校持っていったんじゃないの?」


「中途半端に余ったのです。あ、姉さんはショートケーキ食べます? ホールでありますけど」


 15cmホールでそこそこ見れる感じにナッペしてある。渦巻きに絞ったクリームの上にイチゴが6個。そこそこ大きい。


「あとオムレットもありますよ。イチゴとバナナの。試食でちょっと今日はクリームはご遠慮したいんですよね」


 あ、良ければ会社持っていきます?

 そう言って首をかしげるパティ子。

 ああ、処分したいのだと思った。確かに連日の菓子責めは中々にきつい。

 最初の頃は付き合って食べていたけれど、お互いが丸くなってきてやめた。現在管理人さんに差し入れしたり、友人に会うときに持っていったり、会社に持参していったりして分散を図っている。


 我が会社には何故か三時にお茶の時間(強制)があり、15分ほど休憩がある。

 以前は部署ごとにお菓子当番が決まっていたが、今、私の所属部署は私の持参一択になりつつある。


 他の部署からもハンターがやってきては狩って行くくらいには人気である。


 尚、味は素人ではないけど、プロほどのクオリティではない。プロ級だった学校に行かずに修行している。


「まあ、ありがたく。なにか欲しいものはないかって部長が聞いていたよ?」


 プロではないのでお金を受け取れないと言われての現物支給である。お茶時間用のお菓子代は経費として支給されているので使わないのもまずい。

 結果、欲しいものの現物支給である。


「アーモンドプードル。高すぎて買う気失せます。あとプラリネがあれば欲しいですね。マカロン用の卵白が激余りなのでマカロンとか作ろうと思うんですけど」


 あとは100%砂糖の粉糖とか。

 いくつか上がった品をメモしておく。


「それは置いといて、六個くらい余ったんです。何かに使うにも二人で食べるにも微妙だと思いません?」


「確かにね」


 イチゴ大福。

 しばらく食べていない。


 春季限定。

 魅惑の白黒赤の憎いヤツ。

 包んで良し、ぱっくり割れたところに突っ込んでも良し。

 あんこの甘さと求肥とイチゴのジュシーさのハーモニーが絶大である。


 近所に和菓子屋がないと食べられない残念なヤツでもある。


 パティ子はいそいそとエプロンと帽子を被る。手を念入りに洗うところは中々それっぽい。


「まず。白玉粉。グラニュー糖をご用意ください」


 すちゃっとガラスのボールを用意し、白玉粉とグラニュー糖、水を用意した。

 きっちり計量して、ガラスのボールに白玉粉を入れ、少しずつ水をくわえる。


 私はやや大ざっぱなので計量をきっちり一グラム単位でするのは苦手だ。むしろ計量しない。

 パティ子はやや神経質なくらいの気の配り方だ。

 もっとも彼女に言わせれば、一グラムの違いで出来上がりが違うのだそうだ。


 やや耳たぶより柔いくらいでグラニュー糖をざばーっと入れた。

 引くくらいいっぱいいれた。


「え」


「残念ながら手元のレシピには白玉粉よりも多くのグラニュー糖が指定されておりまして」


「な、なんでっ!」


「おそらく砂糖の効果でしばらく柔らかい食感を維持するためでは? あと保存上の問題」


 彼女が言うには砂糖には保水効果があり、その結果時間がたっても柔らかくなるという。某アイスを餅でくるんだものは相当砂糖を投入されいてるのではないか、とのこと。


 ……その甘いのをこれから、この既に八時も回った時間に食べるのでしょうか。


「で、レンジに入れます。途中で取り出して練るんだって。白くなるかなーっ」


 うきうきと手際よくしているが、まだあんこもイチゴも処理していないが大丈夫だろうか。

 うねうねとスライムのように練ってはっと気がついたようにバットに片栗粉をぶちまけた。

 片栗粉の上にボール入っている白玉粉からクラスチェンジした求肥を落とそうとした。


「うん。剥がれない」


 パティ子、良い笑顔で、ボールの方にも片栗粉を放り込む。

 粘度が高いせいか全く剥がれ落ちそうにない。最終的におりゃと力ずくで剥がされる。ボールに残った部分は見なかったことにするのかシンクに隠していた。


「あんこー、粒あんがすきー」


 変な歌でも歌うように節がついている。冷蔵庫に死蔵に近い状態で置かれた粒あんがある。年末に買って未開封。そんなつもりもないのに実家帰省になったせいだ。

 そんで、結婚の二文字とお見合いの押しがあったのだ。

 げんなりする。


「これを計って丸めて、潰します」


 丸くしてラップの上でえいやと潰される。


「そして、このイチゴを置くのです」


 タッパーに摘められた既に処理済みだったイチゴが真ん中に置かれる。それをくるっと丸めると先端だけあんこがつかない状態になる。


「こちらにも丸く伸ばした求肥が」


 イチゴの先端が出ているところを上にして求肥で包む。


「素敵なイチゴ大福出来上がり!」


 ……やや、不格好なのは否めない。あれ、くっつかない、あれ、ここくっついちゃダメだし。みたいな呟きが聞こえたのがアレだ。


「ささ、できたてをどうぞ」


 そう言うと次のものを処理している。

 悪戦苦闘している従妹はなんだかやっぱりキラキラしている。


 できたてのイチゴ大福は甘酸っぱくて甘かった。


 しかし、夜にイチゴ大福三個ずつ食べたのはどうなのだと後悔するのであった。


 おいしかったんだもの。



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