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 3) 全裸放置プレイと王女様

 さっきから漂い続けている微妙な空気が何とも堪えがたい。

 さして広くもない石造りの一軒家の中に、十名ほど人がいる。

 これだけのスペースにしては、詰めかけている人数はやや多すぎるようである。

 入口の扉の前に突っ立っているハルカ、右腕は胸に、左手は股間に当てている。つまり、なおも全裸。

 数歩前に例のメイド風女性がおり、直立の姿勢で長々と何事かを説明している。

 そしてそれよりも向こう側、壁際で小さな椅子に腰かけ、その説明に耳を傾けているのはハルカと同じ世代くらいの少女。

 ウェーブのきつい亜麻色のロングヘア、ちんまりとした小顔に整った目鼻立ち。同性のハルカですら一瞬息を飲んだほど、美しい。身に着けているのは袖がなく丈の短いワンピースのようなデザインの白い衣装。豪奢ではなかったが、見るからに質のよいものとわかる。

 少女が発している雰囲気には格調の高さと、威厳のような何かが感じられるのであった。穏やかな相好を崩さず、メイド風女性の言うことにいちいち品よく頷いている。


(誰なの、あの子? もしかして……王女様とか? ああいやいや、死後の世界に王女はいないよね。――あ、閻魔大王かぁ!? だとしたら今あたし、ひょっとして裁かれてる? 地獄行きとかヤだなぁ。いいこともしなかったけど、悪いこともしていないしぃ……つか、女の子ってありえなくね? 閻魔大王の娘さんかしら? にしちゃ、ずいぶん洋風な格好してるよね)


 ぼーっと突っ立ったまま、頭の中でとりとめもない想像を働かせているハルカ。

 さっきまではいきなりドタバタに巻き込まれて考える余裕すらなかったが、いざ落ち着いてみてまず思ったのは、今の自分がいかに不可解な状況に置かれているか、ということであった。

 確かに、デパートのトイレで煙に巻かれて死んだはずなのだ。

 それなのに、気が付けばどういう訳か見知らぬ田舎の村にいて、こうして意識も記憶も感覚もある。ばかりか、いかにもゲームやラノベにでも出てきそうな甲冑姿の兵士に襲われたかと思えば、今度は王族のような少女に侍女風な女性、あるいは側近的な人々がぞろぞろと現れたではないか。少女を除き、皆鎧や甲冑のようないかつい金属製品を身に着け、長剣といった物騒な得物を携えている。ここが死後の世界だと思いたいのだが、どう見ても死後の世界の住人ではないような人々ばかりいらっしゃる。

 自分はいったい、どうしてしまったというのだろう?

 それもさることながら、ハルカはとにかく思わざるを得ない。


 ――何でもいいから誰か、あたしに服を着させてくれないかしら?


 延々と全裸放置プレイとはひどすぎる。

 いや、この一軒家に入る前、メイド風女性から僅かに説明はあった。

 まずはアリス王女や皆さまに先程の出来事をお話ししてあなた様が敵の者ではないことをわかっていただかねばなりません。それまでは申し訳ないですが、そのままご辛抱を――と。

 アリス?

 するとここは不思議の国? 

 うさぎー、うさぎはどこー?

 つい考えてしまったが、今はそこはどうでもいい。

 皆の了解を得てから、という気持ちはわからなくもない。わからなくはないが、よりによって素っ裸で待っていろというのはあり得なくないだろうか? それも、大勢の視線に晒されたままで、だ。

 理解の及ばない不可解な状況におかれているということもあって、感覚がややおかしくなっているからまだ平静さを保っていられるが――そうでもなければ、とっくの昔に扉を蹴破って逃げ出している。全裸姿を見られる羞恥心に耐えられる若い娘など、いるわけがない。

 いい加減、扉を開けて外に逃げ出したくなってきた、その時。

 メイド風女性がすっと脇に下がり、高貴な少女と正対する格好になった。

 彼女の穏和そうな瞳が、真っ直ぐにハルカに向けられている。

 あらためてじっと見つめられると、急にとてつもない羞恥心が湧き起ってきて、ハルカは消えてしまいたくなった。少女だけでなく、室内にいるあらゆる男女の目線を一斉に浴びているのだ。

