皆本 香子 3
三度目の射撃訓練で早くも躓いた。スコアが上がらないのだ。
昨日の訓練では命中率も22%まで上がり、命中数も65と順調だった。
しかし今日の訓練では命中率21%、命中数も63が最高と停滞しているどころか、若干下がってしまった。
射撃訓練って、こんな真剣に数字を上げていくものだったかと疑問に思わないでもないけど、僕の中のゲーマーとしての魂がスコアを稼げと叫んでいるのだから仕方ない。
このまま明日も数字が上がらないとなると、訓練に対するモチベーションも変わってきそうだ。
そこで一度、気分を変えるのに皆本さんと一緒に訓練をしようと思い立ち、僕は今、皆本さんの部屋の前に来ている。
このままドアをノックすれば、皆本さんがドアから出てくる……はずだ。
そう思ってはいるのだけど、どうにも気後れしてノック出来ない。
そう、僕は女の子を自分の部屋に招き入れたこともなかったけど、女の子の部屋に行ったこともないのだ。
そもそも僕から女の子に、どこかへ行こうと誘ったこともない。
そんなことを少し意識してしまったが最後、僕はその場から先に踏み込むことが出来ず、ドアをノックしようか、いや、やっぱりやめておこうかと部屋の前を行ったり来たりしている。
こんな姿を見られれば、不審者として扱われること間違いなしである。
どれくらいそうして部屋の前を行ったり来たりしていたのだろうか。
何度も何度も考えて、考え抜いた結果、ドアをノックする覚悟を決めて右手でドアをノックする。
コンコン、と木の扉から控えめなノックの音をさせると「は、はい!」と部屋の中から声がしてドアが開く。
出てきた皆本さんは薄いピンク色のジャージを着ていて、いつもの幽霊ルックではなかったので驚いた。
前髪で顔が半分隠れているのは変わらなくても、服装だけでなんだかいつもより違った印象を抱くから不思議だ。
「夜に申し訳ありません。よろしければ明日、一緒に射撃訓練に行きませんか? と、お誘いしに来ました」
いざ本人を目の前にしてみれば、部屋の前でのことが嘘のように、緊張することなく話すことが出来た。
「え? ……あ、はい! い、行きます! よ、よろしく、おねがいします!」
今まで友達と一緒に何処かへ行くことなどなかったのだろう。え? と戸惑ったような声のあと、嬉しそうな声色で彼女が答えた。
「それでは明日の朝、お迎えに参りますね」
内心で少しホッとしながら、彼女の部屋の前を去る。
断られたらどうしようとか、女の子の部屋に夜に訪ねるのはどうなのかとか、いろいろと考えていたけど誘って良かった。
これで明日は皆本さんと二人で射撃訓練。女の子と二人で出かけるというのも楽しみだし、他の人のスコアを知ることが出来るのも楽しみだ。
翌朝、準備をして彼女の部屋へ向かうと、すでに準備をした皆本さんが部屋の前で待っていた。
「あ、あの! 本日は、よろ、よろしくおねがいします」
しかし、訓練だというのに白のワンピースというのはどうなのか。まぁ、射撃訓練はそれほど動く必要もないし、わざわざ指摘して着替えさせることもないか。
「では行きましょうか」
昼食用の完全食の缶詰が入ったリュックを背負って、彼女と二人で宿舎を出る。
道中、彼女と会話をしながら訓練施設へ向かう。向かうのはいいのだけど、彼女との話はあまり捗らなかった。
というのも彼女も僕もコミュニケーション能力に難があったからだ。
僕が今まで二人で会話をしてきた相手はヴィルヘルム然り、高橋さん然り、コミュニケーション能力の高い相手が多かった。
彼らは僕から上手く会話を引き出してくれた。気づかない内にリードしてくれていた。
しかし僕と皆本さんの二人では、どちらも会話をリードすることが出来ない。
そうすると自然と会話が簡素なものになって、どちらが話を始めてもすぐに終わってしまうのだ。
例えば僕が「今日は良い天気ですね」と話しかけると彼女は「そうですね」と言って、そこで会話が終わってしまう。
そして僕も彼女から同じように話しかけられても、それ以外にどう答えればいいのかがわからない。
結果として僕と彼女の間には、なんともいえない微妙な空気が出来上がっていた。
「すいません。僕もあまり会話が得意ではなくて……」
こういったときは誘った方が上手くリードするべきだろう。それが出来ない僕は彼女に謝る。
「ち、違います! 野上さんは、わ、悪くないです! わ、わたしの方こそ、ごめんなさい……」
そうすると彼女も謝って、場の空気が止まる。困った。どうすればこの空気を払拭出来るのか。
考えながら二人、無言で歩いていると訓練施設に着いてしまった。
