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ワールド・エンド・ガールフレンド  作者: 彩女好き
ストーリーズ 1stライン
3/8

リトル・グッバイ 後編




 刑事二人を前にして、愛想笑いを浮かべて言いよどむ俺。

 そんな俺に探るような視線を向けてくる年老いた刑事。


 冷たい汗が全身から流れ落ちる。

 俺にどうしろって言うんだ!?

 心の中で叫んでいると、老齢の刑事は突然笑い出した。


「ははは、嘘を吐かなくてもいいよ。なに、年を取ると分かることもあってね」


 落ち着き払った声で言う。そんな言葉がじんわりと心に響いていく。

 石田という年老いた刑事は、人を安心させる何かを持っていた。


「別に君を叱ってるわけじゃないんだ。ただ、悩み事があればいておこうと思ってね。こんな職業をしているせいか、少々お節介な性分になってしまったようだ」


 長年の人生の蓄積がそうさせるのだろうか? その声には深い重みがある。

 彼が言葉を発するだけで、辺りに静謐な雰囲気が漂い始めていた。


「人に相談してみるだけで気持ちは楽になるもんさ。自慢じゃ無いが、私はそれなりにアドバイスも出来るしね。年を取るだけ色々な物に触れるものだ。職業柄じゃ無いが、それこそ信じられないような物にも触れてきたしね。人に話すと馬鹿にされるが、幽霊のような物を見たことだってある」


「ゆ、幽霊っスか!?」


 思わず勢い込んで叫ぶ俺に、石田刑事はゆっくりと頷く。


「ああ、幽霊みたいな物だ」


 俺はごくりと息を飲んだ。

 幽霊を見た。その言葉はただの冗談で言っているのかもしれない。


 それでも警察ならあの妖怪を何とかしてくれるんじゃないか?

 市民の味方であるはずだし、大枠で言えば治安維持活動にも当たるはずだ。


「どうしたんだい? まさか君の家にも幽霊が出るとか?」


 黙りこむ俺に、石田刑事は世間話をするかのように言葉を続ける。

 他に頼れる人も居ない。覚悟を決めて現況を訴えてみることにした。

 視線を下に向けながら、恐る恐る言う。


「その、信じてもらえないかもしれないけど、俺の家にドッペルゲンガーが居るんです」


「ドッペルゲンガー?」


「石田さん、あれですよ。自分にそっくりな自分っていうやつです」


「ああ、なるほどね……」


 石田刑事は若い刑事と二言三言会話をわす。

 馬鹿にされるだろうか?

 ドキドキしながら反応を待っていると、年老いた刑事はゆっくりと告げた。


「実は私達の仕事というのが、そういうモノへの対処でね」


「そ、そういうモノ?」


 どぎまぎしながら問い返すと、石田刑事はあっさりとした口調で言い換える。


「いわゆる幽霊みたいなモノだね」


 幽霊!? マジかよ、警察の妖怪ハンター部門!? そんなのあったのか!? 

 始まるの!? 俺の家で警察対幽霊の霊能バトルが!?

 言葉に出さないまま一人盛り上がる俺の前で、石田刑事が滔々《とうとう》と語り出した。


「いつからだったかな、我々の間で死人が甦るという話が持ち上がったのは」


 謎の急展開きた!


「極秘裏に調査を進める中で、幾つかの事実が分かってきてね」


 どうして極秘調査の内容を俺に話すのだろうか?

 ふとした疑問を尋ねる暇も無く、淡々とした早さで話は続いていく。


「確かに死人が甦っていた。いや、そう受け取れる現象が起こっているようなんだ。我々はその現象をホログラム現象と呼んでいる。科学者がそう名付けたからだがね」


「ホログラム現象?」


「一般にはまだ伏せられているんだ。少しでも市民の混乱を避けようってことでね。まあ、それも時間の問題だとは思うが……。もう、日本中で起きているからね」


 佇まいに老成したものを感じさせる刑事は、溜息を吐くようにして説明を続けた。


「ホログラム現象では人間の人格が再現されるんだよ。立体的な映像付きでね。ちょうどそう、映画に似ている。君が十年前に作られた映画を見るとき、出ている俳優もまた十年前の姿だ。コンピューター・グラフィックって言った方が分かりやすいかな? そういうのは私よりも君の方が詳しいだろう。あんな感じで死んだ人間が再現されるんだ。さらに妙な力場も発生するらしく、物理的な影響も出るみたいなんだよ」


 立体的な映像。コンピューター・グラフィク。死んだ人間の再現。

 そんな単語を抜き出し頭に並び立てながら俺は言った。


「まるでSFみたいっスね」


「現実に起こるとなると頭が痛い。科学者の話によれば、量子コンピュータの素子が原因らしいがね」


「量子コンピュータ?」


 少し前になんだかニュースで聞いた覚えがある。

 記憶の糸を手繰ろうとするが、それより先に老齢の刑事により説明がなされた。


「簡単に言うと凄い性能のコンピュータさ。私は詳しくないがね。今の計算機は計算速度に限界があるようでね、そのままだと量子コンピュータは作れないらしい。そのために光を閉じ込める素子が作り出されたんだよ。光の位相を記憶する装置、それがあって初めて量子コンピュータが可能となった……と言っても、専門家からの聞きかじりなんだがね」


