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 6) だって、ムカついたんだもの

 急に、ドボス兵の集団がさっと左右に開いた。

 その真ん中を、悠々と進み出てきた者がいる。

 目を見張るような巨漢。

 メスティア勢きっての巨体をもつベックよりもさらに頭二つほど背が高く、体つきも一回り以上大きい。

 全身、朱に染めた甲冑で固めている。パーツの一つ一つが尋常でないサイズであるために、あたかも積み重ねた巨岩が人のかたちをとって闊歩しているように見える。森を焼く炎に赤く照らし出されたその姿、血に染まった巨人のようで、不気味なことこの上ない。

 その大男、最前線までやってくると歩みを止めて仁王立ちし


「……メスティアの死にぞこない共。このバルゼンが相手をしてやるわ。まとめてかかってくるがいい!」


 咆えた。

 トーンは低いが、底響きがする。獰猛な野獣が威嚇を発するにも似ている。

 途端に、メスティア側の誰もが動きを止めた。

 その存在感と威圧感が、一瞬のうちに戦場全体を席巻してしまったかのようである。両軍のせめぎ合いが膠着の様相を呈している。

 が、たった一人、まったく動じていない者がいる。


(あら? 何か、やたらでっかいのが出てきたけど……)


 絶滅危惧種の珍獣でも見るような面持ちのハルカ。

 アリスが言っていたのを思い出した。

 魔族の多くは人間よりも体格が華奢で弱いものの、中には稀に巨人のような者もいる、と。

 確かに、見る者を圧倒し恐れさせるような風貌ではあるが――機敏さというものがまるで感じられない。

 相手の動きを見切れる――何となく、だが――ようになっているハルカからすれば、赤い塊がもそもそと移動しているふうにしか見えないのだ。俊敏な動きという点でいえば、親戚のアヤメばあさん(齢九十)のほうがまだかくしゃくしているではないか。

 というか、あれは何者なのだろう?


「すいません……あそこにいらっしゃる図体のでかいヤツ、どちら様ですか?」


 背後にいるマリスにこそっと尋ねてみると


「あの男ですか? ドボス軍兵団の団長バルゼンです。将軍ダムに次いで権力を持っています。並はずれた怪力を誇っていて、この辺りではあの男に敵う者はいないと言われています」


 そう教えてくれた。

 彼女はちょっと黙ったあと


「だけでなく、とても残忍なんです。ドボスがこのアルセス島を制圧したとき、バルゼンは無抵抗の人々を何人も殺しました。ただ見せしめのためだけに……。今も、何かと理由をつけては人々を捕らえては殺しています。魔族には凶暴な者が多くいるといいますが、その中でも特に残忍な奴だといって間違いありません。人間を殺すのが好きだと、自分から公言しているほどですから」


 その表情、そしてバルゼンを見つめる双眸に憎しみの色が滲み出ている。

 彼女はそこで言葉を切ったが、傍にいるノアがこう付け足した。


「僕らの父も、あの男に殺されました。アルセス国王に仕える剣士だったからという、それだけの理由です。母は無理矢理連れて行かれて、今はどこにいるのかもわかりません。僕らの家族はただ平和に暮らしたかっただけなのに、あいつは、あいつは……!」


 握り締めた拳が震えている。

 よほど悔しいのであろう。

 魔族と人間が対立しているとはいえ、ただ普通に暮らしているだけの人間を捕らえて容赦なく殺すなどというのは、尋常な精神ではない。もはや獣のそれと同じか、それ以下だ。

 近しい人を殺されたりしたことはないハルカ、姉弟の怒りと悲しみをわかってやることはできない。

 ただ、そういう野蛮な奴を野放しにしておくのも間違っている、とも思う。

 平気で他者が平和に暮らす権利を奪うような奴がのさばっている限り、二人のような悲しみは延々と広がり続けていく。悲しみはやがて憎しみと化し、憎しみの連鎖を生む。そういうことは、あってはならないのだ。


「……そっか。ごめんね、辛いこと思い出させちゃったりして」


 ハルカは心底申し訳ないように思えて、すぐに謝った。

 が、頭の中ではすでに違うことを考えている。

 さっき地べたに放り出した木柵の傍へ歩み寄っていくと、その一本を無造作につかんだ。


「さぁ、誰でもいいから来い! どうせ、俺に殺される順番が変わるだけの話だからな」


 相手が相手だけに、さすがのベックやウォリスといえども、簡単には立ち向かえない。

 手にしている得物は長槍だが、その長さや太さは普通の槍の比ではなかった。一撃されればベックが鎧っている重装ですら粉々にされてしまいそうである。あるいは長大なリーチがそのまま間合いと化すため、相手を寄せ付けないのだ。素早さで圧倒するウォリスですら、これでは容易に打ち掛かることは叶わない。

 すると


「……よろしいでしょう。この私がお相手いたします!」


 バルゼンの挑戦に応じた者がいる。

 進み出たのはなんと、王女アリスであった。

 細身の長剣を諸手で右斜め下に構えつつ、ゆっくりと距離を詰めていく。


「いけません、姫様っ! ここは、このリディアが――」


 たまらず、飛び出したリディア。

 それを見たバルゼン、徐に槍を振り上げ


「ハッハッ、これはいい! メスティアの王女と噂に聞いた蒼閃の女剣士、二人まとめて――」


 ずしりと一歩、その大木のような足を踏み出した。


「細切れに切り刻んでやるわ!」


 咆えるなり、突進する気配を見せた。

 動きは鈍くとも、あの肉体にあの重装である。並みの長剣では掠り傷すら与えられないに違いなかった。背丈だけみても小柄なアリスの倍、リディアは上背があるものの、それでもぐいっと見上げるほどに高さが違いすぎる。

 かつ、剛力。

 いかにアリスとリディアが二人がかりになったとしても、巨大な槍で一撃されてはひとたまりもあるまい。穂先で突かれなかったにせよ、その柄で打たれただけでも致命傷になるであろう。

 誰もが勝敗の結果を想像して息を呑んだ。

 ――と、次の瞬間。

 その場の誰もがもう一度、息を呑んでいた。


「ごべっ!」


 音も定かでない濁った悲鳴だけを短く残し、バルゼンの巨体が掻き消えている。

 突如横合いから吹っ飛ばされ、あっという間に燃え盛る森の中へと叩きこまれてしまっていた。

 

「……!?」


 突然の出来事に、その場で固まっているアリスとリディア。

 彼女達だけでなくベックやウォリスをはじめ、ドボス兵達も呆然としている。

 聞こえてくるのはパチパチという火の燃える音だけ。

 バルゼンは炎の中へと消えたまま、起き上がってくることはなかった。

 一瞬の静けさを破るように、パンパンと手を叩いた者がいる。


「……ふん」


 ハルカ。

 手の平についた木くずを払おうと、手を叩いていた。

 そんな彼女の表情は、恐ろしく憮然としている。

 やがて手が綺麗になると、ノア、マリス姉弟のほうへくるり向きなおった。


「……なんかさぁ、あなた達のハナシ聞いてて、すっげームカついたんだよね、あいつ」


 左手の親指を立ててバルゼンがすっ飛んで行った方向をくいっと指し


「だから、とりあえず丸太とかぶつけといたけど。手加減とか超ムリだった」


 無言で首をがくがくと縦に振っているノア、マリス姉弟。

 もはや「ぶつけた」とかいうレベルではない。

 あれほどの巨漢をはるか向こうへぶっ飛ばし、あっさり息の根を止めてしまったではないか。

 この方だけは、絶対に怒らせてはいけない――。

 そんな恐れが、ノアの表情に色濃くにじみ出ている。

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