40) エルメルの胸中~口に出さなきゃ伝わらないこともあるのよ
明くる日は打って変わって快晴であった。
浜辺で、焚き火の傍に転がって死んだように眠っていたハルカ。
起きてみて驚いた。
砂浜の上に、びっしりと人魚達がいる。百人はくだらないのではあるまいか。
まだ幼い子もいるにせよ、すべて若い娘の姿である。どれもこれも美しい。お喋りをしたり寝転がったり、それぞれ思い思いに過ごしている。
せっかく気持ちよく晴れたので日向ぼっこを楽しんでいるようだが、皆上半身は裸体だから、妙に妖艶な雰囲気を感じてしまう。いつかテレビで観たヌーディストビーチを思い出したが、それよりもすごいものがある。
あまりにも壮観な光景にぼーっとしていると
「お目覚めですか、ハルカ様。よく眠れましたか?」
フルール。
ハルカのすぐ近くにいたらしい。
「あ、おはようございます。……人魚族って、こんなにたくさんいるんですね」
「これでも、まだ少しです。人魚族は世界中の海にいますから、全部集まったらこの島ではとても」
そういってふわっと笑った。
エルメルとはまた違った美しさがある彼女は、人魚族の中では長に次ぐ立場なのだという。確かに、他の人魚達よりもずっと大人びていて、成熟しきった色気が際立っている。
「ご都合がよいときにお話がしたいと、エルメル姉様が言っておりました。ここは人魚達が集まってしまっているので、すみませんが右の岬までお越しくださいとのことでした」
他聞を憚っているのであろう。
何か重大な話があるに違いない、とハルカは思った。
身支度を調えたところでちょうど探索に出ていたランリィが戻ってきたので、連れだって岬へと出向いた。三日月でいえば一番尖った部分の片方にあたる。
そこは岩場で、打ち寄せる波が絶えずしぶきを吹き上げている。
エルメルは岩に腰掛けて遠くの海原を眺めていたが、二人に気付くとにこっと会釈した。
「――このような場所へお呼びだてしたご無礼をお許しください、ハルカ様。晴れた日には人魚の子達が浜に集まってしまうものですから、静かなところでお話をしたかったのです」
呼びつけたことを詫び、丁重に頭を下げた。
長い時間待っていたのか、髪も身体もすっかり乾いている。
「いえ、あたしのほうこそ、いつまでもぐうぐう寝ていて、お待たせしてごめんなさい」
「とてもお疲れだったのですもの。たくさん眠ったほうがよろしいと思いますわ」
そう言ってエルメルも微笑したが、やはり表情のどこかに暗さがあるのをハルカは読み取っていた。
「人魚の子達が騒々しかったでしょう。はじめ、お休み中のハルカ様を皆でぐるりと取り囲んで見ていたものですから、やめるように言ったのです。あの子達ったら、人間の方がとても珍しいみたいで」
寝ている間にそんなことが、とハルカはドキッとした。
寝顔と寝相をじっくり観察されたようだが、みっともない姿をしてなかっただろうかと、つい気になってしまう。
そういえば、とハルカは
「すごくたくさんの人魚達がいましたけど、この島はガルザッグとか人間がやってきたりしないんですか?」
非力な人魚ゆえ戦って抵抗すること自体不可能であろうが、それ以前に「他の種族を傷つけてはならない」という掟があると聞いている。こんな穏やかで平和な種族であるから、悪意をもった魔族や人間達に脅かされはしないのだろうかと、ふと疑問に思ったのだ。
「あれをご覧ください」
エルメルはゆっくりと腕を上げて沖の方を指した。
「……夕べは時化ていたのでお気付きにならなかったと思いますが、実はこの島、シベリシという非常に速い海流の真ん中にあるのです。シベリシは泳ぎの得意な人魚族とマーレルでなければ横切ることは到底できません。ですから、ガルザッグも人間の人達も、この島へ辿り着くことはできないのです」
確かに、彼女が指しているあたりは一見してわかるほど海面が動いており、しかも濁流のように波が荒い。あれでは船で乗り入れようとしてもあっさり流されてしまってそれまでであろう。人魚達は、言ってみれば「自然の要塞」に守られることで、平和に暮らせているのだ。
