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異世界転移女子~ハルカ、無双します!~  作者: 神崎 創
第二章 目指すはバルデシア大陸・先行の旅路 編
28/41

28) 今を大事にしたいから

『――ハルカ姉、ハナシ、聞いた?』

『話? 何の話よ?』

『ジジイとママ、別れるってさ』

『は……? 何よ、急に。いつ決まったのよ? つかあんた、そのこと、知ってたの?』

『知ってたさ、そりゃ。つーか、そうなるだろうなって、思ってたけど。だいたいさぁ、見てて気付かなかったぁ? ジジイとママ、ここのところまともに顔も合わせてないじゃん。こりゃ長くないなって、あたしは察してたさ。ハルカ姉、勉強できるクセにそういうところ、ニブいよね』

『……余計なお世話よ。あんたがませているだけじゃない』

『ハルカ姉さぁ』

『何?』

『近々、お別れだわ。まあ、元気で頑張ってー。優等生で巨乳のお、ね、え、さ、ま!』


「……!」


 ハッとして目を覚ますと、あたりはまだ暗く、うっすらともやがかかっている。

 ひんやりとした空気が露わな肌に冷たい。

 息を吸うと、森の緑っぽいような材木くさいような、そんな匂いがした。


「……おはようございます、ハルカ様。よく眠れましたでしょうか?」


 すぐ傍から声がした。

 ランリィ。

 水に浸して絞った手布を差し出しながら


「さきほど、辺りの様子を見て参りました。近くにドボスの残党や盗賊の類はいないようです」

「ありがとね、ランリィ。あまり無理しちゃ駄目よ? あなたに何かあったら嫌なの」

「はい、ハルカ様。お気遣いくださってありがとうございます!」


 無意識なのだろうが、表情がほころんでいる。気にかけてもらえることがことのほか嬉しいらしい。

 が、すぐにちょっと心配そうに


「少し、お顔の色が優れないようですが、お身体の具合でも……?」

「ううん、違うの。身体は大丈夫。変な夢を見ただけよ」


 皮肉なものだ、と思わなくもない。

 現実世界では人間関係に恵まれなかった――学校を除けば――というのに、死にかけて別世界にきた途端、多くの人が自分に好意を寄せてくれるのだから。ヘレナしかりアリスしかり、その他の人々、そしてランリィ。

 彼女は無邪気に慕ってくれるから、可愛さもまた格別だった。四六時中そばから離れようとしないし、何か話しかけると嬉しそうに目をキラキラさせて耳を傾けてくれる。

 スタンスとして忠実な従者のつもりでいるようだが、ハルカはそのようには思っていない。

 ――妹。

 現実世界にも、それはいた。

 二つ年下で名前を秋奈といった。

 ただし父の後妻の子である。性格はハルカとは正反対、やんちゃというよりも激しく自分勝手だった。

 ハルカとしては実の妹と同様に思い、歩み寄ろうとずいぶん試みたが、秋奈にそのつもりはなかったらしい。いつも赤の他人のようにハルカに接し、そのくせ何かとライバル意識を剝き出しにしてくるのだった。ついには付き合っていた男子を横取りしようと企み小細工を弄してきたとき、ハルカもいよいよ堪忍袋の緒を切った。これはもうどうしようもないと匙を投げ、以来秋奈と距離を置いた。

 父と後妻は二年前、ハルカが中学三年の年に離婚し、秋奈は後妻についていったからそれきりになった。結局、最後まで何を考えていたのかはわからない。

 そういう家庭に身を置いてきたこともあって、懐かれると可愛く思えて仕方がないのである。

 学校でも「松山先輩!」と慕ってくる後輩達を分け隔てなく可愛がったから、ハルカはいつも後輩達から人気があった。

 といって、上級生や教師達から嫌われていたというわけでもない。

 真っ直ぐであるうえに年上を立てることを忘れなかったから、彼女自身も先輩達から可愛がられることがしばしばだった。

 今も、そうである。


「……おはようさん、二人とも! 早いねぇ」


 向こうの木陰から、エミーが姿を現した。水でも飲みに行っていたらしい。

 彼女はスタスタと速足でやってくると、いきなりハルカとランリィを一度にぎゅっと抱き締め


「うんうん、今日もいい女だねぇ、あんた達! ほんと、憎たらしいくらいだ!」


 カラカラと笑っている。

 アリスや大勢の人々に見送られつつアルセスを出立してから二日。

 行動を共にするようになってまだそれほど日が経っていないのだが、二人のことをすっかり気に入ってしまったらしい。何かにつけ、こうやってボディタッチやスキンシップをはかってくるのである。ハルカもランリィも彼女のそういう豪快さが嫌いではなかったから、いつもされるがまま、その有り余るほど大きな胸に顔を埋めている。

