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本日も狩り日和  作者: 1000
第三章 魔法と冒険者
11/28

03

講座開始まで時間がないということで、お昼はメリルのなじみの酒場で取ることにした。


ギルドから徒歩数分の酒場は、昼間のせいかひっそりしている。

内装は、床も壁も天丼もすべて木で出来ていて、テーブルも椅子も木という、シンプルというか簡素なものだ。

しばらくして奥からやってきたのは若い男性だけど、すごく無愛想だ。


「今日は何があるの?」


メリルが訊ねても、男は何が気に入らないのか唸るような声を吐き出す。


「バンしかね―よ」

「じゃあそれを二人分で」


男はニコリともしないで、去っていく。

メリルは男の失礼な態度を当然のように受け止めているから、マリカもここの雰囲気についての発言は差し控えた。

サンドイッチとコーヒーがすぐに出てきた。


「マリカはわりと手が出るのが早いよね。元の世界でもそうだったの?」

「さあ、どうかな」

「まあいいか」


メリルは肩をすくめて、手の中のサンドイッチにかぶりつく。


「さっきのは、ワッツ・クライトン。たしかパーティーを組んでシュタインデーモンを狩るつもりだって聞いてたのにな」


サンドイッチは中のハムと玉子は美味しいのに、残念ながらパンががすこしぱさついているし、中に塗られているマヨネーズが油っぽい。

たっぷりとマグカップに入れられたコーヒーは味は悪くないけれど、香りがほとんどない。

でも久しぶりのコーヒーだ。


「ザルツは平和そうな町だと思っていたけど」

「ザルツの町は王都から距離もあるしギルドの統制が取れていて遊興施設もあまりないせいか平和なんだけど。ときどきたちの悪いパーティーが入り込んでくることがあるんだ」

「たいていの冒険者たちは互いに不干渉を貫いているんだけどね。ワッツらのパーティーは寄せ集めのチームなんだ。新人を使い捨てにしたり他のパーティーを陥れることもしているって噂だけど、ルールぎりぎりのところで踏みとどまっていて証拠も掴ませなくて、ギルドも手をこまねいているみたいだ」

「そうなんだ」


どの世界にもずるい人や卑怯な人はいる。


「ギルドの中や一対ーならワッツに対峙してもマリカの雷魔法でなんとかなりそうだけど。複数に囲まれたら危ないかもよ」

「……」

「だからワッツには用心した方がいい。あいつは腕利きの魔法使いで思いっきり性悪だからさ。気に入らない冒険者を漬すこともしてきた奴だから」

「………気をつけるよ」


単独だとスタンガンでもなんとかなるかもしれないけれど、不意をついて複数に襲い掛かられたらどうなるか分からない。

それに魔法使いの攻撃というのも、異世界出身のマリカにはまだ想像がつかない。


「どう気をつければいいの?」

「どうって」


メリルは考え込む。


「そうだね。とりあえずマリカは魔法スキルを取らないとね」


対策といっても、地道に努力する以外なさそうだ。


「私はあいつの情報をさぐってみるから、マリカは午後の講習頑張りなよ」

「午後にある魔法の講習、具体的にはどういうことをするの?」

「受けてみればわかるよ」


時間が来たので、二人はサンドイッチを片付けてコーヒーを飲み干した。

ギルドまで一緒に歩いていき、「今度は大人しく受講しなよね」とメリルに笑いながら送り出された。






新しいことを学ぶときは、いつでも心ときめくものだ。


異世界で魔法を習得だなんて、これこそファンタジー!

未知の世界だ。

期待に胸をふくらませながらマリカがギルド受付横の階段を勢いよく上がり、魔法クラスと描かれた教室に意気揚々と入ったら、教壇に立っていたのは80過ぎのおじいちゃんだった。

これは予想外。

黒いゆったりとしたローブをはおっているけれど、細い体が浮き上がって骨が見えて、かなり痛々しく見えている。

もしかして、魔法を教えてくれる講師というのはこのおじいちゃん?

