ビーコン防衛戦
近藤さんからの通信が入ったのは、高橋さんと河川敷を二人で走った日の翌々日、つまり約束した日の朝だった。
「全員、速やかにブリーフィングルームに集まるように」
初陣の時と同じく、唐突に近藤さんの声が頭に響く。
おかしい、ゲームではこんなに早く二度目の任務が始まることなんてなかった。
一体、何が起きているのか。動揺しながらも、部屋を出てリビング兼ブリーフィングルームへ向かう。
朝ということもあって、全員が宿舎内にいたのだろう。
僕がリビングに来たときにはすでに二人いて、それから程なくして残った二人もやってきて席に座る。
「集まったか、それでは任務についてのブリーフィングを始める」
「早朝、偵察任務を行っていた兵士より、敵の一団が我々の設置した調査用ビーコンに向かっているとの情報があった」
「諸君らには、この敵の迎撃に向かってもらう」
このタイミングで防衛戦!? 防衛戦はもっと後、少なくとも二か月は過ぎたあとから始まるはずだ。
ゲームでの任務は主に三種類存在する。
敵の斥候などを見つけ出して殲滅する遭遇戦。
敵の拠点などに攻撃をしかける進撃戦。
そして最後に、こちらの拠点などの防衛を行う防衛戦だ。
イベントの絡んだ任務ではそれ以外のものもあったが、基本的にはこの三種類の任務が一定期間毎に選ばれて発令されていた。
ただ、進軍戦と防衛戦は支配率というパラメーターに関係していて、その時点では強い敵が出てくることも多く難易度が高いため、ゲーム開始から二か月間は遭遇戦しか行われないはずだった。
それに二度目の任務は初陣から二週間後ほど先だったはずだ。
「情報のあった地点から、調査用ビーコンへの移動予測ルートはすでに割り出している」
「諸君らには、この後すぐに輸送車で我々の設定した迎撃ポイントの一つへ移動、敵エイリアンの撃退をしてもらう」
「以上、これよりおおよそ五分後、宿舎前に輸送車が着く。車内にてパワーアーマーを装着し、現地到着と共に任務開始だ」
なぜ、こんなことが起きているのか。
ヴィルヘルムが死ななかったことによる影響だろうと、頭ではわかっていても動揺を抑えられない。
しかし敵も状況も、僕が落ち着くのを待ってはくれない。
一度、大きく深呼吸して立ち上がり、僕達は宿舎を出た。
戦場は木々の生い茂る山の中腹、森林地帯だ。
朝であっても、木々が日光を遮っていて薄暗い。
視界にはミニマップ、方角、耐久値が表示され、ミニマップ内には敵の移動予測ルートと迎撃ポイントが色分けされて描かれている。
「マップに表示されている迎撃ポイントへ急ぐぞ」
ヴィルヘルムの指示で僕達は迎撃ポイントとされている場所へ移動する。
パワーアーマーの補助もあって、山中でも平地と同じような感覚で動くことが出来る。
早々に迎撃ポイントに着いた僕達は、敵が来るであろう方向から隠れられる位置の木や、射線の確認をしながら陣形を整えていく。
準備も終わり、木の陰に隠れた僕達は敵が向かってくるのを待つ。
近藤さんからの情報では敵はゴブリンが五体にオークが二体だそうだ。
ゴブリンはともかくオークが二体となると、これはかなり厳しい戦いになりそうだ。
オークは2メートルくらいの人型エイリアンで、武器しか装備していないゴブリンとは違い、僕達のパワーアーマーと同じような鎧を装備している。
その強さもゴブリンとは一線を画していて、初期装備のレーザー銃では、一番弱い装備をしているオークが相手でも七発は当てる必要がある。
オークの鎧の耐久値を無くすのに五発、エイリアン自身が持つバリアのようなものを壊すのに一発、そして本体に一発だ。
武器は初期だとゴブリンの持つ武器と同じなので、こちらは五発当たれば死が待っているだろう。
額に汗がにじむ。
ゲームのときにはなかったことだ、どんなイレギュラーがあるかもわからない。
時折、顔を出して索敵をしていると「見つけました」という茉莉ちゃんの声が聞こえた。
「移動予測ルートの方向、500メートルほど先」
「オークを先頭に、ゴブリンを挟む形で縦に並んでこちらへ向かってきています」
茉莉ちゃんはゲームでは遠距離戦能力が、他の隊員やその候補となるキャラクターと比べてかなり高い。
その能力はこの世界でも同じように発揮されているようで、ミニマップの端にゴブリンとオークのものと思われる敵マーカーが表示される。
ミニマップのマーカーは基本的に小隊員の中で共有されていて、味方の位置に味方のマーカーが、敵を視認している間は敵のマーカーがその位置に表示される。
どういった理屈でそんなことが出来るのかわからないが、これもチップの機能のうちの一つだそうだ。
「敵が指示マーカーの位置に来るまで現在地で待機。ミニマップ上で敵のマーカーが指示マーカーの位置に来たことを確認後、一斉射撃を行おうと思う」
