01
蛇注意。
意外なことに、メリルの住む家は絵本にでも出てきそうな赤い屋根の可愛らしい平屋建だった。
マリカが発見された広場から馬車で数十分ほど走った先、ラトガー村の外れにあった。
玄関の扉をあけてすぐの部屋は、広々とした居心地よさそうな居間。
右側には花柄の大きなソファセット。
左側には大きな木デスクと作業台らしきテーブルが置かれていて、壁際の棚にはびっしりと小物が置かれてある。
あれは縫製職人としての仕事場かな。
「遠慮せずに入ってよ」
メリルに勧められるまま、マリカとエリオットは家に上がり込む。
「いいお家だね」
全体的にカントリー調のかわいらしい家具でまとめられてあり、あたたかくて居心地のよさそうな雰囲気になっている。
居間の右側奥には上質な木のカウンターがある可愛いキッチンがあり、奥には食品貯蔵庫に続いているらしい。
可愛らしいお家だけど、さっぱりしてこだわらないメリルの雰囲気からはちょっと違うような気がするから尋ねてみると、外見も含めて二年前にお父さんが亡くなった後、南に移住したお母さんの趣味らしい。
メリルは室内装飾にもあまり関心がないということで、一人暮らしになった後も模様替えもせずにそのままにしているらしい。
納得した。
居間のつきあたりの木の扉を開けると、細い廊下に繋がっていて、寝室が二つある。
「マリカは奥の部屋のベッドを使ってね。シーツは新しいのにしてあるから心配ないよ」
寝室の木の扉を開けて最初に目を引いたのは、十畳ぐらいの大きさに真ん中にダブルサイズのベッドだった。
天蓋付で白いレースが床まで広がっているおとぎ話に出てきそうな素敵なベッドは、元はメリルのものらしい。
口側の壁にそって洋服箪笥と大きな鏡、クラッシックな木のデスクが並んでいる。
マリカが住んでいた六畳一間の安アパートよりも数倍上質な部屋だ。
部屋とベッドシーツに洗浄魔法をかけてもらったから、今すぐにでも快適に暮らせるだろう。
「メリルはどうするの?」
「私はいまは手前の元両親の部屋のベッドで寝起きしているだ。そちらの方が部屋も少し広いんだ」
「あの、本当にメリルの家に泊らせてもらっていいのかな」
「もちろんさ。シュランジを狩って稼がせてもらったんだから、こちらがお礼しなきゃいけないくらいだよ」
「……ありがとう」
廊下を出て居間と反対側の奥には、シャワールームとトイレが並んでいる。
よかった、水洗だ。
残念ながらメリルの家にバスタブはないけれど、シャワーとトイレなどの水周りは日本のものとほぼ同じ仕様なので、マリカはほっとした。
居間に戻ると、エリオットが居心地悪そうに立っていた。
「なんでボサっとつっ立っているのさ? 疲れているんだからソファに座りなよ」
そう言いながら自分はさっさとソファに座り込んだメリルを、エリオットはぎろっと睨み付ける。
「商談の残りの件ですが」
エリオットが最後まで言う前に、メリルが遮った。
「お腹すいたし、細かい取り決めをする前にごはんにしようよ。エリオットも食べてきなよ」
にこにこ笑顔を浮かべているメリルに、なぜかエリオットは深いため息をつく。
「メリルの家に長居したら、村の人がうるさいんですよ。早くメリルを嫁に貰ってやれとか見当違いのことを言われますからね」
エリオットがメリルの家に来るのをやけにしぶっているなとは思っていたけど、そういう理由だったんだ。
ポカンとした表情のメリルも、エリオットがしぶっていた理由にはまったく気付かなかったらしい。
どこの世界も変わらないみたいだ。
「あんたがグダグダ理由をつけてうちに遊びに来なかったのは、そういう理由だったんだ。でも悪いけどエリオットは遠慮するよ。男としてまったく好みじゃないからさ」
