射撃訓練
基本的に僕達が自由に動ける範囲は広くない。
それは僕達が呼び出しがあれば、すぐに集まれるように。というのもあるけど、それよりも大きいのが機密の問題だと座学で習った。
その為、僕達が移動出来る範囲内には、軍関係者や許可の出ている人間しかいない。
田舎の住宅街とはいえ、周囲にほとんど人の気配がないのはその為だ。
そんな中にあって、僕達のような兵士が集まる施設が一つある。
それが僕が今いる訓練施設だ。
パワーアーマーを着る兵士のために即席で作られたこの訓練施設は、この世界の謎の技術を使用したハイテクな施設だ。
近藤さんを映している謎のホログラムを用いた、実戦さながらの訓練を行うことが可能な一大アミュ……訓練施設だ。
しかしそんな訓練施設であるが、使用するのに一つだけ制約がある。
クレジットを使うのだ。なんで訓練施設を使うのに金がいるんや! 金の亡者か! とツッコミを入れたいが、それは僕にどうにか出来る問題じゃない。
この世界ではこういうものだと納得するしかない。受け入れるしかないのだ。
まぁ、そんなハイテク訓練施設に僕が来たのは、中距離戦能力を上げるためである。
5から6に中距離戦能力を上げるために、ここの施設を使うのがゲームでは一番効率的なのだ。
では僕がどんな訓練をここでするかといえば、射撃訓練である。普通だ。オーソドックスだ。むしろ今までがおかしかっただけだ。
三百メートルほど先の的に向かって、ひたすら銃を撃ち続ける。ひたすら、もう四六時中ずっと撃ち続ける。
的も弾もホログラムで映しだされているだけだから、何発撃とうが弾切れの心配もなければ、的がなくなる心配もない。
さらに五分を一セットとして、命中率などまで計算してくれるのだから、ゲームでもトレーニングモードのような役割を果たしていた。
「大人一人、射撃訓練を八時間で」
「一時間500クレジットだから、4,000クレジットだな」
受付の気だるげにしているおじさんが、そう言って小さなタッチパネルのついた端末をこちらに提示する。
そのタッチパネルに指を当てると、端末からピコンと小気味の良い音がして「4,000クレジットを支払いました」と機械音声が流れた。
「射撃訓練場は入って右側だ。5番の場所を使え」
射撃訓練場は内装も外装もバッティングセンターやゴルフの練習場のようになっていて、何故か敷地を緑色の網で囲ってある。
5番のドアを開けて、中へ入るといくつかの銃と宿舎にある端末と同じようなものが置いてあって、この端末を使用して訓練内容が選べるようだ。
僕が中距離射撃訓練を選択すると、端末の表示が秒読みに変わる。
慌てて置いてある銃からいつも使っているものを構えると、先の方に小さな的が見えた。
狙ってトリガーを引くと、実戦さながらの発射音と共にレーザーが発射される。
的は左右に不規則に動いたり、突然消えて別の場所に現れたりして、なかなか狙いをつけて撃つのが難しい。
的の動きを追うように狙いをつけて撃ち続ける。
「命中率16% 命中数47です」
開始から五分が過ぎて、端末から機械音声が流れる。
これが多いのか少ないのか、この世界での基準がわからない。
一度ヴィルヘルムと一緒に来てみようか? いや、それでヴィルヘルムの方が良い数字だったら落ち込みそうだ。
これ以上、上達する見込みがなくなってから誘おう。でもその頃にはステータスが上がっている気がするぞ。
八時間、みっちりと射撃訓練を行った。ゲームで遊んでいるような感覚で、これまでの訓練と比べると一番楽しかったのではないだろうか。
命中率も最後には20%まで上がったし、クレジットを使わないのなら毎日でも来て遊びたい。
受付のおじさんに番号の書かれたカードを返して、訓練施設を出て宿舎へと帰る。
これを十回続ければ中距離戦能力が6に上がるだろう。パワーアーマーを着ていないとステータスは意味がないから、そのあとに射撃訓練をしてもスコアが一気に上がるということがないのが残念だ。
しかし十回、一回4000クレジットだから40000クレジット使うことになるのか。
そろそろテクノロジー研究も進めたいし、ヘビーアーマーの装甲値も上げていきたい。
ゲームのときと同じく、クレジット不足著しいぞ……!
