確認
昨夜のソーセージは本当においしかった。
朝、起きた僕は昨日のヴィルへルムのソーセージの味を思い返しながら、今日の予定を考える。
今日で二日目。ゲームの通りに進むのなら、あと十三日で初めての戦場に連れ出されることになる。
まず、昨日はいろいろあってできなかった諸々の確認をしよう。
最初にするのはステータスの確認だ。
目を瞑り、ステータスを見ようと意識を集中する。
ゲームのときには他のキャラクターとの関係性やコンフィグなんてのも表示されたけど、この世界ではさすがにそんな機能はない。
しかし自分のステータスについては、この世界にも存在していて、軍に入隊すると見られるようになると訓練校の座学で教えられた。
ちなみにこのステータス、訓練校に入学するときに体に埋め込まれたチップの機能の一つらしい。
軍で使用されているUSCと呼ばれる通信機能もこのチップの機能のうちの一つということだから、この世界の科学技術のレベルはさっぱりわからない。
しばらくして、瞼の裏に浮かび上がったステータスを確認する。
近距離戦能力 3
中距離戦能力 3
遠距離戦能力 3
危険察知能力 3
機動力 3
クレジット 0
なるほど、ゲームと同じだ。
そしてステータスもゲーム開始当初の主人公と同じだ。
地獄の訓練によって上がった体力も知識もこのステータスには反映されていないようにみえる。
運動場で木刀片手に殴り合ったあの日々はいったいなんだったのか、考えると目頭が熱くなる。
このステータス、ゲーム内での戦闘パートではそれぞれ命中率、回避率に影響を与えた。
今のところ訓練校での出来事以外はゲームと同じような流れで進んでいる。
おそらくこの世界でもそれぞれのステータスは同じような影響があるにちがいない。
最後のクレジットは一か月に一度の給与として、その他に戦場での活躍に応じたボーナスによっても手に入る、いわゆるお金のことである。
リビングの端末からこのクレジットを使って、新しい装備品や娯楽品、更には補充人員まで購入することできる。
テクノロジーの研究でも使用するため、ゲームをプレイしていたときは常にカツカツだった。
これは余談ではあるが、クレジットを使って近藤さんを購入することもできる。
この近藤さんを持って、親密な関係になった女の子を部屋に呼ぶと、場面が暗転して近藤さんが一つ減るという演出があった。
僕も近藤さんを使う日が今から待ち遠しい。前の世界では近藤さんを使う機会には恵まれなかったことだし、この世界ではなんとか頑張りたいところだ。
と、そんなどうでもいいことよりも、目下のところ一番重要なのは初陣のことだ。
ゲームでは必ずヴィルヘルムが犠牲になるこの戦い。
ゲームとして遊んでいた当時ですら初めてのプレイの時は悲しかったというのに。
この世界で人として、友達として一日、接してしまったのだ。
なにもせずにこのままヴィルヘルムを犠牲にすることはできない。
ではヴィルヘルムを犠牲にせずに勝つためにはどうすればいいか。
まずは初陣がどのような戦いだったかを思い出そう。
最初は旧市街地に、敵輸送艦から人型エイリアン、ゴブリンが投下されたという情報が入ったため、それの現地確認をするのが小隊の任務だった。
現場についた小隊は、しばらく調査という形で近くを徘徊。
すると敵の小型輸送艦が空にワープアウトしてきて、プレイヤーから少し離れた位置にゴブリンが三体投下されているのが見える。
調査任務は敵の殲滅任務に変わり、ゴブリンの投下位置まで小隊は移動する。
投下位置に着くと、敵ゴブリンからの発砲があり、遮蔽物に身を隠しながらの銃撃戦が始まる。
序盤はかたまった三体が相手でこちらの優勢に進むが、そのうちの一体を仕留めたところで、残った二体の左右に援軍のゴブリンが二体ずつ現れて戦いは膠着状態に陥る。
