愛のない結婚だそうですが、お互い様なので何も問題ございません
「婚姻を結ぶが、勘違いしないで欲しい。わたしは君を愛する気はない」
嫁いできたファリアだが、相手のアロン・レイ・ド・ヒューバート侯爵に
いきなりそう言われて、ぽかんとしてしまった。
アロンは長身で瞳と髪が黒曜石のようで神秘的だ。
でもこの際、イケメンだろうが何だろうがそれはどうでもいい。
「あのう…愛さない?無関心?放置プレイ?」確認のために聞いたが、
侯爵は「そうだ」と言って初夜を迎えるはずの部屋を出て行ってしまった。
「なるほど。男爵の地位だった父がコネ欲しさに、階級が上の侯爵に
わたしを嫁がせてコネを作り、侯爵には自身の領地を治めるための資金として、
父の領地から出る銀で援助する…と、いう事だけで
愛などないわけで。…と、いう事はやりたい放題!
やっほー自由だわ」と大喜び。
実家から一緒に来た大切な家族である、白猫のホワイティを抱いて
ダンスをするように部屋の中を回った。
ドアの向こうで「やっほー」が聞こえたアロンは怪訝な顔で
首を傾げるのだった。
*
侯爵家の庭は広い。バラが咲いているが、手入れがイマイチなのが残念。
「ねえマリサ、このすみっこに薬草やハーブを植えたら怒られるかしら?」
ここに来た時にメイドになったマリサに相談すると
「奥さま、旦那さまにお聞きしてからの方がよろしいかと」
と、アドバイスされた。
「そうねぇ。でもあの人、どこにいるのかしらね?お屋敷広くてさっぱりで…
あ、そうか、寝室に手紙を置いておきましょう」
*
翌朝、ファリアの部屋に「好きにするといい」と返事がきた。
「よしっ。早速やりましょう。マリサ、手伝って」
と、いうわけで出来上がったのは薬草とハーブのスペースだった。
「…やっていいと言ったが、自分でか?変わった女性だ」
庭に面した3階の書斎で、様子を見ていたアロンが呟いた。
「薬草。ハーブ。実験。ふふふ。考えただけで楽しい」
地面に手を当て、「育て。みんなのメインの仕事は傷薬になるのよ。
そっちのあなたたちはシミ取りクリームよ。その気になって育ってね」
とつぶやいた。
家にいた時は、これができなかった。
植物の研究よりも、お茶に刺繍に礼儀作法に語学にいろいろいろいろ。
ファリアの理解者はまったくおらず、ホワイティが慰めてくれる存在だった。
*
数日後、クリームができあがった。
「見てみてマリサ、シミ取りクリームなの。ちょっと塗ってみたら
ほくろが薄くなった気がするのだけれど、どうかしら?」
「まあ…。あのう奥様、よろしければわたしも試してみたいです。
ここの腕のアザに塗ってみたいです。産まれた時からあって、
気になって仕方ないのです」
マリサが左の服の袖をめくると、赤茶色のコイン大のアザが肘の下にあった。
「それは気になるわね。わかったわ、使ってみて」
期待に胸を膨らませて、小瓶にクリームを入れてマリサに渡した。
数日後、「奥様、何てすばらしい!見てください。こんなに薄くなって
もうほとんど気になりません」とマリサが腕を見せた。
「やったわ。やはり言い聞かせたのがよかったのね」
「奥様は薬草を育てる天才です」
「ありがとう。実家ではできなかったから、ここへ来て育てていいと
言ってもらえて嬉しかったわ。さあ、もっと作るわ」
ホワイティも嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らした。
*
魔力──とっくに滅んだ力のはずだった。
だが、稀に、本当に稀だが魔法が使える者が生まれてくるのだ。
ファリアは魔法の中でも「育てる」魔法を持っていた。
*
「でかける」そう言ってファリアの側を通ったアロンに
「行ってらっしゃーい」とジョウロを持って返事をした。
いかにも「急いでお水をあげなくちゃ」といった感じのファリアに
アロンは少々不服そうな顔をして出かけて行った。
*
その夜遅く
「旦那様が、お怪我を!誰か、早く手当てをー!」
アロンの馬車の御者が真っ青になって駆け込んできた。
「暗くてよく見えなくて、大きな石で車輪を引っかけてしまいました。
馬車が傾いて、旦那さまが窓ガラスにぶつかってお怪我を…」
執事をはじめ他のメイドの騒ぎが聞こえ、ファリアも様子を見に部屋を出た。
アロンの腕の出血がひどいが夜中なので医者がなかなか来ない。
