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 2) 絶体絶命!? いや、起死回生?

 ――思い出した。

 さっきまでデパートのトイレの個室にいたはずが、どうした弾みかこんな場所にいる。

 瞬間移動とか、そういう現象なんて起こるわけがないから、つまり――死んだに違いない。

 そして今自分がいるここは、きっと死後の世界だろうと思った。

 死後の世界はいいとしても――全裸というのはどういうことなのだろう? 神様か仏様かどなたの仕業かは知りませんが、せめて服の一枚くらい与えてくれてもよいではないか。

 ぶっちゃけ、生を終える大事な瞬間だというのに、穿いていなかったことは認めてもいい。花も恥じらううら若き乙女が、あろうことか完全にノーパンだった。そこは否定の余地がない。謝れと言われれば謝ってやろうと思う。

 ただし。

 制服は着ていた。間違いなく。

 なのに今、一糸まとわぬスッポンポンで見知らぬ土地の往来に放り出されているとはこれいかに。

 罰か? 罰なのか?

 死に際にパンツを穿いていなかった咎によって、公衆の面前で裸体を晒さなくてはならないという罰なのか?   

 とすればここは地獄で、自分はノーパン姿で死んだために地獄に落ちたとでもいうのだろうか?

 そして目の前にいるあの赤い方々は地獄の獄卒であるという鬼か。そういえばよくある地獄予想図とかに描かれている鬼はたいてい赤か青だった。イラストレーターさん、グッジョブ!

 ――とか言っている場合ではない。


「あ、あの、あの、にげ、逃げてください! ドボス国の兵士はまぞ、まぞ――ですから! 人間相手に容赦などしません!」


 背後から、必死に呼びかけてくる女性がいる。

 さっき、道の真ん中で倒れていたハルカに声をかけてくれた女性であった。

 そこそこの年齢のようだが、優しい顔立ちとアップにまとめたブロンドヘアが良く似合う美人。肩のあたりがボンボリのように膨れていて、胸が大胆にぐわっと開いたワンピースびた衣装を着ている。前面に純白のエプロン的なものをつけているところから、一言でいえばメイド風、といっていい。

 ただし、死後の世界にメイドが存在するのかどうか。

 ――知るワケがない。

 彼女はハルカのために水を汲みに行ってくれていたようだが、戻ってきて異変に出くわしたらしい。

 割って入ることもできず、かといって逃げ出す訳にもいかないというのか、その場に立ち尽くしている。


(ど、ドボス国? って、何よ? つか、マゾなの? あいつら……)


 言葉の肝心な部分で噛まれた結果、ハルカには「マゾ」としか聞き取れなかった。

 マゾなら何で襲ってくるんですか? 逆にあたしにビシバシやって欲しいんじゃないの!?

 思わず訊き返したくなったが、さすがにそこまで心に余裕はなかった。

 じりっと後退りするハルカ。

 裸足の足裏に路上の小石が痛かったが、気にしている場合ではない。

 と、集団の中央、一人だけ形状の違う兜を着けているのがいる。

 その兵士が短く「斬れ」と声を発した。

 途端。

 真ん中あたりにいた一人が地を蹴って猛然と迫ってきた。

 諸手で握った長剣を、頭上高く振り上げている。


「逃げて! 逃げてください!」


 メイド風女性の悲痛な叫びが飛んできた。


(うわ! 斬られる!)


 裸が恥ずかしいとか何とか言っていられない。

 咄嗟に身を翻して逃げることを思ったが、この距離では逃げきれないに違いない。

 こうなれば鋭い刃物で胴体をバッサリと切り裂かれるまでかとヒヤリとしたのだが――刹那、ハルカはどういうわけか明瞭に察していた。

 あの剣はほぼ水平に振り下ろされてくる。だから右か左、どちらかに身体を半回転させればかわせるはず。

 直感というものとは少し違う。

 兵士がそういう動きをするということが――かなり唐突ながら――予測できたのである。例えるなら、ジャンケンをする際、相手の手や指の微かな動きが見えて、何を出してくるかを予想できるように。

 しかも。

 足があまり速くない。

 全力で駆けているのであろうが、ハルカの目にはもったりとしたスキップのように映った。地を踏む一歩一歩がはっきり見えてしまうのだ。

 そういう調子で斬りかかってこられたところで「はいそうですか」と素直に斬られてやるバカはいない。


(……ほっ!)