ダッツら船乗りはロバルト島と大陸の最短ルートが「海流に遮られている」として恐れて近寄ろうとしなかったのだが、ハルカとランリィはその最短ルートを突っ切ってしまったということになる。もちろん、人魚達のおかげなのだが。
ただし、とエルメルは続けておいて
「ここ最近については、人魚の島の安寧が守られていた理由がもう一つあります。これからお話ししたいことというのは、その理由にまつわることなのです」
真っ直ぐに二人のほうへ向かい合った。
相好から微笑が消えひどく真剣な面持ちになっているのだが、そのくせ名状しがたい気持ちの何事かが滲み出ている。やりきれなさ、というのか、行き場のない思いが溜まりに溜まって胸が潰れそうになっているというのか。表面上は平静さを装っているものの、もはや隠し切れないといった様子がありありとわかる。
が、やはりためらいがあるようで、視線を落としたままなかなか切り出そうとはしない。
そんな彼女をじっと見つめているハルカ。
ちょっと考えてから
「あの、あたしもお伝えしたいことがあったんです。先に言わせてください」
努めて明るく言った。
「昨日から考えていたんですけど、命を助けてもらったうえにこんなに良くしてもらって、このままじゃ気が済まないなぁ、って。だから、何か恩返しというか、お礼の代わりになるようなことができないかなって思っていたんです!」
暗に、相談事があれば聞く、という意味を込めている。
フルールに「エルメルが呼んでいる」と伝えられたときから、人目を避けているのと時折表情に見せていた陰とは、何かつながりがあるのだろうとハルカは考えていた。
しかし内密に話したいということはまた、ハルカに対しても言いづらい気持ちがある証拠といっていい。げんに、エルメルは「話したいことがある」と告げておきながら、口を開けないでいる。
ゆえに、先手を取って「お礼をしたい」と感謝をはっきり伝えることで、エルメルが口に出しやすい空気にしたのである。上手な気遣いかもしれない。
ハルカの申し出に、ちょっと驚いたような表情をしたエルメルだったが、すぐに
「……ありがとうございます、ハルカ様。お気持ち、すごく嬉しく思います」
染み入るような笑みを浮かべた。意図が上手く伝わったのであろう。
ようやく、意を決したように大きく息をしたあと
「そのお心に甘えるようで非常に恐縮なのですが、どうか聞いていただきたいのです。私だけではどうすることもできなくて、でも人魚の子達の手前、表に出すこともできずにずっと我慢をしてきました。実は私は今、とても辛いのです――」
ちょっと視線を落とした。
が、すぐに真っ直ぐハルカへと向けてから
「ハルカ様はまだご存じないかと思いますが、ガルザッグ帝国の東岸守将を務めていたヴォーデ・ヴァーザインという男性がいます。もちろん、魔族の男性です」
という切り出しで、エルメルは語り始めた。
ハルカとランリィは、手ごろな岩に腰掛けて耳を傾けている。
――見た目恐ろしいうえに並外れた巨躯をもち、重さも知れない巨刀を軽々と振り回すほどの剛力を誇る。その圧倒的な迫力に、獰猛な野獣ですら彼の姿に恐れをなして逃げるとさえ言われている。
だが、外見からは想像もつかないような優しい心の持ち主で、人間はおろかそれ以外の種族を傷つけたりしたことは一度もない。魔王ディノより、支配の不確かな街や集落の人間達に帝国の威を知らしめるよう再東征の命を受けたのち、一軍を率いてバルデシア大陸を東進してきた。行く先々で人間の街や集落を占拠し完全に支配下に収めてきたものの、残虐な行為はまったく行われなかった。彼が魔族兵達を厳しく戒め、手にかけることを一切許さなかったからである。食糧などの収奪をも禁じ、人々の暮らしに影響を与えないよう配慮を忘れなかったというから、もはや侵攻軍の将ではないといっていい。
そしてまた、性癖ではなく性格として女性や子供が大好きで、魔族ばかりでなくそれが人間であってもことのほか大切にした。はじめは恐れ怯えていた子供達も、少しすると彼に懐き、後をついて回るようになるのが常であった。子供達に慕い寄られるとすっかり骨抜きになってしまい、軍務が手につかなくなったりした。
