24) 贈り物は嬉しいけど
劇的な王都奪還から数日。
ハルカはといえば、与えられた王城内の一室でごろごろとして過ごしている。
王族の客間だったらしいその部屋は無駄に大きく、かつ比較的綺麗に保たれていた。その部屋の隅に備え付けられた寝台がこれまた巨大で、一体どんな奴が寝ていたのだろうとハルカは思った。あのダムの寝床だったというのなら御免被ろうと思ったが、どうやら違うとのことで安堵した。ヘレナはじめ新たに王城に上がった侍女衆がハルカのためにこしらえてくれたのであった。一日の大半は、その寝台の上にいる。まるでニートみたいだと自嘲したくなったが、それにしては贅沢かもしれない。
アルセアの王城も街も、ドボス兵の占領によってすっかり荒らされてしまっており惨々たる状況である。人々は皆、それらを復旧させるために毎日忙しそうに働いている。
ハルカもさっそくそれに混ざろうとしたが、
「救国の英雄であるハルカ様に雑用をしていただくわけにはまいりません! どうか、ごゆっくりなさっていてください!」
思いっきり、止められた。
が、あとでよく考えてみれば、迂闊に作業を手伝うわけにはいかないではないか。よほど慎重にやらねば、ありあまる馬鹿力でそこらの物をぶっ壊しかねないのだ。
――これじゃ、することがないじゃん。
そのくせ、三度の食事はこれでもかとばかりに食べきれないほどの量と品数が出てくる。ここが異世界である以上は当然、カロリー計算などされているはずがないのだ。
だけではない。
食事と食事の間には、ヘレナがお茶を運んできてくれる。
お茶には当然、何らかのちょっとした菓子のようなものがついてくる。
スイーツは三本の指に入る大好物である。手を出すのをためらうのだが、ついつい食べてしまう。元の世界で食べていた安いスイーツなどよりも断然美味い。やめられるはずがなかった。
(こんな生活を続けていたら、絶対に肉がついちゃうじゃない……)
泣きたくなってきた。
現実世界で暮らしていた頃から、休みだからといって食っちゃ寝などしたことはない。日々の細かい努力をして、そこそこのプロポーションを維持してきたのである。
そろそろ、腹のあたりの肉も怪しい感じがしている。
食事時以外は天井ばかり眺めて過ごしているのも馬鹿馬鹿しい。性格的には、どちらかというとじっとしていられないほうであった。
こうなったら、こっそり王城を抜け出して街へ出て、何か運動でもしてやろうかと思い始めたときである。
「――失礼いたします。ハルカ様、いらっしゃいますか?」
ある日、いつものように部屋でごろごろしていると、ヘレナがやってきた。
「恐れ入りますが、王の広間へご足労いただけますか? アリス王女がお呼びなのです」
「あ、はーい」
王の広間は、王や従臣達が政務を執る場所で、ハルカがダムを討ち取った、あの大きな部屋である。
出向いてみると、アリスのほかに見慣れぬ老若の男性が数人、彼女がくるのを待っていた。彼らは一様に汚れてぼろぼろな衣服を着用している。ただし身分や困窮によるものではなく、彼らの仕事がそうさせたものであることは雰囲気的に理解できる。
アリスはにこにこしながら
「おくつろぎのところ、お呼びだてして申し訳ありません、ハルカ様。アルセスの武具職人の皆さんが、是非ハルカ様に、と言ってお持ちくださった品があるのです」
と言って、自分の傍らに並べてある物品を示した。
幾つかの防具類と、そして――大剣。
ハルカが戸惑っていると、もっとも年長の職人が進み出てきて跪き
「直にお目にかかれて光栄でございます、ハルカ様。本日は、アルセスを救ってくださったハルカ様にせめてもの御礼をと思いまして、我ら武具職人一同、心を込めてハルカ様のために武具をあつらえて参上した次第です。――お手に合うかわかりませんし大した物も作れておりませんが、お納めいただければこれほどの栄誉はございません」
うやうやしく拝礼したのだった。
「え? あれみんな、くれるの……? あたしに……?」
「はい! あれらはすべて、ハルカ様のために作らせていただいた武具一式でございます!」
年長の職人が嬉しそうに答えると、あとの職人たちもそこここで頷いて見せた。
表情がどれも活き活きと輝いているところを見る限り、彼らはハルカに受け取ってほしい一心で、武具をこしらえたのであろうと思われた。横暴な権力者に要求されて嫌々献上しにきた、という風ではない。
「さあ、ハルカ様! どうぞ、お手に取ってみてくださいませ!」
アリスに促され、武具の傍まで近寄っていった。
見れば、防具の類は全身を覆う重装兵の鎧のようなそれではなく、胸当て、腰甲、手甲、脚甲であった。
