顔合わせ
軍の輸送車に乗せられて連れてこられた小隊の宿舎は、僕が知っている場所だった。
知っているといっても元の世界にあったものというわけではなく、ゲームをプレイしていたときに主人公が所属していた小隊の宿舎がそこにあったのだ。
「降りろ、ここがお前がこれから生活する宿舎だ。中に入ったあとは奥へ向かい、そのあとはその場にいる上官に従え」
運転手にそう言われて、僕は輸送車から降りる。
二階建ての大きな和風の日本家屋だ。エイリアンがやってきたため、北へ避難した住民から軍が買い取って宿舎として使用しているとか、そういう設定だったと思う。
玄関も、庭も、建物の外観も、全てがゲームのときと同じだ。
これはもしかして、ゲームの主人公と同じ小隊に僕が配属されたということだろうか?
高鳴る胸をおさえながら玄関を抜けて宿舎の中へと入ると、やっぱりここもゲームのときと同じ。
そのまま廊下を奥へ進むと、ゲームで見たことのあるリビング兼ブリーフィングルームがそこにあった。
広い部屋に大きなキッチンスペース、部屋の中央には会議室にあるような大きな木のテーブルがあって、そのテーブルを囲むように椅子が用意されている。
そして、その椅子にゲームのキャラクターと同じ見た目の男女が五人、座っているのが見える。
「お前で最後だ、あいている席に座れ」
頭の中に響くように、男の低い声が聞こえる。この声も聞き覚えがある。ゲームのときに主人公達に指示を出していた近藤さんという上官? 指揮官? よくわからない人物の声だ。
しかし僕で最後とはどういうことだろう? ゲームでは主人公も含めて初期の小隊の人数は六人だった。今、この部屋で椅子に座っているのは五人、僕を含めて六人だ。その中にゲームのときの主人公の姿はない。これはつまり、僕はゲームのときの主人公の代わりということだろうか……?
気にはなるけど、今は声の指示に従おう。ゲームでは主人公が座っている席に僕が座ると、男の姿が唐突に部屋に現れた。
軍服を着た細身の中年の男だ。ゲームのときに見たことのある姿と全く同じ姿をしている。
「自己紹介をさせてもらおう。私は近藤、諸君らに命令を出す上官だ。私からの命令は絶対だと心得るように。つまり、私が死ねと命令すれば諸君らは死ななければならない。諸君らには第37小隊として、この地を攻めてくるエイリアン共の排除と掃討をおこなってもらう」
第37小隊……ゲームで主人公が所属していた小隊の名前と同じだ。どうやら本当に僕はゲームのときの主人公の代わりになっているようだ。
「普段の生活について、行動可能範囲内であれば自由にすることが許されている。定期的な訓練など、任務外の普段の諸君らの行動について我々は一切の関与をしない。個人で訓練をするのも、小隊の仲間と親睦を深めるのも諸君らの自由だ。ただし招集があれば速やかにここに集合するように。常に出撃はできるようにしておけ」
しかしこれ、ゲームのときにも思ったけど、いろいろと緩すぎないだろうか。
訓練校のときとの落差も激しすぎる。この世界ではこういうものだと言われてしまえばそれまでだけど……。
「私からの連絡については直接、諸君らにUCSを使用しておこなうが、諸君らから私に連絡をとることは許されていない。部隊や装備についての申請はこの部屋の隅に置いてある端末を使用することでできるようになっている。以上、このあと諸君らはそれぞれ自己紹介しておくように」
そう言い終えると近藤さんは、現れたときと同じようにその場から唐突に消える。これはホログラムで投影している設定だったはずだ。
そしてこの近藤さん、ゲーム内では今後も一切実物が出てこない。
向こうからの連絡や指示は全て、体に埋め込まれた謎のチップの機能を通しておこなわれ、こちらから連絡をとることはできない。
近藤さんがいったいどういう立場で、どういった人物なのかプレイヤーにもキャラクターにも一切の情報が与えられないため、近藤黒幕説や近藤宇宙人説が囁かれたりもしたのだが、真相は闇の中である。
主人公と同じ立場でゲームの世界に入った僕ではあるけど、この世界でも近藤さんは謎の人物のまま終わる気がする。
だって、さっきの発言も見た目も全てがゲームの世界と完全に同じで驚いたもの。