「これを」
ファリアが差し出したのは家から持参した薬だった。
「よく効きます。ガーゼに塗って当ててください」
ファリアの言った通り、薬はよく効いて出血は止まり痛みも楽になった。
「何の薬なんだ?」
「痛み止めと、化膿止めが入っています。効いたようですね。
んでは、おやすみなさいませ」と
アロンが声をかける暇もなく、ファリアはとっとと部屋に引っ込んでしまった。
やっと来た医者は「この薬は見た事がないものですが、
消毒にもなって出血も止まって、素晴らしい」と絶賛した。
*
ファリアの薬草はすくすく育った。
「はわわ。傷用の薬草がかわいく育ってる」 薬草に頬をよせて、
幸せそうに微笑むファリアに
「そんな顔もするのか」とアロンが声をかけた。
「何か? 」 「いや、何を育てているのかと」
「こっちは薬草です。あちらはハーブです。ハーブは薬にもなりますが、
お茶にもなるし、お料理の香り付けや虫よけにも使えます」
「そうか…」
「他には何か?」 「見ていたらいけないのか?」
「いけない事はないですけど、最初に仰った通りにわたしの事は
基本放置でお構いなく。では」
シャベルを持って家に入るファリアをホワイティが後を追う。
頭を掻きながら見送るアロンだった。
調子がおかしくなる。 気が付くとファリアの姿を追っている。
「落ち着け、ただの政略結婚だ。愛などないのだ
ただ、傷が思ったよりも早く治りそうなので、彼女の薬に興味を持っただけだ。
そうなんだ」と、自分に言い聞かせた。
*
数日して、アロンのところに親戚にあたるクローディアという
女性が訪ねてきた。
「わああ、綺麗。美人さんだわ。なんて神秘的な黒髪かしら。素敵」
絶賛するファリアに、「そ…そうかしら」と戸惑うクローディアだった。
女性に妬まれた事はあっても、そこまで褒められた事はない。
「お茶を。ハーブティーはお好きですか?匂いがきつくなくて
綺麗なピンクのお茶がございます。お出ししてよろしいでしょうか?」
「まあ…」とクロ―ディアが言いかけたら「ディア、こちらへ」と
アロンが部屋へ案内してしまった。
「んー。せっかくの美人で目の保養だったのに。残念」
「君はこんなに綺麗で美味しいのにねぇ」と
キッチンでお茶を入れるファリアだった。
足元でホワイティがすりすりしている。
「奥様、キッチンに籠らないでくださいませ。
しかも猫の毛が飛ぶと困ります」と、コック長に言われて
「あ、そうよね。ごめんなさい」と、とりあえずホワイティをキッチンから出して
ハーブティーを薦めて一緒に飲んだ。
「こ…これは美味でございます」 「でしょー」
コック長とキッチンでティータイムになって、料理の話しで盛り上がり
いつの間にか仲良くなっていた。
*
しばらくして、アロンがクローディアと楽しそうに部屋から出て、
帰る彼女を見送っていた。
「またいつでもおいで」 「ありがとう。大好きよ、アロン」
ハグして別れを惜しんでいる。
その様子をうんうん、仲良くてなにより。とニコニコして見ていたら、
「あのう、わたくしたちはただのいとこですから。
誤解なさらないでね」とクローディアが慌てて言ったので
「あ、全然かまいませんわ。だってわたしたちに愛なんてありませんから」
と笑ってしまうファリアだった。
一瞬、アロンの顔が引きつったように見えたのは、
きっと気のせいだと思うファリアだった。
*
翌日、居間でお茶をしていると、入って来たアロンに
「来週は城で皇太子殿下の10歳の誕生パーティーがあるので
一緒に行くのだよ」と、言われたが
ファリアは「面倒くさい」と、思っている事が顔に出てしまった。
「わたしと行くのは嫌か?」
「イヤというか、薬草の育ち具合が気になります。
でも、あなたのメンツに関わるのでしたら、薬草を作らせてくださった
お礼にお供しましょう」
「…嫌なのだな?」
「いえ、関心のない相手をお連れになる方が嫌ではありませんか?」
「え…」
「そう、おっしゃったではありませんか。愛する気はない。と。
わたしも同じなので、遠慮なく代わりのいい人をお連れください。
あ、ほら、クローディアさまならお似合い…」と、言いかけたら
「もういいよ」と、部屋に引っ込んでしまった。
「何なのでしょう?具合でも悪いのかしら?まだ怪我が痛むとか?
