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ワールド・エンド・ガールフレンド  作者: 彩女好き
ストーリーズ 2ndライン
6/8

さよならのタイミング 後編




 立山由依たちやまゆいが立ち去った後。

 石田達はそのまま喫茶店に残り、今後の打ち合わせをしていた。


「これからどうします? 石田さん」


「ふむ……」


 飾り気の無いコーヒーを一口啜った後、石田はゆっくりと口を開く。


「しばらく様子をみよう」


 石田の提案を受けた岡村は、目をパチクリとさせた。


「良いんですか?」


「良いも悪いも……」


 彼らの活動に強制力は無かった。

 忠告はした。後は善意の申し出を待つだけだ。


「ホログラムの男が、彼女の家から出てくるまで張り込むつもりか?」


 そんなつもりは無いだろう?

 同意を求めた彼の言葉を、岡村は即座に否定した。


「実際、今まではそういう事もしてきましたから……」


 どうして今回に限って悠長ゆうちょうな真似をするのか?

 疑問を顔に浮かべる部下に対し、石田はしばし黙って考えた。


 一言で言えば疲れていたのだ。

 彼が望んでいたのはこんな仕事では無い。彼が望んでいたのは――


 ふと、夏の夕暮れに消去デリートした高校生のホログラムを再び思い出した。

 切ない表情を浮かべながら、静かに消え去ることを受け入れた少年。

 何でも無い少年だった。私が彼に与えたのは、ただ絶望だけだ――


 馬鹿馬鹿しい。石田は頭を振った。

 あれは偽者だ。死者のホログラムですら無い。オリジナルの現存する、純粋な偽者。


 どうやら自分はよほど感傷的になっているようだ、と石田は断じた。

 ホログラムを消去しょうきょすることに対し、知らず知らず抵抗を感じているようだ。


 これでは部下の様子を心配するどころじゃないな。

 皮肉のような現実を一端棚に上げてから、石田は淡々と口を開く。


「我々は強制できんよ。その立場に無い。いずれ彼女も気付く時が来るだろう。ホログラムを愛することは、ただの代償行為だと」


 重苦しい沈黙が満ちる。

 何か言いたげにする部下の視線を黙殺しながら。

 石田は黙って、再び自分のコーヒーに口を付けた。







 フロント・ガラスの向こうには夕焼けの空が広がっていた。

 憧憬に沈んで行く世界の中、車は走る。


 立山由依たちやまゆいに関しては、結局は放っておくことになった。

 地元県警にホログラム反応が出たことを報告したので、しばらくは彼らが定期的に彼女の家を訪問することになるだろう。


 とにもかくにも、これで彼らの仕事は一端終りだ。

 ホログラムと対峙しなかった事に少しだけ安堵を覚えながら、石田はサイド・ウィンドウ越しに流れる景色を眺めた。


 疲れていた。そんな彼の目に、白く小さな花の集いが映った。

 遠く離れた山の中腹に花畑が広がっている。


 この季節だから、恐らくはコスモスの花畑だろう。

 となるとあれは、自然公園だろうか。久しく自然とは触れ合っていない。


 車のシートに身を委ねながら、ぼんやりと眺める。

 そして急に思いついたかのように、石田は唐突に声を上げた。


「岡村、少し寄り道していかないか?」


「どうしたんです石田さん?」


 運転席に座る岡村が驚いたように言う。

 ポカンとした声で返事する部下に対し、石田は冗談めかして言葉を続けた。


「いやなに、コスモスの花畑が見えてな。少し見ていかないか? こうも遠出が続くんだ、たまには役得も必要だろう」


「花ですか? 花を見ようなんて、石田さんらしく無いですね」


「バカにするな。私にだってそんな気分の時があるさ。こんな仕事をしていると、秋らしい物を見る機会もそうそうないだろう?」


 行きがけに見たコスモスの花が頭に浮かぶ。

 サイド・ウィンドウ越しに流れて消えて行くそれを、一度立ち止まって見ておきたかった。

 上司の我がままに微苦笑を漏らしながら、岡村はゆっくりとハンドルを左に切った。







「ここは……?」


 車を降りた石田は怪訝な声で呟いた。

 遠目には公園のように見えたそこは、頑丈なフェンスに囲まれていた。

 長く続くゲート。人気ひとけの無い入口は、鬱蒼と生い茂る木々の中に埋もれている。


「ちょっと待って下さい」


 そう言うと岡村は自身のスマート・フォンを取り出した。

 便利な物だ、と見守る石田に、調べ終わった岡村がこの場所が何なのかを告げた。


「どうやらここは遊園地の跡みたいですね。二年ほど前に廃園になったようです」


「廃園……そうか、それであんなにコスモスが咲いていたのか」


 元々遊園地の広場か何かに植えられていたのだろう。

 それが、管理される事も無く乱れ咲いてるのだ。


 誰も居ない場所に咲く花。

 人目に触れることも無い花は、幽玄の世界で色を誇る。


 誰かが見て、おぼえてやらなくちゃならんのではないか?