メスティア侵攻以来魔族に激しい憎悪と敵対心を抱いていた人間達はヴォーデという奇跡のような存在に驚き、誰もが魔族に対する姿勢をやや改めるようになる。メスティアという希望を喪っていた大陸の人間達は、ヴォーデを慕い、激しい尊敬を寄せるにいたる。彼の人徳という言い方ができるかもしれない。
が、なぜヴォーデがそのような振る舞いに及ぶのか、それを知る者は誰もいなかった。
「そして、そのヴォーデ様が東岸、ティガーラまでいらっしゃったのが半年か、もう少し前のことになります――」
つまり、アリスらメスティアの生き残りがついにバルデシア大陸からも追われ、かつダムやオルロスの手引きによってドボスとなる魔族兵がアルセスへ送り込まれたそのあと、といっていい。ヴォーデの東岸到達があと少し早ければ、アルセス島での悲劇は起こらなかったかもしれない。なお、アリス達は北方のケントにいたため、中央部を進撃していたヴォーデと接触することなく大陸を離れている。
大陸の最東端に達したヴォーデは、そのまま沿岸部一帯の支配を維持する東岸守将を命じられた。広域な支配地を任されたといえば聞こえはいいが、要は体のいい左遷であった。彼ほどの将軍がなぜガルザッグ帝都へと召還されず僻地に据え置かれたのか。そのあたりについてはそれまでの彼の行動に原因があるといっていいのだが、ヴォーデは自分で理解していたのか、特に何も言わなかったらしい。
ただ、殺し合い傷つけ合いばかりを命じる魔王ディノ以下従臣達の近くへ戻ることを潔しとしていなかったであろうというのは想像に難くない。閑職を与えられてからというもの、独り野山や海岸をぶらつくことが多くなっていた。
そんなある日、彼は波打ち際で、魔族兵達が網漁をしているのに出くわした。
浜へと引き上げられた網にかかっていたのは、何人もの人魚達であった。
魔族兵らは彼女達を捕らえて連れて行こうとしたが、当然ヴォーデはやめさせた。
そうして海へと帰してやったのだが、これを聞いたエルメルは人魚族の長として、この心優しい魔族の将に礼を述べるべきことを思った。何故なのか、自分でもよくわからない。ただ、そうしなければならないという不思議なまでの思いに駆り立てられたのです、とエルメルは当時の気持ちを思い出すように語った。
彼女とヴォーデが出会ったのはこのときであったらしい。
人魚の娘達を救ってくれたことに対し礼を言うと、
「人魚族の長がわざわざ、俺ごときに礼なんか言いにきたのかよ」
へらっと笑ったヴォーデだったが、すぐにやんわりと優しい目をして
「……うちの馬鹿兵どもが、済まなかったな。娘達、さぞかし怖い思いをしただろう。もう、あんなことがねェようにしておくから、安心してくれ」
心底申し訳なさそうに詫びた。
この男のどこから発しているのだろうというような、慈しみと労りに満ちた声音で。
そしてその目をまっすぐに見てから、エルメルは自分の心が妙な具合になっていくのを止められなくなってしまったのだという。
「あのときのヴォーデ様の何ともお優しく美しい表情といったら。私は胸の鼓動が激しくなって、まともに口も利けなくなったくらいなのです」
記憶の中の像を見ているのか、うっとりとした目をしているエルメル。どうも人魚族の娘達は男性の姿形ではなく、優しさに惹かれるところがあるらしい。
ああこれは、とハルカは思ったが、とりあえず彼女の話すことに耳を傾けている。
その後しばらくの間というもの、人魚達が大陸に近づこうとも危害を加えられるようなことはなかった。ばかりか、かつて人間達の中には海流を渡って人魚の島を目指そうとする者もいたりしたが、それすらばったりとなくなった。
エルメルにはわかっていた。
あのヴォーデが約束を守り、人魚達が安心して暮らせるように取りはからっていてくれていることを。
それからもう一度だけ、彼と会う機会があった。
たまたま、波打ち際で独りぼんやりと海を眺めているところを見かけたのである。
傍へ寄っていくと、それと気付いたヴォーデは
