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ワールド・エンド・ガールフレンド  作者: 彩女好き
ストーリーズ 1stライン
1/8

リトル・グッバイ 前編



 薄く黄色く広がる空の下、ぼんやりと辺りを眺めていた。

 公園のブランコに座りながら見る景色は、好意的に言ってもありきたりだった。


 ゾウの遊具。波打つ砂場。

 季節がらだろう、ヒマワリの巨大な花弁が見える。


 ジャングルの潅木かんぼくのように見えるツツジの植え込み。

 それと対比するように植えられた背高い木々。

 それらは観賞用というよりは、周りからの視線を遮る意味があるのだろうか。


 もっとも、植えられたばかりのそれは目隠しの役割を十分に果たせていない。

 俺のいる所からは、公園の周りに広がる住宅街の姿が一望出来ていた。


 新興住宅地だけあってどの建物も画一的に並んでいる。

 まるでコピーと貼り付けを繰り返されたかのような家の群れ。

 家だけで無く、その配置すら似たり寄ったりの見た目だった。



 小さい頃は自分の家の場所を覚えるのが一苦労だったな。



 一人ブランコを揺らしながら、俺はそんな事を思った。

 幼い頃はよく迷子になったものだ。


 成長する中で失われてしまった幼い日の感情。

 慣れと共に風化していくそれを、なんと無く惜しんだ。


 かつては異次元に繋がっていると思っていた通り道は、ただの道路に変わった。

 迷宮を作っていると信じていた壁は、なんでも無いありふれた物だった。


 今では見慣れてしまった風景。

 あの頃感じていた恐怖も、興奮も、もうどこにも無い。



「なんつーかさぁ、感動って失われていくもんだねー……」



 誰にとも無く呟きながら空を見上げた。

 呟いた声は、吸い込まれるようにして巨大な大気の中に消えていく。


 頭上に広がる空もまた感動とはほど遠かった。

 暮れかけの空は透き通った黄土色に輝いている。見慣れてしまった風景だ。

 


「あ~……やべえ。こうやって俺は無感動人間になっていくのかねー……?」



 終わりかけの空から風が吹く。

 吹きよせる風は、どことなくしんみりした風情があった。



「しかしさっきから何やってんだろうね、俺は?」



 なんで公園になんて居るんだっけ?

 考えながら条件反射でブランコを揺すると、キィコ、キィコと擦れる音がした。

 ブランコの座席と支柱とを結ぶ鉄鎖てっさが、か細い悲鳴を上げているのだ。


 俺以外に誰も居ない公園の中、小さな音が鳴り響いている。

 あまりにも小さすぎるその音は、遥かにそびえるレモン・イエローの空に飲み込まれて消えた。



「ああ無情ってか……やはり俺には詩人の才能があるな」



 いやいや、詩人とか言ってる場合じゃねえよ。

 詩人と言えば……はくしゅん? いや白秋だったか。



「違う! そうじゃねえって!」



 セルフ突っ込みの悲しさを感じつつ、俺は考える。

 どうして俺はブランコに座っているんだ? 公園に居るべき理由が分からない。


 ええっと、さっきまで何をやっていたっけ? 俺は論理的に思考する。

 ……考えるまでも無い。学校に行っていたんだ。だって俺、制服着てるし。


 思い出してみれば、今日は確か平日だった。

 休みでも無いのに学校に行かず、どこに行くっていうんだ。

 授業をサボるほどの理由も反抗心も無い。


 だからきっと、今日も普通に学校には行ったんだろう、うん。

 それからどうやってここまで来たんだっけ? あれー……?




