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 7) 勝ってもヘコむこともある

 向かうところ敵なしと思われていた団長バルゼンを秒殺されたドボス軍。一気に戦意を喪失したらしく、すぐさま一斉に退却していった。

 メスティア勢は残る力を振り絞って追撃に追撃をかけたため、ドボス兵はその数を半分程度にまで減らしたとみて良かった。アルセア村防衛戦は見事に成功、堂々たる勝利である。

 ただし火をかけられた森が依然として焼け続けており、人々は村に延焼しないように処置をするのが精一杯だった。この分では、村の周辺の森がいくらか焼け野原になってしまうに違いない。攻める際には火を放つというのは、現実世界の戦争もこちらの世界も、発想として同じらしい。


「ふう……。なんか、違う世界にやってきたと思ったら、色々と働くはめになっちゃったなぁ」


 積み上げた木材の上に腰掛けて休んでいるハルカ。

 戦いが済んだあと、村人を手伝ってあれこれと働いていたのである。剛力を活かして力仕事を片っ端から片付けてやったため、村人たちは大喜びだった。が、せっかくアリスの呉れた衣装が、すっかり汚れてしまっている。

 常人離れした能力のせいで皆から怖がられるのではないかと思ったが、その点は杞憂であった。

 頼まれごとをはいはいと引き受けているうちに自然と馴染んでしまったということもあり、そして何よりも、彼女がその能力を活かして村を守ったことで、誰もが畏敬の念を抱いているらしかった。

 火災のせいで見づらくなった星空を見上げていると、背後から


「よう、可愛い英雄さん! 疲れたか?」

「わあっ!」


 いきなり肩を叩かれ、ぼんやりしていたハルカは驚いて仰け反った。


「ウォリスさんですか。大きな声を出してすみません……って、何ですか、この臭い?」

「酒だよ。ラナン酒っていうんだ。ラナンの実を発酵させて作るんだ。――飲むか?」


 手にしていた大きな木杯を突き出してきた。木製のジョッキみたいな器から、果実酒のような甘酸っぱい匂いがする。


「あ、いえ、お気持ちだけいただいておきます。私、未成年ですから……」


 現実世界じゃないから未成年もへったくれもないか。

 言ってから思ったが、それでも酒を口にしようという気にはなれない。以前、親戚の集まりで一口飲まされた途端に記憶が飛んだ。あとで聞けば、その場の全員がドン引きするほどの大災害を引き起こしたらしい。以来、アルコールは理性と記憶を飛ばす危険物として身辺から遠ざけている。

 ウォリスは無理に勧めるつもりはないようで、自分でぐびっと飲んでから


「大した戦いっぷりだったよ。君がいなかったら正直、危なかった。皆、十分な食事も休養も摂れていないからね、やはり戦いになるとそのことがもろに出てしまう」


 呟くように言った。顔から笑みが消え、何とも言えない表情をしている。


「十分な食事が摂れないって……この村、食糧が不足しているんですか?」

「ああ。こんな、と言っては悪いが辺鄙な場所だからね。そもそも土地が悪くて、作物の実成りが良くない。それもさることながら」


 木杯を、さっき戦場となった村の入り口付近に向けて掲げた。

 ――俺達が来てからというもの、ドボス兵がやってきてはしつこく嫌がらせをするようになった。

 畑を荒らすは、森に毒を撒いて狩りができないようにするわ、あげくの果てに、村から外へ出た人々をさらったり殺したりするようになったのさ。

 たださえろくでもない連中だが、さすがにあれはひどすぎる。

 俺達も見張りをかって出たりドボス兵を撃退したりしたけれど、この人数だし到底防ぎきれなくてね。

 皆、ドボス兵を恐れて村から出ないようにしていたんだけど、なんだかんだで村の外に出ないと十分な食料を手に入れることができない。だから、村中がだんだんと飢えてきているところだったんだ。


