始まりの終わり
「何を考えてるんだ!」
「俺は偵察も、交戦も指示した覚えはない!」
「勝手な行動で、皆を危険に晒したことを理解しているのか!?」
皆と合流した僕はヴィルヘルムに怒られていた。
ゲームのときには指示を無視しても、何をしても一切のお咎めもなかったことで、終わった後のことが完全に頭から抜けていた。
僕は指示も、止める声も、怒鳴る声も、全てを無視して自分だけが知っている情報を基に動いた。
結果だけを見るならば、ほとんど被害もなく敵の殲滅に成功。
めでたし、めでたしであるが、他の皆からすれば唐突に陣形を離れ、指示を無視して戦いはじめた大馬鹿者である。
もしもこれが先の展開のわからない戦場だとしたら、僕の行動によって小隊の皆に危険が迫る可能性は低くない。
怒られるのも当然。むしろ、これを理由に除隊させられても文句は言えない所業である。
「おい、気持ちはわかるが、怒鳴るのは後にしろ。ここはまだ戦場だ」
興奮冷めやらぬヴィルヘルムを窘める御堂の声、その声にも怒りが混じっている気がするのは気のせいではないだろう。
自己紹介の席で「馴れ合う気はない」なんて言ってた奴ですら、怒りを隠さない現状に少し背筋が寒くなる。
「申し訳ありませんでした。この申し開きは後程」
ゲームのときの知識がある僕は周囲に敵がもういないことを知っているが、ほかの皆にとってはそうではない。
いつ襲われるかわからない状況で、長々と問答をしているわけにはいかない。
御堂の言葉で、そのことに気づいた僕は問題の先送りを提案する。
「わかった、事情は後で聞かせてもらう」
「皆! 警戒しつつ、残った敵がいないかを確認をする! もう誰も指示を無視したりしないでくれよ!」
ヴィルヘルムもそれで少し頭が冷えたのだろう。僕達は任務を再開した。
帰りの輸送車の中では、全員無事で何の被害もなく任務達成できたというのに、誰も何も喋らなかった。
たまに無言でこちらを睨む視線を感じて、僕の胃がキリキリと絞られるように鳴く音が聞こえたくらいだ。
どうしよう、どう説明して、どう謝れば許してもらえるだろうか。
この世界をゲームとして体験したことがある。なんて荒唐無稽なことを話しても信じてもらえないことくらいは想像出来る。
なんとなく。そんな気がした。衝動に突き動かされた。初めての戦場に興奮していた。
そんな曖昧な表現で言い訳することくらいしか思いつかない。
とりあえず謝ろう。誠心誠意謝ろう。そうすることくらいしか、僕に出来ることはなさそうだ。
宿舎に帰還した僕は、椅子に座る皆の前で土下座していた。
「本当に申し訳ありませんでした!」
皆の突き刺さるような冷たい視線が痛い。
茉莉ちゃんなど、こちらを汚物をみるような目で見ているものだから、本当に心が痛い。胃も痛い。
「なぜあんなことをした?」
「初陣で、舞い上がって、緊張して、興奮していまして、そこに敵がいる。そう思ったら何も考えずに行動していました」
「皆を危険に晒す行為だったと、今は深く反省しています。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って、もう一度頭を下げる。
皆の視線の冷たさは変わらなかったけど、それを聞いたヴィルヘルムは「はぁ……」と大きな溜息を一つついた。
「わかった。今回は誰にも被害はなかったし、もう命令違反はしないということで許そう。皆もそれでいいか?」
そうヴィルヘルムが聞くと、皆もぞれぞれに「はい」「……はい」「しゃあねぇか」と返して、席を立って一度こちらに視線を向けたあと去っていく。
「皆を危険に晒す行為の、皆って部分にお前が入ってるってことも忘れるなよ」
一人残ったヴィルヘルムは、そう一言残して去っていった。
しかし、まさかこんな展開になるなんて思ってもみなかった。
いや、ちゃんと考えていれば、こうなることは予想出来たし、皆の反応も当然のものだと理解できる。
ただ、そう、ヴィルヘルムを死なせないことに必死で、他のことを考える余裕がなかっただけだ。
もっと要領良く、上手く立ち回ればこうならない方法でヴィルヘルムを助けられた気もするし、ただ、僕にはそれが出来なかったというだけだ。
最終的にはこんな結末になったけれど、それでもヴィルヘルムは生きている。
僕に後悔はない。僕の心にあるのはヴィルヘルムの死を阻止できた達成感と、明日からの生活への不安と胃痛だけだ。
あぁ、初陣が終われば、みんなと交友を深めてキャッキャウフフなギャルゲーライフが僕を待っていると思っていたのに。
まさか待っていたのが、胃薬を手放せなくなるギスギスライフだったなんて……