25) 新たなる絆・それはかけがえがないもの
職人達の心からの贈り物にすっかり気をよくしたハルカだったが、もう一つ、彼女を喜ばせる出来事があった。
翌日の深夜。
寝台の上で眠っていたハルカがふと目を覚ますと、傍に跪いて静かに控えている人影がある。
「……お休みを妨げてしまいましたか。申し訳ありません」
ランリィであった。
痛々しかった無数のあざや傷はすっかり癒え、ほのかな光に照らされた彼女の肌は白々と美しい。胸と腰の周りを動きやすそうな軽装の衣装で身を包んでいる。日本でいう忍びの者、くのいちに似ているようだとハルカはふと思った。ほどよく伸びた髪を後で束ね、前髪を垂らしているのも、それっぽいではないか。
こうしてみると気品があり、とても年下の少女には見えない。
森で出会った時の荒んだ印象が、まるで嘘のようである。
ハルカは驚いて跳ね起き
「ランリィ、身体はもういいの? 明日あたり、様子を見に行こうと思っていたのに」
ずっと気にかかってはいた。
が、城から出ようとすると何かとうるさく止められるので、会いに行けないままだったのである。
「ありがとうございます。この通り、もう大丈夫です」
小さく、身体や手足を動かして見せた。
「――すっかり治りましたので、あらためてハルカ様にお誓いしに参りました。お目覚めまで傍でお待ちしようと思っていたのですが」
「誓い?」
はい、とランリィは頷いてから、
「私は今日より先、ハルカ様の忠実なしもべとなります。ハルカ様のためにはこの命、いつでも投げ出してご覧にいれます。ご命令とあらば、火の中であろうと水の中であろうと飛び込みます。自由に使える手足が四本、新たに生えてきたものとお思い下さい」
と言ってから、ランリィはにっこりと微笑んだ。
出会ってから見せた中で一番嬉しそうな、最高の笑顔がそこにはあった。
しかし、ハルカはちょっと怒った顔をして
「ランリィ? そういうの、やめなさいって言ったでしょう?」
「はあ?」
「あたしは、あなたのことが大好きなの。一緒にいたいの。だから、命を投げ出すとか身代わりになるとか、そういうのはやめて頂戴。あたしのためだっていうなら『自分の身の安全を第一にします』 って言って欲しいな」
腕をとってぐいと引き寄せつつ、抱きしめた。
痛いくらいに力がこもっている。
一瞬、きょとんとしたランリィだったが、言われている意味がわかったのか、
「あ、ありがとうございます、ハルカ様……。私のような者を、いつもそのように気遣ってくださって……」
たちまちその両眼に涙を浮かべた。
すぐに拳でごしごしと拭い去り
「お言葉、しかと胸に刻みました! 今後、自分の身を粗末にするようなことはいたしませんから、どうかご安心ください! ハルカ様をお守りしつつ、あわせて自分の身も守ります!」
素直な娘である。
ようやく、ハルカはきゃっと笑って
「はい、よくできました! それでいいのよ、それで。いい子いい子……!」
子犬でも可愛がるようにして、頭を何度も撫でてやった。
ランリィは逆らわず、されるがままになっている。
ハルカの愛撫が落ち着くと、
「夜も更けております。お休みのところ、申し訳ありませんでした。どうか、ごゆっくりお休みください。私が朝までお側についておりますゆえ、ご安心ください」
寝ずの番をする、ということらしい。
いかにも忠実な従者らしいが、ハルカとしてはそういうのは好まない。
「一晩中、寝ないで守ってもらうっていうのも、なんか落ち着かないよ」
あなたも眠って、と言いかけたところでふとひらめいた。
「――じゃあ、あたしは眠るけど……ランリィ、一つ、いいかしら?」
「はい、なんなりと!」
「一緒に寝よ? このベッド、すごく大きすぎて落ち着かないの」
えっ? と、一瞬困った顔をしたランリィ。
主と一緒に眠る従者がいたものだろうか。
が、ハルカの他愛もない笑顔を見ていると、強いて辞退する気にもなれず
「はあ。ご指示とあらば、そのようにいたしましょう」
そう言っておいて、すぐにするりと身を寄せた。どちらかといえば、まんざらでもない。
ハルカはランリィの小柄な肉体を、まるで抱き枕のようにぎゅっと抱き締め
「命令じゃないよ。これはお願いかな。大好きな妹に、一緒に眠ってほしいって……」
消え入りそうな声は、すぐに寝息へと変わっていた。
気持ちよさそうに眠るハルカの寝顔を、ランリィはじっと見つめている。
その相好がいつしか、嬉しそうにほころんでいた。
(この日をずっと、夢見て参りました。素晴らしい人物にお仕えすることができる日を。ずっとあなたのお側においてくださいませ、わが主よ)
胸中で呟いたが、そっと訂正を加えた。
(いえ……お姉様)
ハルカの大きくて柔らかい胸に頬を寄せたランリィ。
彼女もまた、すぐに安らかな寝息をたて始めた。




