果てをもたらすモノ
最後はカッフェとディジェスティーヴォ(食後酒)を一緒にお楽しみください。
苦い後味かもしれません。度数が少しきついかもしれません。
それを含めてシリーズの終わりです。
最後の一滴まで、お楽しみください。
僕の足元で、さっきまで高校生だったものが転がっている。目と口を開けたまま、事切れたみたいだ。
もう何回、こんなことをしただろうか。百を超えてからは、数えることも忘れてしまった。それほどまでに、転生者を殺してきたのだ。正規の手順を踏まずに、神の勝手で連れてこられた不正転生者を。
「先輩!」
一人の少女が元高校生――現死体に駆けよる。何度も先輩と呼び、体を揺すっている。無駄なことを延々と繰り返す様は見ていて、とても痛々しかった。カップルなのだろうか。どうでもいいけど、仲がよさそうなことだけはわかった。女子高生の茶髪が、挙動に合わせて揺れる。
今回の転生者は、とにかく強敵だった。現に僕は左腕をもがれ、魔力も枯渇寸前にまで追い込まれた。それでもなお生き残っていられたのは、ひとえに神様のおかげと言える。
僕は数十年目に、転生者殺しに志願した。あとで聞いた話だが、ちょうどその計画が発足しているときに僕が申し出たらしい。向こうにとっても渡りに船だったらしく、僕は神様たちにこの体を差し出した。
そこで僕は、人間を辞めた。生命力を極限まで上げるために体へあらゆる魔獣幻獣、果ては神様がオーダーメイドした化け物の肉体を埋め込んだ。膨大な魔力で強力な魔法を放つために、骨の一本一本にまで数多の術式を書き込まれ、強力な転生者を殺すためだけのカラダになった。その僕をしても、ここまで追い込まれた。
なにが彼を、そこまで強くさせたのか。
後輩らしい女の子が、立ち上がって僕を殴り飛ばした。持たざる者の、小さな張り手。痛覚すら摘出されたはずなのに、叩かれた頬が妙に熱かった。
「先輩を返せ!」
弱弱しい、脆い拳が胸板を叩く。
ああそうか。僕が勝てた理由は、この女の子も関与している。
転生して間もないころに強襲をかけ、僕と転生者二人は戦闘が惨事を招かないよう場所を移した。その際、男子が強力な血界を少女に張っていた。それに相当な力を注ぎこんでいたのだろう。もし少女なしなら、死んでいたのは僕かもしれない。
尤も、多分死ねない。死ねるほどヤワなつくりにはなっていないはずだ。その証拠に、今この瞬間も左腕が逆再生よろしく復元している。もはや人間として、死ぬことも諦めた。
「返せよ! 先輩を返せ!」
「僕に言うな」
億劫になって、ぞんざいな返しをしてしまう。
「君たちだって地球でのんびり高校生していたらよかったんだよ。恨むなら僕じゃなく、気まぐれで転生させた神様でも恨んでくれ」
さて、この少女はどうしようか。無能力者なあたり、男子の巻き添えで転生してしまったクチだろう。なら役所に相談でもしたら、この子だけはどうにかうまく扱ってくれるはずだ。今の僕には、それを打診できる権限もある。
「君を連行する。無駄な抵抗はやめてほしい」
淡々と告げ、手を伸ばす。
「触るな!」
僕の手を弾き、少女が男子の腰に手を伸ばした。
ナイフを引き抜く。僕が制止するより早く、少女は自らの腹に刃を突き刺した。
「――ッ!」
ごぼりと、血の塊が口から溢れる。ついでを言わんばかりに、喉に刃を滑らせる。栓の壊れた水道みたいな勢いで、血が噴き出た。飛び出た赤が、僕の顔をべったりと染め上げる。
少女が倒れる。先輩と慕っていた少年の上に、被さるように。
「 」
少女の口が動く。声帯を震わせる余裕もなかったのか、ぱくぱくと口が動くのみだ。
なんと言いたかったのかはわからない。僕への「ざまあみろ」だろうか、先輩への「すぐ行きますから」だろうか。死んでしまっては、それを尋ねることもできなかった。
