ヴィルヘルムと高橋みなも2
僕は後悔していた。
なぜ僕はヴィルヘルムをこの場に連れてきてしまったのか。
ヴィルヘルムにそのつもりがなくても、彼女の方が一目惚れなどしてしまえば意味がないと、なぜ僕は気づかなかったのか。
ヴィルヘルムを一目見た瞬間、彼女は顔を真っ赤にして俯いている。そんな彼女の姿を僕は今まで見たことがない。
彼女はいつも元気で、強くて、僕のことを励ましてくれる。そんな存在だったはすだ。
「航の仲間でヴィルヘルムです。気軽にビルって呼んでください」
「あ、わ、わたし、高橋みなもと申します! よろしくお願いします!」
「普段はこれからどうしてるんだ? 合流したらすぐに走ってるのか?」
「そうですね、挨拶したら自然と二人で走り出す感じです」
「なるほど、んじゃ、走るか! あ、航、あとでそのリュック貸してくれよ」
「ええ、構いませんよ、それじゃあ行きますか」
そう言って僕達は走り出す。僕とヴィルヘルムが二人で横に並んでいて、後ろから高橋さんがついてくるような形だ。
高橋さんはまだ顔を真っ赤にしたまま、黙ってしまっている。
本当になぜ、僕はヴィルヘルムを連れてきてしまったんだ。
「それで、航と高橋さんはどうやって知り合ったんだ?」
「僕が河川敷で座って、ぼーっとしてたところを、高橋さんが話しかけてきてくれたんですよ。ね? 高橋さん」
実際には僕が水面に向かって体育座りしながら泣いてたからなんだけど、それを伝えるのは恥ずかしい。
そんな僕の真意を汲んでくれたのか、水面さんも「あ、はい、そんな感じです!」と真っ赤な顔で答えてくれる。
「ん? なんだ、逆ナンって奴か?」
「ち、ち、ち、違いますよ! 野上クンがその、そう! 凄い話しかけてほしそうだったんです!」
「あー、なるほど、わかるわ。航って物腰とか言動は落ち着いて見えるのに、考えてることとかすぐ顔にでるよな」
「え? そんなに顔に出てますか?」
「無自覚だったのか? まぁ、そこが航の良いところだから気にするなよ」
「いやいや、気になりますよ」
「高橋さんからみて、どうでしょう? そんなにわかりやすいですか?」
「えっと、あの、凄くわかりやすいかなぁと……」
「だろ? 高橋さんもそう思うよな。俺が航に会って少ししてからなんだけどさぁ」
そう言いながら、ヴィルヘルムが高橋さんの横へ移動する。
戻りかけていた高橋さんの顔の色が、また真っ赤になっていくのが見えた。
僕は、僕はなぜこいつを連れてきてしまったんだ……!
「いつも航が宿舎にいないから、何してるのか気になって、早起きしてドアを張ってたんだよ」
「そしたら、両手に凄い荷物もって部屋から出てきてさ、なにしてるのかって聞いたら訓練場の運動場を走ってるって言うんだよ」
「もうこの時点でちょっと笑えるんだけど、それについていってみたらさ、運動場でリュックに重りを詰めてるんだよ」
「いやー、あのときは笑いを堪えるのが大変だった」
え? なんでもないことのように、流してたような気がするんだけど、あれで笑いを堪えてたの?
「あ、それ私も知り合ってから二日目にありました! お昼にここで会ったんですけど、大きなリュックを背負ってて……」
そうして二人で楽しそうに僕のことについての話をしながら盛り上がる。
そんな二人の話を聞いていると、自分の行動が他の人にどう見えていたのかがわかって、凄く恥ずかしい。
二人の前を走りながら、顔が真っ赤になってきて無言で俯く。
僕はどうしてヴィルヘルムを連れてきてしまったんだ……
「いやー、隊の仲間に航のことについて話せる奴がいなくて、こうやって話せて楽しかった。今日は来て良かったよ」
「航の面白いところって、自分から近づいていかないとわからないからさ」
「でもまぁ、短い付き合いだけど、良い奴だと思うんだよ」
「だからこれからも航のことよろしくな」
一通り僕のエピソードについて二人で話し終わったのだろう。ヴィルヘルムがそう言って会話を終える。
前でそれを聞いている僕は、また顔を真っ赤にして俯くしかなかった。
「んじゃ、俺はそろそろお暇するよ。お邪魔虫はいなくなるから、あとは二人でよろしくやってくれ」
川の向こう側へ渡る橋への分かれ道で、ヴィルヘルムは橋を渡らずに、僕達の返事も聞かずに走って去っていく。
からかわれているだけだと、わかっていても慣れていなくて顔が赤くなる。思えば今日は顔を赤くしてばかりだ。
高橋さんもそうやって、からかわれることに慣れていないのか、顔を赤くして「な、なにを言ってるんでしょうね?」と声を裏返した。
ヴィルヘルムと別れたあと、僕達は二人で遊歩道を走った。
ヴィルヘルムの去り際の一言のせいで、妙に照れてしまってお互いに会話はない。
夕日もほとんど沈んで、星が見え始めた頃。そろそろ今日は終わろうかというときに彼女が口を開いた。
「あの、明日のいつもの時間、ここに来てくれませんか? 走るわけじゃなくて、渡したいものがあるんです」
普段の彼女とは違う、改まった口調でそう言われて、僕は背筋を伸ばして「わかりました」と答える。
渡したいものと聞いて、僕の中で真っ先に思い浮かんだのは、ゲームで彼女が主人公に渡していた手作りのクッキーとラブレターだ。
これはもしかして、もしかするかもしれない。
変な期待をしているのを隠すように「わかりました、必ず来ますね」と返して、僕達は別れた。
……ヴィルヘルムを連れてきたときはやってしまったと後悔したけど、まさかのサヨナラ逆転ホームランだよ!