そうだ、射撃訓練を始めれば自然と会話も捗るんじゃないだろうか。ここはテンションを上げて頑張ろう。
「大人二人、射撃訓練で時間は八時間で。あ、一つの場所で交互に行う予定です」
「それなら一人分のクレジットで構わんぞ。4000クレジットだな」
相変わらずやる気のない受付のおじさんが、支払い用の端末を差し出す。
それに指を当てて支払いを済ませると、番号の書かれたカードを受け取った。
「あ、あの、後で、後で、半分は私が」
後ろで見ていた皆本さんがそう言ってきたけど、ここは僕が誘ったわけだし、なによりもどうやってクレジットを受け渡せばいいのか僕は知らない。
「僕が誘いましたから、お気になさらず」
そう言って射撃訓練場へと向かう。
後ろでは「あ、あの、そん、そんな、でも」と皆本さんが言っているが、聞こえてないフリをして先を歩く。
カードの番号の部屋に二人で入ると、僕は皆本さんに射撃訓練について説明を始めた。
「ここへ来たのは初めてですよね? そこの端末を使って訓練の内容を選べます。銃はそちらにあって、訓練が始まるとあちらに敵が見えるようになりますから、銃を構えて狙って撃ちます。五分で一セットで、終わると命中率と命中数を端末が教えてくれます」
「わ、わかり、ました」
「それじゃあ先に僕がやりますから、見ててもらえますか?」
そう言って僕は端末を操作して射撃訓練を始める。
「命中率20% 命中数59です」
五分が終わると、端末から機械音声が流れてくる。
見られているからか、あまり調子が良くなかった。
「い、いつもはもっと良いスコアなんですよ!」
それがなんだか恥ずかしくて、つい大きな声で言い訳してしまう。
「そ、そうなんです、か? き、基準はわからない、ですけど、凄いと、思います」
気を使われている! 皆本さんに凄く気を使われているのがわかる!
いたたまれない気持ちから逃げるように、僕は皆本さんに「次、皆本さんどうぞ」と言って持っていた銃を渡す。
ついでに端末も操作して、中距離射撃訓練を選択。これで僕の実力が客観的にどれくらいのものかわかる……!
秒読みが始まって、皆本さんが銃を構える。
5、4、3、2、1、スタートで、ゴブリンの姿が見える。彼女は真剣な目で的に狙いをつけて撃ち始めた。
「命中率18% 命中数53です」
「の、野上さんは、やっぱり、すごい、です」
後ろで見ていた僕の方へ寄ってきて皆本さんがそう言った。
しかし僕が初めてしたときの結果よりも、だいぶ良い結果じゃないだろうか。
「何度もやっていればすぐに上達しますよ」
なんて余裕ぶって言ってみたけど、内心では悔しさと焦りでいっぱいだ。
次は真剣に、集中するんだと自分に言い聞かせながら、彼女から銃を渡してもらう。
それから端末を操作して訓練内容を決定すると、秒読みが始まった。
ぼ、ぼくは悔しくなんてないんだからなっ! こ、こんなのは何かの間違いだっ!
何度もやるうち、皆本さんはめきめきと上達していき、日が暮れる頃には僕の最高記録を追い抜ていた。
最終的に彼女は命中率27%を記録。もはや完全に彼女に追い抜かれてしまっている。
「命中率25% 命中数74です」
そんな彼女にコツを聞くことで、僕の最高記録も更新することは出来たけど、悔しさと切なさが溢れ出そうだ。
「そろそろ時間ですね、帰りましょうか」
手に持っていた銃を置いて、皆本さんと連れ立って部屋を出る。
「あ、あの、わた、わたしは剣術の、下地が、あるから」
と、気を使って慰めてくれている皆本さんの優しさが、逆に僕の心を傷つける。
とはいえ、それで彼女に八つ当たりするわけにはいかない。
「いえいえ、皆本さんが凄いんですよ」
と、悔しさを押し隠して、笑顔で答える。
帰り道では行きとは違って、話が弾んだ。
今日一日、ずっと一緒だったというのもあるけれど、それよりも射撃訓練という共通の話題が出来たことが大きかったのかもしれない。
こういうときはどうすればいいのか、なんてお互いに射撃訓練のことについて話していると、気づけば宿舎に着いていた。
「それでは、また一緒に行きましょう」
「は、はい」
リビングでの別れ際に、次の約束をして別れる。
皆本さんにスコアで負けたのは非常に、非常に悔しかったけど、気分転換にもなったし自分のスコアも上がった。
それになにより、今日一日で皆本さんとの距離が縮まった気がする。
最終的に、それほど気を遣う必要もなくなっていたし、僕も途中からは二人で訓練するのを楽しんでいたように思う。
次に二人で行くまでに、今回の皆本さんのスコアを越えられるように頑張ろう……!