 耳まで真っ赤にして俯き、もじもじしていると


「……ヘレナ。いつまで恩人を裸のまま立たせておくのですか? 早く何か、着る物を。私の替え着で構いませんから、お持ちして差し上げるように」


 少女の促す声が聞こえた。

 へっ? と顔を上げると、ヘレナ――例のメイド風女性――が一礼して退出、ほどなく一着の衣装を捧げるように持ってきて、ハルカの前に差し出した。


「大変なご無礼をお許しください。ありあわせの衣装しかご用意できませんが、どうかこれをお召しになってくださいまし」

「あ、はぁ……ありがとう、ございます……」


 ――やっと、全裸放置プレイ終了。

 ヘレナが持ってきてくれたのは、少女が着ている衣装と似たような、ワンピース風なそれであった。

 バストサイズだけは自慢のハルカには、胸のあたりがかなりきつかった。パットなどはついていない。白だけに、先端が透けて見えてしまうのではないかという懸念が過る。

 しかも、下着なし。穿いていない。つまり、ノーパン。

 しかしながら「パンツもください」とはさすがに言えない。

 どこまでパンツに恵まれないんだと情けなくなったが、まあ全裸よりはだいぶましである。

 身なりが整ったところで、少女はあらためて口を開き


「まずはあなた様にお礼を申し上げねばなりません。聞けば、たったお一人でドボスの歩兵団を退け、ヘレナが危ないところを救ってくださったのだとか。このアリス・フィルフォード、心からお礼を申し上げます」


 静かに立ち上がり、ゆったりとお辞儀をして見せた。

 いきなりお礼をされたハルカ、どうしていいかわからず、とりあえず自分もぎくしゃくと頭を下げておいた。

 お辞儀しながら


(うわ、名前が厨二くさ! ……とか言っちゃダメか。ガチネームだものね。ええと、アリスさん、でいいのよね? フィルなんちゃらって姓だよね? そうすると、ここは外国だとでもいうのかしら……?)


 頭の中で咄嗟に考えているハルカ。

 名前が横文字の方とお知り合いになったのは、人生初である。日本人は横文字の名前を聞くと警戒する。

 名前の件はさておき。

 結果としてはこのアリスなる少女の言う通りになったのだが――さっきの出来事はまずもって「奇跡」であったといわざるを得ない、ハルカはそう思っている。さもなくば、スッポンポンの小娘が一人で大の男三十人を相手にできるはずがないではないか。今頃はみじん切りにでもされていたに違いない。

 その「奇跡」が何であったのか。なぜ自分にああいうことができたのか。

 何度か繰り返し経験することによって、うっすらではあったが察しがついている。多少とはいえわかったからこそ、それを上手く利用することによってあの危機的状況を脱することができたのだ。

 ただ、完全に理解できたわけではないから、正確には「まだ何が何だか」といったところであった。

 ゆえに、あらたまって礼を述べられても「はあ、どうも」としか応じようがない。

 ところで、とアリスはにっこり微笑み


「もしよろしければ、あなた様のお名前、それに生まれの御国などお聞かせいただけませんか?」


 自己紹介してくれという。

 何かこっ恥ずかしいんですけど、と思いつつ、ハルカは全校集会で演壇に立つ生徒のように身を固くしながら


「あ、あたし、松山春香です。えと、桜陵学園の二年で、十七歳でして、生まれも育ちも相奈原市です、はい……。あと、あと、中学時代は陸上部でしたけど、今はその、帰宅部で……」


 あっ、ダメだこれ。

 ハルカは思った。

 明らかに「何言ってんだ、お前?」みたいな空気になっているのが、肌にひしひしと感じられる。

 案の定


「オウリョウ? ソウナハラ? 聞いたことのない国だな。それはバルデシア大陸のどのあたりなのだ? さもなくば、どこかの島か? あと、リクジョーブとは何の軍だ? 歩兵か? 弓兵か?」


