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本日も狩り日和  作者: 1000
第一章 ある日、森の中で
2/28

02

二人は必死で逃げていた。


巨大な蛇からできるだけ遠ざかるために、必死で走っていたけれど。

見知らぬ世界の魔物はその重そうな巨体からは考えられないくらいすばやい動きで、シュルシュルと瞬く間に二人の後ろに迫ってきている。


「森の中へ逃げよう」

「了解!」


メリルは前方の森の中を指差して、駆け出していく。

革っぽいふんわりしたベージュのチュニックを革ベルトでウエストマークして、だぼっとしたズボンと頑丈そうなブーツを履いている金髪に赤毛の混じったショートカットのメリルは、森の中も驚くほど軽快に駆け抜けていく。

茉莉花も必死でメリルの後を追って走っている。

7センチヒールでも全速力で走れる茉莉花の足は遅くはないはずだけれど、あの蛇は驚くほど素早い動きでしつこく後を追ってきて突き放すことができない。


「あれは、何?」


メリルに続いて森の木々の間を走りながら茉莉花が聞くと


「あいつはシュランジ、揮猛な魔物で油断していると人間なんて一飲みしちゃう奴だよ」

「魔物?」


メリルは膝まであるベージュの革ブーツを履いて軽快に木々を避けながら走っているけれど、茉莉花はタイトなミニ丈ワンピースに7センチヒールパンプスだ。

このままずっと森の中を走り続けられるかどうかは、自信がない。

全長十メートルほどの巨大な蛇、シュランジはその巨体からは想像できないほど敏捷な動きで、木々をくねくねと器用に避けながら、一定距離を保つて追ってくる。

その距離が開くこともなければ、縮まることもない。

心臓が苦しいほど強く打ち、息が苦しくなってきた。


「シュランジは残忍な性質なんだ」


メリルがちらっと茉莉花の様子を確認しながら、言う。


「獲物を見つけると、わざと逃がせていたぶるようにネチネチと追いつめて狩りを楽しむんだ」


確かに、あいつはメリルと茉莉花を全力で追っているというよりは、獲物を捕らえようと様子見をしながら、一定の距離を保っているという風だ。

テラテラと赤い舌を出しながら追ってくる蛇の姿は残忍そうに薄ら笑いをしているようで、ぞっとする。

あの蛇から逃げ切れないかもしれないけど、メリルには何か策があるのかもしれない。


「私達、あんなのから逃げ切れるの?」


茉莉花が尋ねるが、メリルは茉莉花の顔を見て苦笑いする。


「残念ながら無理そうだ。この先でまた木々が途切れる。そこで二人とも掴まってしまうだろうな」


悲観的な内容をさらっとした口調で告げてくる。

「でも」とメリルはキュロットの腰ベルトにつけていた30センチほどの鋭い刃渡りのナイフを取り出す。


「そのナイフであいつをやっつけることができるの?」

「あれほど巨大なシュランジを倒すことができるか自信はない。けれど、やってみるしかない」


時おり身を乗り出してはシャーッと威嚇してくるグロテスクな蛇に向けて、メリルはナイフを振り回しながら、速度を落とさずに逃げている。


「シュランジには火があればよかったんだけどさ」


併走している茉莉花の横で、メリルがぼそっと呟く。


「火があいつに通用するの?」

「ああ。シュランジは火に弱い魔物だ。けれど私は魔道具の持ち合わせはない。茉莉花は何か持っているのか?」


火……。


遊びに行く途中だったから、マッチやライターなんてものは持ち合わせていない。

けれど。


「武器になるかどうかはわからないけれど」


茉莉花がカバンから取り出したのは、痴漢撃退用スタンガン。

女子高時代から電車通学時にかなりお世話になっている愛用品だ。





元々は女子高時代、電車通学だったおとなしい友人が痴漢被害に合ったのが始まり。

制服が可愛い女子高ということで目立っていた茉莉花達は悪質な男子学生の集団に目をつけられたらしい。

駅員に通報したり女子ばかり固まって集団登校したりしても被害はなくならず、かえって陰湿化するばかり。

友人は登校拒否になり、茉莉花と機械好きで後に国立大学のロボットエ学に進んだ友人の春香の怒りは頂点に達した。


目には目を、悪質な痴漢集団へは力で対抗だ。


茉莉花と春香は二人でスタンガンまで持ち出して鉄拳制裁を行った。


百万ボルトのスタンガンは効果抜群だった。

警察と学校側にこっぴどく叱られたが、相手グループも学生ばかりということで話し合いで片付き、結果的には公の事件にはならなかった。


「あれで達成感みたいなものを味わっちゃったんだよね」


厳しい叱責と反省文を書かされてどうにか退学を逃れたにもかかわらず、懲りない茉莉花と友人の春香はその後もスタンガンの開発をすすめた。


専用の工具が春香の部屋に続々と並び出し、二人で調べ物と試行錯誤に何時間も費やした。

ものづくりが面白いと思うようになって受験勉強そっちのけで改良にいっそう熱が入り、改良を極めたのがこの自慢の三代目。

拳銃タイプの痴漢撃退スタンガンだ。

持ち主の指紋認証で電源スイッチオン、引き金を弾くと銃口から電極部がせり出してわずか3秒で300万ボルトの電流が流れる。

電極部が皮膚に接触すると即座に電流が神経部へと流れ、相手の身体を麻痺させて一時的に行動不能へと陥らせる。

最初からこれほどのものを作るつもりはなかったのだが、途中から春香の改造熱がヒートアップして、元は市販の乾電池タイプだったものを太陽電池併用の充電タイプヘと変更し、電圧も元の100万ボルトから厚手の冬服でもより相手を確実に仕留められるよう、300万ボルトヘと改造した。


