ヴィルヘルムと高橋みなも
あの戦いの日から一週間が経った。
高橋さんとは、その間に二度ほど河川敷で一緒に走った。
休憩中に彼女に僕の活躍について細かいところを省きつつ、茉莉ちゃんを庇った場面などについて少し誇張して話すと「えぇー? 野上君がそんなマッチョなことしたって? 話、膨らませすぎじゃない?」などと言われてしまった。
彼女の中の僕のイメージはナヨナヨしていて、なぜ兵士なんてしているのかわからないような線の細い子だったそうだ。
訓練校での半年の地獄訓練で体つきも少しはシッカリしたと思うし、そんなことはないと彼女に言うと、彼女は「最初が最初っていうのもあるんだけど……。えっと、気を悪くしないでね? なんていうか、弱そうな顔だなぁって……」と、僕の心に会心の一撃を与えた。
そりゃあ僕もイケメンに生まれたかった。男らしい顔立ちの、高橋さんに頼ってもらえるようなそんな顔になりたかった。
しかし顔は変えられないのだ。この世界に転移させられたって顔は変わらなかったのだ!
「顔……それじゃあどうしようもないじゃないですか」
そう言って、落ち込む僕に彼女から衝撃の一言が返ってきた。
「え? 変えられるよ?」
この時は本当に驚いた。
それはそうだ、この世界は元の世界よりも技術が進んでいる。
整形技術だって、きっともうとんでもないことになっているに違いない。
そんな僕の考えを否定するように彼女は話を続けた。
「表情とか、姿勢とか、そういうので顔も変わるんだよ? 今だってほら、背筋が曲がってる」
驚いたのはこの話。そう、それは今までの僕にはなかった視点だったのだ。
「顔というよりも雰囲気って言いかえた方がいいかなぁ、だからほら! 弱そうって思われたくないのなら、もっと胸を張って!」
そのあともいろいろなことについて、彼女と話をした。
元いた世界でも、こちらの世界でも、そういった話をする友人はいなかった。
共通の趣味について話すことはあっても、他人と人についての話をすることはなかったのだ。
それは本当に楽しくて、貴重な、かけがえのない時間だと思えた。
それ以外の宿舎内での生活も順調だ。
あれ以来、茉莉ちゃんが僕を無視することはなくなった。
僕をみると、彼女の方から挨拶してくれるようになったし、ゲームのときの茉莉ちゃんを見ているようで凄く嬉しい。
他の隊員とも御堂以外とは、リビングで会えば少し会話をするようになったし、危険察知能力の訓練も空いている時間にやっている。
順調だ。あの二度目の出撃以来、全てが上手く回っている気がする。
そうだ、僕がこの世界に転移してから、この世界が僕がプレイしていたゲームの世界だと知ってから、僕が求めていたものはこの生活だったんだ。
訓練校での厳しい訓練も、ヴィルヘルムの死を阻止するための戦いも、全てはこの時のためだったんだ。
「最近はこっちでも見るようになったな」
リビングで一人でお茶を飲みながら、最近の自分の順調な生活っぷりを思い返していると、ヴィルヘルムに声をかけられた。
たしかに、ここにきてから最初の二週間は訓練のために朝から夜まで外に出ていたし、それ以外のときは部屋にいることが殆どだった。
それを思えば、ここ最近はリビングで今のようにお茶を飲んだり、ヴィルヘルムや茉莉ちゃん、津組さんと雑談したりもするようになったのだから感慨深い。
「少し時間が空きまして」
「それならちょっと話さないか? 俺も暇でさ」
「ええ、構いませんよ。それで何の話をしましよう?」
「そうだな……そういえば他の隊の子と知り合って一緒に遊んだりしてるって前に言ってたけどどうなんだ?」
他の隊の子……? そんな話をヴィルヘルムにしただろうか、思い当たるのは高橋さんのことだけど、ヴィルヘルムに高橋さんについて話をした記憶はない。と、なると他の人の話ということになるが、思い当たる人が見当たらない。
「ほら、航が水切りに飽きたあとの話だよ、そんなこと言ってたような記憶があるんだけど記憶違いか?」
ヴィルヘルムの質問に首を傾げた僕に、ヴィルヘルムがそう言ったことで思い出した。
お祈り訓練のときに、たしかにそんなことを言っていた。これは不味い。
あの時は、なんとかその場を回避したくて適当な嘘をついてしまった。今更だけど、前のは嘘だったと伝えるべきだろうか。
いや、そうすると今度は、じゃあなにをしてたんだ? という話になる。嘘をついてまで隠したいことってなんだ? となれば、もう言い訳も思いつかない。
「最近、たまに外に出てるのもその子だろ? もしかして聞いちゃ不味かったか?」
そんなヴィルヘルムの言葉に僕は閃く。そうだ、高橋さんのことを言っていたことにすれば、なんとか誤魔化せるのではないか。
「いえ、そんなことはないんですが、どうやって説明すればいいかと考えてまして」
「言い淀むってことは女の子だろ? どうなんだ?」
意地の悪い笑みでヴィルヘルムが聞いてくる。声色にもからかいの色が含まれているのがわかる。
しかし僕と高橋さんとはそんな仲ではない。そんな仲になれたらいいなっていう願望はあるけど。
「河川敷で知り合いまして、元気な良い子ですよ」
「最近はよく河川敷の遊歩道を二人で走ってるんですよ」
「へぇ、二人で河川敷か、ん? 走ってるってことは、航はまたあのリュック背負ってるのか?」
「え? もちろん背負ってますよ。あれがないと走ってる気がしませんからね」
僕がそう言うと、ヴィルヘルムは笑いを我慢するようにして「俺、その子のこと興味でてきたわ。今度、一緒に行っていいか? その子にも聞いておいてくれよ」と、自分も行きたいと言い出した。
僕の話の中に、彼女に興味をもつようなことはあっただろうか?
不安に思いながらも「わかりました、彼女から了承を得たらお伝えしますね」と返す。
もしかして興味とはそういう興味なのだろうか? ヴィルヘルムが横から掻っ攫っていく展開になるのではないだろうか?
そんな思考が表情に出ていたのだろう。
「そういう意味じゃないから安心しろよ、本当にちょっとした好奇心って奴だから」
ヴィルヘルムは苦笑いするようにして、そう言った。