「そうだったんですか……」


 アリスとの夕食の光景を思い出していた。

 王女の食事にしては質素だと思ったが、今はあれでも贅沢なほうなのだろう。

 少しでも食料を切り詰めなければならないというのに、わざわざハルカのために一食を用意してくれていた。が、アリスもヘレナも、そのことをおくびにも出さなかった。

 ありがたいような申し訳ないような、複雑な思いがする。


「あ、あの、ハルカ……さん、でしたよね?」


 そこへ、マリスとノアの姉弟が二人揃ってやってきた。

 あらためて見ると、誰もが息を呑むような美女とイケメンの姉弟である。

 ハルカの前に立って何やら言いにくそうにしていたが、やがてマリスのほうが


「ええと、あの、お礼を言おうと思いまして……あの、ありがとうございました!」


 店員のようにがばっと頭を下げた。

 姉の所作を見たノア、慌てて自分もお辞儀をした。

 いきなり深々と頭を下げられたハルカ、一瞬何のことかわからず


「あ、え? あたし、何かしましたっけ……?」


 ぽりぽりと頭を掻いた。

 マリスはゆっくりと直立の姿勢に戻ると「バルゼンを倒してくださったことです」と言った。

 続けて


「バルゼンを倒しても父母は戻ってきません。けれども、その……でも、嬉しかったんです。ハルカさん、私達の話を聞いて本当に怒っているのがすごくわかりました。私達の悲しみを理解してくれて、そのうえ仇までとってくれて……今の私達にはお礼を言うことしかできませんけれども」


 微笑した。

 その目にうっすらと涙を浮かべている。

 そういうことか、と理解したハルカ。

 あらたまって礼など言われると照れ臭くはあるが、バルゼンの悪行に本気で腹が立ったのは事実だった。

 激怒するあまり、丸太を二、三本思いっきりぶつけてやったというのが本当のところなのだが――もはや力の加減もままならず、結果としてぶちのめしてしまった。燃え盛る炎の中に叩きこんだから、とっくのとうに消し炭になっているであろう。

 あとから冷静になってみると、何も息の根を止めなくても良かったのではないか、という気がしなくもなかった。魔族のしかも極悪な奴とはいえ、その命まで奪ってしまう必要があったのかどうか。後悔に近い思いがほんの少しだけ、最初はなくもなかった。

 が、マリス・ノア姉弟の気持ちが少しでも安らげたのなら、やはりあれで良かったのだろうと思う。

 二人にしてみれば、バルゼンに両親の命を理不尽に奪われているのだ。理不尽に人を殺める者は、自分もまた非業に倒れるものだと、マーコが言っていた。マーコも何かしでかしたのだろうかと思ったが、別にそれはどうでもいい。

 復讐とかそういうのは性に合わない。

 けれども、放っておけば危害を加えてくるような輩を黙って見過ごすこともまた、間違いだと思う。

 そういうのはどんどんやめさせる――できれば、殺さない程度に――べきなのだろうと、ハルカの中で少しづつ判断と決意が固まりつつあった。今後、マリス・ノア姉弟のような悲しみを生み出さないためにも。

 そうして二人はまだやることがあるらしく立ち去って行った。

 去り際、ノアがにこっと微笑んで見せた瞬間、ハルカは思わずどきりとしてしまった。

 あんな完璧なイケメン少年など、現実世界でお目にかかったことがない。

 うっとりとして後姿を眺めていると


「ノアは本当に姉ちゃん大好きだものな。あの二人が別々にいるところ、見たことがないな。湯浴みまで一緒だっていうものな」


 ウォリスが言った。ありのままを、何気なく洩らしたに過ぎない。

 が、その言葉に思わず「え!?」と反応したハルカ。


「お、お、お、お風呂まで、い、一緒なんですか!?」

「ああ、そうらしい。ノアもノアならマリスもマリスで、弟が可愛くて仕方がないみたいだぜ? ――まあ、両親を喪ってからというもの、二人で助け合って必死に生きてきたんだからな。涙ぐましいと思うぜ」


(涙ぐましいのは、あたしも一緒なんですけど……!)


 ハルカは鈍器でハートを殴られたような衝撃を受けていた。

 心ときめいたイケメンが、超シスコン。

 いや、ウォリスの言う通り、それはそれで事情があるから仕方ない。百歩譲って、シスコンは許そう。

 しかし、あの歳になっても姉弟二人で風呂に入るなんて――まるでエロゲの設定そのものではないか。

 なにかこう、重大な裏切りを食らった気分である。大好きなアイドルに異常な性癖があることを暴露されたときのショックにも近い。


(あああ……どっと疲れちゃったよぉ……)


 ふらふらと、アリスとヘレナのいる家へ戻ったハルカ。

 嬉しいことに、ヘレナは温め直した湯と綺麗な衣装を用意していてくれた。

 彼女のおかげで、心のダメージが少しだけ回復したような気がせぬでもない。

 寝所だけは王女と一緒というわけにはいかないので、裏手の小さな小屋があてがわれた。普段はヘレナやリディアが仮眠を取ったり休んだりするのに使っているだという。

 寝る前に挨拶でもしておこうと罷り出たハルカに、アリスが告げた。


「明日の朝、衆議を開きますので、どうかハルカ様も同席していただけませんか?」

「衆議……ですか?」

「ええ、皆で集まって話し合うことです。とても重大なことを話し合う必要があるのです」


<序章 転移編  了>

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