それならもう少しお薬を渡ししましょうか」
*
アロンの部屋の前に、薬草で作った薬とハーブのティーパックを
籠に入れて置いておいた。
「葉はどなたかにお茶にしてもらってください」とメモを残した。
お茶は花の香りがしてリラックスして落ち着いた。
「…愛などない…か。そうだな。お金と地位の交換だからな」
*
数日経って、クローディアがパーティーのドレスを見にやってきた。
ファリアのためにコーディネートをしてくれるという。
「わあああ。クローディアさんとお話しできる~」大はしゃぎのファリアに
「わたくしのことはディアと呼んでくださいね。
どのドレスにするご予定ですか?」と、クローディアは
ワードローブを開けた。
「何でもいいのですけど…。どれがいいと思いますか?」
「そうね…。この色とデザインがかわいいわ。アクセサリーはこれで
靴はドレスに合わせて。髪飾りはこっちで」
「さすがの見立てです。素敵」
「満足いただけたかしら?それなら嬉しいわ」
「もちろんです!お礼にお茶を入れさせてください。美味しい東洋の
お菓子もあるんです」
「まあ、東の国の?珍しいわ。いただくわ。猫さんもきれいでかわいいわね。
撫でてもいいかしら?」
ホワイティはご機嫌でディアに懐いたようだった。
*
「ファリアは東の国へ行ったことが?」
「ええ、父が仕事で行っていたので、一緒に。
このお菓子はお団子っていうんです。もっちりしていて
おもしろい歯ざわりなんです。付いているのは餡子といいます」
「まあ、本当だわ。不思議な感じ。でも美味しいわ。
…ところで、お聞きしてもいいかしら?アロンの事なのだけど…」
「はい。形だけの夫婦なので、ディアが彼の事をお好きなら
いくらでもお付き合いしてくださいませ」
「ちょ…。ちょっと、それは…堂々と言い放つなんて…あははは」と
大笑いするクローディアだった。
「アロンが気の毒…うぷぷぷ」
「?え…?どうなさったんですか?」
「ううん、何でもないの。ごちそうさまでした。とっても美味しかったわ。
また来ていいかしら?」
「ぜひぜひ。これもお礼の美容クリームです。使ってみてください。
シミとか傷の痕を消すのに効果があります」
ディアを抱きしめて別れを告げた。
*
帰り際にアロンにも挨拶をしようと、クローディアは部屋を訪ねた。
「アロンの言う通り、奥様はあなたが眼中にないのね。
本当に浮気したらどうするのかしら?」
「何とも思わないのだろう。最初にわたしがそうしてしまった」
「最初はそうでも今は違うのね?」
「わからない。夢中になって薬草を育てたり、良く効く薬を作ったり
彼女が不思議で興味を惹かれる」
「ふふふ、なら前言を撤回すればよろしいのよ。
わたくし、彼女が好きだわ。仲良くしたいから、頑張ってね」
「善処しよう」
*
パーティーの当日、ドレスアップしたファリアを見て
アロンはその可憐さに狼狽えた。
「何かおかしいですか?ディアが見立ててくださって、
とても気に入っているのですが」
「いや、何でもない。その…似合っている」
「それならよかったです」
*
城では皇太子が嬉しそうに貴族たちの挨拶を受けている。
「皇太子殿下10歳の誕生日おめでとうござます」
「みんなありがとう」
金髪の蒼い瞳の少年はどんなプレゼントをもらえるのだろうかと
ニコニコしている。
「ねえ、プレゼントは?何をくれるの?」王子の言葉に
あら。美少年だけど躾けがいまひとつのようだわ。
とファリアは思った。
「プレゼントは白馬でござます。お庭に」
「わたくしは宝石を埋め込んだ殿下の像を」 「北国の珍しい犬です」
貴族たちは次々にプレゼントを見せ、贈る。
そのたびに皇太子は「ふーん」とか「へー」と言うだけだった。
アロンは大きな宝石の付いたラペルチェーンを贈った。
「おお。僕を一人前と思ってくれたのだな。嬉しいぞ」
「喜んでいただいて光栄です」
「まあ、とっても素敵。お似合いです、殿下」とファリアも手を合わせて
嬉しそうに微笑んだ。これで紳士ならば完璧よ。
皇太子といえども、プレゼントをくださった皆さんお礼を言いなさい。と
