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ワールド・エンド・ガールフレンド  作者: 彩女好き
ストーリーズ 1stライン
2/8

リトル・グッバイ 中編




「は、はぁ?」


 意味が分からない。

 俺は自分の目に映った物を何度も分析しようとした。

 ……何度見てもベッドに横たわっている人物は俺にしか見えない。


 え~と、あれ? なんだこれ? 

 脳に届いた視覚が上手く把握出来ない。映像と知識がリンクしない。

 ありえない光景を前にして、俺はフリーズしていた。


(おいおいおいおい、なんだこれ、俺は夢でも見てるのか?)


 思考が止まった脳。足元からは異様な浮遊感が漂いだしていた。

 遠のいていく床の感触を繋ぎとめるようにして、必死に頭を巡らせる。


 まず第一に、俺は一人っ子だから兄弟なんていない。

 それに、従兄弟のマサミチだって俺とは似ても似つかない容姿だ。


 もしかして俺には生き別れの兄弟でもいたんだろうか? しかも双子の兄とか弟とかが。

 なにかの事情で他の家で育てられて……って、そんな話が現実に存在するわけが無い。


 こめかみの横からドクンドクンと聞こえてくる。なんだか目が痛くなってきた。

 指先が不規則に震え出す。激しく動く心臓が、体の末端に過剰な血液を送っている。


 ハッ、ハッ、とあえぐように浅く短い呼吸を繰り返した。

 皮膚の表面は熱いのに、体のしんは怖気を感じるほど寒い。


(となると……よ、妖怪か!? ええっとこういうのは、ドッペルゲンガーって言うんだっけ!?)


 不意にそんな言葉が頭に浮かんだ。

 ドッペルゲンガー。それは確か、見たら死ぬと言われているもう一人の自分のことだ。


 見たら死ぬ。その言葉の持つ不吉さが脳裏を駆け巡った。

 足元がガクガクと震え出す。おいおいマジかよ、冗談じゃない。


 見間違いである事を祈りながらもう一度部屋の中を覗いてみる。

 そこには、やはり間違いなく俺の姿があった。


(ふ……ひっひ?)


 シャレになってねーよ。笑うしかない。ドッペルゲンガー?

 どうして、なんで、俺なんかのドッペルゲンガーが……?


 そういうのはもっとこう、世界を救うために戦ってる奴とかに生まれるべきだろ?

 だってほら、俺だと全然ドラマにならないし。


 妖怪退治なんてしたことが無い。ドラマチックな人生を送る予定も無い。

 だから俺のドッペルゲンガーなんかが居ても、何の意味も無い。


 それにほら、こういうのはもっと前兆があるはずだろ?

 普段から何かが見えてるとか。知人に寺生まれの先輩がいるとか。

 自慢じゃないが、今まで妖怪を見たことなんて一度も無いし、見える知り合いもいない。


(いや待てよ、今さっき見たから一度は見たことになるのか?)


 思い直し、もう一度事態を把握しようとこころみる。

 妖怪。今日を皮切りにして、俺の霊能バトルが始まるのだろうか?


 ジッと手のひらを見る。もしかしてここからパワー的な物が出たりするのか?

 そしてさっきの妖怪を華麗に退けたり。

 ……いや待てよ、妖怪ごとに弱点が違ったりするかもしれないな。そういうもんだよな。


 今はパワーより頭脳の時代だった。

 セオリーに則り、俺は底の浅い知識を必死に掻き集めた。


 ドッペルゲンガーは、確か見たら死ぬ妖怪……初手しょてでアウトじゃねえか!?

 やっぱり俺のドラマなんて始まらねーし、手のひらからパワーなんか出ねえよ!!


「ひっ……! ひっ……!」


 自分の口元が引き攣るのが分かる。

 横隔膜が制御不能になり、震える胸から空気が押し出される。

 搾り出されたそれは、掠れた声になって外に漏れ出し、奇妙な悲鳴に変わっていた。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!! 

 まだ見て無い、まだ見て無い!! セーフだって!! 


 まだちゃんとは見て無い!! だから大丈夫だ!!

 チラッと視界に入っただけだし、まだ見た内にはカウントされてねーはずだ!! 


