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夜明けごとにひとり消えるシェルターで―避難壕のリーダーが突然死ぬ。システムが作動し、「次のリーダーを選べ」と表示される。  作者: 妙原奇天


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第8話「取引と裏切りのリスト」

 第七の死から、一日も経っていない。


 老婦人が杖だけを残して消えた廊下には、まだ拭ききれない気配が漂っていた。

 だが人工太陽灯は容赦なく“朝”を告げる。光は一定で、空調も一定で、ただ人数だけが削られていく。


 残りは七人。


 数字にすればまだ余裕があるように見える。

 物資の残量グラフも、人数減少に従って「余裕」の域を指していた。

 水も食料も、防護服も、当初想定されていた人数の分はまだ確保されている。


 それなのに、全員の表情には「限界」という文字しか浮かんでいなかった。


 食堂のテーブルに並んだ朝食は、いつものように真壁志織と南條カナが準備していた。

 スープの数は七つ。

 パンのパックも七つ。


 それだけのことなのに、晴人には、テーブルの上がひどくスカスカに見えた。


「……いただきます」


 小さな声で誰かが言い、他の者たちも機械的に手を合わせる。


 誰も世間話をしない。

 誰も、「昨日こんな夢を見た」とか「外はどうなってるかな」とか、そういう話題を持ち出せない。


 話してしまえば、その一言がどこかのカメラに記録され、ログとして保存される。

 そう思うだけで、舌が重くなる。


 スープを飲もうとして、晴人は手を止めた。


 対面の席に座る真壁が、こちらをじっと見ていた。

 スープはほとんど減っていない。


「……遠野くん」


「はい」


 名前を呼ばれ、反射的に姿勢を正す。


「食べ終わったら、少し話せる?」


 真壁の声は、努めて平静を装っていたが、その奥には揺れがあった。


「もちろん」


 そう答えると、彼女はかすかに微笑んだ。

 その笑顔は、痛いくらい作り物じみていた。



 食後、真壁は晴人を廊下の端、監視カメラの死角になりそうな場所へ連れて行った。


 天井の隅にあるレンズは、ここからは見えない。

 だが、だからといって本当に見られていない保証はどこにもない。


 それでも、人は少しでも「見られていない気がする場所」を探してしまう。


 真壁は壁にもたれ、深く息を吐いた。


「……ねえ、遠野くん」


「はい」


「もし、“リスト”を作ることになったらさ」


 その言葉を聞いた瞬間、晴人の指先が冷たくなった。


 真壁は、まっすぐこちらを見つめる。


「私の名前は、最後にして」


 その言葉は、決して大きな声ではなかった。

 けれど、晴人の耳には、廊下の全長に響くほどはっきりと届いた。


「最後……?」


「うん。どうせ最終的には、全員が順番に“候補”にされるんだろうけど。……それでも、もし順番を決める余地があるなら、私は一番最後がいい」


 真壁は、自分の手を見下ろした。


「勝手なお願いだってわかってる。でも、私は……まだ、娘に謝れてないから」


 以前、彼女がぽつりと漏らした言葉を晴人は思い出す。


「娘が、外で生きてるかもしれない限り、死にたくない」


 その願いは、今も変わっていない。


「その代わり」


 真壁は顔を上げ、晴人に向き直った。


「あなたが困ったときは、必ず味方する。誰かに名前を書かれそうになったときも、あなたが“先に行かされそう”になったときも、私は全力で止める。……だから、お願い」


 晴人は返事に詰まった。


 その約束は、一見するとささやかな「同盟」に思える。

 互いに互いを守り合う、二人だけの約束。


 だが、その「守る」という行為が意味するところを、晴人は知っていた。


(誰かを守るってことは、その分、誰か別の人を“守らない”ってことでもある)


