表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

第16話:帰宅

カンカンカン


鉄でできた吹き曝しの階段は、登るたびに音が鳴る。

正太郎が、自分の部屋にいるだろう人にばれないように足音を立てないように歩くも、長綱はまったく気にしない。

足音はあまり響かないが、手に持った杖をわざわざ一歩ごとに地面につくのでその音が響き渡っていた。

アパートの周りは車も走っておらず、とても静かな環境だから特にその音が目立っていた。


「ちょ、ちょっと、そんな音を出しちゃ中のやつにばればれじゃないですか?」(小声)


「別にかまわんじゃろ。

こそこそするのは性に合わん。

それにどうせ、戦いになるじゃろうしな。」


「しかしですね、いくら…」


「しかしもかかしもない。

おぬしももう少し危機感を持ったほうがよいぞ。

おぬしのことが知れ渡ると、誰も彼もが狙ってくるぞ。

そのためにも、少しは自分の命を守る努力をせい。」


「は、はい。」


「この部屋か?」


2人が話してる間にいつの間にか正太郎の部屋の前についた。

部屋には鍵がかかっていなかった。

拉致されて運び出されたようなものなので、劉たちもわざわざ鍵などかけなかったようだ。

正太郎がこの部屋に戻れることもないだろうと、劉たちが考えていたのもある。

警察もてんやわんやの状況なので、拉致の証拠隠滅など必要ないと考えていたようだ。


正太郎がここが自分の部屋だとうなずくと、長綱はバンと大きく扉を開け中に入っていく。

ばれないようにとか隠密的な考えはまったく頭にないようだ。

正太郎も遅れまいと自分の部屋に入っていく。

誰もいなかった。

たんすなど隠れるようなところがないシンプルな部屋だが、見渡す限り誰もいないように見えた。


「なんだ。誰もいないじゃないですか?」


「………ふむ。」


「あの女の子も、気配とか大げさだなぁ。

2人いるとか、驚かさないでほしいよ。」


スマホを探すと、PCのキーボードの上にあった。

手に取り確認すると、約2日充電されてないためバッテリーが切れていた。


「あー、電源落ちてる。充電しないと。

でも、さすがにここで充電しているのは危険だよな。

高橋や劉がいつここにくるかわかんないし。

もし、捕まったら(ブルルル)」


寒気がした正太郎は、とりあえず部屋のあちこちからいろいろなものを用意する。

いざというときのチョコバーやゼリー飲料・缶詰などの携行食。

医薬品やアウトドアグッズなどの防災用品。

スマホの充電器に、充電されてないモバイルバッテリー。

護身用のアーミーナイフにスタンガン。

そして、長い白の鉢巻に指貫グローブ。

リュックに入れたり、装備しながら急いで逃げる準備を始めた。

長綱は、部屋の真ん中で目をつぶりただ立っていた。


「準備できました。逃げましょう。

あ、その前に冷たい飲み物いります?」


牛乳を飲んでから逃げようと、長綱を見ながら冷蔵庫を開ける。

長綱の返事がないので、牛乳を取り出そうと冷蔵庫の中を見る。

冷蔵庫の中には男がいた。

一人暮らし用の冷凍機能のない冷蔵庫なので、腰ぐらいまでしかない小さいものだ。

大の大人が入れるサイズではないのだが、四角く折りたたまれるようにして、まるでサイコロのように男が入っていた。


「は?」


驚いている正太郎に向かって、四角い男から拳が飛び出してきた。

顔面直撃のコースだ。

拳のスピードといい、当たれば悶絶間違いなし、当たり所が悪ければ死すらあるかもしれない一撃だった。

一歩も動けなかった正太郎の目の前に、横から杖が伸びてきた。


ガシッ


四角い男の一撃は、長綱が伸ばした杖により防がれた。

四角い男は、冷蔵庫から出ると変形するロボットのように人間の形に戻っていた。


「お、お前は、あんときの。」


正太郎は四角い男に見覚えが会った。

坊主頭で四角い顔の大学生ぐらいに見える。

ずいぶんと小柄な体格で160ないくらいだろう、それでも冷蔵庫に入るサイズでは決してない。

そして2日前に正太郎の右耳を千切りとった危険なやつだ。

無表情で淡々と拷問してきたことを明確に覚えている。


「南條だったな。劉さんの命令だ。お前を連れて行く。」


2日前と変わらず無表情で小さい声で呟き、目の前の杖をどかしながら正太郎に近づこうとする。

四角い男の前に、長綱の杖が再び突き出される。

四角い男が長綱を睨む。


「邪魔するな。」


「それは無理じゃ。

そやつは、わしの一族の子孫のようでな。

ぬしらに、やるわけにはいかんのよ。」


「なんだと。というかお前は誰だ?自衛隊か?