 質問を発した者がいる。

 先程からアリスの傍に護衛兵のごとく寄り添って直立していた人物で、若い女性である。

 長く伸ばした前髪の下から、特徴的な切れ長の目を光らせている。女だてらに剣士らしく、左手に細身の長剣を握り締め、腕と膝から下には部分的に甲冑をはめていた。青塗りに銀の縁取りという、見た目にも涼やかで綺麗な装甲である。肩や胸元、太腿を大胆に露出しており、鋭いながらも艶やかな印象を与える女性であった。

 ただし、口調や言葉遣いは男性的。

 自然、尋問でもされているかのような威圧感を受けてしまう。

 たださえ返答に窮しているハルカ、どぎまぎしつつ


「あ、え? どこ、どこと言われましても……日本の、ええと、地図でいえば東京の左側あたりで……」

「二ホン? トウキョウ? また妙な言葉が出てきたな。ますますわからん。なぜ、自分の故国を答えられないのだ? 人として生まれた以上、故国を知らぬということはあるまい。もしや貴様、ガルザッグ帝国の手の者ではあるまいな……?」


 剣士風の女性は、いきなり剣の柄に手をかけた。

 その眼光が殺気を帯びている。

 ハルカはぎょっとしたが、アリスがすっと片手を伸ばして制し


「おやめなさい、リディア。ガルザッグの者なら、ヘレナを庇ってドボス兵を打ち懲らしたりする筈がありません。ハルカ様の御国はきっと、私達が知らないずっと遠くにあるのでしょう。そう、むやみに疑うものではありません。ヘレナの命の恩人なのですよ?」


 たしなめてくれた。

 リディアといった女剣士はやや不服そうな表情をしながらも


「はあ、了承しました。姫様がそう仰るのであれば……」


 大人しく引き下がってくれた。

 ただし、その刺すような眼差しは依然としてハルカに向けられたままである。油断はしていないぞ、という意思がありありと見てとれる。

 彼女とは打って変わってアリスは、ハルカに柔らかな視線を注いだ。


「側近の者が失礼なことを申し上げて、失礼いたしました。世界は広いのですもの、まだまだ私達が知らない国や地域がたくさんあることと思います。どうか、お気になさらないでください」


 世界、という言葉を耳にしたハルカは、もっとも肝心な質問を思い出していた。

 この際、是非とも自分から尋ねておかねばならない重要な質問。


「あっ、あのっ! ひとつ、教えて欲しいことがあるのですが……」


 なんでしょう? という風にアリスは軽く首を傾げて見せた。

 その仕草が、いかにも年頃の少女っぽくて可愛らしい。

 承諾してくれたと解釈したハルカは一歩前に進み出ると

 

「ここは、何という場所、いえ、世界なのでしょうか? あたし、とにかくそれが知りたいんです!」


 語気を強めて尋ねた。

 ここが死後の世界なのか、さもなくば次元の異なる別の世界なのか、何よりもまずはそれを確かめたかったのである。

 が、アリスは訝しげな表情をつくり


「世界……ですか? 世界は世界ですから、これという名前はないように思いますが。この村の名ならばお答えできます。アルセア、という村ですが」

「あ、あの、村の名前じゃなくって、この世界がどういう世界なのか、なんですが……。ぶっちゃけ、死後の世界、とは違うんですか?」

「死後の……世界?」


 意図が一向に伝わっていないと見てとったハルカ、一から詳しく説明せざるを得ない。

 自分はこの世界とはまったく違った世界で暮らしていたこと。時間でいえばほんの一時間ほど前、不意に火事に巻き込まれて意識を喪ったこと。そして意識を取り戻してみると、自分がいた場所とはまったく違う場所にいて、しかもスッポンポンになっていたこと――。

