表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けごとにひとり消えるシェルターで―避難壕のリーダーが突然死ぬ。システムが作動し、「次のリーダーを選べ」と表示される。  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/14

第4話「自主リーダー案と名指しの夜」

 人口が十一になったシェルターは、数字以上に狭く、息苦しく感じられた。


 食堂に並ぶメニューは、昨日までとほとんど変わらない。

 真空パックのパン、レトルトのシチュー、粉末ジュース。

 物資残量のグラフも、人数が減ったぶんだけ「余裕あり」の表示に振れている。


 けれど、誰も「余裕」という言葉を口にできなかった。


 粉っぽいパンをかじるたびに、晴人は喉の奥に砂を流し込まれているような感覚を覚える。


(味がしない……)


 それは料理のせいでも、レトルトの品質のせいでもない。


 この場にいる誰もが、心のどこかで同じ計算をしていた。


 ——次に消えるのは、誰だろう。


 いつ、どのタイミングで、自分の視界から誰かの姿が消えるのか。

 それを想像するたび、口の中が干からびていく。


 食後、会議室に集合するよう館内放送が流れた。


 ホワイトノイズ混じりのスピーカーが、「全員、会議室へ」という無機質な声を繰り返す。


 晴人が会議室に入ると、佐久間の空席が真っ先に目に入った。

 背もたれにかかったままの上着は片付けられず、ホワイトボードの隅には、彼が昨日まで使っていたペンが一本だけ差さったままだ。


 それが、逆に痛々しい。


(本当なら、今ここで議事を整理して、落ち着いた声でまとめてくれる人だったのに)


 佐久間の不在は、シェルター全体の「話し合いの質」を目に見えて落としていた。


 会議室の中央に立った大河内が、腕を組んだまま低く言う。


「……今度こそ、誰か一人をリーダーに選ぶしかない」


 開口一番、その言葉だった。


「二日続けてリーダー不在のペナルティを食らった。三人死んで、十一人だ。このままランダムに任せてたら、いずれ全員いなくなる」


 その言い方は乱暴だが、事実でもあった。


「本来こういう時は、能力のある人間が前に出るべきだ」


 大河内は言葉を区切り、全員を見渡す。

 その視線は、自分の中にある迷いを押し殺したような鋭さを帯びていた。


「……俺が引き受けてもいい」


 一瞬、空気が止まる。


「大河内さん……」


 最初に声を上げたのは、藤井結衣だった。


「つまり……死ぬかもしれない役を、自分から?」


「死ぬと決まったわけじゃない」


 大河内はきっぱりと否定する。


「外は、少しずつ安全になっているかもしれない。片桐やあの主婦、それに佐久間が転送された先で、状況がマシになってる可能性だってある。誰かが確かめなきゃ、俺たちはずっとこの箱の中で朽ちるだけだ」


 その言葉は、理屈としては通っている。


 命令でもなく、押し付けでもない。自分から手を挙げる、自己犠牲の申し出。


 晴人は、一瞬だけ「リーダーにふさわしい」と思ってしまう。


 恐怖を押し込め、前に出る勇気。

 場の空気を締め、危険を自分に引き受けようとする覚悟。


(でも——)


 同時に、別の疑問も浮かぶ。


(本当に、自分の意志だけで決めていいのか?)


 大河内がいなくなった後、このシェルターはどうなる。

 力仕事は誰がやる。外部センサーの警告音が鳴ったとき、冷静に対処できる大人は何人残る。


 彼が前に出ることは、希望になるのか。

 それとも、残された側をもっと不安定にするのか。


 晴人の迷いを代弁するように、南條カナが言葉をぶつけた。


「そんなの、駄目だよ」


 声が震えているのに、ちゃんと大河内をまっすぐ見ている。


「死ぬかもしれないのに、格好つけて勝手に決めないでよ。みんなで一緒に生き残る方法を考えようって言ってたのに、どうしてそこで“一人で背負うヒーロー”みたいな真似するの」


「別に、格好つけてるつもりは——」


「してるよ!」


 カナが椅子から立ち上がる。


「そんな風に言われたらさ、“止めたら自分が卑怯者になる”みたいじゃん。“じゃあお前が行けよ”って暗に言われてるみたいじゃん。そんなのズルいよ!」


 その言葉に、数人が小さく頷いた。


 真壁志織も、苦い顔で口を開く。


「それにもし、大河内さんが消えたら……力仕事は誰がやるの? 危険があったとき、私たちを守ってくれる人がいなくなる。リスクの高い区域の調査だって、あなたが率先してやってくれてたのに」


