15) ハルカ奮戦~戦いにはコツがある
「バッシーニの狼と呼ばれたウォリス・ロア、アルセスの人々のために参る!」
流剣士ウォリス、名乗りを上げるや否やくるりと身を翻して東側、つまり背後の敵を相手取った。
すでに二十人近い兵士が殺到しつつある。目の前に赤い塊が湧いて出たかのようであった。
しかし、彼の表情に恐れの色などは微塵もない。
「……いいねェ。これくらいで出迎えしてもらわないと、こっちも張り合いがないってな」
待ってました、とばかりに不敵な笑みを浮かべた。
長剣をすっと左斜め下へ構えつつ、一気に右前へと跳んだ。
駆け違ったドボス兵、脇腹から鮮血を吹き上げながらどさりと音を立てて倒れた。
ウォリスは地に足を着けたが、動作はそこで完結していない。
右上へと振り抜かれた長剣の刃を、くるりと返しざま、今度は上から下へ一刀両断。
左半身に寄った重心をそのまま落ち着けると、右脚を上げてドボス兵を蹴り倒す。そこへ槍が繰り出されてくるもすかさず払い除けるや、間髪を容れず腰の浮いたドボス兵の胴に鋭く一撃。
いささかの無駄もない斬撃と体技の連続で、ドボス兵を斬り捨てていく。
見ていて惚れ惚れとする、鬼神のような働きである。
だが、気質が野生的なドボス兵には恐れるという心理がないのか、次から次へと寄せてくる。倒れた前の同胞を踏み越え踏み越えして襲い掛かってくる様は、獣というより機械にも似ている。
さすがウォリスといえども、数で押されては分が悪い。
そうと見てとったハルカ、自分の前の敵を大剣の一振りで薙ぎ払っておいてから、タンと地面を蹴って大きく跳躍した。
ウォリスの頭上を軽々と飛び越えつつ、空中で大剣を思いっきり後ろに振りかぶり
「――てぇっ!」
着地と同時に一閃。
その一振りで、十人以上のドボス兵がなぎ倒されていった。
さらに前に踏み込み、大剣を自在に舞わせていくハルカ。
彼女にとって、大剣の重量もドボス兵を叩く手ごたえも、まるでないに等しい。まるで鎌で雑草でも刈るようにして、ドボス兵をバタバタと吹っ飛ばしていく。
あっという間にウォリス側のドボス兵は一掃されてしまった。
思わずウォリスはヒュッと口笛を鳴らし
「いやいや、なんかもう、見惚れちまうねェ。俺、要らなかったかな?」
身の丈よりも大きな大剣を肩に担ぎつつ、累々と横たわるドボス兵の中に一人立っているハルカが、戦の女神にも見えてくる。
その女神、ちらと振り向きざま
「そんなことはないですよ? ウォリスさんと一緒だから、安心して戦えるんです!」
照れ臭そうに微笑んで見せた。
そういえば、と大事なことを思い出したウォリス。
ハルカにはこんなところでのんびり雑兵狩りをやらせている場合ではないのだ。
「ハルカ、ここは君がだいぶ片付けてくれたからもう十分だ。それよりも、西へ行け! あの子が捕らえられているとすれば王城か、さもなくばその傍にある兵営だと思っていい。恐らく兵営のほうだろうが、そこを叩き潰してランリィを助け出すんだ。――一つだけ注意しておくが」
ニヤリと笑って
「東砦みたいに、王城まで叩き壊すんじゃねェぞ? ドボスの連中を追い出したら、この国の王が住むんだからな」
ハルカをからかうような言葉を寄越しつつも、振り向きざま長剣を横に薙いだ。
背後から襲いかかったドボス兵が、胴を割られてどさりと崩れ落ちる。
彼を一人にしていくことに少しの不安を覚えたハルカだったが、すぐに頷き
「わ、わかりました! ウォリスさんも気をつけてください!」
言い捨てておいて大剣を握り直すと、ハルカは石畳を蹴った。
前方に、五、六人のドボス兵の集団。
そこへ、光のように瞬速で一直線に突っ込んでいくハルカ。
その驚異的な跳躍力の前には、間合いなどあってなきに等しい。
一瞬ののち、一人残らず彼女の振るう大剣に弾き飛ばされていたが、そのときにはもう、そこにハルカの姿はない。ずっと前へと跳んでいる。
異変に気付いたドボス兵が、建物や物陰から次々と姿を現しては襲いかかってくる。槍や長剣を構えて打ちかかって行くが、都度無残な結果に終わった。
戦闘モード全開で突進するハルカが向かうところ、敵はない。往来にドボス兵の死骸が累々と増えていくだけのことである。
アルセスの街は東西に長いものの、ハルカが住んでいた現実世界の例えば相奈原市などとは比べるべくもない。せいぜい町内会規模の範囲であろう。
通りの向こう側、やや大きく重厚な石積みの建築物が見えている。王城らしい。
そのあたりの民家よりは普請が立派で、薄闇の中に白亜の城壁が浮き出ている。見た目も悪くないが、それでも一国の主が住まう城と呼ぶにはあまりにもこぢんまりし過ぎている観がある。
(あれが王城? ユカリん家のほうがでかいと思うけど……)
つい、金持ちの同級生の自宅と比較してしまった。
中学時代の同級生ユカリの父はいくつもの会社を立ち上げ、そのグループの会長に君臨している。当然、豪邸といっていい邸宅に住んでいて、トイレと風呂だけで家族それぞれ個人専用、それに来客用まであるという。庭などはバレーボールの試合を二面同時にできるほど広い。