はおっている黒いローブは生地が分厚くてベルベットのような滑らかで素敵だけど。


「マリカ・シジョーさんですね。魔法クラス講師のカイラールです」


寝てなくて大丈夫なのという具合悪そうな様子でヨロヨロと右へ左へとふらつきながら歩いてきた。

か細いが穏やかな声で「今日はお一人ですね」と告げてきたので、やはり魔法を教えてくれるのはこの人なのだろう。

存在感なさそうだし、かなり頼りなさそうなんだけど。


「ファンタジー映画の長老というのは大体が高齢のおじいちゃんだよね」


もしかしてカイラール先生は見た目を裏切ってこの世界では伝説の大魔法師なのかもしれないし、とカイラール師に失礼なことを考えながら、マリカは席についた。

カイラール師は今にも倒れそうなよろよろした足取りで、教壇に戻る。


「では初級魔法コースの講座を始めます」


マリカは期待で胸をふくらませながら、頷いた。

カイラール師が懐から水晶を取り出し、魔法の授業が始まった。






冒険者ギルドによる魔法の授業というのは、とても簡素なものだった。

カイラール師が水晶を見ながら、かすれがちの声で魔法の呪文らしきものを暗誦していく。

抑揚もなく念仏のような調子でつぶやいている言葉の意味は分からないし眠くなりそうだなと思いながらマリカが聞いていると。

カイラール師の朗読は、いつの間にか終了していた。


ええっ、どうしよう!

先生の言っている言葉の意味、ぜんぜんわからなかったんだけど。


カイラール師に尋ねると「そのようなものですよ」で済まされた。

それでいいの?


「ではギルドカードを出して下さい」

「あの、私は失格ですか?」

「ちがいますよ」


カイラール師がマリカのギルドカードにさっと手をかざしたら、認定終了ということらしい。


「あの、もしかして講座これで終わりですか?」

「はい、水魔法のスキル取得のための講座はこれで終了です」


もしかしなくても、これで終わりだった。

正直言って、かなりの肩すかしだ。

魔法スキルを身につけるっていうから、もっと怪しげな薬を使った儀式とか杖を使った術式の展開とか苦い薬を押し付けられるとか、魔法陣とかが周囲に浮かび上がってどこかに連れ去られての恐怖体験をするものだとばかり思っていたのにな。

いや、べつに。

恐怖体験は進んでしたいとは思わないけれど。


「ギルドでは最初に必要なスキルを得る手続きだけを行うものですから」

「はあ」


もう少し詳しい説明をしてほしいと思ったけれど、目の前のカイラール師は疑問に答えてくれそうにない。


「では次の講義を続けましょう」


カイラール師のそっけない言葉に、いまいち納得できないままのマリカではあったけれど。

マリカの戸惑いをよそに、カイラール師による眠くなるような朗読はその後も続けられていった。





結果的に。

マリカは午後の2時間ほどで、水魔法と火魔法を取得した。


「実際にスキルを使用できるかどうか、試してみましょう」というカイラール師の指導で、マリカは初めて魔法を使った。

指先を見つめて「炎を」と念じると、ライターほどの火が現れた。

テーブルの上のマグカップに「水を」と念じると一杯の水が現われた。


「すごいっ! 魔法、便利ですね!」


思わず笑顔で声を張り上げたマリカに、カイラール師の頬が一瞬だけ緩んだ。

あれっ、もしかして笑った?


「では次に行きましょう」


カイラール師の顔は一瞬で元に戻った。


気のせいだったのかな。

この調子で魔法の不思議な力を手に入れようとマリカは意気込んでだけれど。

風魔法と土魔法はカイラール師の朗読を三度も聴いたのに、三度ともなぜか途中でコテンと眠りこんでしまって最後まで聞くことができなかった。

はっと気がつくと、カイラール師に揺り起こされていた。


「すいまません」

「よくあることですから」


よろよろ教壇に戻りながらカイラール師はそっけなく答える。

結果、風と土のスキルを取ることはできなかった。

風魔法を自由自在に操れるようになれば、空を飛ぶ事だってできるかもしれない。

ワクワクしていたマリカはガッカリした。


「マリカさんと風や土魔法の相性が悪いんですね、よくあることです」


淡々とそう告げて次の本に移ろうとするカイラール師の態度は、神秘的な魔術師というよりも有能な事務員のようだ。

そうだ!

