皆本 香子 2
射撃訓練に向かおうと準備していたところ、扉からコンコンとノックの音が聞こえてきた。
ん? 昨日もこんなことがあったような、と思いながら扉を開くとやはり昨日と同じく皆本さんが立っている。
「き、きの、昨日は申し訳ありませんでした!」
扉を開いて僕が姿を見せた直後、彼女にしては大きな声で謝りの言葉と共に頭を下げた。
勢いよく頭を下げたせいか、長い髪がふわりと持ち上がって僕の顔に直撃する。
シャンプーと女の子の香りが混じって、すごく良い匂いがしたので僕にとってはラッキーなイベントだったけど、彼女にしてみれば謝るつもりで、失礼なことをしてしまったと感じたのだろう。
「ご、ごめんなひゃい!」
と、慌てて顔を上げて謝ってきた。相手が男ならともかく、女の子、それも前髪を上げれば美少女だとわかっている子にされる分にはご褒美みたいなものだ。
「お気になさらず」
と彼女に返す。
しかし昨日、彼女に謝られるようなことをされただろうか? 考えてみても心当たりがない。
「ところで、昨日、何かありましたっけ? 謝られるようなことはなかったと思うのですが……」
そこで彼女に率直に聞いてみると「あ、あの、か、帰り際に……」と返ってきた。
なるほど、彼女の死にたい発言に内心、怒っていたのがバレていたようだ。
今の今まで、ほとんど忘れていたので全く気にしていない。
それを伝えるべく「あぁ、気にしていないので、皆本さんもお気になさらず」と言ったが、彼女はそれで納得してくれなかったようだ。
「あ、あの! お、お話を……いいですか?」
と、僕の顔を見つめて言った。いや、前髪のせいで本当に見つめられているのかはわからないけど。
「ええ、構いませんよ、どうぞ」
昨日の最後のような発言がないのなら、かわいい女の子との話は大歓迎だ。部屋へ招き入れ席を勧めると、昨日と同じように皆本さんが椅子に座った。
「それで話とは?」
この流れ、昨日も同じだったような……。と、少し内心で苦笑いしながら話を促す。
「わ、わた、わたし! ひ、人との距離感がつか、掴めなくて、い、いつも失敗、するん、です。昨日みたいに、お、怒らせるつもりじゃないのに、怒らせたりとか……。だ、だけどそれじゃいけないって、思うんです、思うんですけど、どうやったらいいのか、わからなくて……。こ、こわいのかもしれません、人が、え、あ、だから、あの、えっと……」
えぇぇ…………。初めて会ってから二か月近く経っているし、同じ屋根の下で暮らしていることは暮らしている。
とはいえ、リビングで会っても「今日は良い天気ですね」くらいの会話しか、昨日までしたことのなかった相手に話すには、発言の内容が重い気がするぞ。
「だ、だから、あの、あの、わ、わたしとお友達からはじめてください!」
ええぇぇぇ…………。謝られていたと思ったら、告白されていた。な、なにが起きているのかわからないが、とりあえず頭の中では銀髪のフランス人が驚いている様子が浮かんだ。
しかし人生初告白である。これは喜ぶべきことなんだろうか? 冷静に考えてみろ、冷静に、クール、クール、クール……。
「あ、あぁ、あ、さ、さっきのは違います! あの、そういう、そういうのじゃないんです!」
冷静になれたわ、そりゃそうだ。いきなり告白されるとかそんなイベントはイケメンにしか起こらないわ。ちょっと舞い上がった自分が恥ずかしい。
「え、あの、お、お友達として、あの、話をしたりとか、あの、ダメ、でしょうか?」
しかし、どういう話の飛躍だろうか、昨日のことが謝りたい→なぜ怒らせたのか説明したい→だから友達になりたい……うーん? 理解出来ない。
「あの、なぜ僕なんでしょう?」
それに友達になるのなら、僕ではなく男ならヴィルヘルム、女の子なら津組さんとか茉莉ちゃんがいる。コミュニケーション能力の高い彼らの方が、友人として優れているのは間違いないと思う。
「き、昨日、話しをして、て、丁寧だし、話しやすいというか、そう! 距離感が、わた、私に合ってるって、あの」
なるほど、理解した。フツメン理解した。つまり美男美女と友達になるのはハードルが高いから、僕くらいのところから始めたいってことだと理解した。その気持ちは痛いほど良くわかる。
しかし、まともに話をするようになって二度目で、こんなこと言っちゃうこの子の人との距離感の感じ方ってどうなんだろう?
