表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一日一回ログインボーナス

作者: 嶋倉

 水平線から徐々に青みを増していく空に、入道雲が堂々と浮かんでいた。

 彼は「疲れた」と呟いて、加熱されたアスファルトに腰を下ろした。水が半分になったバケツと、着火用のライター。蝋燭を持参した台に刺して、すぐにスマホゲームに熱中し始めた。

「お疲れ様」

 粒になった汗が首筋に浮かぶ。日焼け痕がシャツの形にくっきりとついている。いかにも夏の男の子、って感じがして微笑ましい。

「これぐらいやれば大丈夫だよな」

「うん、充分だよ」

 彼はこちらを見ないで、スマホの画面を繰り返しタップしている。画面の向こうでは、ゾンビのようなモンスターが次々に経験値になっていた。

 見たことないゲームだ。今はこういうのが流行ってるのかな。ぼんやり眺めているうちにステージをどんどんクリアしていく。爽快だけど、私は少し苦手なジャンルだ。

 「スタミナ使い切ったー」と彼は満足げに呟いて、また新しいゲームを起動する。

 上から画面を覗き込む。これは知ってる。昔からずっとあるスマホゲームで、私もよくやっていた。確か、課金しないと勝てなくなってやめたんだ。彼はまだ続けてるんだな、と感心する。

 「通算ログイン800日目! ダイヤ5個プレゼント!」と、ツインテールの女の子が画面の中で笑っていた。メインヒロインだけど性格が良すぎてどうも好きになれない、と彼が言っていたことを思い出す。

 彼はボーナスを素早く受け取った後、近くの台にスマホを置いた。

「あれ、やらないの?」

「暑くてやる気しない、やめた」

「もう」

 アブラゼミの声が遠くから聞こえる。ここは丘だけど、海が良く見える。すぐそこが崖だから子供だけで行ってはいけない、と母からきつく言われていた。けど、どうしても海が見たくて、結局二人で何度も抜け出して怒られたのはいい思い出だ。

「ログインボーナスっていいよな」

 額から汗を流して、彼は顔を上げた。程よく焼けた丹精な顔立ち。小さいころから一緒にいるのに、彼だけ先に大人になってしまったみたいで、なぜか悔しい。

「どういうこと?」

「だって、ログインするだけで便利なものがもらえるじゃん。俺、思うんだよ。人生にもログインボーナスがあったらなーって」

「なにそれ」

 私は苦笑する。

「毎日朝起きたらログインボーナスゲット。それはお金だったり、お菓子だったり、ランダム。ごくまれに超次元的な物がもらえて、運よくもらえたら人生安泰みたいな。そんなんだったら楽しくない?」

「いいな、私もそんな人生送ってみたいよ」

 どこかのSFにありそう。そう思ったけど、私はあえて黙っていた。

 彼は勢いをつけて立ち上がる。おもむろにライターを持って、私の方に向けた。

「俺、絶対欲しいボーナスあるわ」

「何?」

 ライターのボタンを押す。淡く頼りない光が、照りつける太陽光の下で確かに輝いた。

「一度だけ過去に戻れるボーナス」

 蝋燭にともった火が揺れる。水で洗われすっかり綺麗になった墓石をもう一度眺め、彼は満足そうに頷いた。「東野家」の文字に伸ばした手が、私の胴体をあっけなく通過する。

「今でも思うんだ。あの時もし海に近づこうなんて言わなかったら、姉ちゃんが落ちそうな俺の手を引っ張らなかったら、って」

 文字を愛おしそうにさする彼の、眉を下げて笑う顔が痛々しくて。私はとっさに拳を握る。

 もう二度と触れ合えない。話せない。分かっていたはずなのに、どこにもない心臓がぎりぎりと痛んだ。大きく吹いた風が彼だけを揺らして、涙が浮かんだ目元を露わにする。

「なんてね」

 茶化した彼の声は、少し湿っていた。


 ぴったりと合わせられた両掌。誰に向けられているかなんて、考えるまでもない。


「おかえり、姉ちゃん」


 スマホの画面には、最終ログイン2年前と書かれた私のアカウントが、フレンド枠にたった1人表示されていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 味のある作品でした [一言] 他の作品にも期待してます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