カイラール師って、なんだか大学事務局にいたおじいちゃん事務員に似ているような気がした。


吉永さんは小柄で痩せた体に白いシャツにネクタイを締め、毛糸のベストに腕には常に黒の腕サックを身につけていたな。

いつもしかめっ面で学生たちには「規則を遵守しなさい」と口やかましくて評判はあまり良くなかったけど、

マリカが奨学金の手続きや家賃補助について聞いたときは、こと細かく丁寧に教えてくれた。

吉永さん、元気にしてるかな。


マリカが少しだけ思い出に浸っていると、前方からコホンと控えめな咳払いの音が聞こえた。


「集中力が途切れましたか?」


いけない。

今日の前のことに集中しなきゃ。


「なんでもないです。次お願いします」


マリカは首を軽く振って、次の講座に備えた。








その後、ギルドカードの使い方も教えてもらった。


「今回のようにスキルを得ると、自動的にギルドカードに刻み込まれるようになっているのですよ」

「それは便利ですね」


ただのキャッシュカードだけではなかったようだ。


「ご自分のスキル値やレベルを見るには、手の上にカードを載せて魔力を込めた指でカードの端をそっとなぞればいいのです。そうすると、値が浮かび上がってくるのです」


マリカはギルドカードを取り出した。

カイラール師に言われるがままに魔力を込めた指でそっとカードをなぞってみた。

すると。

文字が空中に浮かび上がってくる。


「おおっ!」


マリカ・シジョー

特殊魔法スキル

雷魔法300

時空魔法11

火魔法1

水魔法1


「マリカさん、結果はどうでしたか?」


スキルの数値は、本人にしか見えないものらしい。


「今回取得した火魔法、水魔法はそれぞれスキル1になっていました」

「それはおめでとうございます」

「その他に、習っていない魔法が記載されているのですが……? 実は雷魔法と時空魔法のスキルがあるみたいなのです」


カイラール師は驚きもせず、ただ頷いた。


「ああ、たまにはそのような場合もあるようです。特殊な経験をされた方などに見られたまにあることです」


そういうものなのかとマリカは納得した。


それから、通常の生活魔法についての説明も有った。

特殊魔法に比べて魔力の消費も少なく、魔法が効く範囲も狭いが、持っていると便利な魔法だ。

カードの文字をスクロールしていくと、生活魔法スキルの数値も確認することができる。

マリカはすでに縫製スキル15、料理スキル20所持していたのだが。


「他に必要な生活魔法を追加料金で得ることができますが、どうしますか?」


「お願いします」


銀貨3枚を支払つて、生活魔法スキルを取得した。

洗浄や清掃、読書、跳躍などのスキルが含まれているらしい。


「詳しいことはギルドカードを見て下さい」


これで面倒な掃除が一瞬でなんとかなる!

魔法の本を音読しただけで魔法の力が身に付くなんて、やっぱり不思議世界だわ。


「最後に、特殊魔法を使用するについての、注意事項をお知らせします」

「魔法を取得できたから、すぐに森へ狩りに行ってはなりませんよ。まずは訓練を重ねてスキルを伸ばさねばなりません」


火魔法のスキルを取得したからといって、すぐに手から大量の炎を放つことができるというわけではないらしい。

というかできるの?


「コツコツとスキルを伸ばしていったら、可能になるかもしれませんね」

「スキルを伸ばしていくにはどうすればいいのですか?」


そうですねとカイラール師は考えこむ。


「実際に使い続けることですね。狩りをしながら使っていくといいでしょう。マリカさんの場合は、雷魔法のスキルが高いので、誰かと一緒ならよいかもしれませんね」


やはり、狩りか。

この世界で生きていくなら、必要なことかもしれない。










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