決意
机の上に花の描かれた可愛らしい便箋が三枚、読んだあとそのままにしている。
体を横にして、腕を目に当て瞼を閉じると、初めて会ったときの彼女との情景が頭に浮かぶ。
何度目かわからない溜息が口から零れる。
何度目かわからない思考がぐるぐるとまわる。
この展開になるのは知っていた。知っていたはずだ。わかっていたはずだ。
なぜ気づかなかったのか、なぜすぐに思い出さださなかったのか。
なぜ悲しんでいるのか、なぜこんなに胸が苦しいのか。
わかってる。楽しかったからだ。楽しかったから、一緒にいて話をしている時間が楽しかったから。
だから最後、それから目を背けていたんだ。
ゲームでは彼女から手紙と手作りのクッキーを渡されて主人公と別れる。
そうだ、別れるのだ。そしてゲーム内で主人公と彼女が再会することはなかったのだ。
「手紙と、これ、私が作ったから口に合わないかもしれないけど」
「帰ってから落ち着けるところで読んでねっ! じゃあ、私は戻らないといけないから……」
「じゃあね! また会おう野上クン!」
彼女はそう言って去っていった。
僕はこれがゲームで主人公が貰っていたラブレターと手作りクッキーだと、何も考えずに喜んでいた。
部屋に帰ってから、貰ってきたクッキーを一つ手に取って食べる。甘さ控えめな、手作りらしい味が口に広がった。
それから僕は便箋を取り出して中身を読む。
手紙にはゲームでも、本人の口からも語られなかった彼女についてのことが沢山、書かれていた。
彼女は別の小隊で、僕達と同じように戦っていたこと。
先の戦いで小隊の仲間が三人死んで、自分も怪我を負ったこと。
怪我が治って、以前のように動けるようになったけど、怖くて復帰を決められなかったこと。
そんなときに僕と会って、話をして、今も同じように戦っている人達がいることに後ろめたさを感じたこと。
僕と話をしているうち、少しずつ自分もやらなければと奮起し、小隊に復帰することに決めたこと。
だからもう、戦いが終わるまで会えないこと
そんなことの書かれた手紙の内容を目にしていくうち、これはラブレターじゃなく別れの手紙だ。と察して続きを読むことが出来なくなっていく。
あぁ、主人公が彼女を立ち直らせたあと、彼女と別れる理由はこれだったのかと、頭の中の冷静な自分はそう納得する。
一方で唐突な別れを書いた手紙に、衝撃を受けて真っ白になっている自分もいる。
いろいろな感情や、意志や、理性がぐちゃぐちゃになって、読んだ手紙とクッキーを机の上にそのままにして、倒れるようにベッドの上で横になった。
気づいたときには深夜だった。
食事もとらずに、ずっと考え込んでいたら眠ってしまっていたのか。と体を起こす。
机には彼女の作ったクッキーと便箋が三枚、まだ残っている。
一度、眠ったせいか、頭はスッキリしていて、僕は机に置かれたクッキーをとって一つ口に入れる。
この世界へ来て訓練校と宿舎しか知らない僕は、ここが、この世界の人類が窮地に陥っていることを認識していなかった。
いや、今もそれを認識出来ているとは言えない。どこかふわふわとしていて、自分が本当にこの世界にいて、この世界が現実だとしっかりと認識することさえおそらくしていない。
きっと今も心のどこかでは、これはゲームで現実じゃない。と考えているんじゃないかと思う。
だから戦いの場で、自分のリアルな死というものを本当の意味で感じられないし、敵に対する感情も何も沸かないのだと思う。
ただ、彼女は、彼女だけは僕のリアルだった。僕の心は彼女に大きく揺れ動かされていた。
そんな彼女が、僕達と同じように戦いに赴くと言っている。
自分が戦わないことで、僕や他の人達が死んでしまうかもしれないことを恐れている。
じゃあ僕に出来ることはなんだ? ここで彼女との唐突な別れに失意しているだけでいいのか?
僕には知識がある。この世界がゲームだったときの知識が、それが通用することはわかっている。
この世界のために、そんなことで僕が決意することは出来ない。
でも、彼女のためなら、僕のリアルを動かした彼女のためならば、僕は決意出来るのではないか。
頑張って、頑張って、この戦いを終わらせれば、彼女は兵士ではなく、普通の女の子として生きることが出来るのではないか。
そうだ、そのために、僕は彼女のために、戦おう。
少しでもこの戦いが早く終わるよう、僕の全てを使ってやってやろうじゃないか。