 ハルカとしては自分の中にある語彙と表現力をフル活用してできるだけ理解してもらえるように喋った。ただし、ノーパンの一件だけは黙っていた。みっともなさすぎる。

 ――少しはわかってもらえたか、と思ったのだが。


「……」


 一同、声がない。

 というよりも、ほぼ全員が「この娘、何を言っているのだ?」というオーラを発している。

 しばらく気まずい沈黙が漂っていたが


「それは、つまり」リディアが口を挟んできた。「お前は自分がすでに死んでいる、というのか?」


 どこかで聞いたことのある台詞だな、と思ったがそれはいい。

 さすが王女に付き従っている者だけに、理解力がある。

 ハルカはがくがくと頷き


「え、ええ、まあ……。間違いなく、煙に巻かれて意識を失ったんです。で、目が覚めたらこんなところにいたので、どう考えても死んだとしか思えないんですが……」

「どうも言っていることがわからん。お前は今、げんに生きているだろう?」


 お前はバカか、と言わんばかりの口調である。


(ああっ、伝わらない……)


 ハルカは頭を抱えたくなった。

 この状況、自分でもよくわかっていないというのに、どう話せば他人に理解してもらえるというのか。チーズを見たことも食べたこともない人に、チーズケーキの味を説明するようなものではないか。

 アリスもどう意見を述べていいか迷っているらしく、ちょっと困った顔でハルカを見ている。

 すると


「……姫様、ちょっと、喋ってもよろしいかな?」


 俄かに口を開いたのは、ハルカの左前に立っていた男性剣士であった。

 背が高く、がっしりとした体つきをしている。オールバックにした短めの髪、きりりと引き締まった眉に涼しい目じり。年の頃は三十を過ぎていると見え、大人の男といった威厳と貫録を漂わせている。

 歴戦の戦士なのか、左手で床に立てている長剣や甲冑に使い込んだ痕が無数についているのであった。


「ハルカ、といったかね? 俺はウォリスというんだ。今の話を聞いていて思ったが、一つだけ、はっきりしていることがある。――それは、君は死んではいない、という事実だ」


 いきなり呼び捨てだが、口調も態度もごくフレンドリー。聞いていて悪い気はしなかった。

 へっ? という顔をしたハルカに、ウォリスは可笑しそうに笑って見せ


「なぜなら、ここにいる王女以下、皆『生きている』からね。死んだ者がここにいる筈はない。そうなるとつまり、君は生きている。君も生きているからここにいる。じゃないかね?」

「……!」


 ハッとした。

 言われてみればああそうか、と、訳が分からないなりに一つだけわかったような気がしなくもない。


「そ、そうですね! お、仰る通りだと、思います……!」


 同意を示すと、ウォリスは二カッと人の好さそうな笑みを浮かべて


「だろう? 君の故国で何があったかは知らんが、君は今、こうしてここにいる。であれば、今はこれからどうするかを考えたほうがいい。過ぎ去ったことにこだわっていても、仕方がないさ」


 まだ引っかかるものはあったが、理屈からいけばウォリスの言う通りといえる。

 アリスやリディアをはじめ、目の前にいる者達はみな、死者などではないという。死者でなければ生者であろう。その生者と普通に言葉を交わし、同じように動いている以上はハルカもまた「生きている=生者」であると認めるしかない。


(と、するとあたし……死んでないワケ? 死んでないのに、全く違う世界にいる。っていうことはつまり、ええと、どういうことなの……?)


 なおも突っ込んで話を聞きたかったが、室内にはすでに「先生! 私、よくわかりませーん!」的なムードが充満している。自分だけがさらにしつこく食い下がってあれこれ尋ねるのはどうにも憚られた。

 すると、彼女の胸中を察したかのように、アリスが


「この件をはっきりさせるまでには、もう少し時間がかかりましょう。お互いにゆっくり話をしていけば、少しづつわかるように思います。この場は一度お開きにしましょう」


 腰掛からゆったりと立ち上がり、全員を見回した。


「まずは私がハルカ様とよくよくお話をしてみたいと思うのです。そのうえで、私から皆にきちんと説明しましょう。皆はハルカ様を客人として接していただき、くれぐれも失礼のないようにしてください。――ハルカ様、それでよろしいでしょうか?」


 今ははい、と頷くしかない。

 それでもこの大人しそうな王女が意外と聡明であったことに、ハルカはすごく感謝したい気持ちだった。

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