 長剣が落ちてくるタイミングを見計らい、ステップを踏むようにしてスイと身体を右に開いたハルカ。

 その目の前を白刃が流れ、虚しく宙を切った。

 剣先が大地を叩いて甲高い金属音を撒き散らす。

 自分でも驚きではあったが、そこまでの一連の流れをきっちり見届けられるだけの余裕がハルカにはあった。

 兵士は少女の一刀両断を信じて疑わなかったらしい。

 重そうな鉄仮面の奥から「何ッ!?」という呻きにも似た声を漏らした。

 が、最初をの一撃を外されて驚きはしたものの、あくまでも斬って捨てるという目的は果たすつもりなのであろう。再度剣を持ち直すや否や、今度は何の溜めもなく突いてきた。裸体の娘を突き殺すのに余計な力は不要、といわんばかりである。

 ただし、ハルカはさっきと同じ要領でその二撃目をもすでに見切っている。


(次は左へ突き――と!)


 反復横跳びの要領で右へ飛んだ。

 間髪を容れず突き出された切っ先が、たった今ハルカがいた空間を突き刺す。


「うおっ!」


 またしても攻撃を避けられ、勢い余った兵士が二、三歩前へとよろめいた。

 その隙にそそくさと離れて距離をとったハルカ。

 相変わらず、両腕は大事なところに当てられたままである。大袈裟な動作をとって回避するまでもないからだ。


「何をしている? たかが娘一匹に、何を手間取っているのだ?」


 例の変形兜がイライラしたように唸った。

 叱咤されてカッとなったのか、兵士は体勢を立て直し長剣を握り締めると、三度斬りかかってきた。

 縦、横、斜めと、次々と斬撃が繰り出されてくる。

 しかし、そのどれも、悲しくなるほどハルカには当たらない。

 どこを狙ってどう斬ってくるかがわかってしまうのだから、斬られようがないのである。

 そのうち


(あたし、こんなカッコでなにやってんだろ……?)


 そんなことを思う余裕も生まれてきた。確かに、エロチックというよりは奇怪な光景である。

 ひょいひょいとかわしているうち、ハルカはふと考えた。

 ――こんなに簡単に動きがよめるんだったら、あれ、白刃取りとかできんじゃね?

 が、すぐに無理であることに気が付く。

 両手が塞がっている。片方でも手を使えば、女として大事な部分を見られてしまうのだ。それは御免蒙りたい。


「……もういい。遊んでいる時間はない」


 焦れたらしい変形兜は「行け」という風に顎をしゃくった。

 それまで直立不動で成り行きを見守っていた兵士が五、六人、ぱらっと動き出した。

 各々長剣や槍を構え、一直線にこちらへと突進してくる。

 数人で寄ってたかってハルカを切り刻むつもりらしい。


「ちょっ! タンマ! あたし一人にそれはないでしょ!?」


 これにはたまらず、音を上げたハルカ。

 相手が一人ならまだしも、一度に複数でやってこられては、どうやって攻撃されてくるのか予測がつかない。

 一瞬迷ったものの


(こうなったら、まずは命が優先だわ……! 全裸で全力疾走なんて、みっともないったらないけど)


 傍目には尻を振って闊歩している露出狂にしか見えないだろう。が、今はメロスになりきるしかない。

 そう腹を括ったハルカ、赤い兵士の一団にくるりと背を向けるなり、全力ダッシュで逃走を試みようと思った。幸いなことに、はじめに相手になった兵士は長剣を振り回し続けて動きが鈍ってきている。逃げるなら、その隙を衝くのが絶好のタイミングかも知れなかった。

 死に物狂いで走ってやるつもりで力一杯地面を蹴った、次の瞬間。

 思いもよらない結果が彼女を待ち受けていた。


「……ふえっ!?」


 一瞬、ワープしたのかと思った。

 駆け出すべく大地を蹴ったはずが、身体が予想外にふわりと軽く浮き、そのまま一足飛びでもするようにして十メートルも先へすっ飛んでしまったのだ。

 何が起きたのか、自分でもよくわからない。走った、という感覚はまるでなかった。あたかも、重力の作用が半分くらいになってしまったかのようである。

 ひとつだけ理解したのは――超人的な跳躍をしたせいでメイド風女性のすぐそばを疾風のごとく過ぎ去ってしまい、彼女を置き去りにしてしまったということである。

 その女性、視界からハルカが一瞬にして消えたため驚いておろおろしている。

 と、いつの間にか自分のはるか後ろにいるのに気付くと


「あ、あのっ、ええと……えっ? えっ? これは、いったい、あの……」


 可哀想なくらいに慌てている。

 それもそのはずである。

 立ち位置が逆転してしまった以上、ドボスの兵士の真ん前に立っているのは彼女なのだから。

 赤い殺し屋達も思わぬ出来事に狼狽えた様子をみせたものの、再びこちらへ押し寄せてきた。このままだと、まず最初に彼女が血まつりにあげられるであろう。

 女性と一緒に逃げるはずが、見込みが狂った。

 やっべ。

 振り返りざま、内心で舌打ちしたハルカ。

 ほとんど同時に、身体が勝手に動いていた。


「危ないっ!」


 無我夢中だった。

 何か策略とか方法があったわけではない。とにかく、女性のもとへ。ただそれだけである。

 そういう状態で飛び出したハルカは、重大なことをすっかり忘れてしまっている。

 今の自分には、チーターすら尻尾を巻いて逃げ出すような驚異的な跳躍力が具わっているという一点を。


(――あっ!?)