「……よう。エルメル、っていったか。久しぶりだな」
そう声をかけてくれたのだが、それきり口をつぐんだまま、ほとんど何も語らなかった。
そっと横顔を窺うと、何ともいえない寂しそうな表情をしている。
やがて彼は立ち上がり、その場から立ち去ろうとしたが、ふと思い出したように
「……これから先、このあたりには近寄らないほうがいい。そう、あんたの口から人魚達に伝えておいてくれ」
と、短く言った。
「あの、それは、どのようなことでしょうか? 近いうちに、戦いでも……?」
エルメルは尋ねたが、ヴォーデは小さく笑みを浮かべただけで、背を向けて行ってしまった。
それ以来、彼の姿を見かけることはなかった。
身の上に何かあったのだろうかと不安を募らせていた、ある日のこと。
人魚の一人が大慌てでエルメルの元にやってくるなり
「エルメル姉様、大変なことを聞きました! 帝都からガルザッグの大軍が、この東岸へやってきたそうです! その軍の将軍によってヴォーデさんが捕らえられたと」
一瞬、頭の中が真っ白になったエルメル。
心をすっぽりと落してしまったように、美しい相好から表情というものが消えている。
懇意にしている人間から聞いたというその娘の話は詳しかった。
魔王ディノの命によって派遣されてきた魔族の将・グルジラは、到着早々その大軍をしてヴォーデを十重二十重に取り囲ませ、捕縛して投獄した。人間や他種族を庇護していることを従臣らによって魔王ディノに讒言され、怒りに触れたためであるという。
そもそも、他の魔族から白眼視され、疎んじられていた彼である。失脚を望む者も少なくなかったであろうという想像は十分に成り立つ。起こるべくして起こった事態ともいえる。
人々の噂では、そう遠くない将来、引き摺り出されて処刑されるに違いないという。
「魔族は大陸で殺戮の限りを尽くしましたし、人魚族にも捕まって殺された者がいます。しかし、ヴォーデ様は決してそのようなことはしなかったばかりか、人魚族にとても良くしてくださいました。なんとか御恩に報いたいと思いましたが、どうすることもできないまま、日を過ごしていたのです……」
ぽつりと言って、エルメルの言葉はそこで途切れた。
湿り気を帯びた温い微風が、重い雰囲気の合間を流れていく。沈黙の静けさを、打ち寄せる波の音が辛うじて洗い流してくれている。
「……」
悲しげに俯いている彼女を、じっと見つめているハルカ。
そうじゃないでしょう。
口先まで出かかっているのを、ぐっと飲み込んだ。
ややイラッときている。
人魚族が受けた恩を有難く感じているのはいいとして、しかしエルメルの本音はもっとその奥にちゃんとあるではないか。彼女は懸命に人魚族の長としての立場から受け止めようとしているのであろうが、今この場でそれは必要ない。ありのままを話して聞かせてくれればいいのである。
肝心なところをぼかしてしまっては、伝わるものも伝わらなくなるだけなのだ。
この期に及んで本心を隠したところで、完全にバレバレなことにエルメルは気付いていない。悲哀を封じ込めようと試みるあまりなのはわかるが、しかし要らざる小細工である。
そこまで考えたとき、ハルカは心の中から遠慮というものを思い切り遠くへぶん投げ、
「エルメルさん、ヴォーデさんのことが大好き、なんですね?」
ずけりと言った。
「……!」
胸中の思いをはっきりと衝かれたエルメルは、ハッとしたような顔をした。
一瞬、どうしたものかという迷いの色を見せた。
が、さすがは人魚族の頂点に立つ長である。
すぐに
「……ええ。心から、お慕いしております」
頬を赤らめ、そっと俯いた。
その表情と仕草は、恋する乙女のそれといってよかった。
「私はこの通り人魚の身ですし、それ以上に人魚族の長です。どれだけヴォーデ様を恋い慕おうとも、お傍に添いたいという望みなど叶うわけがありません。でも、一人の女性としてヴォーデ様をお慕いする気持ちだけはずっと大切にしていたいですし、ヴォーデ様にはいつまでもご健在であっていただきたい。それだけでいいのです。ですから――」