「俺一人がいなくなったところで、何とか回すしかないだろ」


「その“何とか”を、今から考えろって話をしてるの」


 真壁の声には苛立ちと、不安と、責めきれない優しさが混ざっていた。


 議論は、いつの間にか「自己犠牲を受け入れるかどうか」から、「誰を失いたくないか」という感情論にすり替わっていく。


「大河内さんがいなくなったら困る」

「藤井さんだって、医療知識あるから必要だよ」

「天童がいなかったらシステム触れる人いないし」

「南條ちゃんは、みんなのメンタル潰れるからいなきゃダメ」


 そんな言葉が次々に出る。


 そして、決定的な一言が大河内の口から漏れた。


「じゃあ——誰ならいいんだ?」


 その問いが、会議室の空気を凍らせた。


 誰も答えない。

 だが、誰もが頭の中で、同じ検索作業を始めていた。


 自分との関わりが薄い人。

 頼りにしていない人。

 いなくなっても、生活に大きな影響がなさそうな人。


 そんな“候補”の顔が、瞬間的に脳裏をよぎる。


(考えた瞬間、もう後戻りできない)


 晴人は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。


 佐久間がいたら、この空気をなだめ、議論の方向を軌道修正してくれただろう。

 「誰なら死んでもいいか」ではなく、「どうすれば誰も死なないで済むか」を、言葉の力でテーブルの上に戻してくれたかもしれない。


 その調整役がいない今、会議は簡単に感情の泥沼へ落ちていく。


「……じゃあさ」


 沈黙の中で、叶空がぽつりと呟いた。


「年齢で決めるってのは?」


 視線が一斉に彼に向かう。


「一番若い僕じゃなくてさ、一番歳がいってる人とか。……ほら、ドラマとかでも、“先に逝くのは年寄りからだ”みたいな感じあるし」


「ちょっと」


 その瞬間、老婦人が顔を上げた。

 白髪をひとつにまとめたその女性は、これまで会議ではあまり発言してこなかったが、今だけは別だった。


「年寄りだからって、死んでいいって言うのかい」


「ち、違いますよ! そういうつもりじゃなくて——」


「どういうつもりだったのさ」


 老婦人の目は怒りというより、深い失望で濡れていた。


「若い人を生かすために、年寄りは黙って死ねって。そう聞こえるよ。そういうのを、“年齢で差別する”って言うんだよ」


 叶空は慌てて手を振る。


「違う、本当に違いますって! ただ、何か基準があったほうが納得できるかなって思っただけで——」


 一度出た言葉は、もう元には戻らない。


 誰かの心を刺してしまった後で、「そんなつもりじゃなかった」は、ほとんど意味を持たない。


 議論はそこからしばらく空回りし、誰も「これだ」という案を出せないまま時間だけが過ぎていった。


 やがて、天童が時計をちらりと見て言う。


「……もうすぐ照明の減光時間だ。あと数時間で“夜”になる。今日中にリーダーを決めるのは、正直厳しいと思う」


 その言葉に、全員がどこかホッとしたような、そして絶望したような表情を浮かべる。


 決められなかった安堵と、決められなかった罰が、同時に胸に積もる。


 結局、この日も「具体的な名前」を出せないまま、会議は解散した。


 廊下に出る直前、パネルがふいに点灯した。


 白い文字が、壁一面に広がる。


「特別提案:

 リーダー指名にあたり、複数名を候補として登録することができます。

 候補者リストから、ランダムにひとりを選出します」


「……は?」


 南條が、思わず声に出した。


「なにそれ。ガチャ?」


 天童は苦い顔で歯を食いしばり、ゆっくりと説明する。


「システムが、“候補リスト”を作らせようとしてるんだよ。つまり、“誰が死ぬか”を俺たちに直接は決めさせないようにして、罪悪感を薄める仕組みだ」


「罪悪感を……薄める?」


「候補リストに名前を書いたのは自分たちだけど、“最終的に誰になるか決めたのはシステム”って形にすることで、“殺したのは俺たちじゃない”って錯覚させる」


 天童は、スクロールする説明文を睨みつける。


「責任の分散。集団で行う殺人を、誰のせいでもないことにするための仕組みだ」


 晴人は、その構図を理解した瞬間、背筋から冷たいものが駆け上がるのを感じた。


(そうか——)


 誰か一人の手でレバーを引かせるのではなく、十三人それぞれに少しずつレバーを触らせる。

 そして「全員で決めた」と思わせる。


 誰か一人を罪人にしない。

 代わりに、全員を少しずつ共犯者にする。


(“シェルター07”は、俺たちの良心を試しながら削ってる……)


