関係修復
オークは倒した。
しかしまだ警戒を解くわけにはいかない。ミニマップにはゴブリンのものと思われる敵マーカーが二つ点いている。
残っていたゴブリンは三体だったはずだ。一体分足りないということは、他の二体とは別の場所にいる可能性がある。
僕のパワーアーマーの装甲値はレーザー一発分の猶予しかないし、茉莉ちゃんのパワーアーマーの装甲値は0になっているはずだ。不意を撃たれると致命傷になりかねない。
死を間近に感じた恐怖で、座り込んでしまった茉莉ちゃんを無理矢理立たせて、大きな木の傍まで移動する。
「ごめんなさい」
茉莉ちゃんの謝る声が聞こえる。
ただ、それに返事をすることは出来ない。訓練校での訓練のお陰で、平常心を装うことは出来ても、それ以上のことが出来るような余裕は今の僕にはない。口を開けば泣き言が漏れだしそうだ。
周囲を警戒しながら、敵のマーカーと味方のマーカーの行方を見ていると、残っていた敵のマーカーの二つが同時に消える。
それから僕達の方へと味方のマーカーが移動を始めた。
「こちらは残っていたゴブリン三体の殲滅に成功した。そっちはどうなっている?」
ヴィルヘルムの声が聞こえる。それに「こちらはオーク一体を倒しました」と答える。
事前情報通りなら、これで敵の隊は全滅したはずだ。隠れている敵がいるということは、この状況ならないと思う。
「敵部隊の全滅を確認した。良くやった。輸送車をそちらに回している。合流ポイントにて合流後、帰還せよ」
近藤さんの声が小隊の皆の頭に響く。
どうやら無事に終わったようだ。合流した僕達は、ミニマップに表示された合流ポイントへ向かい歩き始めた。
宿舎へ帰る輸送車の中、茉莉ちゃんが僕の隣に座った。
緊張や不安から解放されて、軽い高揚感だけが残っている今の僕は、彼女の汗の匂いに理性が蕩けそうになる。
「あの、ありがとうございました」
小さな声でそう言って、僕の方へ向けて頭を下げる。
茉莉ちゃんに直接言葉を投げかけられるのは、これが初めてではないだろうか。
彼女を庇ったことで、彼女の中での僕の評価が上がったのかもしれない。
「あと、今まで申し訳ありませんでした」
イケメンではない。それだけで僕のことを無視し続けていたことを謝っているのだろう。
謝ってくれるなら僕は許そう。イケメンは正義、その気持ちはわからないでもない。
「僕も気にしないので、東条さんも気にしないでください」
「あの、私、野上さんのこと勘違いしてたみたいです」
「本当にありがとうございました」
言うや否や茉莉ちゃんは席を立って、津組さんと皆本さんの方へ行く。
今までのやり取りを横で見ていたヴィルヘルムが「良かったな」と肘で僕の脇腹をつついた。
宿舎に帰還した僕達は、そのままリビングのブリーフィングルームで反省会をした。
ゲーム的にいえば、この戦いは序盤の難易度としてはかなり厳しいレベルだったので、誰の犠牲もなく任務成功したのはかなり良い結果だったと思うけど、それでも反省するところは反省しておかないと、誰かが死んでしまってからでは遅いのだ。
僕も、初陣が終わってから気が緩んでいたのは間違いない。
ブリーフィングが終わったあと、そのまま席を立たずにステータスの確認をする。
近距離戦能力 4
中距離戦能力 5
遠距離戦能力 4
危険察知能力 4
機動力 5
クレジット 41,000
前回と今回の任務の特別報酬でクレジットが41000になっている。
これだけあれば近藤さんを20ダースは買えるが、近藤さんの出番はもっと後だ。今、買っても意味がない。
また同じようなことがないとも限らないし、装備や研究に使うのが一番だろう。
今のクレジットじゃゲームの時にはまだ装備を変えることは出来なかったけど、この世界では物の値段などが違っているかもしれない。端末を使って確認してみよう。
リビングの端、小さな机の上に置かれた端末に手を触れると、端末の上にホログラムで幾つかの項目が表示される。
それらの項目のうち一つに指先で触れると、さらに細かい項目が出てきた。
操作感覚としては元の世界のタッチパネルに近い。
そのまま日用品や娯楽品などのリストを見ると、ゲームのときにはなかったものも多い。
そのあと装備品を調べてみたけど、中距離戦用の新しいレーザー銃はゲームの時と同じように100.000クレジットが必要だった。
そして問題のテクノロジーの研究だ。ゲームのときにも疑問点が沢山あって、しかもそれらについて開発者は「人口知能が関係している」としか言わなかったため、いろいろな物議を醸した。
研究の項目に指で触れると、ゲームと同じようにテクノロジーの研究ツリー画面が出てくる。
必要な物やクレジットの数も同じだ。そして拾った覚えのない、灰になったはずのオークの鎧だったりを、持っていることになっている。
いったいどういうことなのか、考えてもわからないものはわからない。ゲームの世界なんだ、きっと何でもアリなんだろう。
結局、何も買わずに端末から離れると、ホログラムが消えた。
よし、今すぐに出来ることはほとんどない。
今日の戦いのお陰で、初陣でのことは払拭できそうだし、茉莉ちゃんとも今後は多少は話が出来るはずだ。
隊の皆と仲良くなって連携を深めたり、ステータスを上げるべく訓練を行ったり、高橋さんと河川敷走ったり、本当にゲームの主人公のように生活していこう。
そう決心をしたことで思い出した。
高橋さんと今日、河川敷を走る約束をしていたことを。
時刻は夕方、僕は急いで宿舎を出た
夕日が地平線に半分、沈んでいる。
空には星が幾つか光っているのが見える。
「あーっ! 今更来たって遅いぞ! 野上クン!」
河川敷へと行くと、僕を見つけた高橋さんが笑って手を振りながら走ってくる。
「すいません、急な用事が入ってしまって」
「あぁー、任務? なるほど、それじゃあ仕方ないね」
「うん、それなら、……よく無事に生きて帰ってきたね! 野上クン!」
そう言って高橋さんは僕の背中を勢いよく叩く。
自分が無事に帰ってきたことを喜んでもらえるっていうのは、ことのほか嬉しいものだ。
「うーん、今から一緒に走るってわけにもいかないし、明後日がいいかな? 話せる範囲で野上君の活躍とか教えてよ!」
「時間は前と同じねっ!」
「じゃあね!」
そう言って彼女は走って行く。
彼女との約束を思い出してから、すぐに急いでここまで来て良かった。
彼女と会うことが出来たし、次の約束も出来た。
宿舎に帰ってシャワーを浴びて寝よう。今日はもう疲れた。