まぁ、それでも可愛い女の子とお近づきになれるのは嬉しい。死にたい、などと言わなければ良い子っぽいし。
ゲームのときにこの子のことが好きっていう人がいるのも、まぁわからないでもない。
「なるほど、わかりました。お友達になりましょう」
お友達になってほしいと告白された、このシチュエーション。ここはフツメンであっても笑顔で返してあげれば、もしかしたら「ステキ! 抱いて!」となるかもしれない。そう思って笑顔で返事をしたのだけど。
「あ、ありがとうございます! よ、よろしく、おねがいします。あ、あと、あの、その笑顔は気持ち悪いです」
何故か気持ち悪いと言われてしまった。そんなに僕の顔は気持ち悪かっただろうか。やっぱりああいうシチュエーションで、眩しくなるような笑顔をするのはイケメンにだけ許された特権なのか。
「あ、あの、ごめんなさい、でも、あの、何か企んで、そう、にみえました」
なるほど、全部顔に出ていたのか。そういえば高橋さんとヴィルヘルムも、僕は考えていることが顔にでていると言っていた気がする。
「なるほど、今後は気をつけます。それで、せっかくお友達になったのですから、少し話でもしましょうか」
隊の皆と仲良くなることは、連携のことを考えても悪いことじゃない。射撃訓練はいつでも出来るし、今は皆本さんと話をして仲良くなっておくチャンスだ。
「そういえば昨日、実家が剣術道場だという話をしてましたよね? どんな家だったんですか?」
ゲームでは自分の中で攻略対象外だったため、彼女のバックボーン。どのようにして育ってきたのか、だとか、そういった設定を知らない。
こうして話をしてみてなぜこんな性格になったのか、少し興味が出てきたこともある。
「わ、私のことです、か? えと、おじいちゃんが剣術家で、わ、私は小さい、ころから、おしえ、られ、てきました」
「むか、昔からある道場で……す、すごく厳しくて、わた、わたしは、他の子とあそんだり、できませんでした」
「が、学校に入ってからも、稽古ばかりで、がんばって、友達になってもらっても、遊んだりできなくて、そうしたら、友達もみんな私から離れていって」
「そ、それで、なんだか、みんなのことが怖くなって、顔がみれなく、なったんです」
「だから、あの、見なくてすむように、髪を伸ばし始めたら、みんなもっと離れていって……」
なるほど、元々コミュニケーション能力に難があったのに、それを更に悪化させた結果、どんどん悪くなっていく悪循環に陥ってしまったということか。
こうして話を聞いてみると、こんな面倒な性格になったのにも理由があるんだなぁと、少し納得してしまう。
「あ、あの、野上さんは、ど、どうだったんですか?」
まずい、僕がこの世界に転移してきたのはだいたい八か月前。それ以前の僕についての設定は、両親がいない、南の方に住んでいた。くらいしか知らない。かといって、前の世界での話をしてボロが出るのも怖い。
何を話せばいいのかわからなくて、口ごもっていると皆本さんは勘違いしたのか「あ、あの、は、話しにくい、ことでしたら、いいんです。ごめ、ごめんなさい」と謝った。
ここで、いえ、そんなことはないですよ。と言うのは簡単だ。しかしそのあとに、身の上話について僕が話すことは難しい。ここは彼女の勘違いを有難く利用させてもらおう。
「申し訳ありません。皆本さんもお気になさらず。あぁ、そうだ、宿舎では普段はどうしてるんですか?」
僕以外の隊の皆がどうやって過ごしているのか、実のところ少し気になっていたので、良い機会だし聞いてみることにする。
ゲームでは主人公以外はAIが行動を決めて動いていたけど、いつも宿舎内の部屋やリビングにいて、それ以外では訓練施設にいることが多かった。また、部屋やリビングで何をしているのか、作中ではあまり言及されていないため、部屋やリビングにいても彼らがそこで何をしていたのかはわからなかった。
「わ、私は、部屋で、本を読んだり、外に出て、公園で、素振りをしたり、型の練習をし、してます。野上さんは、良く出ていかれて、ますよね? どうして、る、んですか?」
「僕はえーっと、そうですね、訓練校の運動場で走ったり、河川敷で走ったり、今は訓練施設で射撃訓練をしていますよ。そうそう、今日も射撃訓練をしようと思って準備をしていたんですよ」
うん、こうしてみると僕って走ってばかりだ。
「あ、わ、わたしめいわく、でしたか? ごめんなさい」
「いえいえ、こうしてお話して、お友達にもなれましたし、射撃訓練はいつでも出来ますから大丈夫です。そうだ、今度一緒に行きませんか?」
ヴィルヘルムが相手ならコテンパンに負けるかもしれない。でも皆本さんが相手なら、スコアで負けることはなさそうだ。
これで一般的なスコアの水準を知ることが出来るし、女の子と二人で訓練とか凄く嬉しいシチュエーションじゃないだろうか。
「あ、い、行きます! よ、よろしくおねがいします!」
訓練に誘われたのが嬉しかったのか、皆本さんが大きな声で返事をして立ち上がる。
「では、日時を決めてお誘いしますね。こちらこそよろしくおねがいします」
うーん、顔がハッキリ見えないから今まではそんなに意識していなかったけど、こうして話をしてみるとなんだか皆本さんのことが可愛く見えてきたぞ。