最近ウォリスやリディアが聞かせてくれた話によれば、この世界では防具とは主にそういうスタイルであるらしい。全身すっぽりと包み込む鎧を着用するのは、ベックのような重装兵に限ったものであると教えられた。武器を手に取って戦うことを生業とする者たちは幾つかに分けられるのだが、多くは剣士なのだという。剣士は剣を携えつつ自らの足で自在に戦場を駆けるのが主な役割であるため、防具もごく動きやすいものが選ばれるようであった。
アルセアの村でもらった胸当てや手甲はいかにも金属を加工して成形しただけ、という感じのものだったが、武具職人たちが作ってくれた防具は表面に見事な飾り彫りがしてあったり、宝石のような美しい装飾品が施してあったりする。製作を依頼すれば、一品だけでも相当高い値がつくものと思われた。
ハルカにとって嬉しかったのは、すべて白が基調になるように塗色されていることだった。
白が一番好きな色であり、アルセア村を出る際にもできるだけ白が表立つように、身支度を調えたものである。
誰かがそうと気付いて白でまとめ上げてくれたのか、どうか。
そして、大剣。
剣先から柄まで、ハルカの背丈に匹敵するほど巨大なものである。幅広な剣身の片側にだけ刃入れがされており、両刃ではなかった。相手をまっ二つにしてしまう斬撃を好まない彼女にとって、これは非常にありがたい。
柄を握って持ち上げてみると、当然ではあるがほとんど重さを感じなかった。ただ、柄の部分がほどよく手の平にマッチしていて、握り心地がいい。
どんな加工がされているというのか、金属部分は銀のように白く輝き、剣身の中央や柄周りは飾り石をあしらった装飾が施されている。剛強ながらも美しく、気品を感じさせる大剣であった。
「わー! ありがとうございます! こんなにもらっても、いいんですかぁ?」
無邪気に喜ぶハルカを見て、職人達もことのほか嬉しそうな様子を隠さない。
「おお! ハルカ様がお喜びくださったぞ! なんたる光栄よ!」
「もし、傷がついたならばすぐにお申し付けくださいまし! 修繕させていただきますゆえ」
年長の職人は、仲間達の歓喜する姿を微笑ましげに眺めていたが、ふと思い出したように
「そうそう、ハルカ様。その胸当てですが、直接お肌に着けていただいても大丈夫です。裏側に、野草を配合した薬液を塗ってありますゆえ、お肌に差し支えはないかと思いますが……」
――え?
固まったハルカ。
これを直接、胸に着けろ、と?
ブラのように?
それって――ビキニアーマーじゃん!
もちろん、この世界にビキニアーマーなどという概念も呼称も存在しない。元の世界で多少ラノベを読んだりゲームをやっていたことがあるゆえ、そういう単語を知っていただけのことである。
プレゼントは喜んで受け取るけれども、リディアのようなお色気全開なビキニアーマースタイル――と、ハルカは内心で呼んでいる――だけは勘弁願いたい――。
そういえば、彼女はなぜあのような露出の多い格好をしているのだろう。理由を教えてやる、と言われたが、まだ聞いていない。
それはいい。
一瞬、リアクションに窮したハルカだったが、咄嗟に
「あ、あのっ、あ、あたしの生まれ育った国では、女性はあまり肌を多く出さない習慣なんです! なので、ええと……服の上から、着けさせてもらおうかな、とか、ははは……」
出任せのような、そうでないような。
習慣と言われて納得したのか、年長の職人はそれ以上勧めようとはせず
「左様でございましたか。ならば、そのようにお着けになってもよろしいかと思います。どうか、ハルカ様が使いやすいようになさいまし。それが一番でございます――」
後刻。
たまたまリディアと顔を合わせた。
彼女は傍へ寄ってくるなり
「……聞いたぞ、ハルカ。職人達から、武具を贈られたそうだな?」
「ええ、とっても嬉しいんですけど、その……」
胸当てを直接着けるように言われたことを話すと、リディアはちらとハルカの胸に目をやってから
「まあ、そこはハルカの自由にすればいいと思うが……。私が勝手に思うに、お前は、私のような格好をしないほうがいいと思う」
もはや彼女のトレードマークといってもいい青く輝く甲冑を身につけてはいるが、乳房の下半分と股間の部分だけしか覆っていない。ほどよく肉付きがいいうえに身体全体が見事に引き締まっているから、相変わらず妖艶な姿である。平時くらい普通の衣装を着ればよさそうなものだが、王女の護衛役たる者として、常に甲冑は脱がないのだという。
「そ、そう思います?」
「ああ。お前が私と同じようにすれば恐らく、む……いや、何でもない」
恐らく、何だというのだろう。
そのあとを、リディアは口にしなかった。