 どこかしんみりとした気持ちを抱えながら、石田は軽い口調で言った。


「まあいい。せっかくだ、入ってみよう」


「えっ!? 許可を取らないとマズイんじゃないですか?」


 生真面目なことを言い出す岡村。

 慌ててキョロキョロと辺りを見回す部下の姿に、石田は笑いを漏らした。


「なぁに。お前だって学生の時分には、こういう所に勝手に入った事があるだろう?」


「いや、僕はそんなことしませんでしたけど……」


「それなら良い経験になるだろう。なに、秘密にしておけばいいさ」


 それでも自分の立場を気にした風の岡村を無視し、石田は鉄錆びたゲートに足をかけ、そのまま飛び越える。

 彼の部下は、慌てた調子で後を追いかけてきた。


 誰もいない遊園地。正面ゲートから続く道は、落ち葉で湿っていた。

 夕暮れの空。朽ちかけた案内看板が朱色に染まり、物悲しさを伝えてくる。


 放置され、半分壊れたメリーゴーランド。広々とした道に、人の足跡は無い。

 無人の野。石田はコスモスの花を目指し、紅く塗りつぶされた庭内を進む。


 後から追いかけてくる部下が、マズイですよと忠告してくる。

 しかし石田は微塵も遠慮など見せず、ずんずんと先を急いだ。


 怯える部下の様子が少し愉快だった。

 なあに、コスモスの花を五分も見れば大人しく出るさ。


 我が物顔で足を進める石田。そんな彼の目にありえないものが映った。

 視界の端に確かに見えたそれに、石田は呆然と立ち竦んだ。


「あの後姿は……」


「どうしたんです? 石田さん」


 ようやく彼に追いついた岡村に対し、石田は振り返ること無く言った。


「いや、例の立山嬢の姿が見えたような気がしたんだが。それに――」


 彼女の隣に立つ男の姿も見えた気がする。

 道の奥をじっと凝視する石田に釣られるようにして、岡村もまた鋭い視線を向けた。


「こんな所にですか? まさか」


 岡村の声は幾分震えていた。

 しばし沈黙してから、石田は鋭い口調で言った。


「嫌な予感がする。後を追おう」







めろ!」


 崩れかけたジェットコースターのレールの上。

 沈みかけた太陽の赤の中に立ちながら、石田は叫んだ。


 今はもう誰もいないはずの遊園地の中。

 何もかもが止まった世界で、紅い空から風だけが吹いている。


 コースターの無い鉄製のレール。

 地上から十数メートル離れたそこは、バランスを失えばすぐさま転落しそうだ。


 危ういところでバランスを取りながら、石田は視線を険しくする。

 彼の後ろには部下の岡村が。そして遥か前方には二人の男女の姿があった。


「あなた達は……」


 男女の内の片割れ、立山由依たちやまゆいが驚いたふうに言う。

 そんな彼女をかばうようにして、若い男が前に出た。

 

 相沢蛍介あいざわけいすけ。ホログラムの男。偽者の人間。

 立山由依たちやまゆいの前に立ちながら、相沢蛍介の偽者は飄々とした口調で言った。


「刑事さん、悪いけどオレ達はデート中なんだ」


「こんな所でか?」


 石田は静かに園内を見下ろす。

 廃墟となり、静かに錆び落ちて行く遊具の群れが、静かに影を落としていた。


 いつかは子供達の歓声で満ちただろうここに、今はその喧騒は無い。

 どこまでも続く、無音の静寂だけが広がる。


 朱色に染まった世界の中、黄昏の風が吹いた。

 ただただ虚しく広がる空の下で、相沢の幻影は面白がるような口調で答える。


「ここは思い出の遊園地でね」


 その言葉を無視して、石田は静かな口調で糾弾した。


「どこにデートしようって言うんだ? あの世へか?」


 立山由依たちやまゆいの前に立ちながら、ホログラムの男は奇妙な笑みを浮かべた。

 暗く、そしてどこか透明な笑い。

 切ない影のように笑いながら、幻影の男は一息に言った。


「愛しているんだ。今も。これから起こることは、彼女も承知していることだよ」


 その言葉に、立山由依たちやまゆいは俯く。

 赤い光が差し、彼女の顔に濃い陰影を作り出した。


 その影は深く黒い。

 しかし、女の輪郭は影に埋もれること無く、異様なほどの存在感を放っていた。


 今、立山由依たちやまゆいは生と死の狭間にある。

 それを敏感に感じ取った石田は、ありったけの力を込めて吼えた。


「だから心中するのか? いい加減にしろ、お前はただの偽者だ!! 本物の相沢蛍介はとっくの昔に死んでいるんだ!!」


 目の前にいるのは本物では無い。

 一見して受け答えしているように見えるのも錯覚だ。

 性質の悪い、夢のような存在だと心に言い聞かせた。


「お前がもしも本物の相沢蛍介なら、心中など望まないはずだ! お前は愛していると言ったが、お前のような存在に愛が持てるのか!? 偽者の人間の、偽物の心で!! お前は中途半端に再現された人格の映像に過ぎない! 人の心があれば、愛している人を死に追いやるものか!」