 エミーは船乗りだけあって窮屈な格好を嫌がり、上半身は胸を布でひと巻きしただけである。

 最初はその大胆セクシーな姿に驚いたハルカだったが、よく考えればこの世界に来てからというもの、厚着の人間を見たことがない。アリスもしかり、リディアに至ってはエミーに負けず劣らず妖艶な格好で街中をのし歩いている。ランリィにしても胸と腰回り以外は肌を晒しているが、彼女の場合はどちらかといえば健康的な色気といっていい。

 季節として寒くなることはないのですよ、とランリィは教えてくれた。薄着はそのためであろう。

 ともかくも、今は本当にいい人達に囲まれている自分を感じる。

 彼等を守るためならガルザッグ軍に遠慮などするつもりもないし、一刻も早く皆が安心して暮らせる世界を取り戻せればいいと思う。

 その後、見張りに出ていたウォリスとゼイドを交えて小さな作戦会議が始まった。

 ポームまではあと一日とかからない位置まで来ている。

 エミーが気付いていたことを口にした。

 アルセス陥落よりこの方、ポームとアルセスを結ぶ街道で人の姿を見なくなっているという。


「そりゃ、あれだな。ポームにいるドボスの残党が立て籠もってやがるんだ。メスティアが攻めてくると踏んでいるんだろうさ。残りの軍勢も少ないから、積極的には動けまいよ。それはいいとしても――ポームの人々も街に押し込められて、自由を奪われているんじゃないか?」


 顎を撫でながら推測を述べたウォリス。

 ゼイドも頷き


「恐らく、アルセス側の門は固められていると思っていい。正面から突っ込んでも開けるのに難渋すると思う。その間に人質でもとられれば厄介だ」

「……だね。瘦せっぽちなドボス兵なんざ物の数じゃないが、船乗りと街の人に手を出されるのだけはこっちとしては避けたいところだよ。どうしたもんかねぇ」


 三人は地図を囲んで眉間にしわを寄せている。経験豊富な彼らをもってしても、よい知恵が浮かばないのであろう。

 地理に疎いハルカはその様子を眺めていたが、不意にランリィが


「……ハルカ様。ひとつ、方法があります」


 顔を寄せてきて耳元でそっと囁いた。


「方法? どんな?」

「それがですね――」


 アルセス島北西部に位置するポームの街は、西と東側を険しい岩山に囲まれており、自然の要害といった観を呈している。ゆえに、南側さえ閉ざしてしまえば攻める側は容易でない。

 が、街を左手に見ながら東側を北上して北の海岸まで出てしまえば守りはほぼ皆無であるという。つまりは街の北外れなのだが、そこから忍び込むことは卵殻を破るように容易い、とランリィは言う。国王に仕える諜探兵だっただけあって、そんなことも知っていたらしい。

 ただし、と彼女は付け加えた。

 道はないに等しく、絶壁を這い上がらなくてはならない場所もあります。ですから、よほど身軽な者でない限り、そこからポームへは入れないでしょう――と。

 それを聞いたハルカ、パッと顔を明るくして


「わかった! じゃあ、あたしとランリィが行けばいいってことじゃん?」


 頭を抱えていた三人に作戦を説明してやった。

 まずはハルカとランリィが北東部の手薄な位置から侵入し、その素早さを活かして一気に正門を目指す。そこを裏から開けてウォリスら三人を引き入れてしまう。


「確かに、それなら上手くいきそうだけどねぇ。あんた達のような若い娘を二人で行かせるっていうのは……」


 難色を示したエミ―。

 さらに反対の理由を口に出しかけたが、それよりも早くゼイドが


「……だが、今のところはそれしか方法があるまい。ここで時間をくっていても先には進まん。苦労をかけることになるがやってもらおう」


 断を下したため、話は決まってしまった。

 どうしても不安を拭い去れないのか、エミーは子を見守る親のような顔をして二人を見つめていたが、ふと思い出したように


「いいかい、あんた達。船着き場の傍に大きな建物があるはずだ。ドボスの残党が騒ぐ前にそこへ行って、こう言うんだよ。『エミーはお宝を手にした』ってね。そうすりゃ、そこにいる船乗りたちが味方になってくれるはずさ」


 ただし、と彼女は付け加えた。


「……野郎どもがドボス兵にやられてなきゃ、の話だけどさ」


「わかったわ、エミーさん!」


 と、ハルカは努めて明るい表情をして見せ


「ポームに入ったら、まずは街の人達の安否を確かめるようにするから。明日の夜明けに、門のところで待ってて。あたしとランリィでこじ開けるから、門が開いたら三人で突入して欲しいの。――あ!」


 悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「思いっきり蹴破っちゃうかも知れないから、門の真ん前に立ってちゃ駄目よ?」

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