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第1話:朝

2018年の夏におきた日本が変わった日。


通称[始まりの日]がおきてから、4年が経った。


日本は、4年間ですべてが変わった。


ありとあらゆる事柄が、それまで培ってきた概念・歴史を壊し、変革された。


それでも変わらないものもあった。


変わらないもののひとつが季節だ。


今は4月。


春らしい風が吹き、桜がきれいに咲いている。


雲ひとつない晴れの日で、太陽が暑すぎない程度で大地を照らす。


昔から変わらない過ごしやすい季節だ。






ある神社の神楽殿の真ん中で、一人の男が座禅を組んでいる。


坊主なのであろうか、紫色の袈裟を着けている。


座禅を組んでいるので正確な身長はわからないが高身長で、筋肉質な体つきに見えるが、肉体は袈裟に隠れて大部分が見えない。


年のころは、40手前であろうか?


坊主の格好はしているが、頭は剃っておらず短髪で整えられている。


立派な口ひげとあごひげがあるが、清潔感は損なわれていない。


少し渋い感じはするし、美形とはいえないが、男らしい中年というところだ。





「お師匠。生きてますか?起きてますか?」


座禅を組みながらピクリとも動かない彼に話しかける青年がいた。


年の頃は10代後半というところだろうか。


黒い短髪に黒い目で典型的な日本人だ。


なんというか、特に目立つ特徴もない普通の青年だ。


少し薄汚れた白衣を着ており、小坊主のようにも見える。


座禅の邪魔をしないようにと考えたのか、神楽殿の外から小声で話しかけるという配慮はしている。


「おーい。生きてるなら返事してくださーい。朝餉の時間ですよ。朝食ですよー。」


「……………」


「今日の朝食は、クロワッサンにレタスと焼き鮭をはさんでマヨネーズとわさびで味つけた特性サンドイッチですよー。」


「……………」


「お師匠が、こないだ鮭が食べたいってぼやいていたじゃないですか。だからわざわざ買ってきたんですよ。」


「……………」


座禅を組んだ男は、ピクリとも動かない。


しかし、青年には見えないが男の額には怒りマークが表れていた。


青年は、男の返事がないことを寝ているのかと思い違いをし、やれやれとため息を一つ吐いた。


「ふーーーーー。」


「……………(ぴきぴき)」


男の額の怒りマークが増えていることに、青年は気づかない。


青年は、わがままを言う子供を見るような優しい目をして男に話しかける。


「お師匠。1日の元気の源、朝食のお時間ですよー。早く起きないとお師匠の分食べちゃいますよー。寝るなら朝食取ったあとにしてください。あと寝るなら布団で寝てくださいよー。」


「(どかーーーん!)こんばかもんがーーー!!!」


男は堪忍袋の緒が切れたのか、目を開けると同時に青年に向かい走り出し、頭を拳骨で力強く殴った。


「寝とらんわー。まだ一炷香(線香1本が燃え尽きるまでの時間)たってないではないか。」


男が、自分が座っていた場所の前を指差す。


「…そ、そうみたいですね。」


ぐぉーとうめきながら頭を抑えていた青年だったが、男が指差すほうへ顔を向ける。


そこには、1枚の皿があり、皿の上には半分近く残った線香が煙を出していた。


正直言うと、お師匠が座禅を始めてからそれほど経っていないことに気づいてはいたが、朝食のほうが大事だったのであえてそのことについて無視をしていた。


「ま、まぁ、お師匠。朝食を取ってから座禅を組んだほうが、健康にいいですよ。…きっと。」


「もちろん。朝餉を食してからも組む。だが、起床してすぐの座禅も自分を見つめるのにいいものなのだ。」


「そ、そうですか。」


「仕方ない。続きは朝餉を食してからだ。…おぬしもやるのだぞ。自分を見つめなおせ。」


「ま、まじですか。(がーん。お師匠の座禅に付き合うとめっちゃ疲れるんだよなぁ。)」


男は青年の返事も聞かず、自分が座禅を組んでいた場所に戻り、線香の載った皿を手に取る。


そのまま指の腹で、線香の煙の出ている部分を潰した。


皿を置き、神楽殿から外に出ると、突っ掛けを履き青年を置いて社務所のほうに歩きだす。


青年は遅れまいと、男の後ろに急いだ。


「して、朝餉は何だ?聞こえてはいたが、頭に残っていない。」


「さっきも言いましたが、今日の朝食は、クロワッサンにレタスと焼き鮭をはさんでマヨネーズとわさびで味つけた特性サンドイッチです。こないだ焼き鮭食べたいってお師匠言ってたじゃないですか。」


「うむ。たしかに。鮭のような高い魚をたらふく食べたいとは言ったな。」


「ですよね。そんなわけで、鮭を手に入れてきたんですけど新鮮なものは手に入らなかったんで焼き鮭にしました。」


「ありがたいの。どうせなら米で食いたかったが、さすがに米は無理だったかの?」


男は歩みを止めないまま、青年のほうに顔だけ振り向く。


残念そうな顔で、青年は首を横に振る。


「配給されている食事に米は入っていませんし。残り少ない米は、いざという時のために取っておくという決定でしたから。」


「まぁ、その考えも間違えてはおるまい。仕方あるまいな。」


「…はい。」


「しかし、クロワッサンにレタスとマヨネーズか?鮭とわさびはわかるが、外来語はよくわからんな。何とか知識としてはわかるが、食事のようなものは体験してみないとだめだな。美味なのかどうなのか、想像がつかんな。」