僕は二人の目を閉ざしてやる。殺した後にできることなんて、これくらいだった。もののついでみたいだが、「あの世では幸せに」と告げる。
腰を上げる。さっきまでの戦闘が嘘だったかのように、周りは静まり返っていた。地面には大型のクレーターがいくつもあるし、木々はあちこちに吹き飛んでいる。相手によってはここまで激化することもないけど、今回は本当に強かった。多分、今まで戦った中で三本の指に入る。
スペック的にはそこまで強くもなかった。でも彼の鬼気迫る戦いぶりに、失ったはずの感情が戻りかけたことを覚えている。きっと、後輩を守る想いが、彼を強くさせたのだろうか。
「本当に、災難だね君たちも」
だから来世は、お幸せに。
「宗治」
呼ばれ、振り返る。視線の先には、かつて僕が殺した月城紅夜が立っていた。かつての丸々としたニキビ面ではなく、いくらか絞られて精悍な顔つきだ。初めて会った時に比べ、ずいぶん変わっていることは言うまでもないだろう。
二度目の死を迎え、彼は天上の監獄で懲役刑を甘んじて受けた。その結果自分の過ちを悔い、今ではこうして僕の仕事を手伝ってくれている。役所側からのスカウトもあったらしいが、本人も進んで僕の補佐役を買って出たというのだから驚きだ。折に触れて彼は、「同じような過ちをだれにも起こさせたくない」と言っている。時間は人を変えるなと、しみじみ実感した瞬間でもあった。
「また出たぞ。転生反応だ」
最近はいろんな神々が協力し合って、不正規な転生が観測されたら知らせるシステムも作られている。原理は全く分からないが、紅夜はそれで僕の仕事を手伝ってくれている。
「行こう。ゲートを開いてほしい」
「なあ」
紅夜が切り出す。いつもならすぐ世界をつなぐゲートを開いてくれるのに、今日は妙に歯切れが悪かった。
「少し休まないか?」
「なんで?」
僕の疑問に、紅夜が躊躇いがちに話し始めた。
「だってお前、さっきだって大規模な戦いしてたじゃねえか。魔力だってかなり使っただろうし、体の傷だって治りきってない」
「魔力なら大丈夫」
懐から液状の薬を出す。緑のそれを飲み干し、魔力の回復速度を速める。すぐとはいかないにしろ、ゲートをくぐる間にはほぼ回復するはずだ。
「傷だって問題ないよ」
左腕を掲げる。「ほら、元通りさ」
「そういう問題じゃなくて……」
紅夜が口ごもる。「このままじゃお前、人間の形すら維持できなく」
「いいよ。それで転生者を殺せるんだ。今更形にこだわることなんてないさ」
紅夜が絶句する。右拳を握り締め、目線を落とした。
「済まなかった。俺のせいで、お前をそこまで駆り立てて」
「謝罪なんて要らないよ」
僕が深い傷を負うと、彼は決まって謝罪する。何に対しての負い目かわからないけど、正直どうでもよかった。
早く、早く転生者を殺そう。
胸の奥からせり上げる熱に、呼吸が早まった。自然と、言葉が口から飛び出る。飢えや渇きにも似た欲望が、僕の体を満たした。
「行こう、殺そう。転生者。早く行って。さっさと殺して。悲劇を未然に防ぐんだ。僕と紅夜で。さあ!」
痛々しいものを見るような紅夜が、声を絞り出した。
「――すまない」
それだけ告げて、ゲートを開ける。僕は飛び込む。
「赦してくれ」
紅夜の声を背中に受けながら、僕は笑った――表情筋も動かなくなったから、傍から見たら変化はないだろうけど。
「イイヨ。これからモよろシく頼ム」
次の世界に着く。外見は三十歳近くの男が、目を瞬かせて僕を見ている。まるで人間ではない、異形の化け物に遭ったかのような顔つきだった。
サァ――
「転生者、君に果てをモタラシに来タ」
異世界転生短編フルコース最終章。
これにてシリーズ完結です。ありがとうございました。
ご満足いただけましたか? 少しでも満たすことができれば、幸いです。
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