皆本さんと津組さんと僕と
ゲーム開始日から二か月が経ち、初めての進撃戦も無事に終わった。
ゲームでの知識も大部分が使えるとわかったし、小隊の中での参謀のような役割も得た。
このまま上手く進めていけば、大目標であるグランドエンディングも達成できそうだ。この調子で続けていきたい。
さて、次にゲームにおいて節目となる大きな出来事は、四か月後に起こる輸送艦内部掃討任務だ。
地上に墜落した敵の輸送艦内部の掃討を行うこの任務は、序盤の山場といってもいいイベントで、ここを上手く乗り換えることでテクノロジーを研究するのに必要なアイテムが多数、手に入る。
ここで成功するか、失敗するかによって、この先の難易度が変わってくる重要なイベントだ。
万が一にも失敗すれば、それから先の戦いに大きく影響するため、絶対に失敗することは出来ない。
この輸送艦内部の掃討任務では、室内での戦いが主となる。
そして飛び道具、つまりレーザー銃などは流れ弾で輸送艦の内部を破損させてしまうため、この任務ではあまり使いたくはない。
つまり、この任務に向けて必要になるのは近距離戦闘能力だ。
しかし中距離戦闘能力を上げると決めたし、中途半端に近距離戦闘能力を上げても仕方がない。
仕方がないのだけど……それでも、僕は、近接戦闘能力を上げる!
皆本さんがかっこよかったんだ。ゴブリンをすれ違いざまに倒していたあの姿、ゲームのときには特に何も思わなかったけど、実際に見ると男の子の心をつかんで離さない。
それにステータスを上げる方法として、人に教わる方法の検証をまだしていない。
現状で僕のステータスを越えていると確実にいえるのは、皆本さんの近距離戦闘能力だけだし、だから僕が近距離戦闘能力の訓練をするのは必要なことで、決して横道にそれているわけではない。そう、これは必要なことだ。
そうと決まれば、皆本さんに教えを請いにいこう。
部屋を出て、リビングへと行くと皆本さんと津組さんが話しているのが見えた。
「だからあの、私に剣術を教えて下さい!」
津組さんの声が響く。どうやら僕と同じ用件だったみたいだ。そういえばあの時に津組さんも皆本さんの姿に見惚れていた。
しかしゲームのときには、津組さんはバランス型のステータスをしていたはずだ。
近距離戦闘能力を重点的に上げているようなことはなかったと思うのだけど……まぁ、いいか。
「え、あ、あの、えっと」
そして皆本さんは、津組さんのお願いにうろたえているようだ
もぞもぞと口を動かしながら、その場で固まっている。
ここは僕もお願いしつつ、助け船を出してあげよう。
「皆本さん、それ、僕もお願いしてもよろしいでしょうか?」
さぁ、助け船がきたよ! と、笑顔で二人の間に入っていく。
「え? あ、えっと、あの、のが、野上さんも……?」
最近、仲良くしてることもあって、僕を見て少し落ち着いたのか、皆本さんから意味のわかる言葉が出た。
「野上さんも一昨日のを見て、かっこいいって思ったんですね! わかります!」
なんだか津組さんのテンションがやたら高い。ゲームのときにも見たことがない一面だ。
「ね? 野上さんも言っていますし、お暇なときだけでいいのでお願いします!」
津組さんは、皆本さんが渋っているのだと思っているようだけど、たぶん皆本さんは初めてのお願いにただ戸惑っているだけだと、最近彼女と仲良くなってきて、彼女がどういった人物なのかを少し理解した僕は思う。
「あ、え、えっと、はい、わか、わかりました」
自分の中で整理がついたのか、それとも津組さんのテンションに慣れてきたのか、皆本さんが承諾する。
「やった! 野上さんも一緒に頑張りましょうね!」
それを聞いて、津組さんがその場に跳ねて喜ぶ。
うーん? 津組さんってこんなキャラだったかな……? 可愛いから何も問題はないけど。
「それじゃあ、えっと、いつから始めますか? 必要なものとかはありますか?」
