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不定期人形師(仮)  作者: 花葛
1章:赤髪問題児の職業は人形師
3/5

(3)老人虐待犯はクラスメイトな問題児

やっと、主人公が登場。なかなかコメディーにはならず。もしかしたらコメディ寄りの話になるかもしれません

 美形に弱いのは全国共通。


 仕方ない、仕方ないじゃないか。とても好みの美形男子に微笑まれてしまえば、胡散臭い店にも入ってしまうじゃないか。しかも、同じ学校に通う王子様的な存在の彼に誘われたのだ。断る理由がない。姉のオマケだとしても。


「あ、あの、獅木繞(しきめぐる)くん、だよね?同じ学校の…」

 門前で叫んでいた勢いは沈み、落ち着きなく瞳を彷徨わせて繞を伺う。繞が迎えに来たってことは家の中まで美乃里の声が届いていたということになる。

 とてつもなく恥ずかしい。せっかく話せるチャンスなのに、恥ずかしくて正面から繞を見ることが出来ない。

 

 美乃里の通う学校には、美形で柔和な顔立ちに優しく丁寧な言葉遣い、成績優秀でスポーツ万能な王子がいる。学校中の女子生徒を虜にするのが、今、美乃里の目の前で微笑んでいる獅木繞その人だ。


「わ、私は田辺美乃里!獅木くんと同じ学校に通ってて、クラスメイトでもあるんだけど……、あ、ううんっ!クラスメイトって言っても挨拶程度しか話したことはないし、獅木くんが知らなくても可笑しくないんだよ!獅木くんは人気があって王子様的存在が、私みたいな普通な子を知らないのが普通だしっ。でも、まさかこんなところで獅木くんに会えるなんて思わなかったよ!バイトかなんか?それとも……っ」

 必死に何をしゃべっているかわからない美乃里は興奮してしまい、繞に笑われるまで自分がしゃべり続けていることも気づかなかった。

「よく息継ぎしないで話せるね。君のお姉さんも驚いているよ」

「ご、ごめん…私もそこまでしゃべるつもりはなかったんだけど…」

「それに自己紹介しなくても君のことは知っているよ。クラスメイトの名と顔くらいは覚えているからね」

「そ、そうなんだ!そうだよね、私たちクラスメイトだもんね。ちょっと嬉しい」

「それに、田辺さんのお姉さんとは以前、面識があってね。それもあって君のことは覚えていたよ」

「お姉ちゃんと……」

 所在なさ気に美乃里の後ろに佇んでいる美鶴に視線が行く。

「そろそろ来ると思っていました。あれから2年は経ちましたから、身体の調子が悪いのでは?」

「…はい。もう誤魔化しようがなくて、美乃里ちゃんを一緒に連れてきました」

 二人の言葉から2年ぶりの対面と分かるのに、姉の体調不良を言い当てた繞に驚く。顔が強張っている美鶴にどういうことかと聞こうとするも繞自身に遮られてしまった。

「さて、そろそろ前のお客が終わる頃だろうから…、どうぞ中へ」

 促されて店の中に入れば、其処彼処に人形やぬいぐるみが飾られている。些細な疑問を、すぐに頭から飛んで行った。可愛いのから少し怖いものまで多種多様の人形達に心が躍る。姉の用事が終わったら見て回りたい。


「ーおい、まだ先客がいんだ。外で待ってろ」

 不機嫌そうな男の声に初めて、中に人がいたことに気づいた。声がする方に顔を向ければ、人形を腕に抱えた老婆と美乃里と同じくらいの男が向かい合って座っている。男の方に見覚えがあった。

 紺無地の作務衣の上に白衣を着て、学ラン帽を被った白い兎のぬいぐるみを頭に載せた男も美乃里のクラスメイトだ。

 

 繞とは逆で、制服を着崩し、素行が悪い。全体を赤く、両サイドの髪をピンクに染めた典型的な問題児、和歌ノ原遥(うたのはらはるか)。いつも風紀に捕まり、教師にも呼び出されている。そんな正反対な遥と繞は仲が良く、学校の七不思議とされている。


「いいんだよ、先生。私の用もすぐ終わるさ。いつもと同じ用件さね、そこに居てもらって構わないよ」

 老婆から許可が出たので、美乃里と姉は少し離れた場所で人形を見ることした。その間に、繞はお茶を入れ直して、遥たちの前に置いた。不機嫌な遥のご機嫌直しに和菓子も添えて。


「また、いつもの用件かよ。しつけーババアだな。何度も言ってんだろうが」

「分かっているよ。ちゃんとね。でも、分かっていてもね、頼まずにはいられなくてね…」

「寿命は2年。ババアが何と言おうが、それ以上は無理だ」

「…どうしてもかい?」

「ババアの寿命が延びんなら、コイツも延びる。が、んなのは無理だかんな。ババアが死んじまうまでしか生きねーよ。それがコイツの意志だ」

「私に似たのか、頑固さねー」

 悲しみの中に諦めの感情が浮かぶ。落胆から老婆の身体がどこか小さく見える。

「二度とくんじゃねーぞ。ま、死んだら会いに行ってやる。コイツの供養がてら、テメェの線香ぐらいしてやらぁ」

 遥なりの分かり辛い励ましだ。会いに来て欲しくなければ、命の限界まで生き続けろと。

 素直じゃない遥の言葉が老婆の胸に染みる。

 

 夫に先立たれ、子供夫婦には邪険にされて、老婆に残ったのは子供のように可愛がっているたった一体の人形だけ。でも、その人形を通して来来館を知り、店主の遥に出会えたことはとても嬉しいことだった。


「ちょっとっ、おばあちゃんに向かってその言い方はないんじゃない!」

 お年寄りに向かって暴言を吐く遥の姿は、手をあげていなくても老人虐待にしか見えない。理不尽な振る舞いに、美乃里はつい口を出してしまう。

「いいのよ、優しいお嬢ちゃん。口は悪いけど、それが先生なりの励まし方だから、私は気にしてはいないさ」

「でもっ…!」

 さらに言い募ろうとする美乃里を繞がやんわりと腕を掴んで押し止める。それを横目に確認してから老婆に向き直る。

「そのまま押さえとけよ、繞。……いいか、吉路ババア。コイツの望みはどこへ行こうともアンタの傍にいることだ。片時も手放すな。人形の幸せは置いてかれることじゃない。共に逝くことだ。それを間違えるな」

「……ああ、置いてかないよ。置いて逝くもんか。逝く時はお前も一緒だね」

 慈愛に満ちた微笑みを手元に抱く人形に向ければ、人形の瞳が嬉しげにゆらりと揺れた。

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