ニコニコ顔のメリルが残酷な宣告でエリオットを退けるその様子に、思わずマリカは笑ってしまった。
「笑いごとじゃないですよ、マリカさん。僕とメリルはそんな仲じゃないって何度説明しているにもかかわらず、ここ一年ほど検討違いの意見に僕はずっと悩まされていたのですからねぇ」
「さっさと言えば良かったのに、面倒な奴だな。その件は片付いたからごはんにするよ、今日はマリカの歓迎会なんだからエリオットも準備を手伝ってよね」
「はあ、そうですか。まあ今日からはマリカが一緒だから、いいでしょう」
「では飲み物は提供します」とエリオットはアタッシュケースから瓶をするっと取り出していた。
シュランジはとても美味しかった。
小さな魔石をはめ込んだスイッチーつで発熱する石盤と呼ばれるホットプレートに似た調理器具にバターと油を敷いて、塩ステーキ肉の大きさに切って塩コショウしたシュランジを載せていく。
両面を軽く焼き、最後に白ワインを軽く振って、エリオットが火を出してフランベする。
ふわっと青白い炎が一瞬上がった。
「できたよ一」
すごくおいしそうな出来上がりだった。
けれど巨大な蛇を食べることには、マリカにはやはり抵抗があった。
だって蛇だし……。
女子的にはまずいでしょう。
だって蛇だし……。
でもやっぱり美味しそう。
ジュウジュウ美味しそうに焼かれているシュランジを前に、しばらく躊躇っていたマリカだけど。
空腹とたまらなく食欲をそそってくる香ばしい匂いと「絶対に美味しいから!」というメリルの強いお勧めには抵抗できなくて。
思い切って口にしてみたら。
「めちゃめちゃ美味しい!」
鰻の白焼きに似た味かなと予想していたけれど、意外にもシュランジは牛肉ステーキのような濃厚な味だった。
大きな塊を頬張って噛めば噛むほど、うまみが口いっぱいに広がってくる。
もっともっとと胃が要求している。
いくらでも食べられそうだ。
「シュランジって美味しかったんだ」
「そうだろう! シュランジステーキは魔物の中でもかなり美味いけど、強くて狩るのに苦労するから、めったに食べられない御馳走なんだよ」
シュランジをパクつきながら、メリルは上機嫌だ。
エリオットも無言で頷いている。
マリカももう一口噛み締める。
美味しい!
シュランジも美味しいし、横で焼いている野菜やじゃがいももとても味が濃い。
「石盤焼きはよくするんだけど大抵はワイルドラビットだから、私もシュランジを食べたのは久しぶりなんだよ。やっぱり美味しいよね」
「よくっていうより、メリルの家で石盤焼き以外の夕食を御馳走になったことはないのですが」
「そういえば、この二年ほど石盤焼き料理以外はあまりしていないなぁ」
「やっぱり!」
エリオットがあきれたように呟きながらも、シュランジを食べる手は止めない。
聞くところによると、メリルの料理とはテーブルに載せた大きな石盤でシュランジや芋や野菜を焼くだけらしい。
でも肉も野菜も素材がいいせいか、塩と胡椒だけの味付けでも大満足だ。
丸いパンとぶどう酒はエリオット持参だが、こちらもマリカが元の世界で食べていたバンと同じものだ。
というか、ここに来て言葉にまったく不自由していないことに、いまさらながらに気付いた。
どういうことだろう。
あきらかに元の世界とは違った世界に来ているというのに、言葉も通じるし食べ物も元の世界と似た名前がやけに多い。
見慣れない食べ物がいくつかあるけれど、たいていはパンやじやがいもやワインなどマリカの世界にもあるものと同じ。
なぜだろうか。
「マリカ~、ワインのお替りいる~?」
「もちろん、いただきます!」
疑間点はいろいろあるけれど、ごはんとアルコールが美味しいからいいことにしよう。
マリカはワインのお替りをぐいっと飲み干して、問題を先送りにした。