 叩き付けるように石田は言葉をぶつけた。

 彼の言葉に対し、ホログラムの男は苦しげに視線を逸らして言う。


「オレは偽者じゃない。本当に愛しているから……」


 狂い咲いたコスモスの花が遠くに見える。

 廃墟を埋め尽くす一面の白を背景にして、死者の声がこだました。


「オレは……オレが偽者だっていうなら、この想いは何の為にあるんだ!? オレは違う! 憎いわけじゃない。彼女を道連れにしたいわけじゃないんだ」


 徐々に声から力を失う。

 それでもなお、哀れな青年の影は語り続ける。


「ただ……このまま忘れられるなら、オレは一体なんの為に生まれたんだ……? オレは確かにただの偽者かもしれない。だけど、それなら本物のオレの想いを伝えなきゃならないんじゃないか……?」


 自分の言葉に自分で頷くようにして。

 狂気を深めながら、ホログラムの男は続ける。


「ああそうさ、本物のオレがささやくのさ。このまま忘れ去られるのは嫌だと……! オレはただそれを伝えてるだけだ……! 何度でも、何度でも。どうせオレが消えても、オレみたいな偽者は何度でも生まれるはずだ! 本物の想いが残る限りな! 現にオレが生まれたじゃないか!!」


「そこでそのままジッとしていろ」


 石田は全てを無視すると、ホログラムを消すための銃を取り出した。

 もっとも銃口から弾は出ない。スタンガンのように、直接相手に触れる必要がある。

 ジリジリと歩を進める石田を見つめながら、相沢蛍介のホログラムは笑うように言う。


「知ってるよそれ。オレみたいなのを消すためにある道具でしょ?」


「よく知ってるな。情報の開示義務というのも考え物だ」


「オレ達は知りたがりだからね。いつか誰かが知るもんさ。でも刑事さん、こういうのは知ってる?」


 言葉と共に、相沢蛍介のホログラムは手のひらを石田に向けた。


「ぐっ……!?」


 途端に目に見えない力が石田の右手を襲った。

 ホログラムを消去するための銃が宙に舞い、そのまま漂い、相沢の手元に運ばれていった。


「ホログラムになるとこういう事も出来るんだ。知らなかったでしょ?」


「化物め……!」


 相沢は薄く笑いながら、それでもどこか傷付いたような表情を浮かべた。

 倒れかけた石田を、岡村が慌てて後ろから支える。

 石田は痛む右手を押さえながら立山由依たちやまゆいに向かって叫んだ。


「行くな! そいつは相沢蛍介では無い! 本物の彼は、もうどこにもいない事くらい分かっているだろう!?」


 哀れな女が彼を見た。

 高い高い鉄骨の上に立つ彼らに、強い風が吹きつけていた。


 沈みかけ、赤々と染まった空。

 物悲しい世界の中で、彼女の長い髪だけがまるで生き物のように揺れていた。


「わたしは……」


 立山由依たちやまゆいの輪郭が浮かび上がる。

 赤い世界。遠くには白いコスモスの花があった。

 誰もいない世界の中で。ただただ、コスモスの花は風に揺らめいている。


「わたしはそれでもいい」


 哀れな女、立山由依たちやまゆいは口ずさむようにそう呟いた。


「わたしはもう、一人には耐えられないもの! 幸せが消えてしまうのなら、わたしだって消えてしまいたい……! もう幸せになれないのなら……!」


 強く強く風が吹く。遥か彼方で白い花びらが大気を舞った。

 絶叫を上げ続ける石田の前で、相沢蛍介の偽者はゆっくりと女の手を解いた。


 戸惑いの視線を向ける女の前で、ホログラムの男は奪った消去機械をこめかみに当てる。

 そして静かにトリガーに指をかけた。


「ごめんね、由依」


 相沢蛍介の残した人格映像は、驚く女を前にして言葉を続けた。


「苦しめるつもりじゃ無かったんだ。オレのことはもう忘れてくれ。……愛していた。オレはきっと偽者だけど、本物と同じくらい君の事が好きだった。でもきっと、もうその時間は過ぎてしまったんだ。そろそろ終りにしよう」


 立山由依たちやまゆいの目が驚愕に見開かれる。

 追いすがるようにして伸ばされる手。幸せの輪郭を掴もうとする指。

 その手が届く前に、男は最後の言葉を呟いた。


「幸せなってくれ、由依。……さよなら」


 トリガーが引かれる。

 冗談のように軽い音が響き、消えて行く幻影の男。


 立山由依たちやまゆいはその場に泣き崩れた。

 掴む物の無いまま、石田の手は震えていた。


「大丈夫ですか、石田さん?」


 後ろから心配そうに声をかけてくる部下。

 その言葉を無視しながら、石田は呟いた。


「奴はどうして自分で……」


 ホログラムは本当にただの偽者なのだろうか?

 もしもホログラムが人間と変わりないのなら、自分はただの人殺しだ。


 世界はいつから狂ってしまったんだ?


 ホログラムを消す装置。赤々と爛れた空の下、レールの上に転がるそれを拾い上げる。

 狂った世界の中、手のひらにあるそれはずしりと重かった。





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