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第11話:また一人

「がぁっ、くっくそ。ちっ、ちくしょう。」


今現在正太郎は、人目につかないように荒川沿いをひょこひょこと歩いていた。


正太郎が高橋に拷問まがいのことを受けてから、3日が経っていた。


その3日で正太郎の姿かたちは、ずいぶんと変化していた。


目・鼻・口は、普通に問題ないが、右耳の部分には血の色をしたガーゼが当てられている。


右耳はとある男に切り付けられ、すでに欠損していた。


残った左耳も耳たぶから下は無くなっていた。


両手は全体を覆うように、包帯が巻かれている。


指は全部無事ではあるが、爪はすべてはがされていた。


包帯の下には、手の甲の真ん中に貫かれたような傷があり、骨にひびが入っている状態だった。


両足は高橋にやられた状態から変わっていない。


高橋の応急処置のときのままだ。


こんなときでも着ている学ランで外から見たらわからないが、腹も背中もカッターで切られたような切り傷でいっぱいだ。


本来なら、救急車を呼んで即入院したほうがいい状態だ。


だが、今の正太郎にその選択肢をとることはできない。


他人と会うのが危険だからだ。


危険というか、怖い、怖すぎる。


この3日間は、地獄のような時間だった。


正太郎は、今はもう誰も信じることができなかった。







ピンポーン


チャイムの音で目が覚める。


目が覚めると同時に、両足の指から酷い激痛が走った。


「いっ!?」


痛みの原因である高橋に受けた拷問を思い出す。


まだ高橋がいるかと、顔をしかめながら部屋を見回すも何処にもいない。


高橋に怒りを向けたいが、今は痛みで考えることができない。


ピンポーン


再びチャイムが鳴る。


チャイムに出て助けを求めたかったが、縛られて動けない上に、出てくる言葉はうめき声だけだ。


がちゃっ


「南條さーん、大丈夫ですカー?」


勝手に扉を開けて、入ってきたのは201号室に住む中国人の劉だった。


劉(本名:劉可全)は30代前半の旅行会社に勤めるエリートサラリーマンだ。


母国語である中国語だけでなく、日本語に英語フランス語まで使える通訳としても活動している高給取りだった。


朝早くから夜遅くまで働いているようで、挨拶以外で顔を合わせることはほとんどなかった。


なぜ郊外のボロアパートに住んでいるかは、誰も知らない。


正太郎としても、あいさつしかしたことがない顔見知りという程度の関係だった。


そして、高橋は部屋を出て行ったとき、鍵を閉めなかったようだ。


(あ、ありがたい。劉さんに救急車を呼んでもらおう。)


「りゅ、劉さん。お願い、救急車呼んで。」


「おう、どうしたネー。事件かいナー?怪我かいナー?」


縛られ倒れている正太郎と、血が飛び散っている部屋を見て、劉はびっくりしながら部屋に入ってきた。


「なんか、上の階が騒がしかったから見に来たのヨー。

今、大変なことになってるし、その関係かなーと思ってネー。

ちょっと怖いから、静かになってから来たんだけど、どうしたのこれハー?

包丁とか危ないヨー。」


両足が血まみれの正太郎を見ながら、包丁を手に取りどかす。


縛っているビニール紐を解こうとするも、頑丈に縛られていて手では解けそうになかった。


「うーん。はさみで切るネー。はさみどこネー?」


「はさみは机の上。そ、そんなことより、救急車を早く、お願い。」


じんじん来る鈍痛に耐えられなくなってきていた。


「わかったヨー。電話するネー、109だっけ?」


「119です。お願い、早く。」


「わかったネー。…ん?なにネ、これ?」


はさみを探しに机に向かいながら、救急に電話をかけるもつながらない。


今の街中は、混乱しているようで救急に電話がつながりにくくなっているようだ。


スマホで電話をかけながら、はさみを探そうとすると、机の上にA4サイズの紙があった。


裏に何かが書かれているようで、紙を裏返すとそこには手紙のようである文章が書かれていた。


その文章を見た瞬間、劉は電話を切っていた。


そして、正太郎が何でこのような目にあったかを理解してしまった。


正太郎にとっては、とても不幸なことであったことは間違いない。


「ごめん。劉さん、意識が朦朧としてきた。急いでくれません?」


「………」


「劉さーん。お願いだから急いでー。」


「おー。そうだネー、怪我してるんだし、痛い痛いネー。

そういえば、今日はいつもの変なしゃべり方はしないのかネー?」


「えっ?こんなときに何を?

