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ワールド・エンド・ガールフレンド  作者: 彩女好き
ストーリーズ 3rdライン
7/8

ワールド・エンド・ガールフレンド




 温度はどこかに失われてしまった。

 空は凍てつき、ぼくに在るのは自分自身のか細い体温だけだった。


 雪の華が咲く。

 ぼくは外界から切り離されていた。


 冷え切った大気にも良い所はあった。

 それは、ぼく自身の輪郭を鮮やかに縁取ることだ。


 身を切るような風の中、僅かな喜びと共にコートの襟を掴む。

 ここにぼくは居る。確かな境界線で分けられた、ぼく自身が。


 世界は白かった。

 舞い落ちる雪の欠片はとめどなく、ふと空を見上げた。


 そこには何も見えなかった。

 何も無い、白一色の世界が広がる。


 抜け落ちたような真っ白な空から、零れるようにして雪が落ちてくる。

 何かどこかに忘れてしまった世界。それでも、ぼくの輪郭は滲まなかった。


 ぼくはひたすら前を目指した。

 降り積もった無垢な雪の上に、穢れのように黒い刻印が刻まれていく。

 足を進めるたびに、それは残った。


 こんな日に、こんな日だからこそ、ぼくはこんな所にいる。


 ぼくは狂っているのだろうか?

 それもいい。世界が狂っているのなら、ぼくが狂うのも仕方が無いだろう。


 今はもう居ない人たちが、幻となって再現される世界の中で。

 真っ白に染まりながら、世界は狂ってしまった。雪の華が咲く。


 ホログラムの少女を目指してぼくは進む。

 ようやく辿り着いたそこは、かつてサナトリウムと呼ばれた場所だった。

 

 薄っぺらいドアを開ける。

 光の粒子のように漂うちりほこりの中に彼女はいた。


「あんた、また来たの?」


「うん」


 もう誰も居ない場所。

 そこに一人ぼっちで漂う幻影の少女に、ぼくは返事をする。


 頬の横を流れる黒い髪。少女は白いワンピースを着ている。

 ぼんやりと白く発光する少女を、その輪郭を、ぼくは見つめ続けた。


「確か……海理かいりだったわよね、あんたの名前」


「覚えてくれたんだ」


「ここに来るのはあんたくらいでしょ? いい加減覚えるわよ」


 ここはかつて、不治の病気の人が隔離されていたという。

 隔離された魂は、今もなお閉じ込められ、彼女は一人ぼっちだ。


「何が楽しくてこんな所まで来るのよ。こんなツマラナイところ」


 仏頂面でそう呟く彼女を、ぼくはただ微笑んで見つめた。

 窓から差すぼんやりとした光の中に、雪の影が写る。

 硬い木の床の上に再現されながら、雪はとめどなく流れては消えていった。


「君ってさ、すごーく前に生きていた人なんでしょ?」


「そうね」


「ぼくさ、ホログラム現象は今の人にしか効かないんだと思ってた」


 ホログラム現象? と尋ねてくる彼女に、ぼくは手短に説明した。


「ふうん。あたしがこうしているのはそういう理由なの」


「そうだと思うよ。きっとね」


 少女は不意に部屋の中を眺めた。

 かつての沢山の人が外界から隔離されていた建物。

 後世への記録に、と残されているその建物は、訪れる人も無くただ寂しさだけがあった。


「あたしはね、きっと本物の残した影なのよ」


 淡い色の唇が震えるように動き、言葉を紡いでいく。


「人の想いは消えないんだわ。ずっとそこに残って、少しずつ掠れて風化していくのよ」


 小さな音が巨大な音に消されてしまうように。

 彼女の小さな魂は、絶え間なく巡る生命の情報に消されてしまうものらしい。


 ホログラム現象で再現される彼女だが、普段は姿を現すことが出来ない。

 空間に満ちる情報が邪魔をして、彼女の声を掻き消してしまうようだ。


 だからこんな雪の降る日でないと逢えなかった。

 こんな日は空間の中の情報因子が極端に減るのだ。雪が音を消してしまうように。


「ねえ」


 雪が止んだ。

 世界には音が戻り、少女の姿は徐々にぼやけて消えていく。


「あんた、また来るわよね?」


 少し躊躇ためらいがちに呟く彼女。

 ぼくは、もちろんと答えた。




 どこへ帰ればいいんだろう?

 少女の幻影が消えた後、ぼくは仕方なくサナトリウムを後にした。


 本当に帰りたい場所へは行けない。

 狂った世界が見せた夢。百年前のそこへ、ぼくは決して辿り着けない。


「君が生きていたなら……」


 思わず口をついて出た言葉。

 その続きを今さらながらに考える。


 白く凍る吐息。そっと胸の内だけで呟く。

 もしも君が生きていたなら、ぼくはきっと恋をしただろう。


 出逢った時には終わっていた。

 彼女は百年も前に失われていた。


 始まる前に終わってしまった恋心。

 透明に透き通ったそれは、こんな日に輪郭を強くする。


 輪郭を確かめながら、僅かな喜びと共に、コートの襟を掴む。

 ここにぼくの心は在る。確かに感じる、ぼく自身の祈りが。


 百年前に生きた少女の幻影を後にして。

 ぼくは寂しく微笑んだ。





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