 その考えが頭をよぎり、思わず額に手を当てた。


 夜、各自が寝室に戻る前。


 廊下の薄暗がりで、真壁志織は天井をぼんやり見上げながら立ち尽くしていた。

 晴人が通りかかると、彼女は小さく笑う。


「ねえ、遠野くん」


「……はい」


「もしさ。候補リストに、私の名前が書かれてたら——どうする?」


 問われた意味を咀嚼するのに、数秒かかった。


 真壁は、自分の腕を抱きしめるようにして続ける。


「誰かが、紙に“真壁志織”って書いて、天童くんがそれをリストに打ち込んで……それがランダムで選ばれて、私がリーダーとして転送される。そうなったらさ——私、ちゃんと“納得して死ねる”と思う?」


 娘の話をする時の、柔らかい目とは違う、乾いた瞳だった。


「たぶん無理だよね。絶対に、誰かを恨むよね。“あんたが書いたんでしょ”って、顔も知らない誰かに向かってね」


 晴人は、返す言葉を見つけられない。


 もし、自分が誰かの名前を書いたとして。

 その誰かが光に包まれて消えたとして。

 その人の家族が、友人が、自分を責める未来を想像したとき——


 喉の奥が、ひどく乾いた。


「……寝よっか」


 真壁は無理やり明るい声を出し、そのまま自室へ戻っていった。


 晴人も自分のベッドに横になったが、眠気は一向に訪れない。


 天井に埋め込まれた人工太陽灯の裏側を想像する。

 ケーブルと制御回路、そのどこかに、彼らを見下ろす“設計者”の意図が、冷たく走っている気がした。


 やがて、微かな振動とともに、照明が少しずつ明るさを落としていく。


 夜が来る。

 そして、その先にあるのは——また、夜明けだ。



 夜明け前。

 ふたたび、全館放送が鳴る。


「リーダー候補リスト:未登録。ペナルティを実行します」


 声は変わらず無機質で、感情というものが一切感じられない。


 晴人は跳ね起きると、半ば反射的に廊下へ飛び出した。


 昨日と同じように、人の気配が集まる場所がある。

 今回は廊下の中ほど——掃除当番の持ち場だ。


 そこにあったのは、壁にもたれかかったモップと、バケツと——


 水の跡が途中でぷつりと途切れた床だけだった。


 留学生の青年が、どこを探してもいない。


 日本語があまり得意ではなく、会議でもほとんど発言しなかった、あの無口な青年だ。


「うそ……」


 藤井が、口元を押さえる。


「よりによって、どうして彼が……。なんで、一番何も言えない人から順番に——」


 南條が目を赤くしながら言う。


「あの子、いつも食堂でお皿洗ってくれてたのに……誰よりも働いてたのに……」


 天童は監視カメラの映像を巻き戻し、昨日と同じパターンを確認した。


 ひとコマだけ乱れた映像。

 ノイズが走った次の瞬間には、青年の姿はどこにもない。


「……二回目も、同じ」


 天童は息を吐く。


「これはデモでも、脅しでもない。完全なルールだ」


 シェルターの人口は、十一から十に減った。

 曖昧だった“ルール”は、もはや疑いようのない“現実”として全員の前に突きつけられている。


(このまま、“成り行きのランダム”に任せてたら——)


 晴人は、留学生の青年の顔を思い浮かべる。

 拙い日本語で「アリガト」と言っていた姿。

 食器を丁寧に並べていた手。


(弱い立場の人から順番に、静かに消えていくだけだ)


 議論に強くない人。

 言葉で反論できない人。

 誰かに庇ってもらうことが少ない人。


 そういう“声の小さい人”から、システムの「ランダム」は順番に飲み込んでいく。


(だけど——)


 そこで今度は、別の重さが胸にのしかかる。


(誰か具体的な名前を書くことは。それは、ランダムじゃなくて、“自分の意思で引き金を引く”ことになる)


 どちらを選んでも、誰かが消える。


 違うのは、そこに「自分の手」がどれだけ関わっているか、だけだ。


「……次こそ、決めないと」


 誰かが、震えた声で呟いた。


「誰かの名前を、実際に書かないと」


 その言葉は、誰も否定できなかった。


 シェルター07は、ゆっくりと、しかし確実に姿を変えつつある。


 「誰も選べない場所」から。


 ——「誰かを選ばなければならない場所」へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