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異世界転移女子~ハルカ、無双します!~  作者: 神崎 創
第一章 メスティア軍の決起・アルセス解放戦 編
18/41

18) 魔族も黙る乙女です!

 ほとんど世界の最果てに位置しているようなアルセス島だが、そこにひとつの国家が成立し得たのには確固とした理由がある。

 剣や槍といった武器、あるいは兜や鎧、甲冑の装飾に最適な飾り石――この世界に宝石という単語は存在しない――が、この島には豊富に眠っていたからだ。しかも、他の地域で採れるものよりもはるかに良質であった。

 それを発見したのはアルム・セデスという貿易商人の男である。

 大陸から船で何日もかかるような辺境ゆえに、わざわざ訪れるような酔狂な者は他にいない。また、島は無人であった。飾り石の原石はおろか、島そのものが第一発見者であるアルムのものだと思っていい。

 飾り石は高値で取り引きされる。

 彼は採掘した飾り石を売りさばくことによってたちまち巨万の富を得ると、島に大船をつけるための港や雇っている採掘人夫が定住できるようにするための街を整えていった。同時に、宝の眠る土地として知れ渡ったこの島を横取りしようと狙いはじめた国家や海賊などを退けるために腕利きの者を多数雇い入れた。アルムの手腕は非凡であったといっていい。武力を擁することで島全体が一層の安定を得ると、一攫千金を夢見た人々、あるいは彼等を相手にひと商売しようという商人達が続々と押し寄せ、かつてない賑わいを見せるようになった。

 こうしてあり余る財力を背景にして、一介の商人は一島を治める支配者へとのし上がるに至る。

 彼は島に自分の名前の略称であり商号でもある「アルセス」と名付け、自らを初代国王とするアルセス国建国を宣言した。これが今から約四十年ほど前のこと。

 アルムには、二人の息子がいる。

 彼が建国から二十年ほどして世を去ると、兄が二代目国王となった。

 このとき島の海岸に、息も絶え絶えになっている一人の男が流れ着いてきた。アルセスの人々は、人並み外れて大きく頑強な肉体をもったその男の姿を目にするや否や恐れ慄き、騒いだ。煙のようにくすんだ灰色の肌、そして尖った耳。どう見ても、魔族の者だったからだ。

 すぐに軍の人数が差し向けられた。男が気付いた時には鎖で身体中をがんじがらめに固定され、身動き一つままらならないようにされている。

 彼は、自分は魔族に違いないが人間に敵対するものではない、と必死に説いた。船でバルデシア大陸南東沖を航行している最中、嵐に遭って難破したのだという。が、船に乗っていた理由、どこの国の船かということになると男の言い分は曖昧になった。

 国王である兄は規律に厳格で、あまり情を解さない性格である。魔族であるからには生かしておくわけにはいかないと、さっさと処刑命令を下そうとした。


「兄さん、それではあんまりです。魔族とはいえ、罪のない者を殺してしまうのは酷すぎる」


 そう言って割って入ったのが弟である。

 兄とは正反対、とまではいかないものの、性格は穏和で人望も篤かった。兄の命令を聞いていたたまれなくなり、つい口をはさんでしまったのだ。

 結局、彼の嘆願は受け入れられたものの、魔族の男と共にアルセスの街を出て行くという条件を付されてしまった。追放された弟と魔族の男が移り住んだのが島の東端で、これがのちにアルセアの村となる。

 それから数年経ち、運は弟に味方した。

 国王の兄が急死したのだ。人々はすぐさま、弟に後を継ぐよう望んだ。

 願いを容れて王の座に就いた弟。これがアルセス国第三代国王アルザである。

 彼の傍に、一人の魔族がいる。

 例の、兄によって殺されかけたところを救ってやった男で、名をダムといった。命を救われたことに深い恩を感じているようで、アルザに対しては忠実な召使いのようにして仕えていた。頭を使うことはからっきしだが、並みはずれて大きい身体と怪力があるところから、アルザは彼を護衛兵として仕えることを許した。これを危ぶむ者もいたが、かつての恩がある以上は大丈夫であろうといってあえて反対はしなかったのだった。

 ――だが。

 ウォリスが言ったように、所詮は野生の獣と何ら変わるところのない男であったらしい。

 東方へと侵略の手を伸ばしてきたガルザッグ帝国と密かに渡りをつけておき、借り受けた数百の魔族兵を島に引き込むことにまんまと成功すると、あっという間にアルセスを手中に収めてしまった。