ボディも筐体から自作した。

こちらは茉莉花が担当したのだが、アクセサリー自作の延長線上だと思えば、楽しさも増した。

どうせなら使いやすさも追求したいと春香と話し合って内部構造を大幅に設計変更してもらい、サイズを大きめのドライヤーサイズぐらいだったものから、片手持ちのできるスマホサイズのモデルガンタイプにまで小型化した。


幸いあの事件以来、完成品を使うことはなかったけど、スタンガンはお守りがわりに茉莉花がずっとカバンに入れていた。

これは日本の満員電車で使えば殺人凶器になりかねないけれど、あの化け物相手には役に立つかもしれない。





メリルが興味津々の目でスタンガンを見る。


「見慣れない魔道具だね。シュランジに通用するものなの?」

「分からない」


カバンと一緒に投げ出されていたからスイッチ部分が壊れていないか不安だったけれど、持ち手をぎゅっと握り締めると、安全スイッチが解除されて電源が入る音が聞こえた。

大文夫。

電源はきちんと作動している。


「これが役に立つのかは分からないけど、やってみる」


というか、やるしかない。

あいつを倒す手は、他にはないだろう。


「メリルは、すこしの間だけあいつを引き付けられるかな?」

「正直に言うと、今のままではシュランジを撃退は難しそうだから。マリカに策があるなら、協力するよ」


メリルは茉莉花と併走しながら、ニヤっと笑う。


「周囲が明るくなってきたから、あと数メートル走れば、森を抜けて原っぱに出るよ。森に抜けると同時に、私は右側で待機してあいつを引きつけて足止めする」


周囲の木々はまばらになってきた。

あと十メートルほどで森を抜ける。


「わかった」







「こっちだ!」


木々の間を抜けると同時に、メリルが後ろのシュランジに向き直って手に持っていたナイフを前後左右に振り回した。

シュランジはシャーッと威嚇音を立てて、メリルに襲い掛かかろうとする。

メリルはナイフをふりまわしたけれど、シュランジにはまるで効かず、硬い銀色の鱗に覆われたその胴体を傷つけることすらできない。

背後の木まで追い詰められたメリルがついに足を止める。


もう逃げられない。


巨大な蛇がメリルを丸呑みしようと、くわっと大口を開けた瞬間。





茉莉花はスタンガンのメモリを最大出力へと回して、電極部を思い切り蛇の胴体へと押し付けた。





バリバリバリバリッーーーーーー!





電撃ショックを受けて、激しく暴れるシュランジ。    

耳障りな悲鳴を上げながら、蛇の巨大な胴体があっけなくその場に崩れ落ちてゆく。


「さすがは三百万ボルトの威力!」


茉莉花は衝撃のあまリスタンガンが弾き飛ばされないように、両手で必死で握り締めていた。


持ち手に革を巻きつけておいたけど、衝撃がまともに手に伝わってきて、スタンガンが手から落ちそうになるけれど、なんとか耐え抜く。

次に使う時には、スタンガンを手にきちんと固定するベルトを考えた方がいいかもしれない。


「すごいね………!」


ぴくぴくとその身を痙攣させているシュランジに、驚きのあまりかメリルは目を見開いたまま言葉もなく立ちつくしている。


「マリカは何をしたの?」

「あとで説明する。こいつはしばらく電撃ショックで麻痺して動けなくなっているけれど、時間がたつと衝撃から回復すると思う。だから、今のうちにメリルのナイフでとどめを刺せるかな?」


メリルは軽く息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出した。


「まっ、任せて。念のためマリカはこいつの身体を押えつけていてくれる?」

「分かった」


茉莉花は蛇の真ん中部分にもう一度電撃をかけて、そのまま巨大な蛇の体に馬乗りになる。

メリルも蛇の頭へと馬乗りになり、ナイフを振り上げて「えいやっ!」と思い切り喉をー突きした。


ぴくぴくと小刻みに震えていた胴体の動きが止まり、蛇は息絶えた。


「終わったよ」


メリルは大蛇に突き刺していた剣をゆっくりと抜く。


「死んだの?」

「ああ、もう大文夫だ」

「よかった」


お互いにひどい姿だった。

メリルの衣服にははシュランジの唾液と体液がべったりと付いて汚れてしまっているし、茉莉花の衣服もさらに木の枝やシュランジの鱗で擦れてさらにボロボロになっている。


気がついた時には、メリルと茉莉花は顔を見合わせて笑っていた。










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