い、今はそんなの考えられないんで。」


「そーかー。痛くて考えられないのカー。」


雑談を振りながら、さりげなくどかしておいた包丁を後ろ手に隠し、正太郎に近づく。


「さっきから、救急車呼んでんだけど電話に出ないのネー。

世間は、大事件があって大忙しみたいなのヨー。」


「救急車、来ないんですか?」


「うん、来れないっぽいネー。

ほら、昨日の昼過ぎに変な声が聞こえたじゃない。

あれのせいで、なんか方術みたいのに目覚めて事件を起こした輩が多いみたいだしネー。

それで、昨日の声が言ってた計画なんだけどサー。

あれはやばいよネー。

南條君は、どう思うネー?」


「どう思うって、何をですか?

というか、救急車無理ならお手数ですが、病院に連れてってもらってもいいですか?

ちょっとしびれてて、動けそうにないんで。」


「うんうん。そうだネー。

で、南條君は”咎人”なのかナー?」


正太郎が昨日の声が言ってた計画などを理解していないようであることは、劉にもわかった。


確信を持つために、机の上に置いてあった紙を見せながら、正太郎に”咎人なのかと”聞くことにした。


正太郎が見せられた紙には大きな字で、以下のようなことが書かれていた。


”正太郎君へ。

君は、間違いなく咎人だよ。

僕が超能力もらえたから間違いないよ。

これから君はいろいろ苦労すると思う。

でも、君なら大丈夫。(笑)

きっと、乗り越えられるさ。

もう、会えないと思うけど元気でね。

僕も君の分まで元気で過ごすから。

さよならー。

追伸:僕のかわいい天使が超能力を欲しがったら、また会いに来るよ。

そのときは、よろしくね。”


高橋からの手紙だった。


いつこんなものを書いたのかは知らなかったが、正太郎が咎人ということが書かれていた。


正太郎には、咎人のことと超能力のことは理解できなかったが、元気でねさよならーという別れの挨拶が書かれているということは理解できた。


(俺をこんな目に合わせておいて、元気でねさよならって、いったいなんだよ。

あの人、マジでおかしいよ。)


「…?それ、高橋さんが書いた別れの手紙っぽいですね。

病院行った後すぐに警察行くんで、それ証拠としてわたそうと思います。」


「この手紙には重要なことが書かれているんだけど、わかってないようだネー。

南條君が、咎人だって書かれてるんだよネー。

ここ重要だよー、テスト出るヨー。(笑)

あいやー、こんなすぐ近くに咎人がいるとは思ってなかったヨー。」


「???」


「あー、わかんない言葉で言ってごめんネー。

でも、高橋さんに感謝だネー。

こんな重要なこと教えてくれるなんてありがたいネー。」


「あんなのに感謝なんて、何言ってるんですか?」


「気にしないでいいヨー、こっちの話だネー。

でも、僕は南條君にはもっと感謝するヨー。

南條君と出会えたことは、神に感謝するヨー。」


「い、いったい何の話ですか?」


「うん、こういうことヨー。」


後ろ手に隠していた包丁を取り出し、正太郎の眼前に突きつける。


目を見開いて驚いている正太郎を見下ろしながら、包丁をぺちぺちとほほに当ててくる。


「南條君には、ちょっと痛い目にあうかもしれないけど許してネー。

昨日までとは、世の中が変わっちゃったから仕方ないネー。

これもまた、有為転変ってやつかナー。

人の世ではよくあることだよネー。」


「あ、あ、な、なんで?」


「さぁ、いくらでも僕に対して幽愁暗恨してもいいからネー。

さぁ、はじめるヨー。」


正太郎のシャツのボタンをぶちぶちとちぎりながら、露わになった腹に向かい包丁を振り下ろす。


ピタッ


勢いよく振り下ろされた包丁は、腹の皮すれすれのところで止まっていた。


「おっとー、危ない危ないネー。

この勢いで刺したら、死んじゃうよネー。

ついいつもの癖で、ごっめーんネー。」


(はぁはぁはぁ、危うく腹に刺さるとこだった。

いつもの癖って何だよ、この人も危ない人かよ。)