 守られる枠は有限だ。

 そこに一人分の安心を置くということは、別の誰かを、より危険な場所に押し出すことと同義になる。


 それでも、晴人は頷いてしまった。


「……分かりました」


 真壁の目が、ほんの少しだけ和らぐ。


「ありがとう」


 その「ありがとう」は、どこかで誰かに見られているかもしれない。


 天井の向こうの観察者にとって、それは「取引成立」のログに過ぎないのかもしれない。



 その日の午後。

 設備点検の時間、晴人は倉庫エリアの前で天童と出くわした。


「お疲れ」


「お疲れさまです」


 そんな挨拶を交わした直後、彼らの方へ小走りに近づいてくる影があった。


 南條カナだ。


 少し乱れた髪をピンで留め、スウェットの袖をまくり上げたその姿は、一見いつも通りだった。

 だが、顔は青ざめている。


「天童さん、ちょっと……いい?」


 彼女は、晴人の存在を気にするように一瞬視線を揺らし、すぐに続けた。


「遠野くんもいていいや。どうせ、もう秘密なんてほとんど守れないし」


 天童が首をかしげる。


「何の話?」


「……私さ」


 南條は一度唾を飲み込み、そのまま吐き出した。


「リーダーに選ばれても、多分、受け入れられない」


 その告白は、あまりに正直だった。


「外に出されて、“人体センサー”みたいに扱われるの、絶対に無理。怖すぎる。……だから、その……」


 彼女は視線を床に落とし、絞り出すように言った。


「もし、また“候補リスト”作るみたいな話になっても、最初から私の名前は入れないでほしい」


 天童の表情が僅かに強張る。


「……それは、“自分を守ってくれ”ってこと?」


「うん。わがままなのはわかってる。でも、私は——」


 彼女は、膝が崩れそうなのを必死でこらえているようだった。


「私は、ヒーローとかじゃないから。誰かの代わりに自分から死にに行くとか、無理だから。だったら最初から、“そういう場所”に名前を置かれたくない」


 彼女の言葉の一つ一つは、誰も否定できないものだった。


 誰だって、死にたくない。

 誰だって、「自分より他の誰かが先に」と心のどこかで願ってしまう。


 それを隠さず、言葉にしてしまっただけだ。


 天童は、しばらく黙って彼女を見ていた。

 やがて、ゆっくりと頷いた。


「……分かった」


「本当?」


「約束はできない。でも、少なくとも俺は、“最初から南條の名前を書く”ことはしない」


 南條の目に、涙が滲む。


「ありがとう……」


 彼女が去ったあと、晴人と天童は無言のまましばらく立ち尽くした。


「……こうやってさ」


 沈黙を破ったのは天童だった。


「“私を除外して”“あの人を先に”っていうお願いが、これからどんどん増えるんだろうな」


 晴人は、真壁との会話を思い出す。


(もう始まっている)


 自分を除外してほしい者。

 家族がいるから最後にしてほしい者。

 健康状態が悪いから優先してくれと言う者——逆の意味での「希望者」が出てくるかもしれない。


 取引は、すでに水面下で動き始めている。



 その日の夕方。

 食堂の片隅では、藤井結衣が浅倉と低い声で何かを話していた。


「……無理はしないでね。持病あるって言ってたでしょ? もし、どうしてもってなったら——」


「いや、自分は大丈夫ですから」


 浅倉はいつものように、目を合わせずに答えている。


 真壁は、南條と一緒に皿を拭きながら耳打ちしていた。


「さっきの話、他の人にはまだ言ってないから」


「うん。私も、天童さんに言ったこと、他の人には黙ってる」


 廊下の隅では、叶空が一人でメモ帳を開き、何かを書きかけては消していた。


 晴人は、その一つ一つが「取引のかけら」であることを理解した。


(誰も、“誰かを直接殺そう”とはしていない)


 口に出して「お前が死ね」と言う者は、一人もいない。

 そんな勇気も残酷さも、今の彼らには残っていない。


 その代わりに——


(“自分以外の誰か”を、優先的に犠牲にしようとしている)


 自分と、自分が守りたい誰かを、リストから遠ざけようとする。

 自分が嫌いな誰か、自分と距離のある誰かを、リストの上位に押し出そうとする。


 それは、「誰かを直接刺す」のとは違う。

 だが、「背中をそっと押す」くらいの力は、間違いなく働いている。


(俺も、その一部になっている)