 そこまで言うと、石田刑事は唐突に話を変えた。


「君は人の魂について考えてみたことがあるかね?」


「はっ? あ、いや、すみません」


「いや、急に変なことをいて済まなかったね。私もよくは知らない。だがまあ、一般的な観念で言えば、光に似た何かだと言われている」


 つまり、と前置きしてから言葉を続ける。


「ホログラム現象とは、光を記憶する素子に、魂とか人格とか、そういった物が記憶されてしまったために起こる現象のようなんだ。素子と言っても、具体的にそれが何なのか詳しい説明は無かったがね。特許だとか何だとか……まあ、この話は関係無かったか」


 語り続ける年老いた刑事の顔には、濃い陰影が浮かんでいた。

 沈みかけた太陽の最後の光が、長く伸びる影を彼の顔に生み出している。


「記憶された人格データは、一定期間保持される。そして何かのきっかけでデータが引き出され、あたかも死者が甦ったかのように見えるんだ。それがホログラム現象とやららしいが、その現象は何も死者にだけ起きるというわけでは無くてね……」


 そこまで喋ると、石田刑事は隣に立つ若い刑事に目を向けた。

 恐らく彼の部下なのだろう。

 視線だけで若い刑事を呼び寄せると、手帳くらいの大きさの機械を受け取った。


「こいつがホログラム現象を判定する機械だ。こいつを使って空間に再現された人格データを探すわけだな」


 小型の機械を手のひらでもてあそぶと、揺らがない瞳を俺に向けてくる。


「この機械が言うにはね、君はホログラムなんだ」


「えっ……?」


「君のような存在には意志や思考があるのかね? 出来ればそうであって欲しく無いと願っている。私はホログラム現象はただの映像のような物だと信じたいし、太陽の作る影絵のような物だと思おうとしている。これから私がする事を考えるとね」


 老齢の刑事は淡々と話を続けた。


「私の仕事は、ホログラム現象で再現された人格データを消去する事だ。言っただろう? 幽霊みたいなモノを相手にしているって。その為にホログラム現象を探知する機械と、消去するための機械の二つを持たされている。仕組みのよく分からん機械だが、こいつのトリガーを引くホログラム現象は消えるらしい」


 そう言って彼がぬっと差し出した物は、一見して拳銃のように見えた。

 石田刑事は黒光りする銃口をこちらに向けながら、


「君みたいな存在がどういった存在なのか、今のところは分からない」


 銃のトリガーに指をかける。

 俺を消去デリートするための準備を手早く終えると、ただこれだけは言っておくようにしている、と続けた。


「別れの挨拶をするようにしているんだ。グッバイってね。ふざけてると思うかね? それは半分正解だ。意識して重々しい言葉を使うのを避けているんだよ。君を消去することを真剣に考えていくと、あまり愉快な気持ちにはならないものでね」


 なんで、そんな、冗談じゃない。俺が偽者? 

 ははっ、わけが分からない。


 部屋に居た俺が本物で、ドッペルゲンガーは俺の方だったってことか?

 ははっ……。なんだよ、それ。


 体はガタガタと震え出していた。

 震える唇で、何とか言葉を紡ぎ出す。


「冗談、キツイっすね」


 老人はその目に深い悲しみのようなものを浮かべた。

 幾層にも重ねられた寂しさ。それに似た何かがそこにあった。


「もう何度も消してきた。我々に課せられた規定もあってね、色々なホログラムと言葉を交わしてもきた。そのたびに、私は何か性質たちの悪い冗談でも見ているんじゃないかと思えてね。まるっきり本物の人間としか思えないんだ。……もちろん、君も含めてね」


 試しにこいつを使ってみよう、と言うと、彼は自分自身のこめかみに銃口を突きつけた。

 そのままトリガーを引く。バチン、とオモチャのような音が響いた。何も起きない。


「君が人間なら本当にただの冗談で終わるんだよ。しかし君がホログラムであったなら消え去る。光を保持する構造を壊して、中に入った何かを解き放つって話だがね。その後どうなるかなんてのは私は知らない。そもそも、ホログラム現象自体がまだ研究段階だからね」


 キィコ、キィコ。

 震える体がブランコを揺らし、鎖の軋む音が悲鳴のように響く。

 小さなその悲鳴は、巨大な空に飲み込まれて消えて行った。


「……夕日って、綺麗ですね」


 暮れかけの空は、誰にも止められ無いまま夜の闇へと落ちて行く。

 いつの間にか体の震えは止まっていた。

 心は凪いだように静かで、音も無く揺れて見える空を眺めている。


 もしも俺が偽者だったなら、俺の中にあるこの気持ちは何だろう?

 幼い日の思い出も、恐怖に震えた心も、全部嘘っぱちの物だったんだろうか?


 石田さんが近付いて来る。その手にはホログラムを消すための機械があった。

 殺すのでは無い。消すのだ。元々生きていないのだから。


 俺も死ぬわけでは無い。

 本物の俺は、今頃部屋でテレビを見ながら笑っているだろう。


 偽者の俺は、まるで音のようだった。小さな小さな音だった。

 たまたま生まれてしまったそれは、ただただ消えて行くのだ。


 そんな事を考えると、泣き出しそうなくらいの悲しみに襲われた。

 覚えていて欲しい。せめて誰かの記憶の中に残りたい。


 石田さんの手が伸びる。ホログラムを殺す機械が俺に触れようとしていた。

 その手を眺めながら、俺はそっと口を開く。


 彼の言葉を思い出しながら、グッバイ、と小さな声で呟いた。

 目の前の老人が俺の事を覚えてくれることを願いながら。

 小さな祈りはレモン・イエローの空に響いて消えた。





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