邪魔するならお前から倒すだけだ。引くなら今だぞ。」


「何を言うとる?敵対しとるんじゃぞ。

そんなこと言う前に仕掛けるのがいくさじゃろ?」


「南條は殺すなと言われているが、それ以外については何も言われていない。

日本人は嫌いなんだ。殺す。」




言うが早いか四角い男が、長綱の顔に右の掌を叩き込む。

長綱は、左手で防ぐと右手に持った杖を横殴りに降りぬく。

ブオン

杖をかがんでよけると、左の掌を右膝めがけ振り下ろす。

当たる寸前で右膝を引くと、腰辺りにある頭頂部に向けて左手をくっつけようとする。

いつの間にか、長綱の左手には梵字が描かれた札が指の間に握られている。

振り下ろす勢いのまま前に回転した男は、右足のかかとから落ちてくる。

杖を落ちてくる足首にあて横にずらしながら、左手の札を右足に当てようとする。

札を危険と直感で感じた男は、左足から着地するとすぐに右足が宙のまま回し蹴りを放つ。

スッと長綱は一歩下がり蹴りを避ける。

無理な体勢で蹴りを放ち、体勢が崩れた四角い男も着地と同時に一歩下がった。

はぁはぁ

息一つ乱していない長綱に対して、四角い男は汗をたらしながら荒い息を吐いていた。


「引いてもよいぞ。今なら追わんぞ。」


「なめるな。日本人が我を馬鹿にするな。(怒)」


男は右手を前に出し拳法の構えを取る。

一呼吸すると同時に長綱に向かって飛びかかってきた。

拳を振りぬき、よけられたと見るやすぐに蹴りを出す。

拳と蹴りの連続攻撃だ。

正太郎の目では追いつかない速さだ。

格闘技は見たことあるが、TVで見るやつよりずっと速くずっと洗練されてるように見えた。

しかし、長綱は連続攻撃を避けるかもしくは杖で受け、一度も身体に当てられていない。


「す、すげ。」


「何をしとる。いまのうちに外にでも移動せい。」


「は、はい。」


正太郎は二人の戦いを呆然と見ていた。

TVで見た格闘技より圧倒的に迫力があった。

そんなすごい戦いなのに、早く移動せいと話しかけてくる余裕が長綱にはあった。

汗をかきつつ余裕がない表情の男とは対称的に薄ら笑いすら浮かべている。

リュックを背負いつつ、外に出て行こうとする正太郎を見て男は叫ぶ。


「周!一个男人会出去!(男が外に出るぞ)抓住它!(捕まえろ)」


(この日本人は厄介だ。我の体術では勝てん。周が南條を捕まえたら、即撤退だ。)


長綱への攻撃を続けながらも、男は入り口にいる仲間に向かって正太郎を捕まえるようにと大声で伝える。

扉のところに隠れている仲間がいるはずだった。

が、何事もなく正太郎は扉を開け外に出て行った。


「何!」


普通にドアを開け出て行った正太郎を横目に見ながら、男は小さく驚く。

攻撃を一旦止め、距離をとり、開け放たれたままのドアを見る。


(周はどうした?見えないが、扉に隠れていたはずだ?)


「ふむ。周とは入り口の気配の者か?眼には映らんかったが、気配は感じたのでな。攻撃はしといた。気絶ぐらいはしとるんじゃないかの?」


「………貴様。(怒)」


「まったく追わんと言うとるのに、何故攻撃してくるんじゃ?おぬしじゃわしには勝てんと言うことはわかっとるじゃろうに。」


「…なめるな、日本人!!!」


(こいつは殺す!我を舐めるやつ、我を馬鹿にするやつ、そして日本人、みんな殺す。)


無表情だった男は、憤怒の顔になった。

眼は血走り、歯を食いしばった姿は、まるで夜叉のようだった。

めらめらとまるで眼に見えそうなぐらい殺気を出しながら、男は長綱に突っ込んだ。

今までとは一線を画すようなスピードで、長綱の心臓めがけ隠していたナイフを刺そうとする。

ナイフが刺さる寸前で一歩引いた長綱は、札を男の額に当てた。

憤怒の顔をしたまま、男は動けなくなった。


(な、動けん。)


「これでよいな。しばらくは動けんじゃろ。疲れることをさせおってからに。年寄りは敬えと教わらんかったか?」


すでに興味がないのか、男のほうを全く見ずに長綱は外に出ようとしていた。


「ふむ。これはこれで、やつのいい修行になりそうじゃの。風子もちょっとわしが面倒見ないといかんだろうしのう。襲われるのも一石二鳥かもしれないの。」


長綱は開けっ放しの扉から、何を気にすることもなく外に出て行った。

正太郎の部屋には、一歩も動けない男が取り残された。

気絶しているわけでもなく、ただ動けないだけだった。

長綱が全く男のことを気にしないで外に出て行くさまもすべて見ていた。

戦ったというのに気にも留めてもらえなかった長綱に、しばし呆然とした後、気が狂いそうなほどの激情が沸いてきた。


(ころす!なにをおいても、なにをしてでも、やつはころす!われのすべてをかけて、あのおとこはころす!かならず、かならずやつはわれのてでころす!)


男は、怒りのあまり頭がうまく回らない。

一歩も動けなくされた自分への怒りなどは、一切ない。

玄関で気絶している周のことも正太郎のことも、すべて忘れている。

長綱への怒り、殺意しかない。

動けるまでの3時間、ずっと長綱の殺し方だけを考えていた。


この男が、このさきあることをやらかす。

長綱は後で述懐する。

『生殺与奪の権利があったあのときに、やつは記憶を奪うなり殺すなりでもしてどうにかしておくべきじゃった。』と。




評価や感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