井戸の大蛇の正夢
「ん、もう、なんであんな夢見ちゃうのよ!」
女子高生ミウは、朝から最悪の気分だった。
井戸に落ちる夢を見たのだ。
暗く、湿った円筒の底へ、身体が吸い込まれていく。落下してゆく途中で、必死に手を伸ばすと、井戸の壁の割れ目から生えた細い木の枝に、かろうじて掴まった。助かった、と思った瞬間、下を見る。
底には、大蛇がいた。
黒く、艶やかな鱗をきしませ、ゆっくりととぐろを巻いている。待っているのだ。落ちてくるものを。
そして彼女の指先のすぐそばで、ネズミがいた。
白い歯で、ぎり、ぎり、と枝を齧っている。
あと少し。ほんの少しで、折れる。
「うぎゃああああ!助けて」
目が覚めた時、心臓はまだ井戸の中にあった。
その朝、慌てて家から出てゆくが、案の定、学校には遅刻した。
ホームルームのあと、担任に呼び出される。
「理由は?」
彼女は正直に話した。夢のことを。井戸と、大蛇と、ネズミのことを。
担任は、しばらく黙っていたが、テスト用紙の束を指で叩きながら言った。
「……まさに今のお前の状況じゃないか」
彼女は黙る。
赤点スレスレ。補習。進級は枝一本にぶら下がっている。
下には留年という名の大蛇が、とぐろを巻いて待っている。
「ネズミは時間だな」
担任の先生、鉄男はそう言って、ため息をついた。
その日の夜。
担任の鉄男が家に帰ると、居間の電気はついていなかった。
台所で、妻の佐知子が泣いている。
「もう限界よ」
顔を上げずに言う。
「あんたがギャンブルばっかりやって、家にお金を入れてくれないから…」
鉄男は何も言わなかった。
言葉は全部、井戸の底に落ちてしまった。
上着を掴み、靴を履き、夜の街へ出る。
気がつくと、パチンコ屋のネオンの下に立っていた。
〈CR 井戸の大蛇〉
派手な文字が瞬いている。
液晶の中で、大蛇がうねり、ネズミが木を齧り、井戸の縁で人間がぶら下がっている。
「まだ、折れてない…」
鉄男は千円札を入れる。
ガラスの向こうで、ネズミが歯を立てる音が、やけにリアルに響いた。
枝が折れるか。
それとも、奇跡的に助かるか。
鉄男は、ハンドルを握りしめる。
自分もまた、何かに掴まっているつもりで、ずっと落ち続けているのだと、薄々わかりながら。
井戸の底では、大蛇が、今日も静かに待っている。