宿舎に戻った僕は完全食で夕食を済ませ、ヴィルヘルムの部屋を訪れていた。
よくよく考えれば、自分の部屋以外に入るのは初めてだ。
「まぁ、入れよ」
そう言って部屋の扉を開けて中へ誘導されるがまま入ると、ヴィルヘルムの部屋は和室だった。
畳が敷いてあって、部屋の中央には足の短い丸机が置いてある。壁際には木の箪笥と本棚があって、本棚の中には雑多にいろいろな本が敷き詰められている。全体的な家具やカーテンのセンスから昭和という文字が頭に過ぎるような、そんな部屋だった。
「和室……?」
ドイツ人のヴィルヘルムの部屋が何故、和室なのか。
ゲームのときはどうだったかと思い返してみて、そういえばゲームのときにはヴィルヘルムの部屋に入ったことがなかったと気づく。
一連のチュートリアルではヴィルヘルムの部屋に入ることはなかったし、それらが終わるとすぐにヴィルヘルムが死んで部屋が片付けられてしまうから、見たことがなかったのか。
そう思うと少し感慨深いものがある。
「あぁ、こう、なんだ、落ち着くだろ?」
宿舎の自分の部屋は小隊に入る前、訓練高卒業の少し前にどんな部屋が良いか、選択することが出来た。
例えば僕の部屋の場合は、元の世界の頃の自分の部屋に近いものを選んだ。
つまりヴィルヘルムはそこで、和室を選んだということだ。ドイツ人設定はいったいどこへ行ってしまったのか。最初から行方不明だぞ。
「わかります。畳の匂いって落ち着きますよね」
とはいえ僕は日本人だ。完全なる日本人設定だ。畳の上に直接座ることは嫌いじゃないし、畳のい草の香りも嫌いじゃない。
「お邪魔します」と一言、適当に空いている場所に座った。
「あぁ、それで話ってなんだ?」
「ここへきて二か月近くになります。これからは今までのように簡単にはいかないことも多くなってくると思います。そこで、新しい人員を入れることについて、先に話をしておこうかと思いまして」
ゲームでは小隊の人数は六人から始まって、最大で十二人まで増やすことが出来る。軍規だとか制度はどうなっているのか。疑問は尽きないが、それを解き明かすには時間と労力が足りないので気にしないことにしている。
この増員の申請については、小隊長のみが宿舎の端末で行うことができ、六人から七人に増員するためには200,000クレジットが必要だ。
ちなみにこの必要なクレジットの数は人が増えるごとに更に増えていくため、最大人数である十二人まで増やすのはゲームのときであってもかなり厳しい条件だった。いや、初期装備でクリアしてしまうような猛者なら、それほど厳しくもない条件だったかもしれないがそんなことが出来るのは一握りの変態だけだ。
「今のままじゃ厳しいと?」
「端的に言えば、そういうことです」
「何をもって厳しいと考えてるんだ? 200,000クレジット使うってことになれば、皆でクレジットを持ち寄ることになるだろ? 説明が必要じゃないか?」
……全く考えていなかった。まず皆でクレジットを持ち寄るという発想が自分にはなかった。ゲームのときだと人を増やすこと自体にキャラクターが言及することがなかったし、そういうものだと皆が受け入れているように見えた。
それに申請も主人公のクレジットから全て引かれていたから、僕は自分が全てのクレジットを出して、ヴィルヘルムに代わりに申請して貰おうとだけ考えていた。
しかし考えてみれば当然の話だ。小隊に新しい人が来るとなれば、事前に説明と承諾が必要だろうし、全員に影響があることなんだから、クレジットも皆で出し合えば良い。
「……口に出すのは難しいのですが、勘みたいなものでしょうか」
咄嗟に上手い言い訳が思い浮かばない。
「んー、それじゃあちょっと皆に説明するのは厳しいな。航が言ってることが間違ってるとは思わないんだが……」
話をするにしても時期尚早だっただろうか。たしかに最近は僕が全力で敵を倒していたこともあって、苦戦らしい苦戦がなかった。
そんなときに「これから厳しい」と話をしても信用してもらえるわけがない。
最近、いろいろと調子良く進むものだから、少し調子に乗っていたのかもしれない。
「まぁ、次の任務が終わったあとの反省会で皆と話してみようぜ? ここで二人だけで決めることでもないしな」
「なるほど、そうですね、わかりました。ありがとうございます」
少し反省しよう。ここはゲームの世界だけど、ゲームじゃない。
小隊の皆もそれ以外の人達もゲームのキャラクターじゃなくて、ちゃんと生きている人なんだ。
「おぅ。……そうそう、この前、面白い小説を見つけてさ…………」
16:00『正直にこの世界がゲームだったときの話をしてしまおうか?』という部分を削除しました。ごめんなさい。