「敵の視認は茉莉、頼めるか?」
「わかりました」
「意見のある者はいるか?」
指示マーカーは小隊長のみが使えるマーカーで、今のように作戦指示を行ったり移動指示に使われる。
ミニマップに表示されている指示マーカーの位置は、200メートルほど先の地点で、事前にこの場所を確認したときに、全員の現在地からの射線が通っている場所だったと思う。特に問題はなさそうだ。
何も言わず、ヴィルヘルムの方を見て一度頷く。
「よし、では木の陰に隠れて待機、合図をしたら陰から出て、敵に向かい一斉射撃」
「それで敵が撤退を開始すればその場で追撃。こちらに向かってきた場合や木の陰に隠れた場合は、一度身を隠し指示を待て」
「くれぐれも一人で敵に向かって行ったりはするなよ」
話をしている間も、敵のマーカーは少しずつ近づいてきている。
額に汗が流れる。
緊張で足が震えている気がする。
皆、無言でその時を待っている。
「……今だ! 撃て!」
ヴィルヘルムの合図と同時、陰から出て敵のオークを狙いフルオートで撃ち続ける。
六人から放たれたレーザーは、いくつかは敵に当たっているように見える。
まず、先頭に立っていたオークが灰になった。
そのあと、木の陰に隠れようと動き出したコブリンが一体、二体と灰になる。
残ったオークとゴブリン三体は、灰になることなく木の陰へ隠れたのが見えた。
「オーク一体が左側の木の陰、ゴブリン三体は右側の木の陰にそれぞれ隠れたよっ!」
木ならレーザーで撃つことによって、当たった箇所とその周辺を灰にすることが出来る。
オークなら、その体躯もあって木を倒してしまえば、直接当てることも出来るようになるだろう。
ただし、それをするとただでさえ射線が通りにくく、死角の多い森林地帯で、よりそれらを悪化させることになる。
体の小さなゴブリンに対してはその増える死角というのが厄介になるかもしれない。
「どうしましょうか?」
「航と茉莉はここで待機、オークとゴブリンが移動しないか見ていてくれ」
「他は俺と共に右側へ回り、側面から残ったゴブリンを殲滅する」
目の良い茉莉ちゃんと前回やらかした僕が残って敵を監視、ミニマップで敵が移動していないか確認しながらの側面からの攻撃、なるほど悪くなさそうだ。
「了解」「わかりました」「……わかりました」「…………はい」「しゃあねぇ」
約一名、不満はありそうだけど、皆の了承が聞こえる。
こんなときにまで嫌がられるって僕、茉莉ちゃんに何かしたのだろうか?
気になって考えてしまいそうになる心を自制して、敵が動かないか監視することに集中する。
その間にも四人は物音を立てないように右側へと移動していく。
木の陰からオークの足が出たり入ったりしているのが見える。
動こうとしているが、僕達がまだいるかを確認しているのだろう。
下手に撃って相手を刺激して、やぶれかぶれで出てこられても面倒だ。どうしようか。
考えていると、茉莉ちゃんのいる方向から、オークの足を狙ってレーザーが放たれる。
撃ってしまったか。まぁ、それはそれで問題はないと思う。
これでこちらがまだここにいることを印象付けられたはずだ。
このままここに釘付けにしておけば、後はヴィルヘルム達が片付けてくれるはずだ。
しかし、その僕の考えは間違っていた。
意を決したオークは木の陰から姿を現し、こちらに向かって走りながら撃ってきたのだ。
「なっ」
想定外の行動に一瞬、頭が真っ白になる。
けれど、オークのレーザーが僕ではなく茉莉ちゃんの方向に撃たれているのが見えた瞬間、僕は銃口をオークに向けてレーザーを撃ちながら茉莉ちゃんの方へ駆け出す。
一発、茉莉ちゃんの肩の横をレーザーが抜けていく。
二発、茉莉ちゃんが隠れた木に当たって、木が倒れる。
三発、驚いたのか、その場から動けない茉莉ちゃんにオークのレーザーが当たる。
僕が撃ったレーザーは三発、そのうちの二発がオークに当たっている。
右側でも戦闘が始まったのか、レーザーの青い光が木々の隙間から見えた。
急げ! 急げ! 急げ!
四発、茉莉ちゃんがレーザー銃を構えて、その場でオークに向けて撃っているところにオークのレーザーが当たる。
「やだ、やだやだやだやだ」
五発、足を震わせながら、銃を構えている茉莉ちゃんの頭にレーザーが当たる。
六発、その場で座り込んでしまった茉莉ちゃんにオークのレーザーが当たる。
「茉莉! 航! 大丈夫か!?」
七発、茉莉ちゃんの前、ギリギリで間に合った僕にオークのレーザーが当たる。
八発、茉莉ちゃんを庇いながらオークに向けてレーザー銃を撃つ僕に、オークの撃ったレーザーが当たる。
九発、僕が撃ったレーザーが当たり、灰になっていく間際、オークが撃った最後の一撃が僕に当たる。
十発、撃たれることはなかった。