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二人でランニング

 これが、これが僕が求めていた、憧れのギャルゲーライフというものなのか。

 このゲームの主人公も、他のギャルゲーの主人公も、こんな幸福感を感じて生きていたのか。


「おはようございます」


 リビングで偶然、出くわした茉莉ちゃんに挨拶を無視されたって何も感じない。

 痛くも痒くもない。だって僕にはメインヒロインがいる。そして今日はそのメインヒロインと河川敷で待ち合わせだ。

 もちろん、今は僕からの一方通行な想いだって理解してる。彼女の迷惑にならないようにしないといけないって弁えてるつもりだ。

 それでも弾む心は抑えられないし、彼女との事だけが今の僕の希望で、僕はもうそれでいいと思っている。


 昼から彼女と一緒に走るのなら、今からいろいろと準備をしておかなければならない。

 キッチンの飲料水用の冷蔵庫から、ペットボトルの水を三本取って部屋へ戻る。

 途中、二階から降りてきた御堂とも、すれ違いざまに「おはようございます」と挨拶をする。

 楽しみなことがこの後に控えていると思うと、自然と声も弾んでしまう。


「お、おぉ、おはよう」


 弾む声にいささか引いたように、御堂が挨拶を返してくれる。


「なぁ、どうしたんだアレ?」


「そんなの、どうでもいいじゃないですか」


 後ろでそんな二人の声が聞こえたけど、たしかに、今の僕にとってはどうでもいいことだ。

 今の僕がするべきことは、お昼に向けての入念な準備、それしかない。

 彼女といったいどんな話をしようか、彼女が好きな話題はどんなものだろうか。

 昨日からずっと、そんなことが頭の中で堂々巡りしている。


 彼女の昨日の発言からみても、運動場での訓練のときのように一日中走っているわけではないのは間違いない。

 それほど物を多く持っていく必要もないだろうし、最初から重りの入ったリュックに飲み物とかの必要な物を入れておけばいいだろう。

 昼食を取り、予め準備しておいた荷物を背負って宿舎を出る。

 

 リビングで雑談をしていた皆本さんと津組さんからの視線を感じるが、特に何か言われるわけでもなかったし気にしない。





 河川敷にはまだ、高橋みなもの姿はなかった。

 具体的な時間を指定して待ち合わせしていたわけではないし、冷静に考えたら一緒に走ろうとは言われていなかった気がする。

 春の涼しい風と、誰もいない河川敷を見て、少し頭が冷えたみたいだ。

 だからといって、準備もしたし帰るわけにもいかない。

「せっかくだから一緒に走ろうと思いまして」とか言えば、彼女ならきっと断らないだろう。


 彼女を待つ間、ゲームでの彼女のことを思い出す。といっても、彼女についてはあまり覚えていることはない。

 サブイベントだったし、他に魅力的なヒロインもいたゲームの時には、彼女については全く意識していなかった。

 ゲームでは彼女は泣いて落ち込んでいるだけで、それほど魅力的なキャラクターとしては描かれていなかったせいかもしれない。

 僕がいることで、僕が何かをしたことで、何かしらの影響を及ぼしたことで、今の彼女と出会うことが出来たのかもしれないと考えると、少し喜ばしい気持ちになる。


「うぇっ!? なにその荷物、どうしたの?」


 後ろから声をかけられて、振り向くと昨日と同じような装いの彼女がこちらに向かって走ってきていた。

 背負ったリュックを見て驚いているみたいだけど、何かおかしなことはあっただろうか。


「よければ一緒に走りたいと思いまして」


「え、あ、うん、それはいいんだけど、走るってその荷物背負って走るの?」


「はい、まぁ、そのつもりなんですが、おかしいでしょうか?」


「あー、いや、キミがそれでいいっていうなら、良いんだけど」

「それにしても凄い荷物だよね、何が入ってるのか聞いてもいい?」


「水と、タオルと、重りくらいでそんなたいしたものは入ってませんよ?」


「え、重り!? 重りが入ってるの!? あはははは、そんな漫画みたいなこと、本当にする奴いるんだ!?」

「あはははは、キミって見た目よりも面白い子だったんだね、うん、いいよ! そういうの! 私、好きだよ!」


 うーん、何かおかしなところがあっただろうか? 何がおかしいのかわからない僕には戸惑うことしか出来ない。

 ただ、最後の「好きだよ」には、それがそういう意味ではないとわかっていてもドキッとさせられる。


 そうだよ、そんなこと冗談でも女の子から言われたことなんて、こっちに来る前にもなかったよ!


「えーっと、とりあえず走りませんか?」


 このまま彼女と話をしていても良いけど、良くわからないことで笑われているのは、どうにも居心地というか、据わりが悪い。


「だね! でも、重り、重りかぁ、あはは、久しぶりに笑わせられた気がするよ」


 それから、二人で河川敷の遊歩道を走り始める。

 走り始めてから彼女に聞いたランニングコースは、この遊歩道の先にある橋を渡って向こうがらぐるっと一周。

 それほど長い距離ではないので、このコースを夕方の時間まで、適度に休憩を入れながら夕方まで何週も走っているそうだ。


 水切りや、お祈りをしに河川敷には来ていたけど、彼女の姿を見たことがなかったので、そのことについて聞くと彼女は軽い口調で


「いやー、ちょっと怪我しちゃっててさ、やっと動いても良いって医者に言われたから、リハビリがてら昨日から走ることにしたんだよ」


 と、答えてくれた。

 どうやら祠の前で一日中、お祈りしていた姿を見られていなくて一安心だ。


 その後も彼女と他愛ない会話をしながら走る。

 昨日の夜から考えていたけど、この世界で僕が話せることはそれほど多くない。

 この世界にやってくる前の話は、この世界の他の場所でのことを知らないから出来ないし、ゲームとして遊んでいたときの知識を基にした話をすることも出来ない。

 そうすると、自然と話のネタは訓練校の話が多くなってしまう。


 重りを背負いながらの走り込みや、木刀を使った近距離戦闘の訓練、鬼教官や同室の奴の話をすると、その度に彼女は屈託なく笑う。



 気づけば夕方、楽しい時間というのはどうして早く過ぎるのか、ありがちなフレーズだけど、本当になぜなんだと実感する。


「いやー、二人で話しながら走るっていうのも楽しいもんだねぇ」

「んーと、明日は来れないから……明後日! 明後日、また同じ時間にここに来るから! 良かったらまた走ろっ!」


 夕日の中に彼女が去っていく姿を見送る。

 怪我、怪我かぁ、ゲームと今の彼女の違いは、そのあたりに原因があるのだろうか。

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