「え、あの、わ、私が持ってるので、大丈夫、です。あ、あした、あしたでいいですか?」
「はい! 明日ですね! わかりました! 野上さんも大丈夫ですよね?」
「ええ、わかりました。よろしくお願いします」
教えてもらえることになって、津組さんのテンションが、さっきまでよりも高くなっているように思える。早口で皆本さんにまくしたてたあと、鼻歌を歌いながら「明日かぁ、楽しみだなぁ」と独り言を言っている。
そんな彼女に皆本さんは圧倒されながらも、こちらもなんだか嬉しそうだ。
そんな可愛い二人を見て、明日はこの二人と一緒に訓練だと考えると、僕もよこしまな意味でも楽しみになってきた。
邪念……そう、剣術には邪念は大敵である。
よこしまな、うわついた気持ちで剣術を習おうなど言語道断。
つまりこれは僕と津組さんへの罰だ。気軽に、うわついた気持ちで剣術を習おうとした僕と津組さんへの罰なんだ。
翌朝、津組さんと僕は皆本さんに連れられて近くの小さな公園へ来た。
「あ、あの、これ、使って、ください」
そうして皆本さんから渡されたのは、芯に鉛でも入っているような重い木刀。
え? これを使って訓練するの? 大丈夫なの? と、訓練校で木刀を使って殴り合いをしていたことを思い出した僕は不安になったけど、素人にいきなり殴り合いをさせるようなことを、皆本さんがするわけがないと思いなおす。
おそらくこれを使って素振りでもするんだろう。という僕の予想は当たっていたようで
「それじゃあ、あ、あの、素振りから、はじめようと思います」
そう言って、皆本さんも自分が持ってきた木刀を手に取った。手に取ってしまった。
そこで僕は彼女が"仲良くなると面白い"キャラだといわれていた意味を知った。彼女の態度が面白いとか、見た目よりすごく良い子だから面白いといわれていると思っていた。
「それじゃあ見本を見せる! この通りに素振りをするんだ! わかったな?」
突然、性格が豹変したかのように、今までの力の入っていない声が嘘だったかのようなハキハキとした声が皆本さんの口から飛び出した。
僕と津組さんは「え?」と声に出して驚く。目の前の人間が突然、豹変したのだから、それはもう驚くのも仕方がないと思う。
特に僕は彼女と最近、仲良く話をしたりしていたから、その豹変っぷりに戸惑いと動揺を隠せない。
「なにをぼけっとしている! もう一度、今度はゆっくりとやるからしっかりと見ていろ!」
そう言ったあと、姿勢を整えてゆっくりと木刀を上から下に振る。
ゆっくりと振っているにも関わらず、木刀の先からつま先まで一切、乱れのないその様子に感嘆の息がもれる。
「わかったな? 最初は見様見真似でいい! はじめるぞ!」
皆本さんの豹変について考える暇もなく、僕と津組さんも見様見真似で素振りをはじめた。
「へばるには早い! ほら! 腕が下がっている! 間違った型で素振りをしても意味がない! ここをこうして、こうだ!」
前髪が左右にわかれて、顔が見えるようになった皆本さんは、間違いなく美少女だった。
そして木刀を持った瞬間、性格が変わった皆本さんは、間違いなく鬼だった。
木刀を振るたびに叱咤の声が飛び、姿勢を正される。最初は嬉しそうにしていた津組さんも、次第に険しい表情になっていき、素振りをはじめてから二時間ほどたった今では、疲れ切ったような表情をしている。
訓練校での地獄の特訓を乗り越えた僕でも、重い木刀を振り続けて腕が張り裂けそうになっているのだから、女の子である津組さんの腕がどうなっているのは想像したくない。
「あ、あの、皆本さん、そろそろ休憩しませんか?」
僕はともかく、津組さんはもう限界だ。そろそろ休憩しないと体がもたないだろうと思い意見する。
「そんなことでは立派な剣士にはなれんぞ! ほら! あと一時間だ!」
しかしそんな僕の意見は却下された。あぁ、なんだか訓練校時代を思い出すなぁ……。