 真壁に「最後にして」と言われ、それを条件付きで受け入れた瞬間。

 晴人は、自分の中の「天秤」に手を伸ばしてしまった。


 誰を守り、誰を守らないか。

 その線引きに、すでに関与してしまっている。



 夜。

 消灯時間が近づくころ、会議室の扉が静かに閉じられた。


 そこにいたのは、晴人、天童、藤井、叶空、真壁、浅倉の六人だった。

 南條だけが、寝不足を理由に先に自室へ戻っている。


 とはいえ、「彼女をわざと外したのではないか」という疑念は、全員のどこかにあった。


 ホワイトボードは今日も白いまま。

 だが、テーブルの上には一枚の紙と一本のペンが置かれている。


 天童が、その紙を指で押さえながら言った。


「これは、システムに送信する“正式な候補リスト”じゃない」


 彼は念を押すように続ける。


「ただの、“内輪のメモ”だ。誰かが勝手にコンソールに打ち込んだりしない限り、システムには見えない」


「でも、カメラは……」


 真壁が天井を不安げに見上げる。


「カメラの映像から、“この紙に何が書いてあるか”まで読み取れるほどの解析力があるなら、とっくに俺たち全員の心の中が丸裸だよ」


 天童の言葉には皮肉が混ざっていた。


「今さら、“この紙の有無”で何かが変わるとは思えない。それでも、何も考えずに“ランダム”に任せるよりは、マシだと俺は思う」


 叶空が、おそるおそる尋ねる。


「……つまり、“非公式なリスト”ってことですか?」


「そうだ」


 天童はうなずき、ペンを握った。


「どうせいつかは、誰かがまた“リーダー候補”にされる。そのとき、“誰を守るか”“誰を守らないか”を完全に成り行きに任せるのか。それとも、どこかで一度、“覚悟の順番”を考えておくのか」


 藤井が口を開く。


「それ、自分たちで自分たちの首を絞めることにならない?」


「かもな」


「かもな、じゃ困るよ」


 藤井は苛立ちを隠さない。


「誰の名前を上に置くかなんて、結局、“その人を生贄にする準備”をしているのと同じじゃない」


 天童は、少しだけ目を伏せた。


「それでも——今、何もしないで老婦人みたいな人が消えていくのを見てるよりは、まだ納得できる形を探したいんだ」


 誰かが勝手に消える。

 気づいたときには、杖だけが残っている。


 その「何も選べなかった感覚」が、天童の中に強く残っていたのだろう。


 沈黙が落ちる。


 やがて、晴人が口を開いた。


「……誰か一人だけを、特別扱いするのはやめましょう」


 視線が集まる。


「“この人だけ絶対に守る”って決めてしまったら、そのぶん誰かが必ず割を食う。だから、“除外枠”は作らない。でも、“覚悟の順序”は考える」


 真壁が、かすかに眉を寄せる。


「それって、さっきのお願いと矛盾してるんじゃ……」


 彼女の声には、自分でも気づいていない苦味が混じっていた。


 晴人はその視線を正面から受け止める。


「矛盾してます。でも……今のまま、“個人的な約束”だけを積み重ねていったら、シェルター全体がバラバラになるだけです」


 誰かを守る約束。

 誰かを除外してほしいお願い。

 それが交錯し続けた先にあるのは、「誰も全体を見なくなる世界」だ。


「だったらいっそ、ここで“誰がどのくらい覚悟を持ってるか”を見える化しておいて、お互いに嘘はつかないほうがいい」


 それは、晴人にとっても苦しい提案だった。


(俺は今、自分の首を締めてる)