 皆がダムのことを口々に「裏切り者」と罵るのは、このことあるがためであった。

 命を救ってくれたアルザに対し恩を仇で返したばかりか、ついには捕らえて投獄してしまった。確かに野生の獣か、それ以下の男であろう。

 そういったアルセスにまつわるこれまでの経緯を、王城へ向かう間にアリスが話してくれた。


「そっか。そりゃどうしようもないヤツですよね。命の恩人を裏切るなんて、マジありえねー」


 頷いているハルカ。

 無事にランリィを助け出すことができた彼女としては気持ちがすっかり楽になっているから、ムラムラと腹が立ったりはしなかった。が、聞けば聞くほど将軍ダムはとんでもない悪党であり、バルゼン同様ぶちのめしてやらなくてはならない、とは思う。

 途中、何度かドボス兵が行く手を阻んだが、その都度無残な結果におわった。

 そうして、白亜の王城の入り口前に立った四人。

 遠くから眺めれば羽を休めた白鳥のように美しい佇まいであったが、近くで見上げるとすっかり荒れ果てており、外壁の傷みが甚だしい。ダムという男は自分の権威を示す王城にまで気を遣ったりしなかったのだろう。

 入口は大きな木製の観音扉によってぴたりと閉ざされている。

 さて、とウォリスは長剣を抜きつつ


「これから王城に踏み込むワケだが、この中にもまだドボス兵がいくらか残っているに違いない。姫様、リディア、それにハルカ! くれぐれも、気を抜くなよ?」


 女性陣に促した。

 それぞれ首を縦に振って見せたアリスとリディア。

 ただ、ハルカだけは閉まったままの扉を見上げて


「……ウォリスさん? これ、素直に開けてくれますかね?」


 問いかけた。

 ウォリスは至近距離から扉に右肩で体当たりするようにして、何度かぐいぐいと押し込むようにして開けようと試みた。が、彼の力をもってしてもびくともしない。

 やはり、固く閉ざされているようである。


「奴等、立て籠もるつもりだな。押しても押しても、びくともしな――ってハルカ? お前、まさか……」

「ですよねー! 居留守を使おうっていうんなら、こっちから力ずくで」


 それと気付いたウォリスが止めようとしたときにはもう、遅かった。

 バゴォン、と大音響が轟き、埃が辺りにもうもうと立ち込めた。


「……お邪魔するっきゃないですよ」


 ニヤニヤしているハルカ、その片脚が上がっている。

 タメ蹴り一発で入り口の扉をぶち抜いてしまっていた。

 ウォリスはといえば、額に手を当ててがっくりと項垂れ


「お前、王城に対してそれだけはやめとけって言っただろうがよ……」


 情けなさそうにぼやいた。

 ところが、王族であるアリスは口に握った手を当て、くっくっと、いかにも可笑しそうである。


「もう、ハルカ様ったら。遠慮も躊躇いもありませんのね」

「あ、いえ、どうせノックしたって開けちゃくれないかなとか思いまして……はは」

「まあ、今はやむを得まい。アルセス奪還を急がねばならないからな。門扉くらい、あとで直せばよかろう」


 と、普段は厳格なはずのリディアも苦笑しつつ、そう言っただけだった。


「行きましょう! アルセス国王のご安否を確かめなくてはなりません!」


 ダムが反乱を起こした際に投獄されたと聞いたものの、その後どうなっているかはわかっていないらしい。

 大陸から逃れてきたメスティア勢を歓待し、ガルザッグからかくまってくれた恩人である。アリスとしてはできることなら助け出したいのであろう。

 入口からその先にも二つ三つ扉があり、ドボス兵が固めていた。さすがに敵に攻められた場合の備えは厳重である。

 それらを排除して奥へ進むと、細長い廊下が続いている。

 王や大臣が行き来する通路であるためか、中央には青い厚手の布地が敷き詰められていた。

 ああ、こういうの、テレビで観たことある。ハルカは思った。外国の映画イベントでVIPが通る場所に敷かれていた、あれはレッドカーペットではなかったか。

 ただし、ほの暗い。

 窓なんてないから、両側の壁の高い位置でろうそくに灯されている火だけが光源である。

 規則的に口を開けている部屋の入り口から、わらわらとドボス兵が群がり出てきた。

 積極的に前に出てはそれらを斬り伏せていくウォリス。

 決して広くはないため、ハルカが一撃すれば間違いなく王城の建物に被害がでる。彼はそうならないよう、口には出さねど配慮してくれているようであった。

 と、部屋の一つを覗き込んでみると、奥にまだ人の気配がある。

 不測の事態に備えて剣を構えつつゆっくり踏み込んでいくと、そこには――人間がいた。

 若い女性ばかり四人。皆、ヘレナが着用しているような、侍女服風の衣装を身に着けている。王城内で働かされていたのであろう。

 部屋の隅で小鳥のヒナのように固まって震えている。殺されるとでも思っているらしい。

 ハルカは剣を下ろし、