振り下ろされる包丁を見て、正太郎は緊張のあまり息を止めていた。


包丁が止まったことにより、安堵したが冷や汗がだらだら流れていた。


「ちょっと部屋から、商売道具とってくるネー。

だからおとなしくしているでよろシー。

ちょっと待っててネー。」


「はっ?がっ!」


劉は立ち上がりながら、正太郎の顔面に向かい蹴りを一閃。


正太郎は鼻血を飛び散らかせながら、横に倒れこむ。


鼻血を抑えることもできない呻くだけの正太郎を見て、劉は満足しながら部屋を出て行った。


(に、逃げなくちゃ駄目だ。

高橋は頭のおかしななやつだったが、劉は危険な気がする。

暴力になれている感じだ。

このままだと、絶対にやばい、逃げないと。)


鼻血を垂れ流しながら、どうにか逃げようと動こうとするが、拘束は解けないしどうしようもなかった。


武器として包丁を持つことも考えたが、見回してもどこにもなく、劉が持っていったようだ。


階段を駆け上がる音が聞こえると、すぐに部屋のドアが勢いよく開き、劉が満面の笑顔で入ってきた。


「おまたセー。

さぁ、これからが本番だヨー。

大丈夫、死なない程度に痛めることは中国四千年の歴史を使えば朝飯前ってやつだヨー。

さあ、僕が方術に目覚めるまで、一緒にがんばろうねーよろしくネー。

おっと、いやだなー、泣かないでヨー。

これからなんだからネー。」


右手には包丁を持ったまま、左手には大工の工具箱のようなものを持ちゆっくり近づいてきた。


正太郎は、近づいてくる劉を涙目になりながら見ていることしかできなかった。







「おっおっおーーー!

きたねー、きたネー。

わかるヨー、わかるヨー。」


劉が正太郎の左手の小指の爪をはがしているときだった。


突然興奮し始め、頭を抑えながら天を向いた。


劉は、自分が方術に目覚めたことがわかった。


方術に目覚め方士になったのだとわかると、喜びの念がどんどん湧き上がるのを感じた。


「南條君、ありがとネー。

君のおかげで、方士になることができたヨー。」


「………ぐっ。」


正太郎の右手の爪は全部はがされていた。


ペンチでゆっくりはがされていくことに耐え切れず、気絶も何回かしていた。


そのたびに爪の間に竹串を刺してくることで、強制的に目覚めさせられていた。


右手の爪がなくなり、劉がまだ駄目かとつぶやきながら左手の小指から爪をはがしはじめたときだった。


劉が方術というか超能力に目覚めたようだ。


じんじんと来る痛みで悶絶しながら、そして怒りと恨みを抱きながらも、今はやっと終わりかと安堵する思いでいっぱいだった。


「さぁ、じゃあ次は、同胞を呼んでくるからネー。

同胞も目覚めさせてちょうだいネー。

また、お願いネー。」


「…えっ?」


「あー、でもこの部屋じゃなくて本部に移動したいナー?

でも、どうするかナー?

ちょっと外は危ないしナー。

うーーーーん、そうだ。

少しずつ同胞を呼んで、方士にしよう。

方士の同胞が増えれば、無事に移動できるかもネー。」


「………」


「というわけで、電話してくるネー。

ついでに、君の傷の手当てに必要なもん調達してくるネー。

いやいや、感謝なんてしなくていいからネー。

まだまだ君にはがんばってもらわないといけないんだからネー。」


「………」


「まぁ、この状態なら逃げられないだろうけどネー。

逃げられたとしても、逃げないほうがいいヨー。

中国四千年の方術で見つけられるから、そしたら怖いことになるからネー。

じゃあ、またあとでネー。」


呆然としている正太郎を尻目に、劉は電話をかけながら部屋を出て行った。


正太郎は逃げようかとも思ったが、体が動かず目の前がだんだん暗くなっていった。


(あぁ、逃げなきゃいけないのに、むりか…)


まぶたが閉じ、正太郎は眠りについた。




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