 逃げろ、と頭のどこかで誰かが言う。

 その言葉に従って、息を潜めながら部屋から遠ざかる。

 音を立てないように手摺を掴みながら階段を下りていく。


 汗でぬるぬるになった手のひら。まるで血液が氷に変わったかのように、胸元から全身に寒気が走っていく。ドクン、ドクン、と波打つ心臓の音。それがやけに騒がしく聞こえた。



「はぁ~…………」


 太陽はいよいよ沈みかけている。

 強烈な西日に照らされながら、俺は公園のブランコまで戻ってきていた。


「マジかよ……。誰も望んでねーよ、こんな展開」


 キィコ、キィコと掠れた音を上げながら。

 ブランコに座り、どうしようも無いまま、意味も無く体を揺らした。


 そっと辺りを見回すと、暢気のんきにヒマワリが咲いているのが見える。

 琥珀色の世界の中に揺れる黄色の花。

 やがて至る夜に気付かないまま、風に吹かれていた。


 変わらない風景。見慣れた光景。

 どうして俺だけがシリアスな展開に投げ込まれているのか?

 考えても分からず、ジッと手のひらを見つめる。


「やっぱり""は出ないよなぁ……。寺生まれじゃないしなぁ」


 当たり前の事実を今さら噛み締める。

 じゃあどうしろって言うんだ? 俺は誰にとも無く愚痴った。

 

 ドッペルゲンガーなんて物だけ現れて、肝心のヒーローは現れない。

 そんなのズルじゃねえか。俺にどうしろって言うんだ。


「……あ! そう言えば家に母さんを置いてきたままだ!」


 ドッと嫌な汗が吹き出した。

 マズイ、早く引き返さなきゃ、と思った次の瞬間、別の考えが浮かぶ。


(――母さんは本物だったか?)


 思えば声だけしか聞いていない。

 声だけで母さんだと判断したけど、実際は何か別のモノが声真似をしていただけじゃないのか……?


 つま先から、指の先から、頭のてっぺんから。現実感が徐々に乖離していく。

 キィコ、キィコというブランコの立てる音。か細い悲鳴が響いては消えて行く。


 どうなってるんだ? 何が起ころうとしてるんだ?

 疑問は解けないまま、なんとは無しに前の方を見やった。


 ……ん? なんだアレ? 視界の端に黒服を着た二人の男が映る。

 老人の若者のコンビは、ごちゃごちゃと喚きながらこっちに近付いて来た。


「早くしろ岡村」


「ちょっと待って下さいよー、石田さん」


 どうやらジジイの方が石田で、若い方が岡村という名前らしい。

 どうして二人はこちらに近付いて来るのだろう?

 男だって危ないわよ。そんな母さんの言葉が現実味を帯びてきていた。


「やあ、こんにちわ」


「あ……こ、こんにちわ」


 ジジイは穏やかな声で挨拶をしてきた。

 思わず返事をしてしまう俺に、ジジイは胸元から何かを取り出して見せた。


「私達はこういうものでね」


 そういって手帳のようなものを掲げる。

 警察が持つような黒い手帳には、金色の字で組織名が書かれていた。


「公安調査官?」


 警察の人ですか、と尋ねる俺に対し、ジジイは淡々とした口調で「そんなような物だ」と答えた。


「平たく言えばパトロール中なんだ。あまり子供が夜遊びしないように見回りをしていてね。……もうすぐ日が暮れるな。今の若者にはまだまだ早い時間なんだろうが、我々のような立場はそうも言っていられなくてね」


 石田さん、と若い方の警察官がとがめるように言う。

 しかし俺の見たところ、石田と呼ばれたジジイはあまり気にしたようでは無かった。

 そんな二人のやり取りに嫌な予感を覚えた俺は、そそくさと立ち去るようにして言った。


「も、もう家に帰ります。ははっ、別にやることもありませんし……」


 言葉とは裏腹に、俺の足は動かなかった。

 カタカタと震える指先でブランコの鉄鎖てっさを握り締める。

 

 家に帰るのは怖かった。まだもう一人の俺が……ドッペルゲンガーが居るに違いない。

 それを思うと体は動かなかった。曖昧な笑みを見せながら、決して動かない俺。

 

 自分でも感じるほどの挙動不審さだ。警察の目にはどう映っているんだろう?

 俺の予想通り、ジジイの刑事はいぶかしむような視線を向けてきた。


「どうも君は、家に帰りたくないようだね」


「いやっ!? そんなこと無いっスよ!」


 ドクンドクンと脈打つ心臓。頭の中を言葉の羅列が駆け巡る。

 ドッペルゲンガー。見たら死ぬ。逃げ出した先で警察から説教。

 

 もう何がなんだか分からない。

 俺の日常はどこへ行こうとしているんだ!?


 見上げると空は暮れかけ、レモン・イエローに染まっていた。

 立ち並ぶ木々。優しげに吹く風の中、遊具をバックにしてヒマワリの花が揺れている。

 こんな時だって言うのに、珍しくも無い光景だけが広がっていた。





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