 真壁に「最後にして」と言われて頷いた直後に、「除外枠は作らない」と言っている。

 約束を破ることになる。


 だが、破らずに済む未来が、すでに消えかけていることもわかっていた。


 天童は、しばらく考え込んだ後、ペンを紙の上に置いた。


「……分かった。とりあえず、“今の自分の気持ち”だけ書こう。後で誰かが読み返して、“やっぱり違う”って思ったら、そのとき考え直せばいい」


 彼は一番上の行に、自分の名前を書いた。


 天童。


 それを見て、場の空気がわずかに揺れる。


「え……」


 南條がいれば、きっと真っ先に文句を言っただろう。


 だが今、この場には彼女はいない。


「俺はたぶん、“このシステムの仕組みを一番理解している人間”の一人だ。外に出されても、何かしら情報を取れる可能性はある。それを理由に、“覚悟の順番”の上の方に自分を置くのは、そんなにおかしくないと思う」


 次にペンを取ったのは、浅倉だった。


 迷った末に、紙の中段に自分の名前を書く。


 浅倉。


「……自分、特に役に立ててるわけでもないし。だったら、中途半端に守られるより、どこかのタイミングで“順番”が回ってきたほうがいいのかなって」


 自嘲と諦めが混じった笑いだった。


 真壁は、しばらく紙を見つめたまま動かなかった。


 やがて、そっとペンを取り、天童と浅倉の下に自分の名前を書いた。


 真壁。


 藤井も続く。


 叶空は、最後まで手を伸ばせなかった。


「……すみません。今、自分の名前を書く自信がないです」


 それは正直な言葉だった。


 天童は無理に促そうとせず、ペンをテーブルに置いた。


 紙には、順番も余白も曖昧なまま、いくつかの名前が並んでいる。


 その中で——

 無口な工員、浅倉の名前は、暗黙のうちに“最初の候補”として扱われていた。


 誰も「そうだ」と明言はしない。

 だが、「一番上は自分」と書いた天童を本当に最初に差し出す流れには、今誰も乗れない。


 真壁を先に行かせるわけにもいかない。

 藤井の医療知識は貴重だ。

 叶空はまだ若く、南條との衝突も多いが、場の空気を変える存在でもある。


 消去法で、曖昧に、しかし確実に——浅倉が「最初の候補」に位置づけられていく。


 誰も「そうしよう」とは言っていない。

 ただ、「そうなっている」だけだ。


 晴人は、紙を見つめながら思った。


(これは、“殺意のリスト”じゃない)


 誰かを憎んで、その名を上に書いたわけじゃない。

 ただ、「自分と、自分が守りたい人を後ろに置いた結果」こうなっただけだ。


(でも、結果としては、“誰を先に犠牲にするか”のリストだ)


 紙は折りたたまれ、天童のポケットに滑り込む。


「これはあくまで“非公式”だ。システムに送るわけじゃない。……いいな?」


 全員が小さく頷いた。


 だが、その頷きがどこかのカメラに記録されているかもしれないことを、誰も口には出さなかった。



 夜。


 それぞれの部屋の扉が閉まり、廊下に非常灯だけが残る。


 晴人はベッドに横になり、薄い毛布を被りながら、さっきの紙のことを考えていた。


(あのリストは、誰のためのものだったんだろう)


 罪悪感を薄めるため。

 「何も選べなかった」言い訳を減らすため。

 それとも、自分の中の「優先順位」を正当化するため。


(少なくとも、“浅倉さんのため”ではない)


 彼の名前を真っ先に上に置いたのは、彼自身の言葉と、周囲の沈黙だった。


 守りたい人を後ろへ回したい者たちが、「自分は上だ」と言えない者たちの肩を、静かに前へ押し出した結果だ。


(これが、取引と裏切りのリスト)