思った。
「侯爵の奥方なのか?」
「最近婚姻を結びました」アロンの言葉に
「それはおめでとう。ならば祝いを渡さねば」と皇太子。
「そうだ。みんな、プレゼントをありがとう。とても嬉しいよ」と、
お礼を言った。
あら?殿下の雰囲気が先ほどとは少し違うような?とファリアは感じたが、
今さっき手を合わせた時に魔法が発動して、育てて躾けてしまった事に
気が付いた。
皇太子殿下はずっと機嫌がよく、給仕が運んできたオレンジの飲み物に
「僕が頼んだのは苺だよ」と言ったものの、
謝る給仕に「かまわないよ。これも美味しそうだ。ありがとう」と
寛大に対応した。
国王陛下も感心して「10歳にもなると大人っぽくなるものだ」と満足げだった。
「まあ、躾けは大事ですものね。全て良しですね」ニコニコのファリア。
*
パーティーは遅くまで続き、かなり酔った者も出てきた。
「何が王子だ。たかが10歳のガキになんでへつらわなきゃいかんのだ」
口の悪い酔っ払いがグラスを片手に皇太子に近寄っていく。
まだ子供の皇太子は遅い時間で、もう眠そうにしていた。
酔った男はグラスを皇太子に向かって投げつけようと…。
「殿下…!」
ファリアは酔っ払いにに走り寄ると同時に、回し蹴りを入れると
グラスは男の手の中で割れて王子は無事だった。
「きゃあああ。侯爵夫人が伯爵を…」
蹴られた伯爵は倒れ、酔っていたこともあってそのままいびきをかいて
眠ってしまった。
「つい蹴ってしまいました。」
ドレスの裾を持ち上げたまま、「しまった」というふうに視線を
明後日の方向へ向ける。
とぼけても無駄だった。アロンが呆れているのが見えた。
これは離婚かしら?まあいいけど。
*
それからの事はよく覚えていなかった。
なにやらお医者様がいらして、酔っ払いを診て「問題ない」と言って
いたような気もするし、皇太子殿下が「わおー」と目を覚まして
羨望の眼差しをわたしに向けていらしたような気もするし、
とにかく落ち着いたのは屋敷に帰って、居間に座った時だった。
「つい、東国で習った蹴りをしてしまったわ。離婚かもしれない。
そうなったらお父様は激怒よね」
マリサに事の経過を話すと
「ハーブティーをどうぞ。そうなったらその時に考えて今はお休みください。
わたしは何があっても奥様についていきますから。
奥様は長年悩んでいたアザを消してくださった恩人です」」
「そう言ってくれると、嬉しいわ。眠って、明日また考えるわね」
「おやすみなさいませ」
ホワイティがベッドに潜り込んできて、身体をすり寄せてくれた。
ふかふかのビロードのような毛触りに癒されるファリアだった。
*
翌朝、アロンに呼ばれて離縁の覚悟をして書斎で彼に会った。
「昨夜は申し訳ありませんでした。離縁でもなんでもお受けいたします」
「離縁したいのか?」デスクの向こうのアロンが不機嫌な顔をしているので
ファリアは「え…と…」と、言葉を濁してはっきりと言えなくなった。
「…まあ…旦那様次第で…。違うのですか?」
「国王陛下より、皇太子殿下を酔った者から守ってくれたと礼状が届いている。
王子もまた君に会いたいと仰せだ」
「あら、まあ。回し蹴りが珍しかったでしょうか。東国の護身術なのですが」
「君は…。何ていうか、楽しい?不思議?そんな感じの人だね。
ディアも君からもらったクリームで吹き出物の痕が消えたと言ってた」
ファリアはアロンの笑った顔を初めて見た。
「魔法です」
あっさり言うファリアにアロンは言葉を失った。
「…え?」
「魔法『育てる』です。実家の者たちは興味がなくて、
魔法の実験をさせてくれなかったので知りませんが」
「なんてもったいない事を」
「ですよね。あ、はじめて旦那様と意見が合いました。
そんなわけで、わたしのことはいつものように放っておいてくださって
かまいません」
「いや…それなんだが…」
「はい?まだ何か?」
「何でもないよ…」
一瞬、アロンががっかりしたように見えたけれど、これもきっと
気のせいよ。 うん。 最近気のせいが続くわね。まぁいいけれど。
そう思いながら、ファリアは薬草を見に庭へと急いだ。