ユカリの自宅がアルセス城並みにでかいのはどうでもいいとして――ともかくも、ランリィの安否である。
もしも、あってはならないような事態になっていたら、と良からぬ想像が脳裏を過る。
刹那。
「……!?」
余計なことを考えてしまったせいか、危うく横から突き出されてきた槍に気付くのが遅れた。
間一髪身をよじってかわしたものの、衣装の脇腹あたりが横一文字に割かれて素肌が露わになった。
慌てて後方へ飛び退ったハルカ。
体勢を立て直しながら
(あっぶねー……! 串刺しになるところだったよ。こういう時だからこそ、自分がやるべきことに集中しないとダメだよね)
自分の迂闊さに、つい苦笑いを浮かべていた。
が、自嘲気味に大剣を握り直す彼女はもう、いつもの彼女に戻っている。
数人のドボス兵がパラパラと駆け寄ってきた。
素早くその位置関係を確かめたハルカは、ぐいっと大剣をバットのように構えると
「まとめて吹っ飛んじゃえ!」
掛け声と共にフルスイング。
狙ったのは、先頭を駆けていたドボス兵。
大剣は左脇にヒット、例によってドボス兵はあり余るパワーによって叩き飛ばされた。
その先には上手い具合に、後続のドボス兵が連なっている。
ハルカがぶっ飛ばしたドボス兵は後ろの兵士を、その兵士はそのまた後ろの兵士、というように次々と玉突き状態を呼んだ。結果的には四連鎖。まあまあか、とハルカは落ち物ゲームでもやっているような調子でごく冷静に眺めている。
危うく命を落としかけたものの、このアクシデントによってハルカは一つのヒントを得たような気がしなくもない。
ここまでは常人離れした怪力をいいことに大剣を振り回してばかりいたが、それでは動きにロスが多い。
そうではなく、相手の動きをよく見て、的確な一撃を繰り出すことでもっと効果的に敵をやっつけていけるのではないか。今の攻撃がその例である。
自分のこの力を上手く使いこなせれば、いちいち一人一人叩き潰していくのではなく、一度に数人まとめて倒すことができるに違いない。そもそも、ハルカの攻撃は「斬る」というよりも「ぶっ飛ばす」という形容がぴたりと当てはまる。斬ろうとするとどうしても一人づつになってしまうものだが、ぶっ飛ばせばボーリングの要領で連鎖式になぎ倒していくことができる。さすがにそれだけで突き進んで行くのは無理かも知れないが――。
――そっか! あたし今まで、エネルギーの無駄遣いしちゃってたかも。
戦い方における重大なコツを悟ったような気がしたハルカ。何事も自分で工夫するのが好きな性格である。今まで勉強も部活もそのようにして良い成績を上げてきたのだ。
思わぬ大発見に内心ほくそ笑みながら駆けていくと、例の白亜の建物が間近に見える位置までやってきた。
通りがやや広くなり、両側に並ぶ建物がやや大きくてごつくなったような気がする。
そして、うろついているドボス兵の数が急に増えた。
ああ、ここがもしかして――ハルカは思った。
ウォリスの言っていた兵営とかいう場所ではないのか。兵営というのが何なのかはよく知らなかったが、要は宿舎みたいなものだろうと勝手に解釈している。
闖入者であるハルカを認めるなり、わらわらと湧いてきたドボス兵。左右から集団になって押し寄せてくる。
こういうシチュエーション、どこかで見たことがあるような?
ふと思い出したのは、アニメでよくある「たった一人の美少女に交際を申し込もうと殺到する何十人もの男子生徒の群れ」であった。確かに似てるといえば似てるが、今目の前にいる連中は交際どころの騒ぎではなく、ハルカを殺すべく殺到してきている。あまりぞっとしない状況であった。
が、一人迎え撃つハルカは「修行して強くなった主人公」のように堂々としている。
(さあ、まとめてかかってきなさい、このブサ男ども! あたしが全員まとめて)
大剣を水平に構えた。
(――フったげる!)
さっきの戦いの際に要領はつかんでいる。
先頭をきってやってくる奴を目掛け、後続を巻き込みながら吹っ飛んでいくようにタイミングを見計らってフルスイングをかましてやればいい。彼女の一撃を受け止め得る者などいないから、方向さえ誤らなければしくじる心配はない。
得物はバットもとい長大な大剣。間合いは十分かつ遠心力が半端ないからホームランでも打てるくらいの勢いがつく。
ぐいっと振りかぶるなり、まず右手に向かって一撃。
くるりと反転させつつ今度は左へ二撃目。
たちまち無数のドボス兵が宙に舞い、石畳の上を転がっていく。
ばかりか、石壁に叩きつけられた者達が殺虫剤をかけられたハエのようにぼてぼてと地面に落下して倒れ伏した。
巻き添えを逃れてまともに立っている者は数えるほどしかいない。
あとは転がったまま、ぴくりとも動かなかった。
たったの二撃。
それだけで数十人ものドボス兵を戦闘不能にしてしまった。
さて、残りを一掃しちゃいますか――。
思った、その刹那。
「――止まれ、小娘!」




