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井戸の大蛇の正夢

作者: S珍蔵
掲載日:2026/02/06


「ん、もう、なんであんな夢見ちゃうのよ!」


女子高生ミウは、朝から最悪の気分だった。


井戸に落ちる夢を見たのだ。

暗く、湿った円筒の底へ、身体が吸い込まれていく。落下してゆく途中で、必死に手を伸ばすと、井戸の壁の割れ目から生えた細い木の枝に、かろうじて掴まった。助かった、と思った瞬間、下を見る。


底には、大蛇がいた。

黒く、艶やかな鱗をきしませ、ゆっくりととぐろを巻いている。待っているのだ。落ちてくるものを。


そして彼女の指先のすぐそばで、ネズミがいた。

白い歯で、ぎり、ぎり、と枝を齧っている。

あと少し。ほんの少しで、折れる。


「うぎゃああああ!助けて」


目が覚めた時、心臓はまだ井戸の中にあった。


その朝、慌てて家から出てゆくが、案の定、学校には遅刻した。

ホームルームのあと、担任に呼び出される。


「理由は?」


彼女は正直に話した。夢のことを。井戸と、大蛇と、ネズミのことを。

担任は、しばらく黙っていたが、テスト用紙の束を指で叩きながら言った。


「……まさに今のお前の状況じゃないか」


彼女は黙る。

赤点スレスレ。補習。進級は枝一本にぶら下がっている。

下には留年という名の大蛇が、とぐろを巻いて待っている。


「ネズミは時間だな」


担任の先生、鉄男はそう言って、ため息をついた。


その日の夜。


担任の鉄男が家に帰ると、居間の電気はついていなかった。

台所で、妻の佐知子が泣いている。


「もう限界よ」


顔を上げずに言う。


「あんたがギャンブルばっかりやって、家にお金を入れてくれないから…」


鉄男は何も言わなかった。

言葉は全部、井戸の底に落ちてしまった。


上着を掴み、靴を履き、夜の街へ出る。

気がつくと、パチンコ屋のネオンの下に立っていた。


〈CR 井戸の大蛇〉


派手な文字が瞬いている。

液晶の中で、大蛇がうねり、ネズミが木を齧り、井戸の縁で人間がぶら下がっている。


「まだ、折れてない…」


鉄男は千円札を入れる。

ガラスの向こうで、ネズミが歯を立てる音が、やけにリアルに響いた。


枝が折れるか。

それとも、奇跡的に助かるか。


鉄男は、ハンドルを握りしめる。

自分もまた、何かに掴まっているつもりで、ずっと落ち続けているのだと、薄々わかりながら。


井戸の底では、大蛇が、今日も静かに待っている。


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