「どーもー、メスティア軍でーす! 助けにきましたよー! 遅くなってすみませーん」


 ニッと笑ってピースサイン。

 そうしたほうが彼女達をビビらせなくていいと思ったのだ。

 まるで観光にきたかのようなハルカの緊張感ゼロなセリフに、女性達は一斉に「えっ?」と驚きの表情をして


「メ、メスティアの方々なのですか? それって、どういう……?」

「えへへ、ドボス軍をぶっ飛ばしにきちゃいましたー! もう大丈夫ですよー。早くここから逃げてくださいねー」

「は、はいっ! あ、ありがとう、ございます!」


 礼を述べつつ表に向かって駆け出して行った。

 そんな彼女達の後ろ姿を見送っていると、背後でウォリスが


「あの子達はつい最近、連れて来られたんじゃねェかな……」


 ぼそりと呟いた。


「へ? なんでわかるんですか?」

「だってお前、まだそんなにやつれてないし、ああやって走るだけの元気があるんだからな。ドボス軍に延々とこき使われてみろ、普通の人間ならくたばっちまうぜ?」


 と、いうことは――ハルカはふと思った。

 この王城には国王や大臣以外にも、ドボス軍によって無理矢理連れて来られ、監禁されている人々がまだいるかもしれないではないか。


「まあ、そういうことだ。この先、もしかしたら見たくもない光景を目にしなきゃならないかも知れん。それだけは覚悟しておいたほうがいいだろう」


 ウォリスは言い捨てておいて、一人先に立って歩き出した。

 正直「やだなぁ」と思わなくもない。

 痛めつけられたランリィの姿を一目見た瞬間に感じた、胸の奥を鋭い爪で引っ掻き回されたような激しい苦しさ。きっとそれは、可愛がっていたランリィだったからというだけでなく、酷い目に遭わされた人間の傷ついた様を見れば、同じような辛さを覚えるのではないかという気がしてならない。

 平和で治安の良い日本に暮らしていれば、傷つけられた人間を目の当たりにする機会なんて滅多にないのだ。

 ドボス兵を叩きのめすことに抵抗はなくとも、やはり傷とか血とか、そういうのを見るのは避けたい思いがある。そもそも、ホラーやサスペンスといった映画や血ドバグログロな動画、画像は大嫌いだった。そういうのを好んで見る奴だから、というただそれだけの理由で、告ってきた男子を振ったこともある。あれは確か、高一の頃だった。

 もっとも、凄惨なものを見たくないのには別の理由もある。

 それが激しい怒りに転化――そういうふざけた真似をした犯人がどこのどいつかわかっている――してしまった場合、ブチ切れていく自分を押さえきれないのだ。つい先日、その犠牲になったのがバルゼンである。マリスとノアの父を殺した張本人だと耳にした途端、体内の怒りメーターが急上昇して最大値を振り切り、頭のてっぺんを突き抜け宇宙(この世界にあるかどうかは知らないが)まで達してしまった。マジギレモードの自分を自分で止められないことは、自分がよくわかっている。

 そのことで後悔した記憶はほとんどないが――できるだけ、そうならないほうがいいことだけは確かだ。

 軽く憂鬱な気分になりつつ城内を進んでいくと、またしてもドボス兵が姿を現した。

 が、今までの軽装歩兵とは異なり、重装で身を固めている。恐らくは将軍ダムの身辺を守る護衛の人数であろう。前衛二に後衛二、楔型の陣形でじりじりとこちらへ寄せてくる。


「ちっ、厄介なのが出てきやがった。カタい連中はちょいと苦手だな。斬甲剣でもあれば話は別だが……」


 相手が相手だけに、歴戦のウォリスといえども簡単には手を出せない。並みの長剣で斬りかかったところで斬撃が通らないのである。

 リディアも長剣を構えてけん制するものの


「確かに、な。ここで戦うには分が悪い……」


 踵が少しづつ退きつつある。

 ふと、思いついたように背後を振り返り見て


「……おい、ハルカ」

「はーい」

「頼む」


 リディアの一言を聞いたウォリス、ぎょっとしたように彼女を見た。

 が、ハルカは大剣を肩に担いでニヤニヤしている。


「いいんですか? あたしが剣を振り回したらこの城、無事じゃ済まないと思いますケド?」

「許す。私やウォリスではあいつらを斬れない」


 途端、ハルカの目がギラリと光を放った。


「……おっけー」


 それから、ほどもない。

 彫刻を施された石柱の数本が無残に叩き折られ、表面を磨いて美しく仕上げられた石壁のあちこちにドボス重装兵がめりこんでいた。

 無論、全員ぴくりとも動かない。

 ぽかんとしているウォリスを振り返って、ハルカはきゃっと笑い


「今の、わざとじゃないですよぉ? 軽く、ほんとにかるーくやったんですけど……あはは」


 ――結局のところ、早くもアルセス城は入り口や一階部分がハルカによって破壊されてしまっていた。

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