04
どうしよう。
わずかな荷物だけでここに引っ張られてきたから、知り合いもいなくて住む場所もなくて仕事もない……。
暗い顔をしたマリカの横で、「あんたねえ!」とメリルがエリオットを強く蹴飛ばしていた。
「痛っ」
かなリキツめに蹴飛ばされたらしく、膝を抱えて痛がっているエリオットに、メリルは冷たい眼差しを向けている。
「いきなり知らない場所に来て不安がっている女の子をさらに脅すなんて、いい根性してるじゃない!」
「いや、あの、僕はそういうつもりではなくて………」
「じゃあ、どういうつもりだよ! 返答次第ではこのメリルが許さないよ」
エリオットは困ったように頭をかく。
「亡き祖父は年上の友人に助けられて、バーンズ商会を大きくしたと聞いています。ですから異世界からの訪間者は手厚くもてなすようにという言い伝えを残しています。ですから王都の商会に来てくだされば、うちでマリカさんの身元や住居は手配させていただきますから!」
薄々感じてはいたけれどやっぱり。
ここは異世界なんだ……。
「エリオットさんの気持ちはありがたいですが……」
どう対応したらいいか分からない。
そんなマリカにメリルの顔はますます強張り、眼差しはますますつり上がっていく。
「いきなり初対面の女性を家に誘うなんて、あんたバカじゃないの! マリカが怖がるのも当然でしょう!」
まったく、とメリルはおかんむりだ。
マリカとしてはメリルの勢いの方が怖かったりするのだけど、この場では黙っておくことにする。
エリオットがどういう人かもわからないうちに、のこのこ付いていくのはさすがにまずいしね。
「住む場所のことは心配しなくていいから! マリカはうちにくればいいから!」
「メリルのうち? いや、それはさすがに悪いよ」
危ないところを助けてくれただけではなくて、住む場所まで提供してくれるなんて、メリルはどれだけ王子様だよ!
エリオットよりも信用はできそうだけど、さすがに見ず知らずの女の子に頼り切るのはよくないよと思ったマリカだったけれど。
「実際のところ、うちに部屋は余っているから、遠慮はなしだよ。私はさびしい一人暮らしだから、同居人は大歓迎なのさ。にぎやかになっていいしね」
「たしかにメリルさんの家なら心配いりませんね」
「それにシュランジをこのエリオットに売り払えば、私達の懐は豊かになって当分の生活費の心配も要らない。気遣いは無用だよ」
「でも」
「まずはうちに来て身を落ち着けて、それから今後のことをゆっくり考えたらいいよ」
「いいの?」
「もちろん」
任せてよ、とメリルは笑顔でうなずいた。
「ありがとう、メリル」
「そういうわけで、私達のシュランジを高く買ってよね、バーンズ商会さん!」
ついでにマリカの当面必要な身の回り品なんかも安く売ってくれたらありがたいわ、とメリルがいい笑顔で頼むと、エリオットは苦笑した。
「そのような事情であれば、買取価格を善処しなきゃなりませんね」
エリオットはカバンから取り出した白手袋をはめた。
「ではまずはシュランジから片付けましょう」
エリオットは地面に横たわっているシュランジに近づき、その身体を丹念に調べ始める。
「傷もない成獣サイズのシュランジですね。火魔法でなく雷魔法で仕留めましたのはいい考えでしたね、状態も最適です」
「そうだろう!」
「魔石を含有していますが、こちらもめったに見られない珍しいものですね。石は売り払わずに残しておいた方がいいですよ」
「そっちもマリカだ」
「わかりました」
エリオットは懐から手帳を取り出して、メモしはじめる。
「今回、肉はどうされます?」
「肉?」
怪訪な顔をしたマリカに、メリルは「形は醜悪だけど、シュランジの肉はすっごく美味しいんだよ」と笑う。
「そうそうシュランジの肉は料理しやすくて美味ですので、狩り人は獲物の一部を自分用に取り分けておく方が多いですね」
「うちにマリカが滞在することだし、肉は1/3は手元に残しておくことにするよ」
「わかりました。革はどうしましょうか?」
「革は全部売るよ」
ここで暮らしていくならマリカには森歩きのための防御服が必要だろうけど、革なら親父の残した在庫が大量に残っているからそちらで間に合うのさとメリルは言う。
「では肉は1/3のみ保管されて、革全部と残りの肉をうちに売っていただけるということですね」
「そうだな」
「これほど見事なシュランジの革はめったにでない代物ですから、うちとしては大変ありがたいです。では、通常でしたら25万デューカですが、これほど損傷のない革は珍しいですから、30万デューカで引き取らせていただきます」
「30万デューカにマリカの魔法バッグと靴、あとは今回の買い物代金を差し引いてくれない?」
「わかりました。マリカさんの分はこちら側の超過になりますが、お近づきのしるしにバーンズ商会からのサービスとしておきます」
「言っておくけど、バッグと靴は私のと同等品だよ」
「わかっています」
「ではお二人に15万デューカづつということで、支払いはどちらにしましょう?」
「私の分は1/3は現金で。残りはギルドの回座に振り込んで。マリカの分はどうしよう?」
「マリカさんはシュランジを倒すのに貢献されたほどの腕の持ち主ですので、これからのことを考えるとギルドに正式登録した方がいいでしょう。そうすれば口座も利用できますからね。今回はメリルさんと同じように現金は1/3、残りは口座開設時に支払いましょう」
「それで決まりだ」
二人の間で瞬く間に商談が結ばれた。
それから。
エリオットとメリルはナイフを取り出して、シュランジをすばやく解体していった。
両手で運べるぐらいの大きさに切られたシュランジは、エリオットが持っていたアタッシュケース型のカバンに入れられた。
そう、巨大な蛇がエリオットのカバンに入ってしまったのだ!
どう見てもカバンに入る大きさではないはずなのに、シュランジは吸い込まれるように全て収納されてしまった。
「どうして?」と尋ねると、魔術文字が刻み込まれているエリオットのカバンはストレージ機能付、大きさを問わない500種類の物がそっくり収納できる
らしいと教えてくれた。
さすがは魔法世界!
「魔石はマリカに」
マリカにはシュランジの魔石、拳大くらいの大きさの緑色の石が手渡された。
「きれい」
「これほど大きな魔石なら、使い勝手がいいから持って置いたらいいですよ」
「私が? いいの?」
「魔石は分割できないからさ。今回はマリカの攻撃がシュランジヘの致命傷になったから、これはマリカの持ちものさ」
「魔石の使い方はまた後日説明しますよ」
「ありがとう」
二人ともマリカが石を得るのが当たり前のような顔で微笑んでいる。
見知らぬ世界に来なきゃならなかったのなら、メリルやエリオットと出会えて良かった。
さて、とメリルは大きく背伸びをする。
「シュランジの件も片付いたことだし、私とマリカをウチまで馬車で送ってくれない?残りの商談は我が家でごはん食べながら、ゆっくりしようよ」
エリオットが顔をしかめた。
「シュランジを届けるつもりでしたから、メリルさんのおうちには行くつもりでしたが」
なぜかためらっている様子だ。
「メリルさんの自宅は、まあ今回はマリカさんもいらっしゃるから大文夫だとは………」
メリルの家って?