表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/32

ヴィルヘルム・ステーンハンマル

 意気消沈したまま訪れたるは、僕に宛がわれた部屋である。

 ベッド、タンス、テーブルとそれを挟むにように二脚のチェアー、生活に必要そうな家具は一通り揃っている。

 僕の顔面偏差値はこの世界でも僕を苦しめるのかと、ベッドに腰をかけて俯いているとノックの音が。

 ドアを開けるとそこに立っていたのは顔面偏差値70は超えるエリートイケメン、ヴィルヘルムである。


「あー、ちょっといいか? ほら、話でもどうかと思ってさ」


 そう、この男ヴィルヘルム、顔面偏差値も高いが、性格偏差値も70越えのエリートなのである。

 おそらくは先ほどの光景を見て、気落ちしているだろう僕を元気づけに、部屋の確認も早々にやってきたのだろう。


「来たばかりで何もないけど、それでも良ければどうぞ」


 部屋の奥の椅子に座りながら、ヴィルヘルムに手前の椅子を勧めてやる。

 ここで「あ、そう? じゃあいいわ」とか返す奴ではないことはわかっている。

 ドイツ人設定なのに日本語はペラペラだし、日本の空気を読む文化も完璧に理解しているのがこの男、ヴィルヘルムである。


「おぅ、それでえーっと、そうだ、訓練校はどこにいってたんだ? 篤と俺は同じところで同期なんだけどさ……」


 そうして始まったヴィルヘルムの訓練校時代の話は僕に衝撃を与えた。

 教官は熱くて優しい男で、落ちこぼれた奴がいたら教官も一緒になって励ましていただとか、そんなことはどうでも良い。

 問題はあの地獄の訓練内容がウチの学校でのみ行われていたという事実である。

 いや、たしかに言われてみればおかしいのは明らかだ。

 中学校を卒業したばかりの子供に、三十キログラムの荷物を背負わせて二十キロメートルも走らせるとか、職人も真っ青な細かい部品のレーザーライフルの分解、組み立てをさせられたりとか今にして思えばあり得ないだろう。

 同期のみんなが疑問に思っているような様子もなかったから、僕もそういうものなんだと思っていたけれど、他の訓練校ではもっと常識的な内容だったらしい。

 そうか、厳しい訓練と同室のあいつとの攻防で、そんなことを考える時間も余裕も全くなかったんだなぁ……。


「遠い目をしてどうしたんだ? ん、もしかして訓練校時代を懐かしんでるのか?」


 あまりの衝撃に呆けていた僕に、からかうようにヴィルヘルムが言った。

 あぁ、クソッ、こっちは大変な思いをしてたっていうのに、このイケメンは楽しそうにしやがって……。


「あぁ、同室の奴にいつケツのアナに蓋をされるか心配で、なかなか寝付けなかったことを思い出してね……」


 そんなわけで意趣返し、ではなくただの八つ当たりで、変化球を投げてやる。

 まぁ、同期の奴らや教官なら「おいおい、なら先にこちらから蓋をしてやれば良かったじゃないか」なんて返してきて、お互いに笑って終わりって感じだろう。

 そう思っていたけれど、ここはあの訓練校でもなければ、僕が話しているのも性格優等生なヴィルヘルムだ。


「それは……大変だったんだな……」


 優しげな口調でそう言って、慰めるように肩に手をかけてくるヴィルヘルム。

 あ、あれ? 思ってたのと違う。そんな、慰められるようなことなんて僕にはなにも……。そう思いながらもなぜか目には涙が溜まっていく。

 イケメンは卑怯だ。優しく慰められただけで、僕の心が晴れていく。

 イケメンはずるい。簡単に心を許してしまいそうになる。


 それからは訓練校時代の愚痴を小一時間ヴィルヘルムに吐き出し続けた。

 ヴィルヘルムは話をするたびに優しい声で僕を慰めてくれて、僕は心が癒えていくのを感じる。


 もはや僕の頭から茉莉ちゃんという存在は消え失せていた。


「そうだ、晩飯はどうする?」


 一通り愚痴を言ってスッキリした僕にヴィルヘルムがたずねる。

 どうやら僕の部屋に来た本当の理由は、それをたずねるためだったみたいだ。

 心の中でヴィルヘルムに感謝をしながら僕はこたえる。


「特に予定はありません、部屋で完全食で済ませようかと」


 完全食。

 それを食べているだけで健康を維持出来る、夢のような食べ物がこの世界には存在する。

 さらに政府がこの完全食の缶詰を無制限で配給しているため、難民ですら飢えることがない。

 味の方もファミリーレストランにこれがあれば、ずっとそれを頼む程度に美味い。

 同じものを食べていても飽きないあたりが、まさに完全食の完全食たる所以であるということだろうか。

 ちなみに原材料は不明だ。どうやって作られているのかも謎だ。しかしそれを気にしていてはこの世界で生きていけない。


「それなら、他の皆を誘ってリビングで晩飯を食べないか? 美味いソーセージがあるんだ」


 ソーセージと聞いて一瞬、訓練校時代のあいつを思い出した僕を誰も責めないでほしい。

 とはいえ、美味いソーセージというのは気になる。茉莉ちゃんには無視されてしまったけど、他にも女の子はいるし、なによりヴィルヘルムさんのお誘いを断ることなんて僕には出来ない。


「ヴィルヘルムさんの誘いとあらば、これを断ることかないません。ぜひご相伴にあずからせてください」


「突然なんだよ、ビルでいいって、俺とお前の仲だろ?」


 ヴィルヘルム、本当に良い奴だなぁ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