お祈り
いやぁ、水切りは強敵でしたね。
まず石、これに適した平べったい石を探すのが本当に大変です。
次に投げ方。そもそも僕は水切りなんてしたことなかったんですよ。小さな頃からインドア派でしたので。
結局、四日間訓練した成果は最高三回、三回でしたよ。僕には水切りの才能はないのでしょう。
しかしこの苦戦もね、今、ステータス画面に映っている
近距離戦能力 4
中距離戦能力 5 ←コレ
遠距離戦能力 4
危険察知能力 4
機動力 4
クレジット 0
を目にすれば、報われない努力なんてない! と、叫びたい気分ですよ。
水切りで何故、中距離戦の能力が上がるのかはわかりません。ゲームの世界だから、で終わらせるには不可解すぎる結果です。
ですが、そんな細かいことはいいではありませんか、今はこの喜びに浸りましょう。
と、トリップするのも程々に、自由に動ける残りの五日間について考える。
攻略サイトなどでは、このあとは小隊の皆と交流を深めることがオススメされていた。
しかしそれは"二日目と三日目は訓練が出来ない"ことを前提としたオススメである。
ここには強制チュートリアルイベントなどない。前提が違っているオススメはもう使えない。
そこで残った五日間で何が出来るかを考えると、これがなかなか悩ましい。
五日あれば、いずれかのステータスを4から5に上げることは出来る。
ではいったいどの能力を上げるべきか。
ゲームのときの知識から必要だと思われるものは危険察知能力、機動力のどちらかだろう。
近距離戦能力だとか、遠距離戦能力はそれぞれに対応した装備がなければ意味がない。
そしてゲームのときであれば、危険察知能力、機動力は共に回避力に影響する同じような効果だった。
しかしこの世界でも同じ効果かといえば、字面からみても、おそらくそんなことはないだろう。
ただ、このステータスが実際にどういった影響をもたらすのかわからないので、いまいち決めかねているのだ。
平時にパワーアーマーを着て訓練など出来れば、それを確認することも出来るが、稼働には希少なエネルギーが必要な設定のせいでそれは叶わない。
希少なエネルギーってなんだよ! どう希少なんだよ! 普通は希少でも事前に一度くらいは訓練するもんだろ!
と、思わなくもないが、僕個人の力ではどうしようもない。
危険察知能力と機動力。
初陣はゲームのときに何度もプレイした、展開の決まっている戦いだから、今回の戦場で危険なことが起きるタイミングはだいたいわかる。
となれば機動力を上げておくのが良さそうだ。
というわけで、やってきたのは水切りと同じく河川敷である。
この河川敷には小さな祠があり、その前でお祈りすると機動力が上がるのだ。
お祈りで機動力が上がる理由はハッキリいってさっぱりわからない。
開発者が危険察知能力と機動力を間違えて設定したんじゃないか? なんて言われていたけど、後のアップデートでも修正されなかった。
まぁ、僕としてはどちらのステータスが上がっても構わない。どちらでもステータスが上がれば良いのだ。
そんなわけで、完全食の缶詰を入れた袋を隣に置いて、ゲームのときと同じように、祠の前で跪いてお祈りの態勢を取った。
いやぁ、四日間のお祈りは強敵でしたね。
水切りなんて屁でもないくらい強敵でしたよ。
まず同じ態勢で動かないっていうのが、思ったよりも体に負荷をかけまして、一日中走っている方が楽だったかもしれません。
次に精神的にもかなり辛い。動かずに目を瞑っているせいで、無意識で今まで考えないようにしていたことを、いろいろと考えてしまうんです。
まぁ、それだけならいいんです。まだいいんです。
それよりももっと辛かったのは、ヴィルヘルムに「まだ水切りしてるのか?」なんて朝、聞かれたことですよ。
水切り訓練、三日目のときにどうしているのか聞かれたときは、彼に正直に伝えることが出来ました。
「河川敷で水切りするのにハマってるんですよ」と。
そのあとは彼と二人で河川敷で水切りを楽しみました。
彼はこの水切りがなかなか上手くて、僕は彼に指導してもらったことで、最高記録である三回の水切りに成功したのです。
しかし今回は正直に答えることが難しいのです。
朝から晩まで河川敷の祠の前で祈ってるよ。
なんて言ってしまえば、これは完全に頭のおかしな奴ですから。
かといって「まだ水切りにハマってる」なんて言えば、また河川敷についてきてしまうかもしれません。
仮についてこなかったにしても、様子見にこられれば祠の前でずっと祈っている僕を見られてしまいます。
「あいつはいったい、なにをしているんだ」と思われてしまいます。
必死で脳をフル回転した結果
「水切りしてるときに知り合った、他の隊の子とこの辺りを見て回ってるんですよ」
とかいう、すぐにバレそうな嘘をついて、なんとか切り抜けました。
いろいろな意味で、もう僕の心はボロボロです。
しかしそんな僕の心の訓練の甲斐もあって、機動力が4から5に上がりました。
嬉しかったのですが、喜ぶ気力がもうありません。
残った一日は部屋で休息することに決めました。
体の疲労はそれほどではありませんでしたが、心の疲労がもう限界です。