「あ、あー、じゃあ俺から自己紹介をさせてもらっていいか? 名前はヴィルヘルム・ステーンハンマル。ドイツからの難民だ」
金髪に青い目、背が高く、王子様のようなイケメンが椅子から立って、自己紹介をはじめた。
「兄弟が日本で不自由なく暮らすため、兵役に志願してここにいる。俺のことは気軽にビルって呼んでくれ」
見た目も声も行動もゲームのときと同じだ。なんだろう、ちょっと感動する。
ヴィルヘルム・ステーンハンマル
金髪碧眼の王子様のような白人でドイツ人という設定の彼は、最初から主人公に馴れ馴れしく接してきて、コミニュケーションの取り方やゲームの遊び方を教えてくれる、いわゆるチュートリアル的な立ち位置のキャラクターだ。
ゲーム開始から二週間後の初めての戦場で、囮役として突撃して死ぬことでゲームの世界観をプレイヤーに本当の意味で理解させる役割も持っている。
正直、初めてのプレイのときには彼が死んでしまって、しばらく呆然としてしまった。そのあと、彼をなんとか生き延びさせようとしたけど、のちにそれは不可能だとわかって落胆したのを覚えている。
「じゃあ時計周りでってことで、次は君な」
そういってヴィルヘルムが指定したのは東条 茉莉だ。
茶髪のセミショートで小柄な可愛らしい見た目と同様、愛らしいぶりっ子キャラな彼女は数多のプレイヤーからチョロインと呼ばれている。
プレイヤーが誘えば二日目から二人きりの食事についてきて、五日目にはベットインが可能。
お手軽ビッチチョロインそれが茉莉ちゃんである。
「東条 茉莉ですっ! 今を精一杯、生きようと思ってますっ! 皆さん、よろしくおねがいしますねっ!」
うわ、ヤバイ、仕種や表情も含めて、ゲームのときよりもかなり可愛い。僕がゲームをしていたとき、一番最初に攻略したのがこの茉莉ちゃんだった。
正確にはちょっと話しかけたりしただけで、意図せずに攻略していたっていうのが正しいかもしれないけど、それ以来、僕は茉莉ちゃんというキャラクターが大好きで、何度もゲームを最初からプレイしたけど、そのうちの半分以上は茉莉ちゃんと恋人関係になっていた気がする。
このゲームの世界に自分がいると知ったときから、僕はこの茉莉ちゃんにずっと会いたいと思っていた。
それがまさか僕がゲームの主人公と同じ立ち位置で、茉莉ちゃんと出会えるなんて思ってもみなかった。
「次はわた、しです……ね。はじ、めまして、皆本 香子……です。どうせ死ぬ、のなら早い方がいい……そう思って、兵役につきました。よろ、よろしく、おねがいします」
途中、何度も言葉をつっかえながら、呟くような小さな声で自己紹介をした彼女は皆本 香子だ。
目が隠れるくらい長い前髪と、太ももまで伸びる後ろ髪が特徴的な彼女は悲観的で暗く、プレイヤーの人気も低かった。
ただ、仲良くなると意外と良い子で、面白いキャラをしていると一部では熱狂的なファンもいる。
僕の友達の中にも彼女のことが好きだといっていた奴がいたけど、僕は彼女のネガティブな発言がどうにも苦手で、ゲームでは彼女には近づかなかった。
ただ、こうして実際に彼女を見てみると、女の子らしい良い匂いがして、ゲームのときよりも可愛く思える。
そういえばこのゲーム、美男美女しか出てこないんだった。彼女も前髪をあげると美少女なんだと友達が言っていたし。
「自己紹介なんてする必要があるか? まぁ、上官が言うことだから仕方がない……か。御堂 篤だ。俺はヴィルヘルムと違って馴れ合う気はない。先に言っておく」
御堂 篤、俺様毒舌長髪の高身長でクール系のイケメンだ。
男からの人気はないが、女性プレイヤーからは人気があったこのイケメン。
ヴィルヘルムが死んだあとに、人員補填として入ってくるキャラクターとのカップリングは薄い本では鉄板の組み合わせだった。
大学の講義のあと、教室でどちらが受けか攻めか、熱い討論をしている女の子達を見て引いたのを非常によく覚えている。
「津組 理香です。私、この辺りが地元で、だから故郷を守るために兵役に志願しました。あいつらをこの町から追い払ったあと、皆がここを好きになってくれたらうれしいです」
肩まで伸びた茶色がかった髪に、小さなリボンを左右に二つ付けた津組 理香は普通の女の子だ。