 と思った瞬間にはもう遅い。

 高速で宙を突っ切るハルカの身体は例えるなら一個の弾丸、否、砲弾といっていい。

 一直線にすっ飛んだ彼女、今まさにメイド風女性に斬りかからんとしていた兵士のがら空きな正面にもろに突っ込んでいた。

 硬度は乙女の柔肌であろうと、目にも留まらぬ速さでタックルを食らっては敵わない。


「ぶおっ!」


 腹部を一撃され、兵士の口から呻き声が漏れた。

 が、ハルカが持ちこんできた勢いはその程度では収まらない。

 彼は身体をくの字に曲げたまま後ろへと吹っ飛んでいく。

 ちょうど後に続いていた兵士が三人ばかり、巻き添えになってなぎ倒されていった。


「あ、あれ? うそ……?」


 予想だにしなかった展開に、呆気に取られているハルカ。

 ――たかが体当たりであんなにぶっ飛んでいくものかしら?

 何がどうなっているのか訳がわからなかったが、今はそれどころの騒ぎではない。今の動作で女として大事な部分も上下同時公開してしまったものの、構っていられなかった。

 すぐさま、へたり込んでいるメイド風女性の傍へと駆け寄り


「あっ、あのっ、大丈夫、ですかっ!?」

「え? あ、は、はい……あり、あり、ありがとう、ございま――」


 女性はお礼を言おうとしているらしいが、歯の根が噛みあっていない。よほど恐怖だったのだろう。


「あの、立てますか? 私につかまってください」


 彼女の腕を取って引き起こしてやろうとした。

 そこへ再度、ドボス兵が長剣を振りかぶって殺到。

 女性を連れて逃げ出すだけの余裕はない。

 ハルカはすっと腰を浮かせるなり、


「――しつこいんだってば!」


 ダッと地を蹴った勢いを駆って、またも体当たりする戦法に出た。相手の動きが予測出来ていたから、下手に逃げるよりも反撃を思い立ったのである。

 剣を諸手で握って振りかぶれば、どうやっても胴が空く。

 そこを、至近距離から瞬息の一撃。

 

「がっ!」


 ハルカの右肘が、鳩尾のあたりに深々とめり込んだ。

 が、呻き声が漏れるよりも速く、軽々と吹っ飛んでいってしまったドボス兵。

 今度は五、六人ばかりにぶち当たったであろうか。

 往来のあちこちに倒れている兵士達。その数、およそ十人ほど。

 ハルカがたった二回の体当たりだけで無力化させたのである。瞬く間にドボス兵の一団は三分の一が戦闘不能にされていた。

 メイド風女性は呆然としている。

 往来で助けた見知らぬ、それも全裸の少女が一人でここまでやるとは、まさか想像もしなかったに違いない。


「小娘が……!」


 いよいよ拙いと思ったのか、見ているだけだった変形兜が俄かに動いた。

 ゆるゆると歩を踏み出しつつ、腰から提げた長剣をスラリと抜き放つ。

 と、同時に猛進してきた。

 自らケリをつけようというつもりらしい。

 そうと知ったハルカ、咄嗟に地べたに転がっている長剣を一瞥すると、手を伸ばした。

 どう見ても大きな鉄の塊であり、相当な重量があるに違いない。若い女性が思うさま振り回せるような代物ではなかろう。鉄パイプでも持ち上げるだけの力が要ると思われた。

 それでも、素手で迎え撃つよりはましだと考えたのである。変形兜は恐らく隊長格で、剣の腕も立つとみていい。だが、もし上手い具合にその動きを見切れたなら、あるいは勝算が生まれるかも知れないのだ。

 いよいよ覚悟を決めつつ、剣の柄を握ったハルカ。

 無意識に引き締められたその表情には、真っ裸であることへの羞恥心は欠片も見られない。

 腕にかかってくるであろう重量に耐えるべく気合をこめ、剣を持ち上げようとした。

 ところが。


「……あらっ!? な、何よこれ!?」


 行き場のない力に振り回されるようにして、よろけてしまったハルカ。

 予想に反し、その長剣は――発泡スチロールで作られているかのように軽かった。

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