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異世界転移女子~ハルカ、無双します!~  作者: 神崎 創
第二章 目指すはバルデシア大陸・先行の旅路 編
27/41

27) 幾つもの名をもつ少女

 今まさに、大規模の戦闘が展開されている。

 手前側から突進していくのは青の甲冑で身を固めた兵士達、対して向こう側から押し寄せてきている兵士は赤いそれを鎧っていた。一望する限り赤と青の戦いであり、見事な対称をなしている。

 青の軍勢およそ五百に対して赤軍八百。どちらも中軍、右翼、左翼と三隊に分かれているが、双方真っ正面からぶつかり合い、ほぼがっぷり組み合ったようなかたちである。

 巻き起こる砂埃が時折突風によって散らされ、幾度となく視界が遮られる。

 青軍の後方へと目線を転じれば、背後から取り囲むようにして大きく盛り上がっている地形。傾斜は険しく、下からよじ登ることは困難であろう。青軍の側としては背水の陣という見方ができなくもない。

 その頂上付近に立つ、一人の少女。

 腰に両手を当てて背を反らすという、仁王立ちのポーズを決め、眼下で繰り広げられている戦いをじっと注視しているのだった。

 風にたなびく肩掛けの外套、それにやや茶色のきつい長い髪。

 まだ十代を幾つか過ぎたと見える面立ちで、ちまちまと可愛らしい目鼻付きだが、どこか強気そうな印象を与える。作っている表情のせいかも知れなかった。

 壮絶な戦闘を目の当たりにしつつも、まったく怖じた様子はない。それどころか、時々逸れた流れ矢が傍を掠めていったりしたが、身をかわそうともしなかった。関心は戦いの動向だけに向けられているらしく、じっと目線を注いだきりである。

 衝突を開始して少しの間というもの、戦況は膠着していた。青も赤も、その場を少しも譲らない。

 やがて、青軍の左翼がじりじりと退きだした。人数の差が徐々に物をいいはじめたのであろう。

 そうすると勢いを得たのか赤軍の猛攻が激しさを増し、見ている間に青軍は押されていくのがわかる。

 それでも少女は眉一つ動かさない。

 ほどなく、兵士の一人がその背後に駆け寄ってきて跪くなり


「アキ……じゃなかった、シャルロット・ウィル・アルザストローレ様に申し上げます! ティノス団長率いる我が軍左翼、苦戦の模様です! なにぶん、リットシナ軍は精鋭を右翼に集中しておりまして、その……」


 勢いよく報告を始めたが、途中から口ごもってしまった。援軍の手配を願いたいのであろうが、少女はそれを口に出しにくい雰囲気を漂わせている。

 シャルロットと呼ばれた少女はふん、と鼻を鳴らし


「そんなの、見りゃわかるわよ。――で?」


 物言いに、突っぱねるような調子がある。


「ど、どうか、弓兵と魔導兵の援護を、ご命じいただきたく……」

「その必要はないわ」


 えっ、と顔を上げた兵士。

 彼には一瞥もくれず、少女は前を向いたままで


「今よ! 弓兵と魔導兵、右翼後方から一斉に攻撃を加えなさい! 多少、前衛に当たっても構やしないわ。撃って撃って撃ちまくりなさい! 敵は右翼を弱点と思っているわ。そこが狙い目よ!」

「し、しかしティノス兵団が……」


 言い終わらぬうちに、兵士は口をつぐんでいた。

 少女がギロリと凄まじい目つきでこちらを睨んだのに気付いたからである。


「……何? このあたしに指図しようっての?」

「い、いえ! 決してそのようなことは!」

「だったら、早く伝令に行きなさい! ぼやぼやしてたらあんたの好きなティノス団長、死んでしまうわよ?」


 言葉に情けや容赦というものがまるでない。

 兵士はほとんど泣きそうに顔を歪めながらも


「――たっ、ただちにご命令の通りに!」


 返事をして駆け足で立ち去って行く。

 それとほぼ同時に


「……将軍補、本当にこれで、よろしいのですか?」


 入れ替わりに、近づいてきた人影がある。

 透き通るような白さの肌をもった女性。

 肌と同じように純白の長布を胸にひと巻きしてから股間へ落とし、胸、腹、股にそれぞれ、独立した青の金属甲を当てている。二の腕、膝から下にも長大な腕甲と脚甲。大胆に露出されている肩から胸元はもちろん、ひとつなぎに露わな脇腹から太股がこの上なく艶めかしい。細身の長剣が収まった鞘ごと、手で直に握っている。

 少女はちらりと背後の女性を見やったが、すぐに目線を前に戻し


「いいからやってるに決まってるじゃない。あたしが戦術を外したことが一度だってあった?」

「い、いえ、それは、ありませんが」


 挑みかかるような強い口調で切り返され、女性は口ごもった。

 よく整った相好ながら、目が糸を引いたように細いのが欠点といえば欠点であろう。その眦の両端がやや下がってしまい、彼女の胸中の困惑をよく表していた。

 しかし、言うべきことは言わねばならないと気を強くもったのか、今度はそれが軽く上にあがった。

 気持ちの変化がすべて目に出るという、不思議な特徴を具えていた。


「しかし、数はなおも敵の方が上回っています。確かに弓兵と魔導兵の援護を得た右翼は優勢に転じつつありますが、このままでは押し切れません。時間が経てば、少数の我が軍が先に崩れ立ちましょう。どのようになさるおつもりでしょうか?」

「決まってるじゃない!」


 シャルロットは傍らに突き立ててあった大剣を片手でよいしょ、と抜き放った。

 長さは彼女の背丈ほど、幅は華奢なその身体がすっぽり隠れてしまうほどある。

 それを肩に担ぐと


「――このあたし、シャルローネ・ヴィラ・アルティリスト様が直々にとどめを刺してやるのよ!」


 言うが早いか、急斜面を飛び降りていた。


「続きなさい、レイラ! ぼさっと突っ立ってんじゃないわよ!」

「は、はっ!」


 はるか下から飛んできた催促の声に、慌てて後を追うレイラ。

 自らも飛び降りて敵軍目掛けまっしぐらに突進しつつも、その相好には戸惑いの色がありありと浮かんでいた。


(また、お名前が変わっている。毎度毎度、コロコロと……。確かに戦術は当たるし自ら剣をとってもお強いから我々としては助かっているのだが――この方はいったい、何者なのだろうか?)

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