個性の強いキャラクターが多いこのゲームにおいて、彼女だけは地元愛以外には特にこれといった個性も過去もない。
能力値も平均的で、中盤に戦闘が激化しはじめると死んでしまうことも多い子だった。
この世界に美男美女しかいないわけではないのは、訓練校のときの仲間達を見ればわかったけど、ゲームの登場人物である小隊の仲間はみんな見た目が良い。
その例に漏れず、無個性な彼女は無個性だからこそ正統派美少女といった風貌で、最初に見たときにドキっとしてしまった。
「僕で最後ですね。「野上 航ともうします。僕がもともと住んでいたところは、ここよりも南、エイリアンによって占領された地域です。故郷を失った僕のような人を出さないため、そして故郷を人の手に取り戻すため、僕は兵士になりました。みなさん、よろしくお願いします」
僕がこの世界にやってきたのは訓練校の入学式よりも後だけど、僕のこの体はそれ以前にもこの世界に存在していたらしい。
この体の本来の持ち主はいったいどこへ消えてしまったのか、僕にはわからないが、訓練校で聞いたこの体の持ち主が兵士になることを決意した理由が今、僕が話したことらしい
人の体を勝手に使っているということに、悩んだりしたこともあったけど、容姿は元の僕とほとんど同じだし、結局、悩んでもどうしようもないと思って開き直ることにしている。
疑問について深く考えていたら、疑問だらけで身動きできなくなりそうだし。
「よし、じゃ、明日からみんな、よろしくな! それぞれの部屋は扉に名前が貼ってあったからわかると思うが、基本的には玄関から入って左が男の部屋で、右が女の子の部屋になってるって話だ」
ヴィルヘルムがそういうとみんな、席を立って各自の部屋を確認しにいくべく動き出した。
ゲームだとこのまま暗転して次の日が始まった。しかし、この世界はゲームの世界だけどゲームじゃない。暗転なんてするわけがない。
そして茉莉ちゃんはチョロインだ。みんなの自己紹介もゲームのときと違いがなかったということを考えると、この世界でも茉莉ちゃんはきっとチョロインのはずだ。
つまり僕が積極的に彼女に話しかけていけば、きっと彼女はチョロインとしての本領を発揮して、簡単に僕になびいてくれるはずだ!
そこで僕は早速、彼女に話しかけてみることにする。
「東条さん、すこしお時間いいですか?」
椅子から立って、自分の部屋を確認しに行こうとしている茉莉ちゃんに話しかける。
しかし茉莉ちゃんは聞こえていなかったのか、僕の言葉を無視して自分の部屋を確認するべく歩きだした。
もしかして聞こえていなかったのかな、と僕は茉莉ちゃんの背を追いながらもう一度話しかけてみることにする。
「東条さんすいません、少しよろしいでしょうか?」
先ほどよりも気持ち少し大きめな声で話しかける。
ゲームなら「野上君! どうしたんですか?」なんて笑顔で返してくれるはずの茉莉ちゃんは、そのまま僕を無視して自分の部屋を見つけると、そのまま部屋に入っていった。
ど、どういうこと……?
その場で立ち尽くしながら、僕は考える。
この世界はゲームの中の世界で、僕はゲームの主人公と同じ立場のはずだ。登場人物の名前も、見た目も同じだった。
自己紹介での台詞も細部は違ったかもしれないけど、内容は同じものだったと思う。
だから茉莉ちゃんは尻は軽いけど、すごく良い子で僕に対しても愛想を振りまいてくれる。そのはずだ。
ゲームと今の違いはなんだろう? そう考えて僕は気づいた。そう、違いは僕だ。
ゲームの主人公はイケメンだった。そういった描写はなかったけど、画面に表示される主人公の顔はなかなかのイケメンだった。
対して今の僕はどうか。お世辞にもイケメンではない。少し若返ってはいるけど、僕の姿形はこの世界に入る前の僕と同じもの、平均より少し下だと自分で評価するようなフツメンなのだ。
つまり茉莉ちゃんは尻軽チョロインではなく、イケメンが大好きな子だったのだ。
そのことに気づいた僕はその場で立ち尽くし、肩を落としてうつむいた。
なぜか僕の後ろで一部始終を見ていたヴィルヘルムは、そんな僕の肩をポンッとたたいて気の毒そうに「ま、気にするなよ」と慰めてくれた。