エルメルの目に、たちまち涙が溢れた。
「ヴォーデ様のお命が絶たれたら、と思うと、私は胸が張り裂けそうで、苦しくて苦しくて……」
気持ちの高ぶりを抑えきれなくなったのか、とうとう両手で顔を覆って泣き出してしまった。
よほどヴォーデという男を敬慕しているのであろう。
抑えに抑え込んだ感情を爆発させるかのように、エルメルの号泣はやまない。
が――ハルカとしてはようやく納得がいった。
好きなら好きでいいじゃん、そう言っちゃえよ、と思う。
人魚族の長である立場とか建前とか、人魚達の前ではそれも必要かもしれない。エーゼルテのような幼い子の前で弱気なところを見せてはいけないと、必死に自分を戒めようとしていた気持ちも大いにわかる。
しかし、今はハルカとランリィがいるだけなのだし、せっかく胸の内を明かすタイミングができたのだから、素直に吐露してしまえばいいのだ。ハルカは最初から「聞く」と言っているのだから。
ともかくも、エルメルの本当の気持ちを知ることはできた。
愛する男性の命を助けたい。
それだけわかれば十分である。
が、もう一つ、ハルカにとって収穫があった。
ロバルド島でダッツが話していた、ガルザッグ兵が寄越されてこないという一件も、どうやら事情がわかったように思う。東岸一帯の指揮官であるヴォーデが、そのように計らっていたとみて間違いないであろう。
だが、その彼が捕らえられたとあれば、跡を襲ったグルジラとかいう男の指示によって再び島々へ兵を送り込まれる可能性がある。そうなれば、せっかく安穏を取り戻したアルセスやロバルドを再び戦火の渦に巻き込んでしまうことになる。かつ、アリス達メスティア軍の進撃にも重大な支障を及ぼしかねない。
速やかに東岸のガルザッグ軍に打撃を与え、渡海を邪魔するべきであるとハルカは思った。
であれば――
「お話はよくわかりました!」
勢いよく立ち上がるなり
「ヴォーデさんとかいうんでしたっけ? 助けられるって保証はできませんけど、なんとかやってみます!」
あっさりと言い切った。
エルメルのせめてもの願いを叶えることとメスティア軍の企図はリンクする。かつ、魔族から浮いた存在となってしまっているヴォーデを救えば、少なくともハルカの行動目的の一つである「味方勢力の拡大」にもつながってくるように思われる。水面下では彼を慕う人間達も大勢いる、という事情も悪くない。
そういった複数の思惑が頭の中で一気にまとまり、彼女は即刻決断を下したのだ。
その果断の速さに、エルメルは却って戸惑ったらしく
「しかしハルカ様、今や大陸東岸はヴォーデ様に代わった守将グルジラに牛耳られていて、とても危険な状態なのです。お気持ちは嬉しいのですが、とてもお二人では……。せめて、メスティアの皆さまがお揃いになってからになさっては――」
「あたしとランリィなら心配要りません。てか、ぼやぼやしていたらヴォーデさんの命がないんです。アリス王女様の援軍を待っていたのでは、間に合いませんから」
エルメルは不安を感じているようだが、ハルカには考えがある。
自分とランリィの俊足を活かして一直線に突入し、まずはそのヴォーデとやらを速攻で救い出してしまえばいい。驚異的な身体能力を具えた彼女ゆえ、強襲はお手のものである。
ヴォーデの救出が最優先なのはもちろんだが、あわせて――辺境に追いやられて滅亡寸前と思われているメスティア軍が突然バルデシア大陸に現れたならば、ガルザッグ帝国軍はさぞかし動揺するであろう。戦術的には、東岸守備軍(という名称かどうかはわからないが、ハルカは勝手にそう決めた)を混乱に陥れるという効果も期待できるではないか。
今はまだ、メスティア軍は数の上でガルザッグ軍に圧倒的に劣る。
ゆえに、正面から堂々と上陸戦を演じることが困難である以上、まずは桶狭間をやってのけるしかない。
それをできる自分とランリィなのだ。
こうと決めると、ハルカはためらわずに行動に移るタイプである。
「あたしとランリィが大陸へ渡れる方法、ありますでしょうか? もしあるなら、教えてもらえませんか? 早いとこ、大陸に行きたいんです」