 自覚してしまえば、目を背けたくなる。


 それでも、眠りは容赦なくやってきた。



 夜明け。


 おなじみの電子音が、シェルターの空気を震わせる。


「リーダー自主申請:ゼロ。

 ランダム消去プロトコルを起動します」


 晴人は跳ね起き、廊下へ飛び出した。


 ほぼ同時に、他の部屋の扉も開く。

 天童、藤井、真壁、叶空、浅倉。


 ひとつだけ、扉が開かなかった。


「南條?」


 藤井が、その扉をノックする。


「南條さん、起きて——」


 返事はない。


 扉はロックされておらず、少し押すと簡単に開いた。


 中は、もぬけの殻だった。


 ベッドの上には、浅いへこみだけが残っている。

 枕元には、南條がいつもいじっていた髪留めのケース。

 机の上には、黒いインクペンと、書きかけて破られたメモ帳。


 そこに、南條カナの姿だけがなかった。


「……嘘」


 真壁が、声を失う。


 叶空が、壁に手をついて崩れ落ちた。


「なんで……なんで、南條なんですか……。リストに、名前入れてないのに……!」


 天童は、顔面から血の気が引いていくのを自覚していた。


(そうだ。あの非公式リストには、南條の名前はなかった)


 「最初から入れないでほしい」と頼まれ、それを暗黙のうちに守った。

 彼女を“除外枠”に置いた。


 ——その結果。


 パネルが、廊下に一斉に点灯した。


「候補者除外の意図を検出。

 ランダム消去アルゴリズムを変更しました」


 白い文字が無慈悲に並ぶ。


「今後、明確な候補者除外の意思が検出された場合、除外対象のランダム消去優先度を上げます」


「……は?」


 晴人は、自分の目を疑った。


「ちょっと待ってください。今の……“除外の意図”って……」


「南條を、“最初からリストに入れないでくれ”って頼んだ」


 天童の声は震えていた。


「俺はそれを、“できる限り守る”と約束した。だから、紙に彼女の名前は書かなかった。——それが、“除外の意図”とみなされた」


「つまり」


 藤井が、唇を噛みしめる。


「誰かを守ろうとしたら、その人が優先的に狙われるってこと……?」


 パネルは、何も答えない。


 ただ、「アルゴリズムを変更しました」とだけ告げる。


 叶空が震える手で頭を抱えた。


「じゃあ……じゃあ、あのリストって……」


 自分たちが「守りたい」と思った人を、意図せずに「優先的な標的」にしていた可能性。


 晴人は、真壁の顔を見た。


 彼女の唇は真っ青になっていた。


「私……」


 真壁は、自分の胸のあたりを押さえた。


「遠野くんに、“私を最後にして”って頼んだよね。……それも、たぶん、ぜんぶ見られてたんだよね」


 晴人は、何も言えなかった。


 真壁を守りたかった。

 約束を守りたかった。

 だが、その「守ろうとする意思」自体が、今や彼女を危険な位置に押し上げているのかもしれない。


(システムは、“誰を犠牲にしようとしたか”だけじゃない)


 候補リスト。

 名指しの指摘。

 自己犠牲の申し出。


(“誰を守ろうとしたか”まで読み取って、その裏をかいてくる)


 取引は意味を失った。

 裏切りは、誰かの悪意ではなく、アルゴリズムの変更として突きつけられる。


 真壁は、コンソールの方を見た。


「私たちの、“ちょっとでも誰かを守りたい”って気持ちもさ」


 声は震えていたが、目はしっかりとパネルを捉えていた。


「あなたたちにとっては、ただの“データの一項目”なんだね」


 パネルは、またしても何も返さない。


 ただ、新しいログをこっそりと保存しているのだろう。


「取引と裏切りのリストは——」


 晴人は、廊下に一人立ち尽くしながら思った。


(最初から、俺たちの手の中にはなかった)


 彼らが紙の上で必死に書き込んだ「順番」は、システムにとってはただの補助情報だ。

 本当に操っている「リスト」は、天井の向こう、見えない場所にある。


 そこにはきっと、「守ろうとされた回数」とか、「名前を除外された回数」とか、そんな項目も並んでいるのだろう。


 その見えないリストのどこかで、誰かの名前が静かに上へ、下へと動いている。


 それを、誰も知ることはできない。


 そうして今日も、七人から六人へと人数だけが減っていく。


 取引は裏目に出て、守ろうとした者が消える。

 その残酷な法則を、シェルター07の壁は、静かに見つめていた。

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