 再び、ぼんやりとした気持ちで再び空を見上げる。

 空には影があった。それは巨大な雲から流れる尾のようだった。


 太陽の残光は強烈な西日となり、拡散したレーザーみたいに雲にぶち当たっている。

 雲はその無差別攻撃を受け、長い長い影が後方に向かって伸びていた。


 太陽からの最後の砲撃。そして撃ち抜かれる巨大な雲の群れ。

 なんというか、さながら空中大決戦のような景色だった。


 その決戦の終結を示すかのように、あるいは一日の終りを示すように、イエローな空には端々から暗い青が迫っている。


 世界は夜に沈み込もうとしていた。

 そんな空を、俺はぽけーっとしながら眺めていた。



「帰るか」



 別にやること無いし。

 さばさばとした気持ちが心に流れていた。


 俺は詩人じゃないし、白秋の詩も読んだことが無い。

 こんな所で夕日を眺めているのはただの時間の無駄だ。


 時間の無駄と言いつつ、別に急いでやるようなことも無かった。

 世界の運命をかけたバトルも、切ないラブコメも、反抗すべき理不尽な敵も居ない。


 気にかけるべきなのは、家族からの俺に対する心配くらいだろう。

 なにかにつけて俺をガキ扱いする母さんは、帰るのが少し遅れたくらいで変に心配するのだ。



「小言をもらうのは面倒だしな」



 世界の運命でも無く、切ないラブコメでも無く、最強の敵でも無く。

 そんな理由で俺の日常は動いているのだった。







 自宅は公園から程近い所にあった。曲がりなりにも一軒屋だ。

 親父が苦心の末に買ったそれは、もしかすると俺の代にまでローンのお鉢が回って来るかもしれない。


 悲しい現実に思いを馳せながら自宅の玄関を見つめる。

 悩んだってローンの残金は変わらないさ、と自分を慰めつつ、俺はそのまま扉を開けた。


 玄関のドアは内開きになっていた。

 どうして外開きにしなかったのか、と親父と母さんがことあるごとに口論するけど、慣れてしまえば今さらだ。


 内開きだと靴の置ける範囲が狭い。ただそれだけだ。

 靴を置く場所にさえ気をつければいいんだから、いちいち争い合うような問題でも無いだろうといつも思う。

 慣れ親しんだ日常を噛み締めつつ、俺はそのまま廊下に上がった。


「あら、ケンジ? どこ行ってたのよ」


 足音でこちらに気付いたのだろうか?

 階段を上る寸前で、台所に居るだろう母さんから話しかけられる。

 俺の部屋は二階にあるのだ。仕方なく足を止め、言った。


「公園。そこの公園だよ」


「あんまり遅くなってから出るんじゃないわよ? 最近は危ないんだから」


 ここからは台所は死角になっている。母さんの姿は見えない。

 顔の見えない相手。しかし聞き慣れた声に対して、俺は返事をした。


「なにが危ないんだよ? 俺は男だっつーの」


「男だって危ないわよ~。今の時代、何があるか分からないのよ」


 はいはいどんな危険だよ、と生返事を返しながら再び足を動かす。

 なおも小言を続けようとする母さんを振り切り、自分の部屋を目指した。

 

 トントントン、と足元でリズミカルな音を響かせて階段を上りきる。

 廊下には読み終わった週刊少年誌の山があった。


 いつかまとめて出すために溜めておいているのだ。

 しかし、出すのが億劫で山は高くなるばかりでもあった。

 そろそろ本格的に親父が怒り出しそうだ。後で縛っておこう。


 不良債権と化した雑誌から目を背けると、だらしなく半開きになった扉が見えた。

 俺の部屋の扉だ。内開きのそれは、俺の性格を表すようにしまりがない。


 部屋は性格を表すとか、そんな言葉があった気がするな……。

 なんてことを考えながら廊下に立っていると、妙なメロディーが聞こえた。

 どうも部屋の中からテレビの音が漏れているらしい。


 あれ、朝消し忘れたっけ?

 まあいいか、と思いつつ、俺は特に気にしないまま部屋に入ろうとした。

 そっと扉に近付く。そんな時だった。


「あひゃひゃ!!」


「!?」


 無人のはずの俺の部屋から男の笑い声が響いた。

 明らかにテレビの音とは違う。声の調子からすると、俺と同年齢くらいだろう。


(誰だ? 勝手に人の部屋に入りやがって。リュウジの奴か?)


 幼馴染の親友の顔を思い浮かべる。

 しかしリュウジは割合と礼儀正しい奴だしな。それに笑い方も少し違う気がする。


 それじゃあ中に居るのは誰だ?

 従兄弟のマサミチでも来ているんだろうか?


 普段めったに会わない親戚の名前を思い出す。

 正月と盆くらいにしか会わないから、正直に言えば声もよく覚えていない。


 親戚といえど、その実体は雲を掴むようなものだ。

 得体の知れない物を盗み見るようにして、俺はそっと自分の部屋を覗いた。


(うげっ!? ベッドに寝転がってるし!?)


 扉の隙間から見つめると、ベッドに寝そべる誰かの足が見える。

 これが可愛い女の子の足だったらむしろ嬉しいが、どう見てもむさい男の足だ。

 笑い声といい、女の子である可能性はゼロだろう。テンションが一気に下がった。


(マジでシャレになってねー。勝手にベッドを使うとか、礼儀を知らな過ぎるだろ!)


 俺は怒りと共に視線の角度を変えていく。

 それにつれて、見える範囲は少しずつ変わっていった。

 ベッドの上に寝転がる誰かの足から胴体へ、胴体の次は首元へ。


 ジリジリとした速度で視線は目的の場所に近付いていく。

 見たいのはもちろん顔だった。一体誰がベッドを勝手に使っているんだ?

 従兄弟のマサミチか? それともやっぱり、リュウジの奴だろうか……。


 ゲラゲラと笑い声を上げるしまりの無い口元が見えた。下品なやつだ。

 テレビを見ながら爆笑しているんだろう。そこからさらに視線を横にずらしていく。

 鼻、頬、そして目元まできた時、俺は思わず目を疑った。


「へっ……?」


 部屋の中に居たのは親戚では無かった。そして親友のリュウジでも無い。

 そこに居たのは、俺だった。


 まるっきりどう見ても俺にしか見えない。そんな顔をした人物が、俺の部屋に居る。

 そして俺のベッドに寝そべり、テレビを見て、ゲラゲラと笑いながらくつろいでいた。





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