「きっとおいしいですよ。」


「そうか。では期待しておくとしよう。」


男は笑いながら、社務所に入っていく。


青年も師匠のおいしいという顔を想像しながらあとをついていく。


男は忘れていた。


青年が作る料理には、時折微妙なものが混ざってしまうことを。







「ご馳走様でした。」


「はい。お粗末さまでした。」


師匠が手を合わせながら膳に向かって礼をする。


すでに食事を終えていた青年は、皿を片付けながら返事を返す。


「うむ。なかなかに美味であったな。クロワッサンというのは、初めて食したがこれは面白い食感であるの。焼き鮭もひさしぶりに食したが、実に美味であった。」


「それはよかったです。」


師匠は腕を組み、味を思い出しながら首を縦に振る。


「欲を言えば、米で食したいものであったがな。最近はこのようなものが、よく食されているのかの?」


「…いや、どうでしょう。」


(い、いえない。クロワッサンと鮭でおいしいサンドイッチができるなんて、かけらも思っていなかったんだけど。米がないから仕方なくパンにしたんだけど、今日はクロワッサンしか売っていなかったからだなんて。)


青年は、冷や汗をかきつつ師匠の前の膳を片付ける。


「まぁ、昔とは違い、最近の食生活は多種多様のようであるからの。うらやましいわい。」


青年が入れたお茶を呑みながら、食後の一服を堪能する。


「そうですね。今は、インターネットを使えばすぐに、世界中の料理の作り方がわかる時代ですからね。」


「ふーむ。いんたーねっとか。この前、おぬしに使い方を教えてもろうたがよくわからん。」


「なれると便利ですよ。何でもわかりますし、世界中の情報が一瞬でわかるんですから。」


「しかし、わしのことは妄語ばかりじゃったし、何が真実かわからないものじゃった。」


「そうですね。インターネットには、虚言も数多くありますが、わずかではありますが見過ごせない真実の情報もありますから。うそをうそであると見抜く目も必要になるんですよ。こればかりは、慣れだと思います。」


「まぁ、よい。そなたの好きにするがよい。」


師匠の言葉をきっかけに、少しばかり静寂が訪れる。


2人のお茶を飲む音だけが聞こえる。




「本日の予定はどうします。2件ばかり面会の要請はきていますが?」


「…用件は何じゃ?」


「聞いてはおりませんが、いつもどおりかと。」


「はぁ~。断っておけ。」


「承知しました。」


青年には、師匠が面会を断るのはわかりきっていたが、一応の確認は必要と判断していた。


「わしは面会は断っておるというのに、なぜに要請がいつまでも続くんじゃ?」


「仕方ないと思います。師匠が評価されているのは確かですし、公表されているランキングに入っていますから。」


師匠と呼ばれる男には、ランキングというものに入っていることは、甚だ困ったことではあった。


「ランキングのう。ようは格付けじゃろ。現在の常識程度の知識はあるが、言葉が多くて今は大変じゃな。」


「確かに、今と昔では言葉の数が段違いではあるでしょうし、ちょっと前までは外国語のほうがかっこいいということで、日本語で通じるところをわざわざ外国語で表現というよくわからない文化が流行ったこともありますしね。」


「なんじゃ、それは。」


「アイデンティティとかコンプライアンスとかレゾンデートルとか、日本語でも表現できるところをわざわざ外国語で通じるようにさせたりしてたんですよ。理由はよくわかりません。かっこいいからですかね?」


「まったくもって、よくわからん。」


今の日本のよくわからない言葉には、師匠はついていけないようだ。


「まぁ、師匠には関係ないと思いますし、覚えても使うことはないでしょうから忘れていいと思います。」


「そうじゃな。余計なことは忘れることにしよう。」


師匠は微笑みながら席を立つ。


「さて、とりあえず座禅でもするかの。おぬしも来い。」


「(うげ。)…いえ、私は朝餉の片づけがあるので。」


「水につけとくがよい。そのようなことはあとでよい。」


「…いえ、私は生きる意味を探すために町に出てこようかと思っていますので。」


「おぬしには必要ない。生きる意味など、誰にもわからないのだ。ただ生きていくだけなのだ。いいから来い。」


青年を無理やり連れて行こうと腕を取る。


青年は連れて行かれまいと、必死に抵抗する。


「…いえ、私には私が生きる意味はわかっております。ですので、それを探しにいくのです。」


「ほう。生きる意味を知ることは悟りにつながる。では、問おう。おぬしの生きる意味は何じゃ?」


青年が興味を引くことを話したので、師匠は話を聞いてみることにした。


「…わ、私のレゾンデートルである縦次元と横次元で構成された物質界における個人による表現方法を探しに行こうかと。平面における存在を認識し、それに思いをはせることで私は煩悩即菩提の身になれるはずです。」


「要するに?」


「…漫画でも探しに行こうかと。」


「却下じゃ。来い。」


「あぁーーーーー。」


青年は抵抗むなしく、引きずられていった。


毎日のように繰り返される、2人の朝の出来事である。



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