*
「薬の種類を増やしたいわね。お腹の調子が悪い時とか
強い痛みを取る薬を作りたいわ」
「惚れ薬はないだろうか?」
「は?」
突然声をかけたのはアロンだった。
「…えっと、どなたか想い人が?想いが通じないなんてお可哀想。
なんとかして差し上げたいですが、それは作ったことがないのです」
真剣に悩むファリアに、アロンは困惑を隠せない。
「いや…。使いたい相手はその…」
「わっかりました。頑張ってみます」
拳を握ってやる気満々になったファリアは。もう誰にも止められない。
「早速考えてみますね」と、止める間もなくホワイティを抱いて
自室に閉じこもってしまった。
その場でがっくりと膝をつくアロンは、庭でこんな姿になるとは
貴族にあるまじき姿なのだが、かなりショックを受けていて
アロン自身も意外に思った。
*
一晩考えて、とりあえず惚れ薬になるように薬草に言い聞かせてみようと
ファリアは寝不足の顔で庭に出た。
「さあ、みんな。好きな人に振り向いてもらえる薬になるのよ。
この薬を与えられたら、与えた人を好きになるの」
手を土に当てて一心に祈った。
*
やがていつもと違う、初めて見る薄桃色のかわいらしい花が咲いた。
「これは、もしかして成功かも。でも実験ができないわ。どうしましょう。
自分で飲んでも意味がないし…」
とりあえず煎じてお茶にして、アロンに相談するために書斎へ向かった。
ホワイティもついてくる。
「これが惚れ薬的な物なのですが、実験ができなくて…」と、
アロンにお茶が入った瓶を渡した。
フタを開けて匂いを嗅ごうとしたときに、手がすべてデスクの上に
こぼしてしまった。 甘くていい香りが部屋に広がる。
すかさずホワイティがデスクに飛び乗って、こぼれた液体を舐めてしまった。
「ホワイティ!?なんてこと。大丈夫?何ともないの?」
美味しそうに液体を舐めるホワイティは、やがてアロンを見て
喉を鳴らしてすり寄っていった。
スリスリスリスリスリスリ…。 止まらない。
「これってまさか…ホワイティはあなたが好きなようです」
「え…?」
「惚れ薬、大成功のようです」
「ええ?」
ホワイティはアロンから離れない。
「これはもう、ずっとこうなのだろうか?」
アロンの顔にしがみついて、グルングルンいうホワイティ。
アロンの首は尻尾に巻かれ、顔は毛の塊のようになっている。
「それが…効果がどのくらい続くのか、ずっとこうなのかわからないです」
笑いたいのを我慢していたが、限界だった。
「あはははは だ…旦那様。とってもかわいい…あ。すみません」
「いや…。かまわない…が、なんとも苦しい」
ホワイティを引きはがそうとするのだが、離してもすぐアロンに
飛びついていく。
「申し訳ないのですが、効果が切れるまで諦めてください。
それまで、離縁せずにわたしをここに置いてください。」
「あ…ああ」
それならアロンはこの状態は悪くないと思った。
ホワイティがいる限り、ファリアはここにいてくれる。
そうしたら、自分に好意を持ってくれる日がくるだろう。
「ええっと。もう一度惚れ薬を作ってみますのでお待ちくださいね」
「いや、もういいんだ。そんな事をしても効果が切れれば意味はない」
「そうなんですか?」
「ファリア、すまなかったね。君と会った日に言った言葉は撤回だ」
「え?いえいえ。撤回はなしです。どうぞ放置でお願いします」
「え…?」
「放置で。愛はなしで。面倒なので」
にっこり言い放つファリアに、アロンは言葉を失い
あとはホワイティが飲んだ薬の効果が続くことを祈った。
たまに遊びにくるディアは、ファリアとすっかり仲良くなって
お茶におしゃべりに花が咲いた。
*
当分の間、アロンはホワイティとファリアとの三角関係を
受け入れるしかないのだが、楽しそうに薬草を作るファリアと
肩に乗ってゴロゴロいうオス猫のホワイティを見ていると
「しかたない。効果が切れたらその時はまた考えよう」と、思うアロンだった。
アロン侯爵とファリアに幸あれと、ディアは祈るのだった。
読んでくださってありがとうございました。