身を隠して移動しながらの戦いに移行して、小隊が敵の位置を見失ったことで、ヴィルヘルムが自分が囮になって前に出ることで、ゴブリンの位置を把握し、これを殲滅するという作戦を提案。これが近藤さんに承認され、ヴィルヘルムは単身突撃。
ヴィルヘルムに向かって撃たれるレーザーから、ゴブリンの位置を把握した小隊はこれによってゴブリンの殲滅に成功し勝利する。
というのがゲームでの既定路線だった。
そこでゲームの発売当時、ヴィルヘルムをどうすれば助けられるか、ネット上では僕を含めてプレイヤー達が試行錯誤を繰り返した。
例えばゴブリンの位置を把握し、ヴィルヘルムが囮になる前に殲滅すればいいと考えたあるプレイヤーは、何度もプレイを繰り返して援軍として現れるゴブリンの位置を割り出した。
しかしそこにいるはずのゴブリンは存在せず、ヴィルヘルムの突撃と共にコブリンが唐突にその場に現れた。
それならヴィルヘルムが突撃したあとに迅速に殲滅をすればいいのではと考えたプレイヤーは、それぞれの隊員を待ち伏せさせてゴブリンが現れた瞬間に殲滅したが、それでもヴィルヘルムの死は阻止出来なかった。
別のプレイヤーはヴィルヘルムと共に前で戦うことで被害を分散させて、ヴィルヘルムを助けることを考えたがこれは犠牲を増やすだけでどうにもならなかった。
どうすればいいのかと掲示板で活発な議論が交わされる中、開発者が「ヴィルヘルムを死なせないことはできない」と明言したことで、この議論は終着。
以降も稀に挑戦者が現れたが、ヴィルヘルムの死を阻止することが出来たプレイヤーはいなかった。
つまりゲームのときならば、ヴィルヘルムを犠牲にしないようにするのは不可能だ。
しかしここはゲームではない。いや、ゲームの世界ではあるんだけどゲームをしているわけではない。
突然その場にゴブリンが現れるなんてことはたぶんないし、ヴィルヘルムを犠牲にしないことは不可能じゃないはずだ。
ただし、この前提はどれもこれも全て、ゲームと同じ流れで進むならの話だ。
小隊の仲間はみんなゲームの登場人物と同じ見た目で、昨日の自己紹介の流れも細かいところに違いはあったかもしれないけど、おおむね同じだったと思う。
しかし、これからの出来事についてもゲームと同じように進むかといえば、それは今の僕にはわからない。
すでに僕の存在があり、茉莉ちゃんの態度や昨日の夕飯など、ゲーム内では起きなかったことが起こっている。
完全にゲームと同じだとは考えずに、違っているところがあると考えた方が良い。
というか、違っているところがないとヴィルヘルムが確実に犠牲になってしまうので、すくなくとも変えることはできると思いたい。
では僕はどのようにしてヴィルヘルムの死の運命を変えるかといえば「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に」作戦でいきたいと思う。
要するに、行き当たりばったりということだけど、僕には前提知識として同じように戦いが進んだときの知識、自分がゲームをプレイしたときの知識、先人達が残した偉大なゲーム攻略法の知識がある。
変に作戦を決めて動くよりも、現場で臨機応変に動いた方が良い結果を出せる気がする。
そこで僕がやるべきことは、戦いに入る前の準備。すなわち訓練だ!
初陣後でなければクレジットは手に入らない。装備の増強が不可能な今、僕が確実に準備できるものは自分のステータスしかない。
ステータスには僕の地獄の訓練で身に着けた体力だとか、知力だとか、技術だとかは反映されていないように思える。
これはつまり、ステータスはゲームのときと同じだということではないだろうか。
それならゲームと同じ訓練をすればステータスが上がるのではないだろうか。
まぁ、間違っていても数日を無駄にするだけだし。どうせ僕が僕である限り、女の子とお近づきになることは出来ないのだから、今やれることはせいぜい訓練くらいなものだ。
ゲームでは空き部屋の中に何故か残されている、近藤さんを取っている暇は僕にはない。ないったらないのだ。